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[第一章:災祓いの神、降臨]その6

「…不幸中の、幸い…?」

 不幸な出来事の中、せめてもの救いとなることを意味するその言葉に、ミルは眉を顰める。

「どういうことじゃ、そう言う特性と言うのは」

 ミコの言い方は、その言葉の本来の意味とは、少し違った響きを持っている。

 それが一体何を意味するのか、その言葉で以て何を言いたいのか、ミルは問う。

 ミコはそれに、静かに言う。

「…言葉通りのことなのですよ」

 ミルの隣で、ミコは少し遠い目をする。

 そして、語り出す。

「この[マガツイキ]には[災塊]によってあまたの災いが、不幸が溢れているなのです。この地は災いと不幸の渦中なのですね。…でも、そこにあって私は」

 私だけは。

「その影響をほとんど受けないでいられるのです。皆がどれだけ[奇災]に苦しめられようとも、私はただ一人、無事か、いっても軽傷で済むなのですね」

 彼女は言う。

「文字通り、言葉通り。皆が不幸の中にあって、私だけは幼い事からずっと、幸いと言える状態なのですね」

「…」

「理由は知らないのです。しかし、確実に私は、私だけが[奇災]の影響を免れ続けてきた。そして、ずっと[奇災]に苦しめるみんなを見続けてきたなのです」

 今、そうしているように、ずっとそうしてきていた。

 それにミコは、どこか、負い目を感じているような雰囲気で話す。

「ずるくも、不公平にも、私だけはそうであったなのですね」

「…なるほどな」

(迂闊なことは言えんな)

 ミコの雰囲気に、下手なことを言うべきではないと、ミルは短い相槌だけを返す。

 そんなとき、ふとミコは言う。

「…だからこそ、なのですね」

「…だからこそ?」

 聞き返すミルに、ミコは頷く。

「私は今言ったとおり、ずっと自分だけは無事であったなのです。だからこそ、やるべきだと、思ったなのですよ」

「やるべき…」

 強い責任感と使命感。それらが感じられる言葉に、ミルはミコが言わんとするところを察する。

(それが…)

 ミルが内心で、察したことを言うのと同時、ミコははっきりとした口調で、言う。

「たった一人、幸いと言える私こそが、この地に満ちる災いを祓うことを、全ての[奇災]の解決をするべきだと思ったなのですよ」

「ミコ…」

 ミルは見る。

 自分のした決意を話すミコの目には、強い意志の光がある。

 必ず、目的を果たして見せると言う、意気込みを感じられる。

 かといって気負い過ぎず、追い詰められてもいない。

 冷静に、真面目に、適度な余裕を持ちながら、[奇災]に挑む意思を宿している。

 そんな彼女を見て、ミルは思う。

(…いい奴じゃな)

 その責任感、余裕、使命感に、ミルは好感を覚える。

 ミコのことを魅力的であると、惹かれるとそう思った。

(こんな奴なら、いいかもな。…主としてはどうも違うのじゃが、協力する仲間としては…)

 仲間としてなら認められる。仲良くできる。

 そう思ったミルは、ミコに言う。

「…のぉ。儂は正直、さっきまでは、お主のやりたいことに協力する気はあまりなかった」

「…ふむ?」

「じゃが、な。お主の今の言葉で、気が変わったわい。もし主が見つかったら、そのときはお主に協力しよう。今、儂はそういう気になった」

 それに、ミコは軽く笑う。

「そうなのですね。まぁ、主として認められないのは残念なのですが、一歩確実に前進したので、それはそれで良しなのですね」

「そうか。まぁ、主探しも、お主のために積極的にやろう。いち早く、お主のやりたいことのため、儂の力を使えるように、な」

「…ありがとうなのですね」

「礼は良い。相変わらず、儂若干勝手言っとるしな」

「そうなのですね」

 小さな微笑みを浮かべたまま、ミコは頷く。

 そうして、ここまでのやりとりで二人が仲を深めた…そのときであった。

『グッパァパァパァパァ!!パァァァァァァァァァァァ!!』

「!?」

 突如後ろから聞こえてきた奇妙にして聞き覚えのある声に、二人は驚いて振り向く。

 その直後、半地下の階段付近が砕け散り、何かが二体、床に着地する。

「パッパパァパパァ!!」

「パァパァ!」

 [奇災]に影響された住民…マシンガンゾンビだ。

 それが二体、ここまで結果的に隠れていた二人を狙うように、立ち上がる。

「っ、不味いのじゃ…!」

 ゾンビを見、ミルは言う。

 今、彼女らがいるのは逃げ場のない閉鎖空間だ。そこに、外壁を容易に破壊できる存在が二体、入り口付近に陣取り、彼女らを狙っている。

 それは素人にも分かるほどの、明確に危険な状況だ。

(…逃げ場も、盾にするものもない…!)

 半地下は狭く、障害物もロクにない。

 対して、入り口をふさぐゾンビ二体は今にも唾の乱射を始めようと口を開き始めている。

 それを見、防御力など皆無の服に包まれた体を抱き、ミルは身を固くする。

 そのときだ。

「これぐらい…なのですねっ」

「!」

 ミコが動く。

 言葉を発する前より袴に手を突っ込んでいた彼女は、その側面のポケットより、何かを素早く引き抜く。

 直後、彼女は両手のそれらを、腕が斜め十字を描く軌道で放った。

「てぇりゃ!」

「ぬ!?」

 ミルは見る。

 鋭く投擲されたのは三角定規だ。

 透明な本体に黒色で数字とメモリが書かれた、ごくごく普通のそれらが弧を描き、瞬時にマシンガンゾンビ二体の眉間に突き刺さる。

『ぐっぱぁ!?』

「おかわり!」

 さらなる攻撃。

 ミコは次に取り出し、投げたのは二枚の木製まな板だ。本来重量からすぐ落下するそれらは、彼我の距離が短い事もあり、高速で飛んでいき、よろけたゾンビたちの鳩尾に直撃する。

 それによってうめき声を上げ、彼らは倒れる。

「……」

 ミルはいきなりのその光景に、驚きで固まる。

 そんな彼女の手を、ミコは取る。

「とりあえず脱出なのですね!」

「お、おう、そうじゃな!」

 驚きを残しつつもミルは頷き、ミコに続いて地上への階段を上る。

 そうして、ところどころ壊れたそれを登り切り、二人はすぐに地上に辿り着く。

(ふぅ…危なかったの)

 地下のゾンビが追ってこないのを確認し、ミルは地面に座って息をつく。

 それから、近くにある庭の飾りで階段を軽く封鎖するミコに、言う。

「…お主、えらい行動力じゃな。さっき儂に認められようとした時もそうじゃったが」

 ミコは、あの状況で敵に臆するどころか即攻撃を仕掛けて倒し、地上に逃げることを成功させた。恐るべき度胸と行動力である。

 ミルはそれに感心する。

 そんな彼女に対し、ミコは作業をしながら特に誇るでもなく言う。

「別に、必要だと思ったから、やっただけなのですね」

「一切躊躇なしにか」

「躊躇する必要があるなのですね?臆したりしていては手遅れだったと思うなのです」

「…まぁそうじゃが。んー、凄い奴じゃの」

 必要と思えば大胆な行動にも打って出られるミコに、ミルは再び感心する。

(頼もしいことじゃが)

 などと思ったところで、ミコの作業が終了する。

 同時、彼女は立ち上がり、神社の周りを見回す。

「それはともかく、早く逃げないと不味そうなのですね」

「…じゃな」

 ミルはちらりと、広くない神社の外に視線を送る。

 そこでは、多数のマシンガンゾンビが、彼女らを狙うかのように徐々に歩いてきている。

 来る方向は四方八方だ。このまま行けば、二人に対する包囲網が構築されてしまう。

 もしそうなれば一巻の終わりだ。

「…あんな唾マシンガンをあちらこちらから打ち込まれても叶わん。そうなったら遺体の確定、嫌なのじゃ」

「ですね。私の特性も、そうなるまで行っては役立たないなのですね」

「そうなのか?」

 ミルが立ち上がる中、ミコは頷く。

「基本は、[奇災]の影響を免れるぐらいのものなので、四方八方から攻撃されて無事でいられる、というわけではないなのですね」

「なるほどな。そこまで都合が良いものではないか」

「なのです」

 再びミコは頷く。

 そして、退路を探そうと彼女は視線をさ迷わせ、包囲網の中で手薄なところを見つける。

「ミル、あちらならまだ逃げることが出来なのですね」

「そうか。なら先頭頼むぞ、儂はこの街の道、どうなっているかよくわからんからな!」

「了解なのですね!」

 ミコが返事すると同時、二人は神社を飛び出し、包囲の空白地帯を一目散に駆け抜ける。

「グッパパパ!!!」

 ミコを先頭とした二人のその動きに、他の場所のマシンガンゾンビ達は反応、そちらを向いて歩き出す。

 同時、その口から唾が乱射され、二人の周囲にある手建物に多数の穴を造っていく。そして、唾の一部はミルの尻に掠る。

「んあ!?い、痛いのじゃ!うんぎゃー!」

 それに、ただでさえ布面積の少ない服で防御力のないミルは身震いする。

「怖いのじゃ!!」

「確かになのですね!」

 自分も唾をいくらか受けつつ、[マガヒー]故の頑丈さで痛みで済ませたミコは頷く。そして、はぐれないようにミルの手を繋ぐ。

 ミルもその手を握り返し、二人はそこまで広くも狭くもない街中を、走っていく。

(人生初めてのリアル街並みに興奮したいが、そんな暇ないし気分でもないのじゃー!)

 ヒリヒリと痛む尻に内心で叫びつつ、ミルはミコに遅れまいと走っていく。

 そうしていくことで、移動速度の遅いマシンガンゾンビとの距離は徐々に開いていく。

「なんとか…なりそうか?」

 神社を包囲していたゾンビ達による破壊音が徐々に離れていくこと、尻の痛みが治まってきたことに、ミルは少し安堵の感情を覚える。

 そんな彼女に、ミコは言う。

「多分、このまま行けばなんとか!」

「なら…!」

 無事逃げられるのではないか。そうミルが期待した時であった。

『グガァァァァァァァァ!!』

『!』

 民家の壁を粉砕し、新たに発生したマシンガンゾンビが二人の前に三体も現れる。

 それに驚く暇も対応する暇もなく、その口から多数の唾という弾丸が打ち出される。

 しかも、その弾丸たる唾は今までよりさらに大きい。

 もし食らえば、頑丈だと言う[マガヒー]のミコさえも、無事では済まなさそうである。

「くぅ!」

「こっちなのですね!」

 それを瞬間的に悟ったらしいミコはミルの手を引き、数発食らいながらも三体の射線上から逃げ、別方向へ行こうとする。

 だが。

「!」

 すぐに別の民家よりマシンガンゾンビが複数現れ、攻撃をしてくる。

 今度は巨大唾弾丸に加え、指の爪を針のごとく高速射出さえもしてくる。

 見た目だけは面白いが、本質的にはただ危険でしかない。それらを避けるため、ミコは袴から敵に物を投げつけて時間稼ぎをしつつ、ミルと共にさらに別方向へ逃げる。

 …しかし、多数のマシンガンゾンビは、[奇災]は、災いを免れる二人を決して逃さない。

 一度は神社周辺に集まったマシンガンゾンビたちは、意識がないにもかかわらず、まるで意思があるかのように有機的に動き、二人を徐々に、そして確実に追い詰めていく。

 そうして、二人が逃げて、逃げて、逃げ続けたとき、それは起きてしまう。

「…!しまった、ここは行き止まりだったなのですね!」

「っ、だめじゃ、後ろもあいつらで一杯じゃ!」

 とある道の先、三階建ての民家に三方を囲まれた場所に、二人は追い詰められる。

 周囲の壁は高く聳え立ち、超えることは簡単ではない。

 加えて、唯一壁のない、彼女らが来た一方向は、既にマシンガンゾンビで埋め尽くされ、戻ることなどできない。

 …絶体絶命。

 そうとしかいいようのない状況に、なってしまっていた。

「グッパァパァパァパァ!!」

 一番前にいるゾンビの一体が、まるで嘲笑うかのように声を上げ、首をかくんかくんと揺らす。

 そして、全てのマシンガンゾンビが逃げられない二人を前に、口を開き始める。

 もし、あれらを食らえばそこまで頑丈でもないミルは勿論、ミコでさえも無事では済まないかもしれない。

 そう思い、ミルは死を予感してしまう。

「…くっ。儂生まれて早々こんなところで…!」

 主を見つけることもなく、災いを祓う道具としての力を発揮できることもなく、終わってしまうのか。 

(…これで、終わりなのか…。それに、ミコも…)

 ミルはミコを見る。

 あれだけの強い思いを、意思を持った彼女もまた、ここで理不尽に終わってしまう。

 仲間としてなら認めたいと思った、魅力的で…好意的に捉えた彼女がそうなってしまうことに、ミルは悔しさを感じざるを得なかった。

(こんな終わりは、嫌じゃ…!嫌じゃぁ!)

 …しかし、そんな彼女に、身を固くするミコに、[奇災]は容赦などしない。意識なき悪意の牙を、容赦なく剥く。

「グッパァパァパァパァ!!!!!」

 全てのマシンガンゾンビの口が、開ききる。

 破壊の弾丸の発射が今まさに、始まろうとする。

 理不尽な終わりが、二人に襲い掛かる。

『!』



 それは避けようのない事柄であるはずだった。

 災いと言う理不尽が、彼女らの身を裂く、そのはずだった。


 だが、そうなることはなかった。


「俺が助けてやろう!有料でな!」


▽―▽


 突如として放たれたその言葉に、ミコは頭上を見上げる。

 理不尽が迫る中、ここで終わるわけにはいかないと、そう思っていた少女は、建物の上のその姿を直視する。

「さぁ、どうする!?」

 そう問うのは、[マガヒー]の特徴を持たない、外界からの来訪者たる、一人の男であった。

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