[第三章:災禍都市トーソ]その2
「……」
ある場所で、動く者がある。
「…ぅ。ああ…」
少女だ。
黒を基調としたドレスを着た彼女は今目覚めたかのように背伸びをする。
「…。ああ。どうしよう」
彼女は座ったまま、周囲を見る。
そこは、生首離陸の[奇災]に見舞われる都市、[トーソ]だ。
その外周部、街の外に広がる薄暗い草原と丘が見える無骨な建物の二階で、彼女は一人いる。
他には誰もいない。
彼女はたった一人で、時折聞こえる生首の悲鳴を聞きながら、そこにいる。
「…どうしよう…」
彼女は膝を抱え、薄暗い草原をぼんやりと見つめる。
今は何もできない。何もすることがない中、彼女はたった一人、ただそこにい続けていた。
…ある三人組を、丘の上に見止めるまで。
▽―▽
「お、見えてきたの」
「なのですね」
「…そだな」
ミルの言葉と共に、丘を越えた三人はその先の光景を見下ろす。
丘の下、低木が散見される小さな草原を間に挟んだそこには、低い石の塀が存在する。そして、内外を区切るその向こう側には、空に向かって幾つもそびえ立つ建物の姿が見えていた。しかも、屋根が大抵斜めや段差のあるそれらの上には巨大な畳が乗っかっており、中にはそのさらに上に、鳥居が立っていることが、遠目にも確認できた。
あまりに奇妙なセンスの建物が多数存在する街並み。そこは間違いなく、ミコたちが目的とする、[奇災]に見舞われる都市、[トーソ]であった。
「…しかし、本当に畳がのっておるな」
「…ええ。初めて直に見ましたけど、本当に不思議な光景なのですね」
ミルとミコは、遠目ながら[トーソ]を見、口々に呟く。
既にここまでで、[トーソ]というところが如何に珍妙な都市なのかは知っていた彼女らだが、実際に見たことで、言葉だけでは分からない、その妙な雰囲気に圧倒される。
「…やっぱりどうなってるんだ、あそこの奴らの建築センスは」
イルカネも[トーソ]を見、思わず呟く。
畳と、場合によっては鳥居が上に乗った高層建築物が所狭しと立ち並ぶ様子。一見異常でありながら、建物がある程度秩序だって並んでいることで、その町並みにはどこか整った雰囲気もある。そんな光景は三人を、褒める気にも、かといって貶す気にもなれず、好きとも嫌いとも言い難い、なんとも言えない気分にさせていた。
「…、…?」
そんな都市を見る中、ふと、ミコはあるものを見止める。
「あれは…」
都市の外周部、そこで幾つかの球形に近い物体が、ジェット噴射と共に空へ高速で上がっていく。
同時、それらがあるあたりから聞こえてくるものがある。
(…悲鳴、なのですね)
距離があるために聞こえにくいが、確かにそう判断できる声に、ミコは今薄っすらと見えているものが何かを悟る。
(あれが、例の。あの都市で起きている[奇災]にして、その被害者)
首から上が突如ジェット噴射と共に、[マガヒー]の意思と関係なく離陸し、ミサイルのように落ちていく。
その[奇災]の実例を自分は見ているのだと、今空へ上がったものが、放物線を描いてミサイルのごとく落ちていくのを見ながら、ミコは思う。
「…今この瞬間も、[災塊]による[奇災]のために、あそこの[マガヒー]たちは苦しめられている」
(なら…)
ミコは、都市を見、それぞれ[奇災]の実例に気づく二人に言う。
「二人とも。行きましょう。あそこの[奇災]を解決しに」
その言葉に、ミルがまず頷く。
「じゃな」
そして、次にイルカネが言う。
「そうだな。…が、しかし、だ」
「ん?なんなのですね?」
逆接の言葉を入れてきたイルカネに、気勢を削がれたミコは首を傾げる。
そんな彼女の様子はあまり気にせず、イルカネは腕を組んで言う。
「あそこに行くのはいい。だが、入ってからまず、なんとしても先にやらなければならないことがある」
「なんとしても?」
「先じゃと?」
一体どういうことなのか。そう思う二人に、イルカネは言う。
「金だ。金の話だ。まずなによりも、いざ解決をしたときに、ちゃんと報酬が受け取れるかの確認をしなければならない」
絶対に、と付け加え、さらにイルカネは言う。
「もし報酬がでない、となったらやっても無駄だからな。だからこそ、絶対に報酬金が手に入るかを、市役所だかなんだかで確かめなければならない!」
必ずそれをやれといわんばかりの気迫で、イルカネは言う。
そんな彼を見、ミコはミルと共に得心が行く。
「…あー、なるほど。そういうことなのですね」
守銭奴であり、報酬金目当てで[マガツイキ]にまで来た彼である。報酬金がちゃんと手に入るのかを最優先で気にするのは、当然のことと言えた。
(…ふむ。さてどうしましょうか)
ミコは少しだけ考える。
(確認しにくのを拒否した場合確実にイルカネは動かない。解決に遅れが出てしまうなのですね)
二重の意味で叩くべき[災塊]を接触可能にさせる手段、その行使権を握っているのは彼なのだ。よっぽどでもない限り、わざわざ彼の機嫌を損ねたり、やる気を削いだりするようなことをする意味はない。
素早い[奇災]の解決を望むなら、その最短の方法はむしろ、イルカネの要求を聞くことであると、ミコは判断する。
(もし万が一にも出ない場合は、持って来たお金をあてるなのですね)
そういうことを考えて、神社の金を全額持って来たところもある。いざというときの準備も万全だ。
(ならば)
「では、イルカネの言う通りにするなのですね。[トーソ]に入ってすぐは、報酬金がちゃんとでるか、確認をしに行くと言うことで」
「そうだ。重要なことだからな、俺にとっては!」
満足そうに言うイルカネに、ミコは笑って言う。
「まぁ、素早く済まさせてはもらうですけど。手早く確認して、すぐに[奇災]の解決に動くなのですね」
「…まぁそうじゃな。それがいいか」
ミコとイルカネを見た後、ミルはミコの言葉に賛同する。
「それでは。さっそく行くことにしようと思うのですが、いいなのですね?」
ミコの確認の言葉に、二人は頷く。
それを見、ミコは都市の方へと向き直ろうとする。しかしそのとき、視界の端で手が挙がる。
(…ん?ミル…?)
上がった位置の低さからそう思い、ミコはミルの方を向き直して言う。
「ミル、なにか言いたいことでも?」
「え?なんでじゃ、急に」
「だって手を挙げ…」
ミコは言いながらミルを見る。
だが、彼女は挙手してはいない。イルカネをからかう為に自分の二の腕を彼の手に押し付けているだけだ。
「…挙げてない。けれど…」
ミコの視界には、まだ挙がった手が見えている。
一体どういうことなのか。
そう思ったところで、いきなりイルカネの背後から声がする。
「あの~」
「ぬわ、なんだ!?なんだ!?」
ミルの二の腕を触らされ、既に動揺していたイルカネは、背後からの声に過剰に驚き、振り返る。
そうして三人が向いた先には、一人の少女が立っていた。
「…あなたは」
ミコよりほんの少し程度背が低い彼女の恰好は、黒を基調としたドレスというものだ。加えて、暗い紫の瞳がある頭の上には、白く小さなヘッドドレスが乗っている。
そして、それと調和するような白い色の髪が、左右の肩に向かって伸びている。
そんな恰好の彼女は、ミコを見て言う。
「わたしは、アンと言います」
「アン…」
「はい。あの都市の住人の一人です」
少女…アンは[トーソ]を指さし、そう言う。
「なぬ?あそこの。それがまたどうしてこんなところにいるんじゃ?」
ミルは首を傾げる。
それにアンは答える。
「はい。わたし、自宅で一人いたところ、皆さんを窓からお見掛けしまして。わざわざ、こんな顔面ミサイルの飛んでいるところに来るなんて不思議だなぁ、なんて思いまして」
「…まぁ、それはそうなのですね」
冷静に考えて、出て行くならまだしも、わざわざこんな都市に来る理由などないだろう。アンの言うところは、もっともではある。
そう思って相槌を打つミコに、アンは続ける。
「それで、気になって見に来たのです。そしたら、別に盗み聞きするつもりはなかったのですけど…」
アンは少し遠慮がちな様子を見せつつ、言う。
「…あなたたちが、あそこで発生している恐ろしき[奇災]を解決しに行くことを目的にしているらしいことを、聞いてしまって。それって、本当なんですよね?」
「…ええ。私たちは確かに、それを目的としてます」
頷き、ミコは答える。
「…そう」
確認に肯定の言葉を貰い、アンは目尻に涙を浮かべ、嬉しそうな様子を見せる。
それから、言う。
「あなたたちは、あそこの[奇災]を解決してくれると…私達をずっと苦しめ続けている災いを祓ってくれるのですね」
「アンさん…」
ミコは、小さく笑みを浮かべたアンを見る。
(こんなふうに喜ぶほどに、苦しめられている[マガヒー]がいる。やはり、なんとしても)
そう思い、ミコは先ほど[奇災]の実例を見た時と同じ気持ちになる。
そこで、アンは再び手を挙げて言う。
「皆さん。よければ私が、都市の案内をします」
「はい?」
急な提案にミコ達が驚く中、アンは続ける。
「あなたがたがあの災害を解決してくれると言うのなら、ぜひお手伝いしたいのです。わたし達が、あの苦しみから解放されるためにも」
アンは笑ってそう言う。
「…いいのですか?」
「はい、勿論!聞いてしまったのですけど、皆さん最初は報酬の確認に行きたいのでしょう?なら、まずは報酬を出す窓口である市役所にでも。[トーソ]の構造はしっかりと把握していますので、案内役として十分役に立てると思います」
「…」
「どうですか?」
満面の笑みを浮かべ、アンは言ってくる。
それに、ミコは二人を見て言う。
「どうします?」
「そうじゃなぁ…」
宙を見上げてミルが一瞬考える。
そこで、隙を突いて彼女の二の腕から指を離すことに成功したイルカネが言う。
「いいだろ、別に。住んでる奴が案内してくれるなら、すぐに報酬の確認をしに行ける。一番いいだろ」
「…まぁ、そうですね。一応地図は持っているので、道は分かりますけど、現地の人がいるなら、その方がいいなのですね」
「じゃな。まぁ拒否る理由もないしの」
特にこれと言って断る理由もなかったため、三人の意見はすぐ、アンの提案を受け入れる方へ纏まる。
そして、代表してミコがアンに言う。
「それじゃぁ、アンさん。案内、お願いしようと思います」
「!やった!」
アンはやけにうれしそうな様子で言う。
それから、
「ありがとうございます!短い間ですが、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくなのですね」
「んじゃ」
「ああ」
三人は次々に頷き返す。
それを受け、アンは[トーソ]を指さし、言った。
「それでは早速行きましょう!」
「はい、なのですね」
そうして、三人はアンを先頭に、歩き出した。
……
やはり、それを見ている者がいることに気づかず。彼女らはついに、一つの巨大な悪意の渦巻く都市へ、足を踏みいれる。




