[第三章:災禍都市トーソ]その5
「…さて。アレらの横暴を迂闊にも許した分は、やらないとならないわね」
暗闇の中、鋭い視線が上より落ちる者達の姿を捉える。
「目的のためにも」
ややしわがれていながら、力強いその声と共に、その身は暗闇の中を舞った。
▽―▽
「…」
目の前に、過去があった。
「…」
まだ幼き頃。両親を失って一年程度のときの記憶が、目の前で流れる。
「…」
見知った町で、一つの[奇災]が起こっている。
誰かが転んだ瞬間、その尻から火が噴き出し、意思に関係なく、空中で高速横回転させられる。
そんな光景が、周囲には広がっている。
「…」
ぱっと見では、まるでおふざけのようなその光景は、その実、被害を受ける者達の苦しみと共にある恐ろしいものだ。それは、空中で回る者達の表情を見ればすぐにわかる。
「あ…ぁア…!」
「い、いあ…」
「…うが…」
高速回転の遠心力により、まともに悲鳴すら上げられない彼らは、皆悲しみ、苦しみをにじませた表情で、その意思とは関係なく宙で回り続ける。
尻が火を噴く痛みに、潰れた声が漏れている。
「…」
それを、唯一被害を受けずにいる彼女は、見ている。
その瞳には、他の苦しみが映り続ける。
「…」
だが、何もできはしない。
「…」
自分は無事であるのに。ただ一人、何かができる身であるはずなのに、彼女は何もできない。
単身そこにいて、見知った人々の苦悶の表情と、声を聞いている事しかできない。
「…」
瞬きが起こる。
そして、目を開くと同時、眼前に広がっていた光景はまた違うものへと姿を変える。
「…」
今度は、街中の扉と言う扉がひとりでに動き、荒ぶる獣のごとく、人々を殴っている。
彼らはそれにより、家に入ることも、逆に出ることも気軽にできず、日常を脅かされている。
…だが。
「…」
自分だけはそうはならない。
胸の奥にある、不思議な、微かな温かさを持つ彼女は、扉に殴られることも、叩き飛ばされることもなく、屋内を移動できる。
一人だけ、まともな被害なく、日々を過ごせていた。
「…」
再びの瞬きと共に、目の前の光景はまた別のものに切り替わる。
「…」
今度は、風が爆発となって常に人々へ襲い掛かっている。
多くの[マガヒー]が、爆発で服や所持品を常に破壊され、何もできずに落ち込んでいる。
そして、当然のように彼女だけは、そうはならずにいた。
「…」
視線が下がる。
俯いている。そう感じたと同時、瞬きでまた見える者は変わる。
再び、皆の災いによる苦しみが見え、自分だけは例外であることが
分かる。
皆がこれだけ苦しんでいるのに、自分だけは無事で、それでいて何もできない。
ずっと、ずっとそうで………それが、申し訳なかった。
「………」
景色が変わり、幾つもの過去が見える。
そして、その果てでミコは呟く。
「だから。私は望んだ、なのですね」
[奇災]を解決したいと、皆を災いから救いたいと思った。
唯一無事で、なにかができる、できたはずの自分こそがやるべきと思い、その胸に、[奇災]解決への強い使命感を持ったのだ。
そうして、ミルをつくり、イルカネと協力関係になり、この旅を始めた。
…にも関わらず。
「終わってしまう。…なのですね」
これは走馬灯なのだと、ミコは思う。
「もうすぐ、私は死んでしまう。叩きつけられるか何かして、そこで私は終わる」
たとえ[マガヒー]の頑丈さがあっても、[奇災]の影響を免れる不思議な特性があっても、底の見えないほど深い大穴に落ちては、どうしようもない。
今なお感じている落下の感覚が終わる時…穴の底へ到達するとき、自分という存在はそこで終了する。
そのときがすぐそばまで迫っていると、彼女は思う。
「…でも」
落下の速度の上昇を感じる中、ミコは言う。
「…やっぱり、終わりたくないなのですね」
無駄だな呟きと思いながらも、ミコは続ける。
「…このまま終わりたくなんて…ないなのですね」
成し遂げたのは、まだ一つだけだ。
たったそれだけで全てが終わるなど、受け入れられるわけがない。
納得も、諦めも持てない。
簡単にそうなる程度の思いで、ことを始めてはいなかった。
だから。
「…私はまだ…」
(…まだ…)
急速に思考がぼやける。
頭の中で言葉が続かなくなる。
全てが解け、消えていく。
落下の速度が、極限まで早まる。
(お…わ…くは…)
終わりたくはない。
そう、心で思ったと同時、彼女は叩きつけられた。
「いたっ!?」
床に。
「…?…?な、なんなのですね」
ミコは目をぱちくりさせる。
目の前、というか自身の体の下にあるのは、木製の床だ。
表目を綺麗に処理されたそれの左隣には、小さなベッドが存在している。
そして、そこからシーツのようなものが垂れ下がり、ミコの体に巻き付いていた。
「…」
ミコは、うつ伏せに倒れているらしい体を起こす。
それから、ベッドの上から床の自分まで伸びているシーツと、妙に床側にずれた枕を見る。
「…これ、は…」
しばしの思考。
後、ミコは言う。
「…もしかして、寝ていて、床に落ちた?じゃぁさっきのは夢、なのですね?」
ミコはあたりを見回す。
周囲に広がっているのは木製の壁で囲まれた、四角い生活感のある寝室だ。天井には淡い色の照明があり、壁際の棚に小さな観葉植物が置かれたそこは、少なくとも死後の世界のようには見えない。
また、自分の心臓が確かに動いていることも、ミコは感じる。
「息もしている。私は、間違いなく生きている。なら…」
(やっぱりさっきのは、夢だったなのですね)
走馬灯と思っていたのはただの過去の夢であり、急速な速度の上昇を感じた落下の感覚は、意識の覚醒が近づいてのものであったと、ミコは悟る。
「思考がぼけたのは、夢が終わるから、だったかもなのですね。…ふむ」
(ということは)
ミコは肩から力を抜き、ほっと息をつく。
「…はぁ。どうやら助かったと言うことなのですね」
“漆黒”たちに落とされた自分が、あのまま終わらなかったことに、ミコは心底安堵する。
「…ベッドにいたと言うことは、誰かに助けられ、寝かされていたというところでしょう。もしそうなら、それは感謝なのですね…と」
ミコははたと気づいて言う。
「二人はどこに?」
ミルとイルカネの姿を探し、立ち上がりつつ、ミコは部屋を見回す。
すると、すぐに彼女らの姿は見つかる。
「あ、私の隣」
ミコが寝ていたベッド、思った以上に奥行きがあるそれの上に、ミルとイルカネの姿はあった。
二人は共に、ミコの体に未だ巻き付いたままのシーツを被り、寝ている。
その寝顔はそれなりに無防備なもので、何か怪我などをして苦しんでいる様子はない。
「…よかったなのですね」
出会ってからそう経っていないとはいえ、一度共に[奇災]を解決し、これからも共に行くつもりの仲間である。
そんな彼らが無事であることを、ミコは純粋に喜んだ。
…と。
「…くらえ~儂の3.14の二乗」
寝言を言いながら、ミルがイルカネの二の腕に自分の胸を押し付ける。
相変わらずのしめ縄のようであり、露出でできているとさえ言える服は、ほぼダイレクトにイルカネにその感触を伝達する。
すると。
「あ」
イルカネの表情が、一瞬にして強張った。
同時、変に震え始める。
「…な…なん…うぅ…えっちぃ…」
(変な寝言を言い始めている)
「…ほれほれ~…くら…のじゃ…」
ミルはイルカネにちょっかいを出す夢でも見ているのか、さらにその胸をイルカネに押し付ける。
それと同時に、イルカネがこわばったまま赤くなっていき、ついには。
「…だぁぁぁぁぁぁ!?やめろ、エッチに過ぎるんじゃぁぁぁ!?」
まるで悪夢でも見たかのように、勢いよく飛び起きた。
「…ぬん?」
その動きで若干弾き飛ばされたミルも、刺激で目を薄っすらと開ける。
その中で、飛び起きたままの姿勢で、イルカネは目をぱちくりさせる。
「…なんだここは?」
「んじゃぁ~…。うぬ?なんじゃここは?」
二人は自分がいるベッドと、その上の天井を見る。
そんな彼らを見ながら、ミコは手を振って言う。
「おはようなのですね」
「…ミコ?あ、ああおはよう」
「おはよう、じゃな…?」
寝ぼけ気味のイルカネとミルは、首を傾げつつミコの方を向いて返事する。
それから、あたりを見回す。
「…ほんと、なんじゃここは。儂らは確か…」
「あー…なんだっけか。なんか落ちたんじゃなかった?」
「…そうじゃな。そうじゃ。儂らはあのとき、連中にやられて深い穴に落ちたはずじゃが…」
何故自分たちは無事で、しかも謎の寝室にいるのかと、二人は首を傾げる。
「のぉミコ。これは一体どういう状況じゃ?儂ら、絶体絶命だったはずなんじゃが、どうして五体満足で、ここで寝てなんておったんじゃ」
「それは…私にもさっぱりなのですね」
ミコはベッドに腰かけ、言う。
「…なんだ、お前も分からないのか」
イルカネの言葉に、ミコは頷く。
「なのですね。私もついさっき、うっかりベッドの端から落ちて、目が覚めたばかりなので」
「お主もここで寝てたということか」
「はい、どうやら。多分、誰かに助けられてのだと思いますけど」
「…なる、ほどの。じゃが、誰があの状況で…?」
「さて…それは」
「全くわからんな」
一体、誰が自分達を助けたのか。
どうして助けてくれたのか。
そういった疑問を、三人が揃って首を傾げた時だった。
『その答えを教えてあげなくもないぞ、ん…』
突然、三人の座る大型ベッドとは反対側、閉じられた扉の向こう側から声がする。
「なんじゃ?」
「誰かいるのか?」
突然の声に反応し、ミルとイルカネはそう言う。
その一方で、ミコは声に別の反応の仕方をする。
(これって…)
ん、という語尾に、そして声質に、ミコは覚えがある。
しょっちゅう聞いていたと言うほどではないが、聞いた回数はそれなりにあり、記憶にしっかりと残っているものに似ている声に、彼女は予感を覚える。
「まさか…」
ミコは扉を見る。
その向こうにいるのは、もしかしたら自分が良く知っている人物かもしれない。
彼女がそう思う中、イルカネとミルが言う。
「いるなら姿を見せたらどうだ?」
「んじゃ。隠れてないでじゃ」
『ん、いいだろう。吾輩の姿、見せてやろうじゃないか』
(吾輩…。それに声も、やっぱり…!)
ミコの中で予感が確信に変わる。
それと同時、扉のノブが回され、開く。
そうして、姿を現した相手を見、ミコは思わず言った。
「叔父さん!」
「や、久しぶりだな、ん?」
そう言った男は、ミコの伯父であるジージ・フチュサであった。




