第5話 従順なる道化
午後、屋敷の裏口から、身なりの卑しい小太りの男が入ってきた。
闇金業者、ドレクスラー。
私はエプロン姿で廊下の雑巾掛けをしながら、怯えた目でおどおどと道を譲るふりをした。
「あ、あの……ご苦労様です……」
「フン、相変わらず陰気な娘だな」
ドレクスラーは鼻を鳴らし、ガートルードの待つ応接間へと消えていった。
扉が閉まる。
私は雑巾を置き、廊下の飾り棚に置かれた「カットグラスの花瓶」へと指先を触れさせた。
ポケットの手鏡と、花瓶のガラスが共鳴する。
私の耳に、応接間の中の密談が、まるで隣で囁かれているかのように鮮明に響いてきた。
『ガートルード様、前回の利息がまだ入っておりませんぜ。今回追加で五千ゴールド用立てろと言われましてもねえ』
『分かっていますよ。ほら、これを見なさい』
紙が擦れる音。
『先代アンバーク子爵の遺産相続証書よ。娘のクララに署名させた委任状もあるわ。あの子は私の言うことなら何でも震えながらサインする愚図よ。来月にはあの子を修道院へ放り込んで、この屋敷と領地を担保に差し出します。それで十分でしょう?』
『へへっ、さすがは奥方様だ。娘一人を売り飛ばして、豪遊とはいいご身分だ』
手鏡の表面に、義母が偽造した委任状の署名がクローズアップされて映し出された。
私の筆跡を真似た、稚拙な偽造署名。
そして、二人が交わした裏契約書の全容。
(日付、金額、印章……すべて記録完了)
私はポケットの中で鏡の枠を軽くタップした。
『記録、保存いたしました。必要とあらば、王立裁判所の認証印と同等の精度で再現可能です』
「よくやってくれたわ」
私は小さく呟き、再び雑巾を手にした。
廊下の床を磨きながら、私の心はかつてないほどの爽快感に満たされていた。
相手は私が何も知らず、怯えて震えていると思っている。
道化を演じるのは、思いのほか愉快なものだった。




