第10話 毒のすり替え
男の足音が完全に消えたのを確認すると、私は化粧台の奥からその青いガラス瓶をピンセットで取り出した。
「……『蒼海蛇の涙』。少量で手足の麻痺と激しい嘔吐を引き起こし、過剰摂取で心不全に至る猛毒ね」
『はい』
手鏡が冷淡に解説を返す。
『王都の闇ギルドでしか流通しない劇薬です。瓶の底面に、密売商人の陰刻が残されています』
「アルフレッド様も、ずいぶんと奮発してくださったこと」
私は懐から、前日に神殿の薬師から購入しておいた、まったく同じ形状の小瓶を取り出した。
中に入っているのは、ただの「着色した濃縮ショウガ水」。強烈に辛いだけで、人体には何の害もない。
毒薬の瓶から慎重に中身を抜き取り、空の瓶にショウガ水を詰めて、元の化粧台の奥へ戻す。
そして、本物の猛毒が入った小瓶は、耐食性の銀の小箱に厳重に封印した。
「さて……問題は、この毒をどこへ届けるべきか、ね」
『提案があります、契約者よ』
手鏡の表面に、義妹エリスの部屋の映像が浮かび上がった。
エリスはすでに泥のように眠り、ベッドサイドの絨毯の上には、大夜会で着る予定の真新しい真紅のドレスが脱ぎ捨てられていた。
そしてそのドレスのウエストポーチには、夜会で自分のワインに痺れ薬を垂らすための「自作自演用のスポイト」が入っている。
「……鏡さん。この本物の毒瓶を、あの子の部屋の宝石箱の底へ、ガラスの転送機能で飛ばせるかしら?」
『転送は、ガラス同士の共鳴によって可能です。ただし、一度に移動できる質量は小瓶一つ程度。……実行しますか?』
「お願い」
私が手鏡の枠を指先で弾いた瞬間、手元の銀の小箱から小瓶がふっと掻き消えた。
同時に、手鏡の画面の中で、エリスの部屋のドレッサーに置かれたクリスタルの宝石箱の二重底がカチリと開き、その奥へと本物の毒瓶が音もなく滑り込んだ。
「仕掛け人は、自分で用意した毒の重みを味わうべきよ」
私はベッドに入り、数年ぶりに深く、穏やかな眠りについた。
10話までお読みいただきありがとうございます!
これから物語はさらに加速していきますので、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです。
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