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第8話 苦くて、温かいもの

『HAM STORY 』へようこそ。


第8話 「 苦くて温かいもの 」スタートです。

記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。

MIRAとROMの成長をお楽しみください

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ふぐ姫が差し出したカップから中から白い湯気が立ち上っていた。

 受け取ってみると、中には黒い液体。


 MIRAは両手でカップを持ち、じっと見つめる。

「黒いね」


「そうね。コーヒーってそういうものよ。見たことあるんでしょ?」

 フグ姫が呆れた顔をする。


「飲んでみたら?もっと思い出すかも。」


「……ど、毒?」

 フグ姫の頬がぴくっと動いた。


「私が毒入れるように見える?」

「ROMが前に、黒い液体は危険だと」


 フグ姫の視線がROMへ向いた。

「何教えてんのよ!」


「それは、ここに来る前に話した泥水の話だ!」

「どこでそんな話題になるのよ!」

「いや、まだまともに会話にならなかったからさ。いろいろ教えてやってたんだって。」

「やっぱあんたが教える側はだめだわ」


 MIRAは2匹の顔を確認しつつ、慎重にカップを口へ運んだ。

 口に黒い液体を含んだ瞬間、動きが止まった。



「だ、大丈夫かMIRA」


(やっぱり黒い液体は、)

ROMがふぐ姫の視線を避けながら失礼なことを考えたその時、



「……苦い」




ごく普通のコーヒーの感想がMIRAから出てきた

「まあ、最初はそうよね」

ふぐ姫はあるあるに納得。


MIRAはカップを見つめ、少し考えながらもう一口。


「どう?」

フグ姫が尋ねると、MIRAは両手でカップを包んだ。


まだ熱いコーヒーの熱が陶器越しに掌へ伝わってくる。

「……でも、温かい」


次は、香りを吸い込み、

「いい香り」


ごく普通の感想でも、MIRAにとってはそれが新鮮。

(知らない?でも、やっぱり知っているような気がする。)


記録にはないのに、

あの白い部屋はやっぱり記憶?

ストレージには無いのに奥底のメモリーに残っていた? 


「不思議……」


「そうね」

 フグ姫はカウンターにもたれながら、

「その感情。『懐かしい』って気持ち、大事にしなさい」


「懐かしい?この感覚が………大事に……」


「無理に答えを出さなくていいのよ」

 フグ姫は小さな前足で、自分の胸を叩いた。


「忘れてても、残ってるものってあるから」

 MIRAはカップへ視線を落とした。

 黒いコーヒーの表面に、自分の顔が揺れていた。


     *


 SODAがギターを手に取った。

 「これはいい歌ができる予感」

 それを見たROMが、すかさず隣へ移動する。



 「野菜の次は豆か」


 「は?」

 SODAは理解できない。


「野菜の欲望を歌ったんだから、今度は豆の気持ちでも考えてみるか?」

 SODAがROMを見る。


「MIRAの『懐かしい』って感情の話だったよな。なんで豆になる?」


「俺のメモリーにあるんだよ」

 ROMは頭をぽりぽりとかいた。

「昔さ、削られていくコーヒー豆ってどんな気持ちなんだろうって考えたことがあって」


「なんで?」

 懐かしいと全然つながらない。

 ROMの過去にも俺の知らない何かあったのか?



「知らん。たぶん暇だった」

いつも不愛想なSODAの膝が少し崩れた。


(おいおい、でも、今はどんな歌でも。MIRAの回路のためだ)

SODAは少しだけ黙り、ギターの弦へ前足を乗せた。


「豆の歌……ありだな」

意を決して賛成したSODAだが、ふぐ姫は


「なし!」

 両手で大きな×を作り、即却下の姿勢。


「野菜から豆! 自然な進化だろ!」

ROMはあきらめない。

「食材から離れなさい!」


「次は米か」

 SODAがぽつりと言う。

 SODAの気持ちはもうライブに向いているようだ。


「お前まで乗るな!」

 三匹のいつものやり取りが始まりそうなとき


「ふっ……」

 と、小さな声が三匹の時を止めた。

 MIRAがほんの少し、口元を緩めていた。


「……今」

 ROMがMIRAを指差し、


「笑った?」


当のMIRAは理解できていないようで、

「笑う?って?どんな感じ?」


「今ちょっと笑っただろ!」

ROMはせっかくの変化を見逃したくない。


MIRAは自分の頬に触れた。

「……未確認」


「そこは記録取っとけよ!」

ROMは嬉しくなり、そのまま勢いよく振り返った。

「よし! 鉄は熱いうちに打てだ。俺のメモリーに残ってる豆の歌、今やるぞ!」


 MIRAは目を閉じイメージする。

 コーヒーの香りに、その香りを作り出す豆。

 削られて、砕かれて、それでも誰かを温める姿を。


「懐かしい……じゃない……でも歌いたい」

 目を開く。


「どんな歌でも、今は歌いたい」


 ROMが笑った。

「おう! 分かってきたな、MIRA!」


 SODAはテーブルの上にカメラを置き、配信の準備を始めた。

「これを繰り返せば、回路ももっと安定するかもしれないな」


「かもね」

 フグ姫はカフェの隅を片づけながら答えた。


「研究所のことは何も分からないし。今の手がかりは、歌だけなんだから」

 SODAが椅子に座り、ギターを構える。


 ぽろん。

 柔らかなコードが鳴った。

「こんな感じか?」

 MIRAは黙って耳を澄ませる。


「……もう少し、温かい空気」


 SODAがコードを変え、

「これ?」


MIRAもイメージが固まってきてるのか

「ん~、少し……寂しい…かな」

 

「じゃあ、こっちか」

 音が鳴った瞬間、MIRAの瞳が開いた。

 虹彩が丸く水色の光を出す。

「……それ!!」


 SODAはROMが昔作った歌詞と、断片的なメロディを拾いながら、少しずつ形を整えていく。

 フグ姫もショルダーキーボードを持ち出し、SODAのリズムへ音を重ね始めた。


 ROMは珍しく……本当に珍しく、

 黙って曲が形になっていくのを見ていた。


 やがてSODAが頷き

 みんな空気の変化を感じた 


  「準備完了」


 それを見たROMはMIRAの身体を駆け上がり、いつもの頭の上へ飛び乗った。

 2回目となれば要領は得ている。


 カシャ。

 MIRAの瞳の奥で絞りが開き、黒髪から全身へ紫の光が走る。

 光が通過すると毛先が鮮やかな紫へ変わり、衣装はライブ衣装へ変わっていた。


 ―――――  LIVE MODE起動 ―――――――


 MIRAはゆっくり息を吸った。

 『ぷくぷくカフェ』の店内。

 

 派手な照明はない……

 観客もいない……


 午後の光が差し込む小さなカフェで、三匹のハムスターとアンドロイドがスマホのカメラの前でスタンバイ。

 テーブルの上には一杯のコーヒーが残っていた。


 コーヒーのイメージとを追いかけながら

 SODAが最初のコードに乗ってMIRAは歌い始めた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただき、ありがとうございます。



今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。

アニメ版 「苦くて温かいもの 」


https://youtu.be/33f2Ax85eVA

※小説第6話〜9話 の内容を含みます。


続きが気になったら、[ブックマーク/作品フォロー]で見守っていただけるとうれしいです。

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