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[第三章:災禍都市トーソ]その3

 漆黒、あるいは暗闇そのもの。それらでしか表現のしようがないそれは、震える。

「…」

「…」

「…」

 そして、それら(・・・)は動く。

 ただ一つの目的の存在故に、自身の存在意義のために、一つの行動をとり始めていた。


▽―▽


「これは、想像以上の状況なのですね」

 アンの案内で[トーソ]に入った直後、ミコは呟いた。

 彼女ら四人は今、高層建築物の間にある、片側に屋根のついた大き目の通りを、慎重に歩いている。

 そしてそこからは、街の様子を見ることができた。

 …多数の市民の生首が空に乱舞し、どこかに着弾する、悪夢の様子を、である。

 彼女らが市役所に向かって進む、今このときも、どこかで悲鳴と共に誰かの生首が離陸し、一分程度でどこかに落下することが繰り返されている。

 ときには、白目を剥き、うめき声を上げる生首が近くに転がってきたこともあった。

「お、恐ろしいものじゃ。前の唾はきゾンビも大概じゃったが、こっちも…」

「あ、ああ…そうだな、恐ろしいもんだ…」

 ミルに同調していることにも気づかず、イルカネが彼女と隣り合わせでドン引きするぐらいには、恐ろしいことが何度も繰り返されている。

 それに、アンは言う。

「何年も前から、こういった状況は続いています。一応、飛んでいった生首を回収する業者ができ、今この時も頑張って回収しに行ったりして、本当にかろうじて市民の生活は回っていますが、それでも中々辛く、厳しいです」

「…これだけの頻度で首から上が飛んでいくなら、そうもなるなのですね」

 ミコたちが見た限り、五分あたり住人の三、四人は首が離陸している。

 この頻度で首が飛んでいっていては、首から上がなくなれば、その頭が戻るまで何もできなくなる以上、生活を回すのが難しくなるのは当然のことであると言える。 

それでもかろうじて回っているのは、それこそ回収業者というものが頑張って首を回収し、市民に届けると言う行動を繰り返しているからだろう。

(しかし…)

 それは場当たり的対応に過ぎない。幾ら飛んでいった生首を回収し、戻したとしても、[奇災]が解決されない限り、またいつ飛んでいってしまうかわからない。である以上、その行動は長い目で見れば無駄であるとさえ言えた。

「…結局は根本的な解決が必要です。それも、できれば早急に。だからこそ、皆さんには頑張っていただきたいです」

 アンは三人を先導しながら、そう言う。

 それに、ミコは言う。

「勿論。必ず、そしてすぐにやりましょう」

 一方、そんな彼女を尻目に、ミルは言う。

「ま、あ・る・じ様が我が儘でなければすぐにできるんじゃがな?」

「誰が我が儘だ。これは大事なことだぞ。後胸を俺の手に押し当てるなぁ!」

「ははは嫌じゃ」

 若干の遠回りの原因となっているイルカネに対し、お仕置きのつもりか胸を押し当てるミル。

 それをミコが見、相変わらずだなと思う中、アンは彼女らを背に、ふっと笑う。

「さて。もうじき、市役所です。そこでぜひ、市長とお話をしてください。報酬は今も、ちゃんと出るようになってますから」

 そう言っている間に、アンは角を曲がり、立ち止まる。

 それに続き、立ち止まったところで、三人は前方にある建物を目にする。

「あれは…」

 彼女らの先に現れたのは、一階建ての建物だ。

 形は四角で、横長の前面には大きく不透明な四つの窓、それに一階建てにしては少し高い斜めの屋根には、例にもれず畳が乗っかっている。

 そして、そんな建物が、薄暗い道の奥にぽつんと立っていた。

「これが、市役所です」

 アンは建物を指さし、元気にそう言う。

「これが…?」

「かのう?」

 ミコとミルはアンの言葉に、少し首を傾げてしまう。

 彼女らの前方にある建物は、あまり市役所と言った感はない。むしろ、ただでさえ薄暗さのある[マガツイキ]の中、さらに薄暗い場所にぽつんと存在し、窓から変に明るい光を放っているそれは、妙な集団でも詰めている場所のような、変な怪しさがあった。

「おい、アン。本当にこれが市役所なのか?ずいぶんと変な雰囲気なんだか」

 疑わし気な表情を浮かべてのイルカネの言葉に、アンはなんでもないように答える。

「はい、そうです」

「本当ですか?私の地図に書かれてる市役所はもう少し離れた場所にあって、かつもっと大きいんですけど…」

 ミコは袴から地図を取り出し、そこに描かれた市役所の絵とその場所を見て、そう言う。

 それに、アンは笑顔で答える。

「市民の顔面ミサイルで元々のものは壊されてしまって。それでこっちに移転したのです。また、規模が小さくなったのは、色々あってのことですね」

「色々…?」

「はい、色々」

 アンは頷く。

「詳しくは、一市民のわたしは知らないのですけど。色々あって小さくなったらしいですよ?」

「…なる、ほど。まぁ、現地の方が言うなら…なのですね」

 その通りなのかもしれない。

 微妙に釈然としないものを感じつつ、そうミコたちが思ったところで、アンは言う。

「では、さっそく入りましょう。報酬は多分出ると思いますけど、ちゃんと出るか確認して、そして、すぐに[奇災]の解決をするために!」

「…は、はいなのですね」

「あ、ああ…」

 何故か、妙に強引な言い方をするアンに変なものを感じつつ、三人は彼女の後について、建物に近づき、ノックの後、中央にある扉を開ける。

「すみませーん。少し用があってきたのなのですけど…」

 アンが譲るようにして避ける中、ミコはミル、イルカネと共に扉から中を覗きつつ、言う。

 建物内に広がっているのは、多少高級さを感じさせる木製の内装だ。

 左右に広がったそこの天井にはそれぞれ一つずつ照明があり、それらの下には木の長椅子の上に、大きなクッションを置いたソファー代わりのものが、窓に背を向けて置いてある。

 そんな左右対称の空間の右側に、ミコの呼びかけに答える者がいる。

「おや、なにか用かな?」

 そう言ったのは、長椅子の横、小さな椅子に座っていた男性だ。

 ベストを羽織り、少し太っているのか丸い胴体をした中年の彼は、ミコたちを見、続ける。

「君たちは?見ない顔だが…」

「はい、私はミコ。こっちは…」

 ミコが右隣に手を動かして示すのと同時、ミルが言う。

「ミル。んで、このでかいのが」

 今度は、ミコの左側のイルカネが、ミルに言われる前に言う。

「イルカネだ。聞きたいことがあってな、ここに来た」

「聞きたいことかい?」

「ああ」

頷くイルカネに、男は言う。

「まぁまずは、そこに座って。立話もなんだしね」

 男は入り口から見て右側の長椅子を指さす。

 それに従い、三人は中に入り、指定された長椅子に、ミコを中心にして座る。

 男の方は、それまで座っていた椅子をミコたちの長椅子の正面に来る位置に移動し、自身も座る。

 それから、口を開いた。

「僕はこの街で市長をしている、ディーザというものだ。この市役所の現在唯一の従業員でもある。して、君たちは一体…」

 男…ディーザは穏やかな雰囲気で話す。

 それに加え、木できた内装の落ち着き具合に影響され、先ほどの建物やアンの言葉に対する違和感のような感覚が薄れたミコたちは、ディーザに言う。

「私たちはこの街に、ある目的があってきた者です」

「目的?」

「はい。この街で起こっている[奇災]…首から上が突如飛んでいく災い。その解決のために、私たちはやってきたのです」

「…なんと?」

 ディーザは、ミコの言葉に眉を顰める。

「[奇災]を解決する?今までずっと、誰にもできなかったそれが、君たちにはできると言うのかい?」

 とても信じられない。そういった様子を見せるディーザに、イルカネは食い気味に言う。

「ああ。そのための手段も、俺たちはちゃんと持っている。やった実績もある。な?」

 イルカネはミコを見て言う。

「はい、なのですね。この[トーソ]からそう遠くない私の街で起きた[奇災]を、私たちは解決しました。街のみんなが唾で物を破壊するゾンビになると言う[奇災]を、です」

「…[災塊]を叩いて、か」

 ミコは頷く。

「しかし、[災塊]は普通、触れられないはずだろう。どうやって触れ、叩いたと言うんだい?」

「ああ、それは、なのですね」

 ミコはミルを見る。その視線を受け、彼女は言う。

「儂じゃ。道具たるこの儂の力を、使い手たるそこのイルカネが使うことによって、[災塊]の位置は暴かれる」

「位置、ね。しかし、それが必ずしも手の届くところとも限らないだろう?もしかしたら、かなり高いところにあるかもしれない。なんなら、君たちが挑んだ[奇災]の原因の[災塊]も高い位置にあったりしたのでは?」

「確かに、そうなのですね。あのときも、そうでした。ですけど…」

 ミコの言葉を、ミルは受け継ぐ。

「もう一つの儂の力じゃ。空を舞う巨鳥を構築するそれを使い、できたのに乗って行けば、叩けるのじゃ」

「なるほど。…随分具体的だ。そこの小さな子を使うと言うのはよくわからないが…とても嘘は言っていなさそうだ」

 ディーザは納得こそし切れていないが、ある程度は信じている様子を見せながらそう言う。

 それから、彼は確認の言葉を放つ。

「…君たちは、その力と言うので、できるというのだね?」

 ミコはそれに、力強く頷く。

「はい。私達には、可能なのです。この街の[奇災]を解決することが」

「なるほど…それが本当なら、待ちわびた者がついに来た、ということになるな…」

 解決した場合に報酬金を出すとまでし、多くの[マガヒー]たちが望み、待ちわびた、自分達を苦しめる災いを祓う存在。ミコたちと言うその存在の到来に対し、ディーザは歓喜しているような様子を見せる。

 そこに、イルカネは言う。

「そして、だ。ここで俺が言いたいのは、俺たちが解決をしたときに、ちゃんと出るものがでるか、っていう話だな」

「出るもの?」

「はい。ここでも、出すことになっていたはずなのですね」

「ああ、なるほど。報酬金か。なるほどね」

 ディーザは得心が言ったというような様子で、妙に大仰に頷いて見せる。

「確かに、ここでの[奇災]を解決した暁には、決して安くない報酬金を出すことが決まっている。そして、既に用意されたそれは、これまで誰も解決ができなかった以上、勿論手は付けられていない。ちゃんと、ある」

「…つまりは、出せるな?」

 イルカネは、後半をかなり強調して言う。

 ディーザはその言葉に大きく頷く。

「ああ、勿論だとも。もし、もしも、君たちが、本当にここの[奇災]を解決できたと言うのなら、この街を代表する市長として、必ず金を出すことを、約束しよう」

「…!よし、言質は取ったぞ!絶対にとぼけるなよ!」

「…」

 何故か、そこで沈黙するディーザであるが、イルカネは喜びからその様子に気づかず、舞い上がって言う。

「よしよし、これで確実に大金が手に入る。金儲けができるぞ!」

「よかったなのですね、イルカネ」

「ああ、そうだ!はっはっは!」

「現金な奴じゃの」

 ミコはほぼ社交辞令の感覚でイルカネに言い、ミルは欲望に正直すぎるイルカネに、面白がりつつ、そんなことを言う。

「…さてと。なら行こうか。金の当てが付いた以上、ここでもたもたしている場合じゃない。それに、早くやりたいんだろう?」

「はい、なのですね。勿論、できるかぎり早く[奇災]の解決に。いいのですね?」

「ああ、すぐに行こうじゃないか。この広い都市のどこに原因の[災塊]があるかは知らんが、すぐに見つける。そうして手に入れる…!」

 報酬金を。そう、イルカネが言った時だった。

「まぁ、本当に君たちが解決出来たらの、話だがね?」

「…?」

 急に、ディーザが声を低くして言う。直後、その口から少し嫌な笑いが漏れる。

 そんな、いきなりの態度の替え方に、イルカネを筆頭に、ミコたちは眉を顰める。

「急に、どうしました?」

 急速に、嫌な雰囲気を纏い始めるディーザに、ミコは言う。

 同時、その胸の内で、今ディーザに感じる嫌な感覚につられるように、最初にあった違和感が蘇ってくる。

「…一体、どう…」

「いや、ね。確かに君たちが解決出来たら、報酬は払われるだろう」

「だろうだと?なんだその言い方は。他人事みたいに」

 イルカネのその言葉に、ディーザは即座に言った。

「いや?他人事だよ。だって僕は…市長じゃないしね」

『!?』

 その言葉に、三人は驚き、一気に警戒心を露わにする。

「市長じゃない?なら、あなたは一体誰だと言うなのですね?」

 袴から投擲物を取り出せるよう、腰を浮かせ、手を腰に伸ばすミコに、ディーザは言う。

「僕はね。君たちの目的達成を阻むもの。そして、解決なんてさせない者だよ」

「…?それはどういう…」

 微妙に遠回しな言葉に、ミコが困惑の言葉を放った、その瞬間だった。

「こういうことですよ?」

「!?」

 聞き覚えのある、…いや、つい先ほどまで何度も聞いていた声が聞こえる。

 同時、ディーザが…いや、ディーザと名乗っていた何かが突然はじけ飛ぶ。

 直後、文字通りに化けの皮が剝がれたように、その内側より何かが姿を現す。

『!』

 三人が慌てて立ち上がる中、小さな椅子を中心に、漆黒の、暗闇そのもののような存在が一息に広がる。

 そして、トカゲを思わせる形状の頭をもたげたそれを指さし、聞き覚えのある声の主は…アンは言った。

「この街に渦巻く、災いノ化身ですよ?」

 不自然な笑みを浮かべて。

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