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私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第四章 魔界進攻編
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第七十三話 

 その日の昼間は、何事もなく無事に過ぎ去って行った。陽が落ち、ローレンスの使い魔のハヤトが戻ってくると、入れ違いにシェリルの使い魔のタクミと、セシルの使い魔のヒロシが上空監視の任に飛び立った。


 二匹といえど、さすがにハヤト程の広範囲は網羅できない。それをカバーする為に、ジュリアの使い魔のケンイチと、レプリーの使い魔のシンノスケも敵索に加わった。


 レプリーの使い魔とは、ヘビであった。なんと赤外線を感知するピット器官というものを備え持っていて、たとえ姿が見えなくても温度を感知して敵を探れるというのだ。タクミの反響定位エコーロケーションといい、非常に重宝する能力だった。


 竜也は、作戦司令部と化している簡易テントの中で3Dマップを凝視していた。ハヤトからの報告では、ウリシュラ帝国南西部の都市ハウゼンに集まった兵士の数は、およそ一万。そして、そのまま西にそびえるミューレ山脈へ進軍したというのだ。


 先程ハヤトが帰って来る前の段階では、丁度ミューレ山脈のふもとに到着した所だったのだが、現在は見失ってしまっていて赤い点は表示されていない。


 予定では、深夜近くにミューレ山脈を登頂するというのだ。此方こちらも軍を派兵していて、丁度同じ時刻に山頂部で遭遇する予定だった。


 連絡にはツバメのショウタが、何往復も書簡代わりの水晶球を運んでいた。それこそ万能的な存在の水晶球で、遠距離通話とか出来ないのか聞いてみたところ、出来る事は出来るらしいのだが、簡単に傍受ぼうじゅされてしまうのだそうだ。作戦指示などの機密事項は、基本的に遠距離通話は禁止との事だった。


 暗号文通信というものを提案してみたのだが、暗号は魔法で即座に解読されてしまうのだそうだ。


 この魔法を覚えたら英語の勉強をしなくて済むのでは? と不埒ふらちな考えが浮かぶ。


「英語では無く、魔法語の発音を練習しないとね……」


 背後から声を掛けられ、竜也は慌てて振り返る。哨戒しょうかいに出ていたエレーナが、帰って来たようだった。


「おかえり。掘削作業の進捗しんちょく状況はどうだった?」


 エレーナは、浮かない顔をしてみせる。


「難航しているわね。今夜、曜日が替わってからラストスパートを掛けるみたいよ」


 竜也も浮かない顔で、3Dマップへ視線を向ける。


「ウリシュラ帝国との小競り合いって、そんなに頻繁に起こしているの?」


「年に二・三回は、角付き合っている感じかしら? いつもの事だからそんなに心配しなくて大丈夫よ」

「うん……」


 竜也は、いまいちスッキリしない顔で頷く。問題は、もっと深刻かもしれないと思っているからだ。


 ロベリアより、国際連合会での事柄は聞いていた。コルネホ山に軍を派兵する事の目的が、各国に露見しているとなると、これを好機と捉えた某国が、事を起こす可能性は極めて大きい。


 ウリシュラ帝国だけでなく、他の国もなんらかの策を講じて来るかもしれないのだ。


 いちばん間近にいるアルガラン共和国軍も、坑口の死守と見せかけて隙あらば攻撃に転じて来る可能性も無きにしも非ずと言える。


「そんなに難しく考えていても仕方がないわよ」


 エレーナは、思考がショートしかけている竜也に優しく声を掛ける。据え置きされているサイフォン式のコーヒーメーカーから珈琲コーヒーをカップに注いで手渡す。


「いや……。いま僕が出来る事は、これ位だからね」


 竜也は、エレーナに礼を言いながら珈琲のカップを受け取ると、一口飲み干す。カフェインの香りが、ゆだった思考をじんわりと解してくれる。


「今夜も徹夜が予想されるから、今のうちに仮眠を取っておくと良いわ」


 しかし竜也は、かぶりを振ってみせる。


「明朝には片が付くんだから、今夜は起きてるよ。僕の予想では、今晩に敵の総攻撃があると思うんだ。それまでに出来るだけの対策を考えておきたいんだ」


 そう言われてしまうと返す言葉が見つからない。エレーナは、竜也の横に座ると一緒に3Dマップを眺める。魔界の入口を中心として半ドーナツ状に味方の兵が布陣している。尾根を隔てた東側には、アルガラン共和国の青い点が稜線りょうせんに沿って布陣しているのが見て取れた。


 そのマップを何気なしに眺めていた二人は、一瞬の内に起きた出来事に眼を見張る。半ドーナツ状に広がる味方の内側に、黒い点が無数に表れたからだ。


 その途端に警戒警報が鳴り響く。一気に周りは慌ただしくなった。


 潜伏ハイディングによる敵の強襲を許した形になっていた。視覚、嗅覚、聴覚、反響定位エコーロケーションや熱探知もい潜って来られた事に愕然がくぜんとしてしまう。


 エレーナは、素早くテントを飛び出した。ロベリア王女の姿を必死で探す。掘削現場にいると予想を立てて、そちらへ向かう。


 竜也は、その場を動かなかった。エレーナに付いて行きたいという思いはあったが、自分が付いて行った所で役には立たない事は分かりきっている。それなら此処ここで作戦指示を出した方が有益だと判断したのだ。


 素早く画面裏に設定してある兵士全体の体力、精神力が表示されている画面に切り替える。体力の多い順に入れ替えてロベリアを見付け出すと、タップして3Dマップ画面に戻す。


 —— エレーナ! 入れ違いになってる! ロベリアさんは、別の道から此方こちらに向かってるよ!


 竜也の思念を受けたエレーナは、素早く反転してテントに向かう。


 —— それと、出来るだけ早く帰って来てね! テントのそばに何者かが……うわっ!


 そこで思念が切れる。エレーナは、心臓を鷲掴わしづかみにされたような胸の激痛に耐え、疾走する。テントは目前に見えているのに、そこまでの距離が永遠のように思えた。


 テントまでの道のりに、複数の影が現れる。血走った残忍な眼をしたオークだった。


 エレーナは走るスピードを緩めることなく、オークの脇をすり抜けていく。一瞬遅れて心臓や喉元を細剣レイピアで貫かれたオークが、バタバタと倒れる。


 雑魚に構っていられない。竜也の思念が感じ取れるので無事な事は分かるが、何時までも耐えていられるとは思えない。竜也の元を離れてしまった事を後悔する。


 障害となる敵を、走るスピードを緩める事なく撃砕して突き進んでいたエレーナが、急激な動作で足を止めた。それ程までに目前の敵は、危険な何かを放出させていた。


 油断なく相手の様子を観察する。瞳の無い真紅の光をたたえた眼孔を禍々しく光り輝かせている人間型ヒューマノイドの魔人で、二メートルを超す大剣を大上段に振りかざしていた。


 魔王クラスの強さがあると推測されている三日月刀シミター使いで無い事には安堵あんどする。しかし魔人である以上、ゴブリンやグレムリンの様にはいかなそうだった。しかし、こんな所で時間を浪費する訳にはいかない。


 エレーナは敵の様相を見て取ると、一気に間合いを詰めた。怒濤どとうの連撃を浴びせる。


 魔人は細剣レイピアでの突きを、ことごとくかわしてみせると大剣を豪快に振り下ろした。


 エレーナの細剣レイピアは、受け流しの為に角度を付けていたにもかかわらず、中盤よりポッキリと折れて崖下に飛散してしまった。


 魔人は、残忍な笑いをその口元ににじませる。


 しかしエレーナは、元からそれが狙いであったかのように、さらに間合いを詰めながら折れた細剣レイピアの柄を投げ捨てると、両腰に差している短剣ダガーを引き抜いた。そして、両手に一本ずつ短剣ダガーを携えると魔人の胴を斬り払った。


 魔人は、短剣ダガーの動きを見切ったようにかわしてみせる。しかし、躱した筈の胴から血飛沫ちしぶきが飛ぶ。魔人の眼が、驚きに見開かれる。


 エレーナの持っている短剣ダガーは、薄緑色に光り輝く魔剣だった。風系の魔力を帯びた短剣ダガーで、魔力付与しなくてもカマイタチのような真空の刃が剣先より生じるという性能が付いていた。


 魔人がひるんだ隙に、もう片方の手に持っている短剣ダガーで魔人の胸を突き刺す。魔人が装備している板金の胸鎧(ブレストプレート)を易々と切り裂き、寸分たがわず心臓を貫いていた。


 引き抜かれた短剣ダガーは、真っ赤に焼けたような色合いをしていた。これも魔剣の一種で、火系の魔力を秘めていて鋼鉄をも紙の如く易々と切り裂く(正確には溶かす)事が出来るのだった。


 魔人が地響きを立てて倒れる。エレーナは、魔人に見向きもしないでテントへ急いだ。


「タツヤ!」


 テントに駆け込み、竜也を探す。見当たらない。


 —— タツヤ!

 —— テントから出て、稜線りょうせんに沿って北西に少し行った所にいるよ。


 思念での呼び掛けに、応答が帰って来る。どうやら窮地は脱したらしい事が声色よりうかがえた。ひとまず安心する。しかし陣の中に敵の侵入を許している以上、素早い保護が求められる。また何時なんどき敵に襲われるとも限らないからだ。


 エレーナは稜線りょうせんに沿って尾根を進む。程なく竜也に再会できた。竜也のかたわらにはロベリアが居た。


「ロベリアさんが、ピンチを救ってくれたんだ」


 竜也は見たところ、何処も怪我をしてい無さそうだった。


「ロベリア王女様。タツヤを救って頂き、誠に有り難う御座います」


 エレーナは、安堵あんどの溜め息と共にロベリアに感謝の意を伝える。


「なに。未来の夫の窮地を救っただけだ。当然の事をしたまでよ」


 ロベリアは、サラリと権力をかさに着た横暴な物言いをする。


「ああいう場合は、帰還指示を出して自分のそばへ召し寄せれば良かろう。もし私が居なければ、タツヤ殿は死んでいたかも知れぬのだぞ」


 エレーナはパニック状態になっていて、そんな事も忘れていた自分を恥じ入る。


「やはりタツヤは、私の元に置いておく方が良さそうだ」


 どさくさに紛れて敬称を略してきた。エレーナは頬を引きらせる。


「ですが、タツヤは渡しません」


 二人は、しばらく睨み合う。


「ちょっ……ちょっと。今は、そんな事してる場合じゃないんじゃないの?」


 竜也は、慌てて二人の間に割って入る。


「二人ともテントに戻るよ。現状把握が最優先なんだからね!」


 竜也は、二人に先立ってテントへの道のりを走り出す。

 竜也を放っては置けないので、二人は慌てて後を追いかけだした。

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