第6話 水たまりの逢瀬
夕刻。
屋敷の中庭で、エリスがそわそわと馬車を待っていた。
「お母様、私、ランカスター伯爵邸でお茶会ですの。アルフレッド様がお呼び出しよ」
「ええ、行ってらっしゃい。アルフレッド様をしっかり繋ぎ止めておくのよ」
着飾ったエリスが馬車に乗り込むのを見送りながら、私は中庭の片隅、雨上がりの水たまりに視線を落とした。
水面が、微かに揺れる。
ポケットの手鏡を意識すると、中庭の水たまりに、エリスが乗った馬車の「窓ガラス」からの視界がリアルタイムで投影された。
馬車が到着したのは、ランカスター伯爵家の豪奢な別邸。
案内された温室の奥で、アルフレッドがエリスを待ち構えていた。
『エリス、待っていたよ』
二人は人目を憚ることなく抱き合い、熱い口づけを交わす。
その背後にある温室のガラスが、二人の密通のすべてを克明に記録していた。
『アルフレッド様、お姉様を修道院送りにする件、本当にうまくいくの?』
『ああ。これを見ろ』
アルフレッドが胸ポケットから取り出したのは、小さな青いガラス瓶だった。
『無色無臭の遅効性の毒薬だ。大夜会の前日、クララの部屋の化粧台の奥にこれを仕込んでおく。そして夜会の最中、君のグラスに微量の痺れ薬を入れて倒れてもらう。……「クララが妹を毒殺しようとした」という完全な現行犯の出来上がりだ』
『まあ! 完璧ね! あんな女、早く消えてしまえばいいのよ!』
鏡を通じてその会話を聞いていた私の指先が、冷たく研ぎ澄まされた。
(毒薬の小瓶……なるほど、そういう筋書きね)
私は水たまりから視線を上げ、夕暮れの空を静かに見つめた。
彼らは私を奈落へ突き落とすつもりで、着々と罠を仕掛けている。
ならば——その罠の行き先を、そっくりそのまま彼ら自身の喉元へ繋ぎ直して差し上げましょう。




