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第八十話 

「すみません。少し遅れました。現在の状況は、どうなっています?」


 鋼鉄製の板金鎧プレートアーマを着た女性が、田畑が広がる広大な農地の隅に立つ、一本の巨木の周りに集まっている集団に向かって走り込んできた。


 その様子を見ていた皆は、わらわらとその女性を囲むように集まる。


「ちょうど今、俺達も現地に着いたばかりだ。もう大半の連中が集まっている」


 リーダー格と思しき一人の男が進み出てきて、女性と対峙する。


「それよりも、その鎧……」


 リーダー格の男が、女性の板金鎧プレートアーマを驚きの表情で指差す。女性は、恥ずかしそうに巨大にせり出している胸を両手で押さえた。


「いや、ちがう……」


 男が顔を真っ赤にして慌てふためく。その様子に周りを取り囲んでいる連中が、ふざけ気味にはやし立てる。


「俺が指差したのは、その鎧なんだよ……」


 男の声は皆の喚声にかき消されて、誰の耳にも届いていなかった。


「でも鎧の胸の部分を、ピンポイントで指差していたように見えましたよ」


 女性が、冷やかしの視線を送る。男は更に顔を赤くして、うつむいてしまった。


「冗談はさておき、私も今朝とうとうレベル30に到達しました」


 女性は、自慢するように板金鎧プレートアーマの胸部を突き出す。


「おお~」


 周囲の皆からどよめきが起こる。それはレベル30に達した事による驚きの為なのか、胸の突き出し具合に感嘆とした声を上げているのか区別が付かなかった。


「この鎧を着用して今日の戦闘に臨みたくて、時間ぎりぎりまで頑張っちゃいました」


 女性が、ちょっと照れたように笑う。男性陣の顔がだらしかく緩む。


 鋼鉄製の板金鎧プレートアーマは、騎士ナイト戦士ソルジャーがレベル30になると身に付けられる鎧で、現在では最高の防御力を誇っていた。


「これでタンク役の二人がレベル30。しかも鋼鉄製の板金鎧プレートアーマ装備か……。これならいけるんじゃない?」


 薄い灰色の長衣ローブを着込んだ少女が、持っている長杖ロッドを強く握りしめながら興奮気味に言い放つ。


「精神力を瞬時に回復するポーションも、全財産注ぎ込んで買ってきたからMP(マジックポイント)切れになる事も無い筈よ」

「お前の全財産は、いつも二桁ふたけただろう」


 その横に居る、同じく薄い灰色の長衣ローブを着込んだ男が茶々を入れる。その突っ込みに周りに笑いが広がる。


「そんな事ないもん!」という少女の抗議の声に「じゃあ、何個ポーション買ったか見せてみろ」と長衣ローブの男が、からかい気味に言い募る。


「はいはい、ちゃんと聞いてくれー」


 リーダー格の男が、手を打ち鳴らして場を鎮める。


「今回で三回目のレクス・エールーカ攻略となるが、今日こそは撃破できると確信している。

 自分に次いでクッキーさんもレベル30に到達し、鋼鉄製の板金鎧プレートアーマ装備者が二人になった。これで防御力は鉄壁といえる。

 後衛もローテーションで精神力を回復させる戦法で、絶対に精神力が尽きない筈だ。負ける要素はどこにも見当たらない。今日こそサラスナポスの町を開放させよう」


 皆の一致団結した掛け声が響き渡る。


「ディアスさん。まだスペリオーレさんと、ブッキスさんが来てませんよ」


 先程の薄い灰色の長衣ローブの少女が、戦闘の準備を始め出した皆を見回しながらリーダー格の男に耳打ちする。


「スペリオーレさんは、ちょうどコルネホ山を下山した所だな。あと少しで此方こちらに着くぜ。ブッキスは、もうちょい後方かな? 多分三十分後くらいになるんじゃないかな?」


 背中に大きな大剣を背負った男が、マップ画面を呼び出してスペリオーレとブッキスの位置を確認しながらディアスに言葉を掛ける。余りにも剣が大きいので、剣の鞘尻が地面に着きそうだった。


「今回は、レクス・エールーカの討伐が目的だ。トレハン要因のブッキスは間に合わなかったら置いて行く」


 ディアスと呼ばれたリーダー格の男の言葉に、皆が苦笑いを漏らす。


 ブッキスのジョブは盗賊シーフだった。敵を倒した時にレアアイテム等を入手する確率が上がる【トレジャーハンター】……略してトレハンという技能スキルでは役には立っているが、討伐にはあまり貢献できないジョブだった。


 ディアスは、強化魔法や補助魔法を掛けて戦闘準備を進めている五名のクランコミュニティのメンバーを見回す。


 自分がレベル30の騎士ナイトで、クッキーがレベル30の戦士ソルジャーだ。クッキーは、お色気担当とムードメーカーの姫だ。下ネタを結構挟んで来るので始めはネカマではないかと疑ったが、このゲームは性別を偽れない仕様になっているので疑いは晴れていた。


 アタッカーの筆頭は、剣士ソードマンのコイチだ。レベル15と、このクランコミュニティでは一番レベルは低いのだが、攻撃力はトップだった。


 何故こんな事が起きているのかというと、彼は高校時代、剣道でインターハイまで行った事があるのだそうだ。剣の扱いの基本が出来ている事が大きいのと、このゲームがスキル制のVRMMORPGだからだった。


 このゲームは、レベルはあるが体力も精神力もほとんど上がらない。レベルを上げる利点は、膨大な量の剣術の形『剣技』を覚えていくという物だった。例えば、【袈裟けさ斬り】を覚えて、実際にそれをイメージしながら剣を振り下ろすと、システムアシストによって、剣を素早く達人のように振る事が出来るのだ。


 【突き】などの小技をいくつも覚えて、それを自由自在に繋ぎ合わせる事によって超人的な剣裁きが可能となっていた。


 ただし技を出し終えた直後に硬直時間が設けられているので、上手くつなげないと相手の反撃を許してしまう事になる。現在は、有効な連続攻撃が確立されつつあり、またその剣裁きに有効な防御技術も確立されつつあった。


 その他にも、騎士ナイト戦士ソルジャーなら【タウント】等の敵対心ヘイトを集めるジョブアビリティーが、魔法使いなら【オートリフレッシュ】という精神力を少量だが自動回復してくれるジョブ特性を修得していく事が出来るのだ。


「遅れてすまん。もう出発か?」


 スペリオーレが、集団の中に駆け込んでくる。皆が強化魔法や、補助魔法を唱えて戦闘の準備に入っている様子を見て、彼は荒い息を整えるように深呼吸しながらディアスに問い掛けた。


「そうだな、ブッキスがまだ来てないからもう少し待つが、もう準備を始めてくれ」


 ディアスはスペリオーレを見やる。後衛の筆頭は、このスペリオーレだ。レベル30の妖術師ソーサラーで、魔法のほとんど効かないレクス・エールーカにダメージを与える事が出来る数少ない人物だった。


 その他には、薄い灰色の長衣ローブを着込んだグラナダと、そのリアフレらしいルシアだ。二人ともレベルは29で、グラナダは神聖魔法が使える僧侶クレリック。ルシアは、精霊魔法が使える精霊使い(シャーマン)だった。


 もう一人は神聖魔法と攻撃魔法の両方が使え、そのうえ剣もある程度扱える魔法戦士のアヤメだ。


 魔法戦士にクラスチェンジするには、特殊なクエストを受けるか、HNMを倒した報酬として手に入れられる巻物スクロールを使う事でしか成れないのだ。


 万能で最強のように思えるかもしれないが、扱える剣の種類も少なく、剣は騎士ナイト剣士ソードマン戦士ソルジャー達に、魔法は妖術師ソーサラー僧侶クレリック精霊使い(シャーマン)達に劣るし、やれる事が多いという事は扱いが非常に難しいのだ。


 しかしアヤメは数多の魔法や剣技を使い熟し、この世界で初のレベルは30に到達した程の屈指の実力者だった。


 デイアスは皆を見回し、絶対の勝利を確信する。

 レベル30の騎士ナイトが持つジョブ特性【メタルボディ】で五パーセントの被物理ダメージカットが付くし、鋼鉄製の板金鎧プレートアーマの性能も相まって鉄壁の防御力と言えた。負ける要素はどこにも見当たらなかった。


 現在、ニルヴァーナ・オンラインでトップ集団を自負する皆の底力だ。総勢三十名を超すクランコミュニティで、平日の日中にもかかわらず自分を入れて八名もの勇士が集っていた。レベル30を五名も保持しているクランコミュニティは他には無い。


 ブッキスは間に合わなかったので仕方が無いが、七人で挑んでも、なにも差し支えは無かった。


 皆が戦闘の準備を終えたのを見届けると、サラスナポスの町の門番をしているレクス・エールーカ討伐の狼煙のろしを上げるべく皆に声を掛けようとした時だった。


「おい、あれは誰だ?」


 スペリオーレが、いぶかしげな声を上げる。その声に釣られるように、パーティーのメンバー全員がサラスナポスの町へ視線を向けた。


 町の入口に、一人の男がフラフラと近付いて行く。茶色の皮の服に皮のズボン、青銅の片手剣というバリバリの初期装備姿だ。男を注視すると男の名前、HP(ヒットポイント)ゲージ等が視界の右下に表示される。


「レベル1?」

「どうやって此処ここまで来たんだ?」


 パーティーメンバーから素っ頓狂な声が上がる。コルネホ山脈のふもとの森にはアクティブな敵が少なからず存在するのだ。そのすべてをい潜って来られるとは考えられなかった。


「おい、あいつ町に門番がいる事を知らねーんじゃないのか?」


 レクス・エールーカに遭遇したら、一撃で即死は間違いない。


「おーい! 町に入るのは危険だ。戻ってこーい!」


 注意を喚起するが、時すでに遅かった。男の目前に巨大な芋虫が、いきなり姿を現す。


「あーらら、言わんこっちゃない……」


 クッキーは、呑気のんきな溜め息を吐いていた。


 男が必死の形相で逃げ回る様を、ディアスも溜め息まじりに見ていた。戦闘が発生すると特殊フィールドが張られてしまって、戦闘の手助けをする事や、辻回復も出来なくなるのだ。周りの皆は、ただ大人しく見守る事しか出来なかった。

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