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[第三章:災禍都市トーソ]その1

 

 [トーソ]。

 そこは広い[マガツイキ]の中でも外縁部に位置する大き目の都市だ。

 円に近い形で広がるそこには、屋根に畳のような物体を付けた、独特なセンスの高層建築物が立ち並んでいる。

 そして、それらを見下ろすように空に黒雲が満ちる中、そこでは平和な日常が続いている…ことは勿論ない。

 ここは[マガツイキ]である。故に、この地もまた例外なく、[奇災]に見舞われていた。

『ア――!!』

 黒雲の存在によって黒い影落ちる満ちる街並みに、突如奇妙な声が響く。

 直後、ある六階建ての建物の影より、何かが高速で飛び出す。

『ア――!!』

 生首だ。

 なぜか首の半ばあたりからジェット噴射をしているそれは、首周りに黒い陽炎にも似たものを纏いながら、空を飛んでいる。

 …いや、飛んでしまっているのだ。

 その飛行は、悲鳴らしき大声をあげる、生首…[マガヒー]の意思ではない。同時に、意志を無視した飛行には、制御が効くことは一切ない。

『アー!私の体ぁぁぁ――!!』

その生首はただただ空を行く。そして、あるところまでいったところで徐々に噴射を弱め、放物線を描いて落ちいき、最後には近くの建物の窓に激突する。

まるでミサイルのごとく、である。

生首は[マガヒー]の耐久力のおかげで、突撃で死ぬことはなく済んでいるが、周囲には高速で突撃したそれのために、小さくない破壊がもたらされている。

また、先刻何の前触れもなく体から飛び立った生首は、誰かに拾ってもらわなければ、一生そのままになってしまい、もう動くこともできない。

 そんな、奇妙で異常で、理不尽なことが起きている。…それも、起こるのは一つでもなければ少数の事でもない。

『アー!』

『アー!』

『アー!』

『アー!』

『アー!』

 ふと都市の一角を見れば、そこからは五つの生首が丁度離陸し、空へと舞い上がっている。また別の場所では、さらに三つが、さらに他のところでは七つが空へとバラバラに、無秩序に飛んでいっている。数えきれないほど、生首の離陸、飛行が起きているのだ。

 そして、飛ぶそれらの下を見れば、取り残された体が、首の離陸を防ごうとしたのか頭のあったあたりに手を伸ばしたまま立ち尽くしている。

 首の断面は不思議なことに謎の発光状態にあり、首を戻せばくっつくという奇妙な状態にある。だが、頭脳なき体では反射以上の行動は不可能であり、誰かにやってもらわねば元の状態には戻れないし、戻ったとて、いつまた首から上が離陸するとも知れない。

 そんな状態と状況を、この都市の[マガヒー]達は常に強いられている。また、高頻度で起こる首の離陸のためにいかなる作業もままならず、逃げる準備も叶わない。

 …この[奇災]が発生して一年。その状況に、未だ変化はない。

「…しかしだな、ん。変化はするかもしれない。むしろそれを求め、目標にし、彼女は来るだろうな、ん…」

 遠くからの鐘の音を聞いて数日の今。都市の地下で資料を纏めていた老齢の[マガヒー]は、ある者の到来が近づいていると予測し、そう呟く。

「上手くいけば…この首につけているものを取り外すこともできるな、ん」

 男はそう言って、自分の首元を触る。

地上の市民たちの、離陸部分と非離陸部分の境目のやや下にあたるそこには、輪っかのようなものがつけられており、またそこからは頭頂部と繋がる固定器具が伸びている。

 器具の色の工夫と白髪に隠れていてやや分かりにくいが、男は自分の頭が、地上の者達のように飛んでいかないよう、対策を施しているのだ。

「…そうね。必要とはいえ、これをほぼ一日中つけるのは辛い。全てが上手くいき、これを外せるようになるといいのだけど」

 ふいにそう言ったのは、部屋の入り口から入ってきた一人の老齢の女性だ。

 白髪が目立ち、ややしわがれた感のあるその声から、男と近い年齢であることが察せられる彼女は、同じように首と頭に離陸対策を施した状態で、腕を組んで入り口の壁にもたれかかる。

「戻ったか、我妻よ」

「ええ」

 鋭い視線を持った女性は、男…夫の言葉に頷く。

 それから、伝えるべきことを彼に伝える。

「…やはり、あちらは動くことはなさそうね。一応見てきたけれど、予想通りよ」

 その言葉に、男は軽く笑って答える。

「…だろうな。流石に二十年、吾輩たちが何もできないままだった以上、もはややる気はないだろう。奴ら…[幸いの外界]の諜報員にはな、ん…」

 この[マガツイキ]には、男が言う通り、[幸いの外界]から派遣された諜報員が潜んでいる。その目的は、[災塊]を集められた[マガツイキ]が、その状態を変えるような動きがないか内部から監視し、[幸災線]に来た外のメッセンジャーに定期的に情報を伝えると言うものだ。彼らはその任務のため、これまで活動してきた。だが、[災塊]の移動を主導し、諜報員を派遣した者達が危惧していたような動きが、ここ二十年、まるで見られなかったことで、彼らは徐々に堕落していった。今となっては、[幸災線]に惰性で行き、同じく惰性で来たメッセンジャーに、[マガツイキ]での出来事などについて雑談するだけに成り下がってしまい、[幸いの外界]に[マガツイキ]内のことに関わる噂を広めるだけの存在になっていた。諜報員として持っていた警戒心も既に薄れきり、それゆえに女性の観察も許してしまったのである。

「…あちからからの邪魔は、まず入らないわ。もし、邪魔が入るとすれば…」

「ん、だな。アレら(・・・)ぐらいのものだろう…」

 二人は、ある存在を思い浮かべる。

「だからこそ、だ。吾輩たちはそのとき、やろうではないか」

「そうね、ジージ」

「ああ、ミータ」

 多少体は老いてはいても、その精神に全く老いを感じさせない強い口調で、彼らは頷きあった。


▽―▽


「…ミコよ。儂らが目指している[トーソ]とかいうのは、どういうところなんじゃ?」

「はい、なのですね」

 ミコの住んでいた町を出た一行は、彼女の言葉と先導で、[トーソ]を目指して歩いていた。

 周囲には草原や湖と言った雄大な自然が広がっている。だが、[マガツイキ]特有の薄暗さが、本来美しいはずのその雰囲気を、微妙なものへと変えてしまっている。

 そんな場所をミル達と歩きながら、ミコは質問に答える。

「[トーソ]は私の街から最も近く、かつ規模の大きい都市です。特徴は全体的に建築物が大きい事と、ほとんどの建物の屋根に、畳のような意匠があること、なのですね」

『…屋根に畳?』

 ミルとイルカネは妙な単語に首を傾げ、ミコに言う。

「どういうことじゃよ、屋根に畳とは」

「はい。どうやら、建物の屋根に畳の意匠、あるいはそのものをつけるのが、都市全体での…建築文化…みたいなものなのですね」

「…やっぱわからんぞ」

「私も分からないなのですね」

 何をどう思ったら、建物の屋根部分に、本来室内の床となる畳を付けようと言う発想に至り、かつそれがそれなり以上の規模を誇る都市全体に、建築文化として広がるのか。

 それはミコにも、さっぱりであった。

「あ、後たまに、屋根の畳の上に鳥居みたいなものも立っているという話なのですね」

「…ほんとに意味が分からんぞ。そいつらの建築センスはどうなってる」

 外部の者だからか、余計に困惑した様子でイルカネは言う。

「…さっぱり。私も叔父さんやその他から伝え聞いただけですので、そこらへんは」

「もしかしてこの閉鎖地方、変な奴が多いのか…?」

 などと、途中から独り言を言うイルカネを尻目に、ミコは言う。

「まぁ、その都市に関する話で一番重要なのは、建築センスの話ではないなのですね」

 その発言に、ミルはミコのいわんとする処を察する。

「…[奇災]か?」

「なのですね」

 ミコは頷き、続ける。

「私が最初の行先として[トーソ]を選んだのは、ただ近いからというだけではないなのですね。私たちの目的は[奇災]の解決。勿論、そのために行くのであり、当然[トーソ]には[奇災]が発生しているのです」

 [奇災]に反応し、イルカネは独り言をやめ、ミコに言う。

「[奇災]か。それで、その具体的内容は?」

「はい。首から上が何の前触れなくジェット噴射と共に体から離陸し、ミサイルのように飛んでいく、というものなのです」

 一瞬の沈黙。

『…は?』

 ミコの言葉に、二人は思わずそんな声を出す。

「ど、どういうことじゃ」

「首が離陸?ジェット噴射で?生首が飛んでいくってことか?」

「なのですね。いきなり首から上が飛んでいき、体はその場に、首から上はどこかに飛んで落下する。あそこの[マガヒー]達は日々そういう事態に見舞われ、日常生活を満足に遅れないこともしばしばとのことなのですね」

「…変だ、変過ぎるぞ」

「奇妙に過ぎるわい」

「だからこそ、奇妙奇天烈な災害…[奇災]なのですね」

 その言葉に、二人はなるほどと納得する。

「…そして、あの都市ではその[奇災]が長い間、続いている。まずはあそこの災いを、祓いに行くのです」

「なるほど、よくわかったわい」

 ミルは得心が言った様子でそう言う。それに続く形でイルカネも、

「ああ、俺も分かった。とにかく、無事金儲けができそうで安心だ」

 などと変わらない調子で言った。

 その言葉を聞いたところで、ミコは話のためにほぼ止まっていた足を行く先へ動かそうとする。

 …が、

(そういえば)

 ふと思い出したことがあり、ミコは進む前にイルカネを見て言う。

「…聞き忘れていたなのですけど」

「ん?なんだ、ミコ」

「いや、ですね。昨日、私たちは協力して[奇災]を一つ、解決したなのですけど。その際、初めて会った時からイルカネは、全く[奇災]の影響を受けていなかったですよね?ゾンビ化なんてしていなかったですし」

「ん?ああ、そうだな。…というか、お前たちもアレの影響受けてなかった気がするが」

「…それは、なのですね」

 ミコはまず、自分の胸に手を当てて言う。

「私は不幸中の幸い…みんなが[奇災]に見舞われていても、その被害を受けないか軽度の被害で済む特性を持っているからなのですね」

「…特性?」

「はい。理由はよくわからないのですけど、そういうもので。だから生まれてからずっとあまり[奇災]の被害を、直接的には被っていないのです」

 昨日マシンガンゾンビに襲われたような、二次災害とも呼ぶべきもの以外は、ミコは被害をあまり受けない。

 そのことにイルカネは不思議そうな顔をする。

「…ほう。不思議なこともあるもんだな。まぁ、こんな変な奴もいるし、それもあるか」

 イルカネはミルを見て、昨日のことを思い出したのかそう言う。

 そこにミコは続けて言う。

「ミルも受けないのですよね?」

「ああ、そうじゃな。儂もなんかそういう風にできておるらしい」

「そうなのか、エロ魔」

「んじゃな。ミコの[リーチュ]でつくられた時点からじゃ。じゃから、儂も[奇災]の影響は基本受けんようなんじゃ」

「…うーむ、変な奴だとは思っていたが、余計に変なとこがあったな…」

 腕を組み、そう言うイルカネに、ミルは言う。

「変といえばお主もじゃ。儂とミコはともかく、お前はどうしてなんじゃ?」

「どうしてなのですね?」

 首を傾げての二人の問いに、イルカネは、

「ああ、それはな…」

 ズボンのポケットに手を突っ込み、奥の方までガサゴソと探った後、何かを取り出す。

「…それは、お守り?」

 ミコが出てきたものを見て言う。

イルカネはそれに軽く首を振り、

「いや。確かに見た目はそういうのだがな。これは…[幸塊]の入った袋だ」

「え…?」

 イルカネの言葉に、二人は驚く。

 そんな二人を見つつ、イルカネは言う。

「[災塊]や、似た性質の[幸塊]が移動させられるのは知ってるよな?」

「それは、はい。だから[マガツイキ]ができたわけですし」

「で、[幸塊]には、さっき見た[災塊]みたくいろんなサイズがある。その中でも小さい奴を封じたのがこれだ。昨日壊れた、[災塊]に触れるようになるあれを利用して、使えそうなサイズの[幸塊]を探してつくったんだよ」

(ああ、あの)

 ミコは昨日大破していた、双眼鏡に似た例の道具を思い出す。

「…なるほどの。じゃが、それとイルカネが[奇災]の影響を受けないこととどういう関係があるんじゃ…?」

 ミルのその言葉に、イルカネはミコを主に見ながら言う。

「お前達、[幸塊]が[災塊]に対して、ある条件を満たすと対抗して力を発するってこと、知ってるか?」

「はい?初耳なのですね」

「儂も知らんぞ」

「…ふむ、そうか。まぁ情報封鎖されてたって話だし、知らなくてもおかしくないか」

 そう呟いてから、イルカネは二人に言う。

「俺の来たところ…[幸いの外界]って言った方がいいか?とにかくそこじゃ、[幸塊]と[災塊]にはそれぞれある性質があることが知られてる」

「それは?」

「ああ。一方が活性化の時、数が多いとかで一定以上の力を発揮すると、一方が対抗するように力を発生させる、というものだな」

「…バランスをとるように、と…?」

 ミコの言葉に、イルカネは頷く。

「まぁ、多分そんな感じだな。で、[災塊]の密度が高くて、一定以上の力というのを発揮するここなら、[幸塊]は対抗して、十分な力を発揮してくれる。すると、受ける[災塊]の影響は弱まる」

「…災いの力に、真逆の力である幸いの力がぶつかることで、ですか」

 対消滅のようなことが起きる、ということだろうか。

 おそらく、それによって[災塊]による影響は、身に降りかかる災いの力は弱くなるのだ。

「そうすると、[災塊]から来る[奇災]の影響は避けられるようになるわけだ。まぁ、ここに来るまでは自分でそう考えただけで、上手くいかない可能性もあったが、な」

「…じゃがま、実際上手くいったから、お主はこうして無事にいるわけじゃな」

「そうだな。小さい[幸塊]をいれたこいつは、期待通りに働きをしてくれたわけだ」

「…なるほど」

 ミコはイルカネが見せるお守りのような袋を見つつ、思う。

(イルカネが何故影響されないのかは、一応納得なのですね。それに、今のイルカネの言葉でちょっとした疑問が溶けた…)

 [マガヒー]が誕生した際に、[幸塊]が力を発したこと。それはただの偶然ではなく、世界の一部である[幸塊]の性質から来る、自然現象のようなものだったのである。

 あまり気にしている事でもなかったが、謎ではあったことに答えが出、ミコは少し嬉しい気持ちになる。

 …と、そこで。

「…さて、じゃ。これで儂らの、お互いの疑問はとけたの」

「確かに、なのですね」

「ならばそろそろ進まんかの?話し込んですっかり止まってしまっておったし」

「そうだな。いつの間にかそうなってた…て」

 ミルの言葉に同調してしまったことに、イルカネは嫌そうな顔をする。

「…思わずチビ神に同調してしまった」

「…なんじゃい、儂に同調するのが嫌か?あ・る・じ・さ・ま?」

 イルカネの反応に、ミルは急にニヤニヤしながら言う。

「な、気色の悪い言い方をするな!キス魔!」

「ほう、キスと?ならばお望み通り、進む前にキッスなことを一つ…そうじゃな、ここは指に!」

「な、な!?やめろ、そんなエッチすぎること!」

(…それもエッチ判定なのですね)

 一気にそれまでの態度が崩れ、初心にも程がある様子を見せるイルカネを見、ミコはそんなことを思う。

「この程度でもか!わはは!面白いのじゃ!だからやってるのじゃー!」

「あー!やめろ!…あ、唇が俺の手にー!あああー!」

 ミルは顔を真っ赤にするイルカネの右手の薬指に、容赦なくキスをする。

 それに彼は電撃でも受けたかのように震える。

 そんな二人の様子を見つつ、ミコは言う。

「楽しそうなのですね。それでは、行きましょう。はやく、[奇災]を解決に」

「じゃな!ミコ!」

「く、このキッスキッス魔めぇ…!やるだけやってぇ…!」

 そうイルカネがミルに抗議する中、三人はそう遠くない目的地に向かって再び進みだした。

 

 ………

 

 それを、遠方から見ている者がいることに、気づかず。

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