[第二章:結成、災祓いのトリニティ]その5
マシンガンゾンビ達が踏み鳴らす道の先、そこで一つの巨鳥が舞い上がる。
『グパパパッパッパ!?!?』
突然の出現に、巨鳥の姿を捉えられているのか怪しいゾンビ達は、一斉に奇声を上げる。
そして、彼らは、まだ慣れないのかゆっくりと上昇を開始する巨鳥の方を向く。
『グパパパッパッ!!』
巨鳥が向かうのは、地上八階分の高さの場所に存在する、三つの漆黒球。
一塊となっているそれらに向かって、巨鳥は翼を力強くはためかせる。
それに反応してか、マシンガンゾンビ達は一斉に口を開く。
まるで、[災塊]を叩かせまいと、災いを収束させまいとでもするかのように、意思なき彼らは、意志あるように動く。
…その背後にはまだ、意志ある者が生まれていない(・・・・・・・・・・・・・)中。
▽―▽
「…攻撃がくるなのですね!」
ミコは見る。
眼下、ツバサの存在を感知したマシンガンゾンビ達が一斉に口を開く。
瞬間、口の奥より多数の唾が発射され、宙の彼女らへと殺到する。
『避けてみせるのじゃ!』
ミルの声が響くと同時、ツバサはその意思に従って接近する唾を次々と回避する。
『慣れんがやるのじゃー!』
翼が一度動くたび、ツバサは縦横無尽に動く。
操るミルの不慣れさから、動作に多少の無駄こそあれど、大きな問題はない。
徐々に上がる飛行速度と、ゾンビ達の高いとは言い難い攻撃精度のおかげで、数発翼の端に掠る程度で、大きな問題なく、ツバサは空を突き進む。
[災塊]を目指す二人を、運んでいく。
『ツバサで確実に送り届ける!だから、必ず、やるのじゃー!』
ゾンビ達による射撃。射撃。射撃。
それを旋回、急上昇、急降下を徐々に使いこなしていきながら、回避。回避。回避。
そうするツバサの背に捕まりながら、ミコとイルカネは近づいてくる[災塊]を見据える。
三つとも、大きさは違う。
一番大きなものはミコの足から首までの大きさがあるが、他二つはその半分と三分の二ほどの大きさだ。だが、密集している以上は一部が小さくとも問題はない。
「的は一つ。大きな一つ…!」
「だな。分かりやすく、な!」
[災塊]が迫る。視界の中で大きくなっていく。
彼女らが叩くべき物体が、まさに目の前に来ようとしている。
それに、イルカネは剣を、ミコは袴の中から出したフライパンを構える。
そしてついに、ツバサが[災塊]と同一直線状の位置を取る。
『行く、のじゃー!』
ミルが叫び、ツバサは最大の力で以て羽ばたき、これまでで最高の加速を得る。
一直線に、一息に、箱舟が行く。
「さぁ、いくなのですね!イルカネ!」
「いいだろう!金のためだ、合わせてやろう!」
目的の一致。そのために、二人は始めてながら完全に息を合わせる。
[災塊]が迫る。
迫ってくる。
そして、そのときが来る。
「今!」
「なのですね!」
ツバサが、[災塊]に到達する。
同時、その背の二人はそれぞれの得物を、それまでの加速に乗せて思い切り振る。
『とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
…そして。
剣とフライパンが唸り、二つの渾身の一撃が、震える[災塊]達に勢いよく叩きつけられた。
… ……
… …
… …
ほんの一瞬、[災塊]たちは、鳩が豆鉄砲を食ったよう、とでも形容するべき沈黙を生む。
そして、次の瞬間。
…
…
…
まるで鐘を打つような、甲高い音が、周囲に響き渡った。
「……これは」
思い切りフライパンを振るったことで腕が痺れる中、[災塊]への打撃と同時にそれらを通過したツバサの上で、ミコは音を聞く。
三つの[災塊]を中心に発生したそれらは、[奇災]の影響下にあった周囲一帯に響き渡っていく。
「ぐぱぱぱ…」
「ぐぱっぱっぱ…」
「ぐぺっぱ…」
ミコたちが行いの結果を見守り、マシンガンゾンビ達が呆気にとられたかのように上を見上げる中、鐘の如き重い音は響く。
そして、間もなくそれは収まっていく。
その直後だ。
「…あ。[災塊]が…」
「これは…」
ミコとイルカネは見る。
彼女らの後方に浮かぶ[災塊]達は、音が鳴りやむと同時、急速に今まであった振動を収束させていく。
その漆黒の揺らぎは、穴に勢いよく流れる水のごとく、一気に収まっていく。
そして、十秒も経たぬうちに、[災塊]の揺れは完全になくなり、沈黙が訪れる。
『……』
再発は、ない。
災いの原因存在が、再び活性化することはない。
完全な、鎮静化がなった。
さらに、それをきっかけとするかのように、地上に変化が起こる。
「ぐぱぱ…ぱぱ。…ぱぱ?ぱ…あ、ん?なんだ…?」
ミコたちがツバサの背から見下ろす中、地上のマシンガンゾンビ達がその姿を変えていく。
…いや、変えると言うのは少し違う。戻っていくのだ、元の姿に。
「…ぱ、…うううん?」
白目を剥いていた目は普通になり、不自然に上げられていた腕は下がる。おぼつかない足取りは、一歩進むごとに直っていき、意識を取り戻して立ち止まるころには、完全に消え失せる。
それらの事象が地上の市民たちに全員に次々と起こっていき、一分もかからず、全ての市民が[マガヒー]としての正常にして通常の状態に戻っていく。
「…お、俺はなにを…」
「私は何故ここに…?」
「…なんか、体痛いな…。変な態勢でなんかいたっけ?」
完全に意識を取り戻した市民たちは、お互いに顔を見回せ、軽く痛む体に首を傾げる。
そこにはもはや、[奇災]の気配はない。
彼らを襲った災いは、残る僅かな痛み以外、跡形もなく消え失せていた。
「…これはきっと、できたなのですね」
平穏を取り戻した街を見下ろし、ミコは言う。
「私たちは無事に…」
自然と、笑みが浮かぶ。
自分達が引き寄せたよき結果に満足し、ミコの胸に暖かな喜びの感情が溢れる。
そして、その感情のままに、ミコは言う。
「一つの災いを祓った…[奇災]の解決をしたなのですね!」
『ああ、そうじゃな、ミコ!儂らはひとまず一つ、成し遂げたんじゃ!』
「…ま、そのようだな。本当に、できたようだ」
三人は歓喜する。
ミコは、己の望むことがまず一つ、できたことに。
ミルは、良く思っているミコの望みが叶ったことに。
イルカネは、無事ミコから金を得られそうなことに。
…そして、自分達が、[奇災]の解決ができるという事実に、三人は喜ぶ。
「…本当に、よかったなのですね。…本当に…」
ミコは笑う。やることを成し遂げ、これまでの疲れが再び来たことで、ツバサの上に座り込んだ彼女は、ただ笑う。
眼下の光景に、しばらくそうし続けていた。
▽―▽
「…ついにやったようだな、ん」
とある場所にある、ある部屋。
そこで、呟く者がいる。
「……本当に使えるのか、多少不安ではあったが、無事全てに成功したな、ん」
男の[マガヒー]だ。
既に老齢に差し掛かりつつあるのか、白髪の目立つ彼は、遠くから聞こえた鐘の音にも似た音に、満足し、笑みを浮かべる。
「…娘が自分の意志で行うこと。その条件のために、吾輩や妻ではできなかったが、あの娘は無事成し遂げてくれた。これでできるな、ん…」
男は、しばしば様子を見に行っていたある少女のことを思い浮かべ、言う。
「…さて。あそこの小規模な[奇災]は解決された。ならば、あの娘は来るだろうな、ん。それが彼女の望みだからこそ」
男は嬉しそうに言う。
「…ついに、か。…吾輩たちが集めたもの。それらを以て、いずれ来る彼女らを」
男は未来を想像する。
(遥かな昔よりのものを持つ、彼女を…な)
それ以上は言葉にせず、男はほくそ笑んだ。
▽―▽
「さてさて。準備なのですね」
「儂も手伝うぞ~」
「俺は手伝わないぞ」
「…心の狭い奴じゃの」
「うるさい乳魔。金が出ないならやらん」
「わかってるので別にいい、なのですね~」
ミコの街で起きた[奇災]を解決して一日。
彼女の神社に集まった彼女らは、ある準備をしていた。
その、準備とは。
「…これからの、[マガツイキ]を巡る日々のために」
(全ての[奇災]を解決する…そのための旅の日々のため、準備はしっかりとなのですね)
そう。彼女らは、その目的に沿って、旅の準備を行っているのだ。
とはいっても、実際に準備が必要なのは、基本ミコ一人だ。
イルカネは端から旅の装いおよび荷物を持っており、ここでわざわざ改めるやる必要はない。ミルはほとんど何も持っていないためそもそもしようがない。
そのため、ミコとそれを手伝うミルだけが、作業をしていた。
「…ミコ。お主の服って全部その巫女服なのか?」
ミルは畳まれて並べられた十着に及ぶ巫女服を見、言う。
それに、ミコは頷く。
「はい。全部そうです。幼いころからずっとこれらですし、落ち着くなのですね」
「…変な奴じゃ。まぁ、世の奴がどれぐらいの種類の服持っとるのか知らんが。もしかして割とこんぐらいなのか?」
「…いや、そんなことはないと思うが」
イルカネに、首を傾げながらミルは言う。
「そうなのか?儂生まれたてだから分からんくてな」
「…まぁ、俺もここの連中…[マガヒー]の服事情はよく知らんが」
「なんじゃ主様も知らんのか。無知同士、一緒じゃな」
「お前と一緒にするな。こんな…変態と一緒にされたくない」
機能されたことでも思い出していたのか、若干間を開けてイルカネは言う。
「ま、自ら一緒になっとるがな」
「上手いこと言うな、エッチ神」
などとやりとりをしつつ、ミコたちは準備をしていく。
用意したバックに服や寝袋をいれ、袴の中に細かな道具を突っ込み、神社にため込んであった金を財布に移していく。
そうして、二時間ほどの時間をかけ、彼女らは準備を完了する。
「ふぅ。これでOKなのですね」
「…割とコンパクトじゃな」
ミルは玄関の近くで、出来上がった荷物を見てそう言う。
ミコが用意したのは、背中に背負う大き目のバック一つだ。彼女が必要と判断したものは、そのサイズのバック二つ分近くはあったが、最終的にバック一つで済んでしまっている。
「袴の中に結構収めましたからね。そうすれば一つで済むというものなのですね」
「…前…ちゅうか昨日から思っていたんじゃが、お主の袴、どうなっとるんじゃ。平然とまな板やフライパンが出てくるんじゃが」
「それぐらい容量のある、物入れの袴ということなのですね」
「…そんな袴ばっかりをいっぱい持っとる。やっぱり変かもの」
「…かもな。昨日はお前よりまともに見えたが、こいつもなんか変な気がする。いや、お前よりはましだが」
イルカネはミルをちらりと見ながら言う。
ミコはそんな二人を見つつ、思う。
(私から見ると、二人も変なのですけどね)
そんなふうに、三人はお互い変だのなんだのと言いつつ、思いつつ、出立のために床に置いていた荷物を背負い始める。
そこで、ふとミコは言う。
「あ。伯父さんに書置きするの、忘れいたのですね」
「伯父さん、とな?」
首を傾げるミルとイルカネに、ミコは答える。
「あ、はい。私、早くに両親が他界してしまったなのですけど、叔父さん…お父さんのお兄さんがしばしば来て、助けてくれたおかげで、ここまで暮らせたんです」
「なるほど、恩人と言う奴か」
「なのですね。自由な感じの人で、いつ来るか分からないのですけど、ここを長期間開ける以上は、書置きぐらいはしないとなのですね」
「ふむふむ。分かった。じゃ、それをやってきてくれ。儂らはそれまで待ってる」
「…お前と二人か」
若干嫌そうな声を上げるイルカネ。
それに、ミルは笑って言う。
「嫌がることはない。暇なら遊んでもやる。ちょっとエッチな要素は入るかもじゃが」
「いらん!エッチはノー、ノー、なん、だ!」
やたら強調してミルに言うイルカネを見つつ、ミコは言う。
「それじゃ、書いてくるなのですね」
「んじゃのー」
ミルが手を振って見送る中、ミコはすぐに自室に行き、書置きのための紙と鉛筆をとる。
「…」
ふと、ミルは部屋の机に置かれた、例の[リーチュ]について書かれた巻物に目を止める。
(そう言えば。どうして伯父さんは、私にこれを、嬉しそうに勧めたのでしょう。不思議なのですね)
まるで、ミコがこの巻物を、そこに書かれている[リーチュ]を実行することを望んでいたかのような伯父の様子を思い出し、ミコは首を傾げる。
「…まぁ、考えても仕方ないなのですね。伯父さんは割と[マガツイキ]中を飛び回っているらしいですし。また会った時にでも聞くことにするなのですね」
そう結論付け、ミコは取り出した紙に、以前言った目的のため、しばらくこの神社を留守にする旨を書く。
そして、しばしば伯父と食事をした食卓にそれを置き、玄関で待つ二人のところへ戻る。
「お待たせなのですね」
「…遅いぞ。二人だとこいつエッチなネタを振ってくる」
「あの程度の内容で一々動揺してて、面白いからじゃ。嫌なら多少耐性でも付けるんじゃな。やめるのは、嫌じゃー!」
最後の方を、我が儘を言う子どものような反応でミルは言う。
「…くそぉ、このエッチん道具め…」
「はぁ。まぁ楽しそうで何よりなのですね」
「楽しくないわ!」
「楽しいぞ?」
「はいはいなのですね」
正反対のことを言う二人にそこそこの対応をしつつ、ミコは置いていた自身の荷物を背負う。
それから、玄関から二人と出て施錠をする。
「…では。二人とも行きましょうか」
ミコは街の外を見、[奇災]に苦しめられる[マガツイキ]の都市のことを思う。
(必ず、やってみせるなのです。私が、二人と共に)
ミコは心の中でそう言い、長い時間を過ごした家をちらりと見る。
(行ってきます、なのですね)
その後、ミコは二人に言う。
「この[マガツイキ]の全ての[奇災]を祓う旅に!」
「じゃな!」
「ああ、そうだな」
「なのですね!」
そうして、彼女らは歩き出した。
「最初の目的地は、畳都市トーソなのですね!」
▽―▽
『……』
それは蠢く。
その中身を、悪意のみで構成されたそれは、大きな都市に巣くい、蠢き続ける。
多数の生首がジェット噴射で宙を舞う、そこで。




