第3話 封印を解く音
自室へ戻った私は、部屋の明かりもつけず、ベッドの下の隠し床板を開けた。
埃をかぶった黒漆の小箱。
母が亡くなる間際、私の手に握らせた唯一の形見。
『クララ。あなたが本当にどうしようもなく追い詰められ、誰も信じられなくなった時だけ、この鏡の留め金を外しなさい』
取り出したのは、手のひら大の楕円形の銀手鏡。
枠には薔薇の蔓を模した銀細工が施され、鏡面には硬い封印の封蝋が施されていた。
これまで「母の言いつけを守る良い子」だった私は、一度もこの封印を解こうとはしなかった。
私はドレッサーから裁縫用の千枚通しを取り出し、躊躇なく封蝋の隙間に突き立てた。
カチリ。
小さく、だが驚くほど澄んだ金属音が響いた。
封蝋が剥がれ落ち、銀の枠に彫られた古代文字が、青白い燐光を帯びて淡く瞬く。
手鏡の表面に、波紋が広がった。
埃で曇っていたはずの鏡面が、まるで磨き抜かれた清水のように透き通り、暗闇の中でぼんやりと光を放ち始める。
『——認証完了。正統なる継承者、クララ・フォン・アンバーク』
頭の中に直接響いてきたのは、鈴を転がすような、冷徹で理知的な女性の声だった。
「……鏡が、喋った?」
『我は「真実の反射鏡」。虚飾を剥ぎ、人の心の裏側、隠された真実をガラスの面に映し出す器。契約者よ、何を望む』
私は鏡面を見つめた。
そこに映っていたのは、怯えておどおどしていた昨日の私ではない。
冷たく研ぎ澄まされた、獲物を狙う鷹のような目を湛えた、私自身の顔だった。
「私の望みは、一つだけ」
私は鏡の縁を指先でなぞった。
「私を食い物にしようとする者たちに、相応の報いを与えること。……それも、誰一人として逃げられない、完璧な公開処刑で」
鏡面がクィンと澄んだ音を鳴らして応えた。
『契約成立。……見せてあげましょう、あなたの周囲に渦巻く、醜悪な真実のすべてを』




