[第四章:さぁ。奇妙なる災いを祓いましょう]その1
『…』
それは、暗闇をゆっくりと進む。
遅れて気づいた別の存在の居場所を確かめるため、じっくりと進んでいく。
▽―▽
「…上手い、上手い。特にこのクッキーじゃ。小さい儂でも食べやすいサイズに加え、サクッとした触感がよい。なにより表面に均等に散りばめられたチョコ!これがよい、よいのじゃ!最高なのじゃ―!もっと食べたいのじゃー!もっとくれなのじゃー!」
「うるさいぞエロ魔ガキ!横で騒ぐな!クッキー落とすだろうが!」
「落とすならそれ儂にくれ!」
「やらん!」
「ならエッチなこと…ああ、口に入れるな!半分だけでいいからよこすのじゃー!」
「元気なのですね」
ミコは目の前の二人の様子を見て、そう言った。
今、彼女ら三人は、目覚めた部屋と似た意匠のリビングにいる。
寝室の三倍ほどの規模があるそこには、奥にキッチン、左右に出入り口に扉があり、その扉に挟まれる位置には、四人ほどが囲えるサイズの机が置いてある。
そして、その机の上には幾らかの料理が乗った皿が置いてあり、ミコ達は今、人数分のそれらで、ちょっとした食事をしていた。
こうなっているのは、ジージの提案が発端である。
寝室で起きた三人の前に現れ、簡単な自己紹介だけをした彼は、まずは食事をしないかと三人を誘った。細かい話はそれを終えてから、とのことである。
それに対し三人は、[トーソ]に入る直前から今に至るまで何も食べておらず、空腹であったことから、ジージの誘いを受け、ここへついてきていた。
そうして、彼が入り口で立って見守る中、席に座って料理を食べ始め、今に至るのである。
「くぅ。もうクッキーが終わってしまったのじゃ…しかしまだ欲しい…。甘党に入党した以上、もっと欲しいのじゃ!」
「甘党って政党じゃないだろ。…っと、俺の残りのクッキーはやらんからな!」
料理は量こそそこまで多くないが、どれも非常に美味しいものであった。特に、小皿にそれぞれ七枚盛られたチョコチップクッキーは、ミルとイルカネには好評なようであり、先ほどから二人はずっと、それ関連の話ばかりをしている。
そんな彼らの様子を見、自身もクッキーを食べながら、ミコはちらりと伯父を見る。
(手料理を出してくれたのは嬉しいなのですね。腕も相変わらずで)
両親が他界した後、ジージは神社を訪れた際、しばしばミコに手料理を振る舞ってくれていた。
その料理はいずれも美味しく、久しぶりに会った今も、その腕は落ちてはいないようであった。
(…しかし、それはそれとして)
ミコは最後のクッキーに手を伸ばしつつ、思う。
(伯父さん、なぜこんなところに?元々、各地を飛び回ってはいましたけど…)
ジージは移動中、ここが[トーソ]の地下だと言うことだけは教えてくれた。
だが、何故そんなところに伯父がいるのか、ミコには分からない。
(見た感じ、しっかりとした家…拠点?を築いている。それなりに使っている感じもしますし…どうしてそんな…?)
そもそもミコは、伯父が何のために各地を飛び回っているのかは知らない。自由人なところがあることから、そこに関わっているような気はしていたが、具体的に何を目的としているのかは一切知らないし、分からないのである。だからこそ、伯父がわざわざ、[奇災]が大規模に発生しているここの、しかも地下に、しっかりとした拠点を築いてまでいることは、彼女にとってただただ不可解なことであった。
(被害を受けるだけになるはずなのに…)
ミコ達三人のような、例外的な者でもない限り、[奇災]の影響は受ける。この都市の場合ならば、首から上が容赦なく離陸する可能性が常にある。伯父は、それが分からないようないような阿呆ではないことは、ミコは知っている。つまり、彼はそのリスクを分かった上でここにいるということであり、だからこそ余計に、ミコには不可解でしかなかった。
(一体…どういうことなのですね…?)
そう、最後のクッキーを飲み込んだミコが思ったところで、イルカネが言った。
「ふぅ。あっという間に終わったな。美味しいと一瞬か」
「んじゃな。どれもおいしかったのじゃ。特にクッキー!あれはいいものじゃったー!」
二人が料理を食べ終わり、それぞれ感想を言う。ミルに関しては、よほどクッキーが良かったのか、やけにテンション高く、子どもっぽく言っている。
それと同時、ミコもクッキーを最後に自分の分を食べ終えたことで、ご馳走様と言って食事を終える。
「伯父さん。美味しかったなのですね」
「ん、それはよかった。…で、どうだ、元気はでたか?」
「元気?あ、はい。それは勿論」
「そうだな。起きた時はさっきの疲れも少しあったもんだが」
「美味しいもの食べて吹っ飛んだの」
「よしよし。それはいいぞ。頑張って用意したかいがあったというものだ、ん…」
出入り口の扉、その片方の横に立ったジージは、三人の反応を見て満足そうに言う。
ミコはそれを見て、
「もしかして、私たちを元気づけるために食事に?」
「そうだぞ?まずは元気がないとな。たとえ多少でも、弱った状態では、集中力に影響するだろう、ん…」
「なるほど。お気遣いありがとうなのですね」
「ははは、いいさ。さて…」
ジージは大きめの声で短く笑った後、三人に言う。
「そろそろ、話を聞きたいんじゃないか?ん…」
「…だな。それは聞きたい」
そこで、最初にイルカネが席から立ち上がった。
「あんたが、ミコの伯父なのは分かった。だが、それ以外何も分からん。なんで俺たちを助けたのか、ここまでしてくれるのか、な。しかもタダで」
やや“タダで”を強調して、イルカネは言う。
「ミコにするならわからなくもない。姪っ子だし、今までも助けてたらしいしな」
「ん、ミコから聞いたのか?」
「ああ。…だが、だ。どうして俺たちにまでやってくれたのか、それが分からん」
「…そうじゃな、儂も不思議じゃ」
多少未練がましくクッキーの乗っていた皿に触れつつ、ミルも立ち上がって言う。
そこに、続いて席を立ったミコも加わる。
「それは私も気になるところなのですね。それに、伯父さんがこんなところで、何をしているのか。それも知りたい…」
「ん、ほう…」
ジージは三人の言葉に頷く。
そんな彼を見ながら、ミコは言う。
「だから。どうか教えてください」
ミルとイルカネが頷く中、ミコの言葉。
それにジージが頷いたところで、
「それらは全て、私たちのただ一つの目的に由来しての事よ」
別の声が新たに聞こえてきた。
「…!この声って…」
ミコが声に反応する中、ジージの横の扉の片方が開く。そして、そこから入ってくる者が一人いる。
今しがたの声はその人物が発したものであり、その声に、またもやミコは聞き覚えがある。
(だいぶ前、最後に会った時から多少変わってはいますが…これはおそらく…)
ミコが思うのと同時、入り口の扉が閉められ、ジージの隣に新たな[マガヒー]が立つ。
老齢のその女性を見、昔見た人物の面影をそれなりに強く感じたミコは言う。
「もしかして、伯母さん?」
「あら。十年は会ってないわけだけど、よくわかったわね、ミコ」
女性…ミータ・フチュサはミコを見、軽く笑って見せる。
「久しぶりね」
「本当に久しぶりなのですね」
両親が他界する前に会ったきりで、随分顔の変わったミータに、ミコは言う。
そこに、ミルが言う。
「伯母さんとな?」
「はい。こちらはミータ・フチュサ。伯父さんの妻であり、私の伯母さんなのですね」
「なるほどな」
ミルと共に、イルカネは頷く。
それを尻目に、ミコはミータに言う。
「…ところで、どうして伯母さんもここに?伯父さんもそうですけど、ここで何をして?」
ミコは言う。
「知っていると思いますけど、この[トーソ]では、首から上が離陸する[奇災]が発生している。地下でも多少の深度なら影響は免れないはずなのですね。それなのに、どうして二人はこんなところに…」
その言葉に、再開で緩んだ表情を真面目なものに変え、ミータは言う。
「その答えはやはり、私たちのただ一つの目的に由来しての事よ」
「目的…」
「ええ」
「ん、そうだな。我妻よ」
ジージはミータに目配せする。そして、ミコ達の方を向き、妻の言葉に続いた。
「吾輩たちの目的。それは、お前達と同じだな、ん…」
「同じ?それって…」
(もしかして)
ミコは伯父の言わんとする処をなんとなく察っする。
それにジージは頷く。そして、答え合わせをするかのように、三人に言った。
「[奇災]の解決。それが、吾輩たちの目的だ」




