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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第四章 傀儡の葬送
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03. 剣の向く先

 陽光射し込む天宮の廊下を二人の白天人が深刻な面持ちで歩く。先行するのは白天人族の第三王子トリトメイ・カンディアーナ、背後に付き従うのは異母妹のレイリーズである。

「先の謀、彼等には聊か刺激が強過ぎた様だね。まさか、事態がこれ程早く動くとは思わなかったよ。読みの甘さは反省点だな。天帝様にも大層御迷惑をお掛けしてしまった。今後は気を付けないと」

 トリトメイの口調は鷹揚にも聞こえたが、僅かに緊張が表れている。そうした彼の様子は、レイリーズを益々不安に陥らせた。

「地上界へはこれから向かわれるのですか?」

「ああ。都の防備を整えるのに手間取って、他種族に後れを取ってしまったよ。急いで挽回しなければならない。天界の方は頼んだよ」

「それは勿論なのですが、一つ御耳に入れておきたい話が」

「何?」

 トリトメイは立ち止まり、レイリーズは彼の横に並んで耳打ちをする。報告を聞き終えると、トリトメイは更に眉を寄せて呟いた。

「次から次へと……」

「如何致しましょう」

「私の予定は既に地上界の方に伝えてしまったから、彼方側もその予定に合わせて準備を行っていることだろう。変更は難しい。君と……アキュレオンだけで対応出来る? 成る丈、内密に。当面は情報収集だけで、事は起こさなくて良いから。問題が発生すれば、都度此方へ連絡を」

 名の挙がった「アキュレオン」とは白天人族の第六王子で、王族の中では比較的トリトメイに従順な人物である。レイリーズは「畏まりました」と返答し、再び歩き出した上司を見送った。



   ◇◇◇



 薄暗い地下の密室にて、黒天人族の元王太子シャンセ・ローウェン・ヌツィーリナは人知れず唸る。彼を悩ませているのは、現在自身が置かれている状況だ。

(天帝の神気を感じる。地界の境界まで来ているな。ならば、私が地神の城にいることにも気付いたかもしれない。非常に不味い。愈々絶体絶命だ。早く脱出の算段を付けないと)

 意識を集中するべきだと分かっているのに、シャンセの頭にはどういう訳か過去の光景が浮かぶ。それは彼が地界へ連れて来られた直後の出来事だった。



 あの折、地神はシャンセを前にしてこう告げた。

「私を〈大祭剣〉で殺せ」

 先程耳にしたのと全く同じ言葉だ。聞き違いを疑ったシャンセが、もう一度言うよう促した結果の発言である。

 苦々しい表情をしながら、シャンセは言葉を詰まらせ考え込んだ。地神も物言わず相手が答えを導き出すのを待つ。暫くして、シャンセは再び口を開いた。

「そのお考えに至った経緯をお聞かせ願えますか?」

 地神の苦悩は知っている。原因は間違いなく天帝だ。全てにおいて華やかな兄への劣等感と対抗心が、地神の心を限界まで削ってしまったのは想像に固くない。だが、問わずには――否、止めずにはいられなかった。地神の死は情勢に過大な影響を与えてしまうだろうから。

 しかしながら、地神の返事は実に素っ気ないものだった。

「語る必要はない。神たる私が命じているのだ。お前は唯々諾々と従えば良い」

 余りにぞんざいな扱いに、シャンセはつい苦笑する。

「御言葉通りの模範的人族であったならば、私は今も天帝の側に侍っていたでしょう」

「確かに。だが、逆らう理由もなかろう。私が死んだ所で、お前は何ら困らないのだから」

「そうした物言いは止して下さい。一体、どうされたのです? 天帝を排して王座に就く大望は、諦めてしまわれたのですか? 貴方がたもどうしてこの御方を止めないのです?」

 シャンセは自身を囲う地軍兵を見回す。すると、彼等は気まずそうに少しだけ視線を逸らした。シャンセの推測は正しく、己が行動に多少なりとも負い目は感じてはいるのだ。

 けれども、付け入る隙を与えない様に地神は言った。

「シャンセよ、お前は私の夢を誤解している。私が望むのは天帝の排除だけだ。奴を高みから引き摺り下ろし、地面として踏み付けることだけ。その方法を長らく考え続けてきた。そして、先頃漸く結論に至ったのだ」

 一呼吸置いて、地神は続ける。

「《顕現》世界に於ける戦力で勝てぬのなら《元素》を攻めれば良い。我が身と結び付いた《地》を介して《天》に干渉し、奴を内側から破壊する。それが最も有効な攻撃手段だ」

 地神が語り出すと同時に彼へと視線を戻していたシャンセは、一層険しい顔をした。

「あらゆる《元素》は複雑に繋がっています。〈大祭剣〉ならば確かにそれらを切り分けて制御するのも不可能ではないのでしょうが、決して誰にでも出来る技ではありません。少なくとも私は、斯くの如き高等技能を有する使い手を開発者のアイシア・カンディアーナ以外には知りません。つまり、今仰った方法は高確率で《地》と《天》以外の《元素》を巻き込むのです。最悪《顕現》世界は滅ぶことに――」

「それはアイシアが作った〈大祭剣〉の場合だろう。あの娘よりも〈祭具〉作りに長けたお前ならば、もっと良質な物が作れる筈。違うか?」

「お約束は出来かねます」

「欺瞞、反論は許さん。やれ」

 冷静さを欠いている相手を窘めんと、シャンセは「地神様!」と叫ぶ。けれども地神は聞き入れず、シャンセに武器を向けている兵士達に命じる。

「連れて行け。目標を達成するまで外に出すな」

 間を置かず、別の場所にいた将官が「畏まりました」と代わりに返事をした。次いで、彼は部下達に詳細な指示を与える。

 こうして、シャンセは現在監禁されている部屋に連れて来られた訳である。



 シャンセの回想はそこで途切れる。途端、周囲の静けさや馴染みのない臭いが意識に上り始めた。

 室内には〈祭具〉の製作道具と素材、書物等が飾られている。この部屋は元々地神の工房の一つであったのだと、シャンセを連行した兵士が教えてくれた。だからと言って、設備が充実しているとはお世辞にも言い難い。入室時、シャンセはその件を指摘して細やかな抵抗を試みたが「足りない物があれば、外にいる兵士に伝えよ」と返されただけで終わった。

 徐に、シャンセは工具の一つを手に取って眺める。だが裏腹に、頭の中を支配するのは〈祭具〉に関わるものではない。

(ただ逃走するだけではいけない。何としても地神を止めないと。しかし、どうする?)

 闇色の髪に覆われた頭皮が、天帝の神気を受けてちりちりと痛んだ。



   ◇◇◇



 地上界、聖都サンデルカ付近に一柱の女神が降臨した。

 その女神――殺神リリャッタは、担いでいたサンデルカの王子シドガルドをそっと地面へ下ろす。彼は死んだ様に眠っており、目を覚ます気配はない。殺神はシドガルドを眺めつつ、暫し物思いに耽った。地中にいるシャンセと同様に過去の出来事を心に描いたのである。



 数日前の火界辺境、シドガルド王子に取り憑いた魔神の分体は、殺神を前にしてこう告げた。

「私を〈大祭剣〉で殺せ」

 殺神は片眉を上げて「ああん?」と元王族らしからぬ声を出す。

「あんたねえ、悪巧みするにしても私を巻き込まないでくれる? 迷惑なのよ」

 静かな怒気を感じ取った魔神は、思わず苦笑顔になった。

「まあ、そう邪険にしないで話だけでも――」

「あっ、〈大祭剣〉って確か応用技として《顕現》を介し大本の《元素》にも干渉出来るのよね。つまり、今の状況なら私があんたの本体を消し去ることも可能な訳で」

 血気盛んな女神は嬉々として模造〈大祭剣〉を内蔵した大鎌を構える。とは言っても彼女に殺意はなく、ただ相手を揶揄っているだけなのだが、指摘の内容自体は嘘ではなかった。話が思わぬ方向に展開した為、魔神は冷や汗を掻きながら後退る。けれども、彼の声音にはまだ余裕がある様に感じられた。

「まあまあまあまあ、そう言わずに。一先ず腰を据えて話を聞き給えよ、お嬢さん」

「問答無用!」

「あはっ!」

 笑みを消した殺神が大鎌を振り、逆に魔神は満面の笑顔を作って相手の攻撃を軽々と躱す。離れた場所に魔神が着地したのを確認して、殺神は苦々しげに舌を鳴らした。

 体勢を整えた後、魔神は「やれやれ」と呟いて肩を竦める。

「真実を言うと、その模造品に私を消す程の力はないんだけどね。本物の〈大祭剣〉を更に強化すれば、可能になるかもしれないけど」

「知ってるわよ。目の前にいるあんたに怪我してほしかっただけ」

「やめてえ」

 短い時間、魔神は顔を引き攣らせたが、やがて元の表情へと戻して話を続ける。

「多分何かの罠を疑っているのだろうから、理由を話すとだ。そろそろ、この依代君とお別れしたいと思っていてね。手伝ってもらいたいっていうか……」

「普通に出て行けば済む話じゃない」

「それが少し長居をし過ぎたらしく、不測の事態に陥ってしまって。多分、相性が悪いんだろうなあ。あと、地上人族が弱いから? 兎も角、私が抜けると遠からず命を落とす危険性がある位、今の彼は衰弱してしまっているんだよ。否、死ぬどころか、最悪魂が消滅しかねなくて。だからこそ、私も身体を返そうという気になったんだけれどもね」

「はあ? あんた、何してくれてんのよ。やっぱり、滅べ」

 今度はしっかりと殺意を出して、元地上人の女神は大鎌を傾けた。失言を自覚した魔神は、反射的に両手を胸元まで上げて殺神を宥める姿勢を取る。

「勘弁して。意図的ではないんだ。私としても、長らく世話になった相手だし、冥界との関係もあるから、なるべく生かして手放したいとは思っている。そこで、模造〈大祭剣〉だ。その剣で分体の神力のみを切り離して、彼の生命活動の補助に使ってもらえないかってね。分体の方は神力不足で一時的に死亡判定を食らって、冥界送りになるかもしれないけどさ。そこまで行ったら、徒歩なり何なりで魔界へ戻って本体と合流するから」

「神から切り離された神力は、特別な措置を施さない限り、何れ消えるわよ」

「地上人の短い寿命分は持つ筈だよ。どうだい、出来そうかい?」

 殺神は大鎌を僅かに動かす。然る後に唸り、こう返した。

「自信はないけど、無辜の弱者をあんたみたいな邪神から救ってやりたい気持ちはある。因みに、依代の出身地は?」

「サンデルカだね」

「放っておこうかしら」

「リリャッタ」

 魔神はこの場所に来てから最も冷たい声を発した。比較的寛容には見えるものの、彼は殺神よりも遥かに高位の神だ。殺神はその事実を思い出し、やや気まずさを覚えた。

「分かってる。でも、上には必ず報告するわよ」

「どうぞ、ご自由に。ただ、私がいなくなったら彼を地上界に戻してやってほしい。出来ればサンデルカの近くに」

「本当に、手間ばかり掛けさせんじゃないわよ!」

「ご免ご免。じゃあ、宜しく」

 魔神が片手を振ると、殺神は大鎌に神力を込める。すると、内部にある模造〈大祭剣〉が微かに振動した。それを感知した殺神は、相手の胴目掛けて勢い良く大鎌を振った。



 回顧の時間は終わり、殺神の意識は再び足元の若者へと向けられる。微かに神気を纏ってはいるが、魔神は既に彼の中にはいない。地上人族としても脆弱な肉体を高位神の神力が浸食している危険な状態だ。魔神は問題ないと見積もった様だが、この青年が本来あるべき寿命を生き切るのは難しいのではないかと殺神には感じられた。彼女の内にふつふつと魔神に対する怒りが湧いてくる。だが結局の所、今更何をやっても手遅れと諦めるより他はなかった。

 せめてもと、殺神はシドガルドに保護の〈神術〉を施す。彼が無事に我が家へ辿り着けるよう、そして目標が果たされた折には自然と〈神術〉が解ける仕組みにして。

 最後に、殺神は「頑張って」と優しくシドガルドに告げ、間を置かず彼を置いて去って行った。

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