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[第一章:災祓いの神、降臨]その5

 ミコが住まう名無しの街には、やや四角い民家と、砂交じりの地面が交互に広がっている。

 住民がそう多くないためか、普段のそこは閑静な住宅街、といった様相を呈している。

 …そう。普段は、である。

 今このとき、ただの平和な街は普段とは全く違う形に変貌しつつあった。

「クガァァァァ…」

「…クゥガァァァァ」

「フガァァァァ…」

 つい数分前までは静かであった住宅街に、複数の唸り声が響き渡る。

 その直後、住宅や路地の陰から、次々とある者達が現れていく。

「フンガァァァァイィイ!」

 それは、一見すればこの街に住まう[マガヒー]たちだ。

 だが、よく見れば彼らの様子がおかしいことが、尋常ではないことはすぐにわかる。

 彼らは皆白目を剥き、両腕を胴体と垂直になる位置にあげ、おぼつかない足取りで道を歩いていく。

 唸り声をあげながら、だ。

 そして、彼らの異変はそれだけではない。

「グッパァ!」

「グッパァ!」

「グパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!!」

 彼らの鼻や口からは今、多量の液体が弾丸のごとく連射され、道端の看板や建物の外壁を壊していっている。

 液体の正体は唾だ。

 何故か拳銃の銃弾並みの威力を誇っている唾が、無秩序に連射され、街は徐々に壊されていく。

 そして、マシンガンを搭載した兵器のごとき状態となった住民たちは、白目を剥いていることから分かるように、正気どころか意識すら失い、街中を闊歩する。

 そんな状態が、まるで感染するように無事な住民へと伝播し、マシンガンゾンビともいうべきものが次々とその数を増やし、街に破壊をもたらしていく。

 …今このとき。

 しばらくは平和であった小さな街は、新たな[奇災]によって地獄へと変えられつつあった。


▽―▽


「…なんじゃこれは」

 半地下の窓から外を覗き、ミルは呟いた。

 今、外では口から唾を乱射する、不気味な者達があちらこちらを歩いている。

 明らかに、普通の状況ではない。

(…ここはディストピアなのか?)

 ディストピアの具体的イメージは、知識不足でよく分からないが、ミルはそう思う。

「…おい、ミコよ。一体何なんじゃアレは。この世界では、ああいうものが日常的に闊歩しておるのか?」

「…えーと、なのですね」

 ミルと共に外の様子を覗いていたミコは、しばし回答に窮す。

 そして、十秒程沈黙してから言った。

「…その問いには肯定も、否定もできますなのですね」

「どういうことじゃ?」

 はい、と言ってミコは言う。

「…私達が今いる、この閉鎖された大地は[マガツイキ]と言うなのです。そして、そこでは日々、奇妙奇天烈な災害が必ず起こっているなのですね」

「奇妙…奇天烈?な災害じゃと?」

「…[奇災]。私たちは分かりやすくただそう呼んでいるなのですが。あまりに奇怪で、誰かの意志が働いているしか思えない、おかしさな災害。それがこの地には常に発生しているなのですね」

 そして、とミコは言う。

「今起きているあれも、おそらく[奇災]」

 ミコは続ける。

「今ゾンビ化しているあれらは、皆私のご近所さんです。そんな彼らを、今のような状態に変えてしまう。これらのようなことが[マガツイキ]各地で起こっている」

「…なぜ、そんなことになっているのじゃ」

「ええ。それは…この地に[災塊]が集められているからですね」

「…[災塊]?」

 ミルの問いに、ミコは語る。

 二十年ほど前に、この地に周囲の世界より[災塊]…ミルが接触可能な災いの原因存在が集められことを。そして、それらによってこの地は閉じ、あちこちで日夜、[奇災]が起ることになっていることを。

「だから、起きている[奇災]によってはああいうものが日常的に闊歩していたりも、してなかったりもするなのです」

「…」

「…妙な、世界じゃな」

「確かに、客観的にみれば、なのですね。私は初めからここで生きているので、多少慣れてはいるなのですけど」

 そんなミコの言葉を聞きながら、ミルは思う。

([マガツイキ]…[奇災]に見舞われる世界、か…。儂は妙なところに生れてしまったようじゃな。…じゃが)

「…妙だからこそ、かもしれんな」

 ミルは思い出す。

 先ほど、ミコはこの地に満ちる[奇災]を解決したい、と言っていた。 

 それほどまでに、この世界で彼女ら[マガヒー]は苦しめられているのだろう。

 だから、災いの解決を望み、例の[リーチュ]によってミルと言う存在を生み出すことになったのだ。

(…必然、かの)

 自分は災いを祓う力を持つ道具。だからこそ、なるべくして、自分は今この地にいることになっているのだと、ミルは思う。

 そこで、ミコがふと言う。

「…一応、[奇災]によって死人が出るようなことは、あまりないのは良いなのですけど」

「…ぬ?そりゃどういうことじゃ?」

 ミルは疑問に思う。

 今のマシンガンゾンビ化を一例とする、このような奇怪な災害に日夜見舞われているというのに、死人があまり出ないとは変ではないのか。

 絵面が若干面白おかしいだけで、[奇災]の本質はミコが言った通り災害のはずだ。であるならば、災害の発生頻度も考えれば、それによる死者もそれなりにいなければおかしい。

 知識が少ないなりにそう考え、首を傾げたミルに、ミコは言う。

「それは、私達[マガヒー]が頑丈にできているからなのですね」

「頑丈?」

「ええ。…私達にとって、ある意味の不幸中の幸い、というものなのですね」

 不幸中の幸い。

 その言葉を言う際、ミコは一瞬だけ表情に翳りを見せる。

 だが、彼女はそれを消し、言葉を続ける。

「…元々私達…いえ、私の親世代は、[マガツイキ]に集められた[災塊]により、[マガツイキ]ができあがると同時、この地と同じように[災塊]の影響を受けて変質したなのです。そうして、体の一部が歪み、このような物体が生えた存在となった…」

 ミコは自身の右側頭部に生える物体を触って見せる。

 そして、さらに続ける。

「ですがその際、この地に元々あった[災塊]の対の存在である[幸塊]が、なぜか対抗するように力を発揮したらしいなのです。その結果、私達の変質内容は少し変わり、異常なまでの頑丈さが与えられた。そうして、私達は爆発程度では死なず、高所からの落下にも耐え、[奇災]によっておかしな状態にされても、生き残れるようになった…」

「…ふむ。それは、確かに不幸中の幸いと言えるな」

 外界による一方的な[災塊]の押しつけと、それが満ちた状態での閉鎖。

 それによって災いに満ちた地で生きることを余儀なくされた[マガヒー]たちにとって、その異常なまでの頑丈さの獲得は不幸中の幸い、と言えよう。

「しかし、それも必ずしも幸い、と言うわけではないなのですが」

「…?」

(なんでじゃ?まさに不幸中の幸い以外の何物でもないじゃろ)

 そう思ったミルに、ミコは言う。

「…私達は頑丈さからそう簡単に死ねない。つまりは、一生[奇災]に脅かされ続ける…」

「…」

 ミコは街の中がマシンガンゾンビで満たされていくのを見ながら、言う。

「各地で密集して存在する[災塊]の力に影響され、苦しみ続ける。それが確定しているなのですね…」

「今の、あそこの奴らのような状態を、ずっとか」

「はい、なのですね」

 ミルの言葉に、ミコは深く頷く。

 そして、彼女は言う。

「…だからこそ、[奇災]の解決を。あれらの災いを祓わなければならないなのですね」

「…」

 ミルはちらりと、ミコの横顔を見る。

 静かに[奇災]の様子を見据えるその顔には、強い使命感が滲んでいる。

 ミコと言う少女は、伊達でも酔狂でもなく、真剣に[奇災]を解決しようとしている。

 それが、ミルにははっきり理解できた。

(…強い覚悟があるようじゃな)

 街の、悪化の一途をたどる光景に視線を戻しつつ、ミルは思う。

(…自分達のような[マガヒー]を苦しめる、あれのような災いに挑むと言う…ん?)

 そこで、ふとミルは今まで一番大きな疑問を覚える。

(今、この街では住民があんな変なものになる[奇災]が起きておる。[災塊]に影響されとる奴らに区別はない…。皆等しくあの災いに巻き込まれ、おかしな状態になっておる)

 感染するように広がっているところもあるが、マシンガンゾンビ化した住民が周囲に誰もいない中、無事な住民がいきなりゾンビに変わるところも、この半地下からは見ることができた。

 今発生している[奇災]は、間違いなく、ここにいる[マガヒー]全てに等しく、そして理不尽に襲い掛かっている。

 …にも関わらず。

(…なぜじゃ。何故こやつは…ミコは影響を受けておらん…)

 ミルは見る。

 傍らのミコは、いたって問題ない状態だ。そう、あまりに問題がなさすぎる。

 この建物周りは全てマシンガンゾンビ化した住民だらけにもかかわらず、彼女の身には不自然にも、何も起こってはいない。

(…儂は、一応あまり影響受けん設計らしいが)

 [リーチュ]で生まれた際に頭の中に組み込まれた情報から、ミルはそう思い、内心で言葉を続ける。

(じゃが…そんなわけでもないミコは何故、無事なんじゃ…?) 

 そのことにミルは眉を顰める。

 そして、思わず問いかけた。

「…なぁ、ミコ。何故お主は、他があんなことになっておるのに無事なんじゃ?」

「それは…」

 瞬間、ミコはミルの問いに、表情を僅かに曇らせる。

 そして、数秒の沈黙の後、答えた。

「…私が不幸中の幸いと言う、特性を持つからなのですね」


▽―▽


 その身は進む。

 生まれた地とは全く違った、どこか重たい雰囲気が満ちているそこを、彼は静かに歩いていく。

 もう戻れない。

 そのことに、当然のように何かを思うことなどなく、彼は進んでいった。

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