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[第三章:災禍都市トーソ]その4


『……!』

災いの渦中にある都市、[トーソ]。

そこで今、一つの悪意が少女たちに牙をむく。


▽―▽


「アンさん…?」

ミコは見る。

建物の入り口、先ほどまでは扉が閉じられ、誰もいなかったそこには、いつの間にかアンが立っている。

そして彼女は、今までミコ達に見せてきたものとはまったく別種の、不自然な笑みを浮かべて、立っている。

「なんですか、その変な表情は…。それに、この不気味な存在のことを…」

今、彼女ら三人の目の前には、蛇を想起させる細長い形状をした漆黒の体躯が、頭で照明を潰した後、鎌首をもたげて佇んでいる。

 [マガヒー]の体…いや、それを模しただけの皮を被り、現れた存在。その体はよく見れば微妙に不定形であり、体の端と言うべき部分は常に流動するように蠢いている。そして、そんな体の表面には、星の輝きにも似た小さな光がついては消えていた。

 明らかに、尋常な存在ではない。そんな、怪物とでも呼ぶべきそれについて、アンは知る素振りを見せている。

 それと奇妙な表情、ここに入る前のおかしな様子に、ミコは不安感を覚える。

「一体、あなたは…」

 なんなのか。

 そう、ミコが言い切る前に、アンは言った。

「いやぁ、よかったですよ。無事ここまで誘導出来て」

「…誘?」

『導?』

 ミコが言い、ミルとイルカネが同時に言う。

 それに、アンは相変わらずの不自然な笑みを浮かべる。

「…誘導って。一体どういうことですか。あなたはこの街の[奇災]の解決を望んでいたはずです。それが、どうしてこんなものがいる場所に誘導なんて…」

 困惑してのミコの言葉に、アンは表情を変えずにただ答えた。

「嘘。ですよ?全部」

『は?』

「はい。だから嘘です」

 少し首を傾け、アンは続ける。

「わたしは[奇災]の解決を望んでなんていません。苦しみから解放されたいとも思っていません。…まぁそもそも、わたしは苦しみを受ける側じゃなくて…」

 与える側ですけど。

 そう言うアンに、ミコ達は困惑する。

「どういうことじゃ。与える側っていうのは」

 警戒心を露わにして、棒を構えるイルカネを隣にしてのミルの言葉に、アンが答える。

「言葉通りです。わたしって、端からここの住民でもないし、ましてや[マガヒー]でもありません」

「なんだと?ならなんだと…」

イルカネの疑問に答えるように、アンの言葉は続く。

「…わたしはね?」

 その瞬間、アンの背中から、“漆黒”が噴き出した。

 ミコたちの目の前にいる“漆黒”。それと同質のものを纏い始める彼女の存在で、いつのまにかもう一つの照明も消えた屋内に、邪悪な気配が満ちていく。

 場の雰囲気が、急速に嫌なものへと塗り潰されていく。

「そこのと同じもの。この街にいる存在全てを、ただ苦しめるためだけに存在する。意志ある災いの化身なんですよ?」

「災いの、化身…」

「はい」

 徐々に一体目の“漆黒”と似た姿に変じ始める彼女は、ミコ達に言う。

「本当に、ただ皆が不幸であるために。苦痛であるために。そのために、わたしは…わたしたちは存在する』

 言葉と共に、アンは[マガヒー]…を模していただけの姿を失い、不定形な怪物へと変わっていき、声には不気味なエコーがかかり始める。

『災いは、決して終わってはならない。皆が苦しみ続けるためには、終わらせてはならない。…あなたたちの行為は、見過ごせるものではない…』

 そこに、ディーザを騙っていた“漆黒”が続く。

『そうだ。だからこそ、僕たちは君たちをここへ誘導した。災いを祓おうと、この都市にやってきた君たちを排除するために…』

「…私達を騙して。なのですね」

 ミコの言葉に、アンは、体の変化で歪んだ笑みと共に頷く。

『はぁい。いやぁ、唐突な登場ながらぁ?割とすんなり信用してくれたのでぇ、助かりました。おかげでぇ?すばやくここに誘導できたわけですしねぇ?』

「…嫌な、方なのですね」

(露骨に悪意マシマシで、そんなことを言ってくるなんて…)

 完全に姿を変じたアン…と名乗っていた“漆黒”に、ミコは少し不快感を覚える。

 それに、

「じゃな。嫌な奴じゃ」

「ああ、俺も嫌に思った。アンも、ディーザを名乗っていたそっちのも、な」

 ミルとイルカネも不快感を顔に出し、口々にそう言う。

 それに、“漆黒”たちは笑う。

 悪意にまみれた、邪悪な笑いが、屋内に木霊する。

 それから、アンを名乗った“漆黒”が言う。

『あははは。…さて念のための、災いを祓う手段の聞き出しも終わりました』

(聞き出し?…まさか)

 先ほどの、偽ディーダとの会話は、こちら側の情報を引き出すためのものだったのだと、ミコは悟る。

(振り返ってみれば、私たちは会話の主導権を握られていた…そして、気づかない間に)

 偽ディーダの話術によって、ミコたちは自分達の抱える、[奇災]の解決に関する多くの情報を自ら開示してしまっていた。

(迂闊、なのですね。入る前のアン…の変な様子を、もっと気に留めておくべきでしたか…)

 そうミコが思ったところで、“漆黒”達は言う。

『もはや、これ以上話は不要だね』

 何かが始まることを予感させる言葉に、ミコ達は身を固める。それに構わず、“漆黒”達は、まるで同調するように声質を近いものにしながら、続ける。

『はい。そこの小さい女の子と男の方を排除すれば、まず手段は失われる』

『そしてリーダー格のミコも排除すれば、それで全て解決する』

『つまりは三人全員を消せばいいのです』

『そう。だから…』

 “漆黒”は言う。

『死んでもらおうか』

 その瞬間、戦闘が開始された。

「来るなのですね!」

『はははは!』

 狭い屋内で、まず一体目の“漆黒”が口らしき部位を開けて三人に襲い掛かる。

 それに、ミコは袴から洗濯板を素早く取り出し、素早く叩きつける。

『はっ…ははは!』

「効かない!」

 顔面らしき部位に洗濯板の表面を叩きつけられた一体目は、それをものともせず、まずはミルをかみ砕こうと迫る。

 それに、イルカネが棒を振るって、壁際へと叩き飛ばす。

『ははは!』

 かなりの質量があったのか、一体目は重い音と共に壁を半壊させ、そこに少し埋まる。

「この。こいつは嫌な変態魔神だがいないと困るんだ!殺されてたまるか!」

 その言葉に、ミルは言う。

「感謝じゃぞ、主様!あとでお礼してやるわい!」

「絶対変態行為だろ、それ!いらん!」

『コントの余裕はないですよぉ!?』

 二体目が襲い掛かってくる。

 それに、ミコはフライパンを投げつけ、勢いが僅かに鈍ったところに、イルカネが素早く棒をフルスイングする。

『ははははは!』

 顔面らしきところにまともにフルスイングを食らった二体目は、そのまま壁に叩きつけられる。

「どうだ!」

 参ったかと言わんばかりに、イルカネは言う。

 だが、それに返されたのは、相変わらずの笑い声だ。

『ははははは!』

「!結構しっかりやったはずなんだが…!?」

「こっちもなのですね!」

 イルカネとミコが言うのと同時、“漆黒”達はすぐに戦いに復帰してくる。

 ダメージを受けている様子はない。

『はははは!』

『はははは!』

 鎌首をもたげた二体は、今度は左右から、同時に襲い掛かってくる。

「く…!」

「タフなのですね!」

「のじゃ!」

 イルカネが左を、フライパンを持ったミコと、同じものを素早く手渡されたミルが右に対応する。

 両方とも、なんとか攻撃を当てて一瞬退ける。

 だが、やはりまともにダメージは入らない。

 そして、二体の“漆黒”が再び襲い掛かり、それをなんとか迎撃することが繰り返される。

 その中で、ミコは思う。

(相手のタフさもそうなのですけど…。狭すぎるなのですね…!)

 この建物は、天井が低く、奥行きも横幅もあまりない。さらには、長椅子など複数の家具が置かれていることで、非常に狭く、動きづらい空間と化している。

 そのために行動は制限され、迫る相手に攻撃を当てると言う、場当たり的に過ぎる方法しかとれない。

(…しかし、相手は一向に倒れてはくれない。このままではジリ貧なのですね…!)

 このまま相手の突撃にただ対応しているだけでは、いずれ体力がなくなり、最後にはその顎で以て、やられてしまう。

 絶対に、そうなってはならない。

(こうなれば…!)

 必要だと思い、ミコは二人に小声で言う。

「二人とも、次相手の攻撃を捌いたら、入り口から一気に外へ逃げましょう…!」

「…なるほど?動きづらいと思っていたところじゃ、外へに行くのは名案じゃ」

「だな。そっちのほうが、俺も棒が自由に使える。そうしようか」

「なのですね…!」

 三人は頷きあう。

 直後、そこへ“漆黒”たちが襲い掛かる。

『何を企んでるんですかぁ!?』

『無駄だよねぇ!』

 二体の“漆黒”は今までにないほど口を大きく開けて、三人に襲い掛かる。

 それを見、三人は咄嗟に背を低くする。

『お!』

『あら!』

 三人の頭上で、“漆黒”達が正面衝突し、限界まで開かれた口が嚙み合い、一瞬身動きが取れなくなる。

 これ幸いと、三人は各々得物を精いっぱい振り切って、

『てぇりゃぁぁぁぁぁ!!!』

『ははははははははハハハハハ!!』

 “漆黒”を入り口とは反対側の壁に叩きつける。

 それを見届けるが早いか、三人は全速力で入り口へ駆け出す。

「うら!」

 イルカネが棒を斜めに振るい、扉を破壊する。

 出られないようにか、鍵が壊され、開かなくなっていた扉は粉砕され、大破したそこを、三人は勢いのまま走り抜ける。

「…これで、とりあえずは自由に戦えます…!」

 市役所と偽られていた建物から、三人は距離を取る。

 その直後、壊れた扉をさらに壊して、二体の“漆黒”が姿を現す。

『はははははは!どこへ行くと言うのですか?』

『はははははは!無駄だと言うのにね!』

 三人は振り向き、“漆黒”達を見る。

『無駄なんだからね?』

『無意味ですよ?大人しく、ここで消されてしまうといいですよ?』

 “漆黒”たちは悪意に満ちた笑い声を上げ、三人を見る。

 それに、ミコ達は言う。

「無駄とは、限りません。それに、ここで大人しくやられたりなんか、しないなのですね!」

「そうじゃ!」

「ああそうだ!そうなったら金儲けが出来んからな!」

 よく知りもしない地で、それなりの速度のある相手から逃げるのは難しい。

 三人はそう判断し、二体の“漆黒”に立ち向かおうとそれぞれの得物を構え直す。

 そして、それを見て、“漆黒”達は再び笑い声をあげた。

『ははははは。全く、無駄だというのに』

「はん、だからな!ミコが言ったとおりに無駄とは…!」

 限らない。

 そう、イルカネが言った時だった。


『『『だから、無駄だと言うのに』』』


『!?』

 突如、ミコたちの後方から声が上がる。

 …いや、後ろだけではない。

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

「これは…」

 ミコ達の耳に、多数のエコーのかかった声が届く。

 そしてそれは、前方や後方からだけではない。全方位だ。ありとあらゆるところから、よく似た、悪意のにじんだ声が響き渡る。

 同時、三人の周囲、地面以外のありとあらゆるところから、“漆黒”が姿を現す。

(これは…!)

 ミコ達を見下ろすように、多数の“漆黒”が体表の光を明滅させ、鎌首をもたげる。

 幾つもの視線がたった三人に注がれるその状況は、完全なる包囲の完成を意味していた。

「…なん」

「じゃと」

 全く気づかぬうちに完全に囲まれていたことに、イルカネとミル、それにミコは絶句する。

 そんな彼女らを見下ろし、アンと名乗っていた一体が、言う。

『だから、無駄だと言いましたよね?あなたたちがここに来、多少時間を潰してしまった時点で、全ての準備は完了していたんです。災いを祓おうとするものを、排除するための包囲網は出来ていたのです』

「…」

 元々の薄暗さに加え、多数の“漆黒”がいることで黒色に塗りつぶされた空間で、ミコ達は喋る一体を見上げる。

『もはや、皆さんに生存の可能性はない。なにをしたところで、無駄なんですよ』

『そう、無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』

『無駄』


『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』『無駄』


 周囲の“漆黒が笑う。

 多数ながら一つにも聞こえる声で、無駄という言葉が、ミコ達へと降り注ぐ。

 そして、それまで喋っていた一体は言う。

『では。皆さんとはここで、お別れ、ですね?』

「…!」

 何か、ミコは言おうとする。

 これから自分たちに襲い来る悪意と理不尽を予感し、咄嗟に何かを言おうとする。

 だが、それがなされる前に、

『さようなら?ですねぇ?』

 “漆黒”の群れが、もれなく口を大きく開け、彼女らめがけて殺到する。

 頭上を埋め尽くす黒色の理不尽が、ミコ達に襲い来る。

 それに、ミコは。

(こんなところで…!)

 そう思った時、胸の内で、何かが膨れ上がるような感覚を覚える。

 しかし、それについて深く考える間もないまま、三人に“漆黒”が迫る。

 そして、咄嗟にミコとミルをイルカネが抱え、避けようと動く中、多数の“漆黒”が次々と、彼女らのすぐそばの地面へと着弾していく。

「こ、の…!」

 イルカネは必死に攻撃を避け、それを続けようと動いていく。

 だがその足元で、“漆黒”達が地面に連続でぶつかった影響で、多数の罅が入り、一瞬にして拡大していく。

 そして十秒としないうちに、罅は致命的な、割れに至った。

「な…!」

「んじゃ…!?」

「あ…!」

 割れる。崩れる。舗装されていた地面が砕け、下に空間でもあるのか崩落を始める。

 そうして、すぐに。


 三人は足場を失った。


「落ち…!」

 引っ張られる。砕けた地面の下、そう深くないところに存在する穴に、ミコ達の体は吸い込まれていく。

 世界の法則が、彼女らを光なき深淵へと強制的に引っ張り込んでいく。

「…」

 ミコは。落ち往く中見る。

 “漆黒”があらかた突撃し、黒色の減った頭上には、僅かに日の光が見える。

 それが、急速に遠ざかっていく。

 地上の光は遠ざかり、その体は深い暗闇へと没していく。

(こんな、ところで…)

 終わりたくない。

 まだ、一つしか[奇災]は解決できていないのに。まだ、旅を始めたばかりなのに。

 こんなところで、終わりたくはない。

 かつてマシンガンゾンビ達にやられかけたとき以上に、ミコは強くそう思う。だが、その思いに関係なく、その身は闇に沈む。

 そうして、底の見えない暗黒の奥に、少女たちの体は消えていった。



 悪意は笑う、嗤う。全にして一、一にして全のそれらは笑い、嗤っていた。

 予定とは少し違う形だが、無事邪魔者を排除したことに笑い、絶望して落ちていったであろう少女たちを嗤う。

 重なったその声は、生首と悲鳴の木霊する都市に、嫌らしく響いていた。 


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