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第9話「歌は街を越えて」

『HAM STORY 』へようこそ。


第9話 「 歌は街を越えて」スタートです。

記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。

MIRAとROMの成長をお楽しみください

 一言で言うなら豆の歌。

 しかし昨日の歌とは違った。


 昨日は、ROMの中にあった欲望をROMの言葉のまま歌った。


 今日は、ROMの発案だが豆という

 自分ではないものの気持ちを想像している。

 

 まだ自分の気持ちを表現しきれないMIRAが

 豆の気持ちを代弁し、気持ちを代弁した形。


 削られていく。砕かれていく

 熱い湯を注がれ、苦い液体へ変わっていく。


 そんな豆たちでも、誰かの手を温めることができる。


 歌いながらMIRAは、白い部屋の記憶か、

 自分の中に残る感覚へ少しずつ近づいていった。

 

 湯気の向こうで、誰かが笑っていたような気がする。

 誰かが、自分の声を褒めてくれたような気がする。

 その感覚を、一つずつ音へ変えていった。


 豆の歌なのに。

 フグ姫も最初の反対が嘘のように乗っている


 最後のコードが消え、MIRAが目を開いた。

 フグ姫はそっと目元を擦り、

「……いいと思う。豆の歌」


 MIRAは胸に触れると

 (回路がまた脈打ってる……)


「また……熱い……」

 

 触れた部分に集中しながら

「でも昨日とは違うかも。なんとなく……感情が分かった気がする」


 また回路が育ったんだろうか。鋭くなっていく感覚に気づいた。

 MIRAは、ほんの少しだけ笑った。

 (わたし、成長してる?)


     *


 今回はライブで配信している。

 その豆の歌は、カフェの中だけでは終わらなかった。


 本人公認なこともあり、配信された映像は切り抜かれ、

 誰かが共有。それを見た誰かがまた別の場所へ広げていく。


 夜になる頃には。

 電車の中でイヤホンをした少女の耳へ。

 コンビニの休憩室で、一人弁当を食べる青年のスマートフォンへ。


 仕事を終え、暗い部屋の天井を眺めていた女性の耳へ。

 小さな店の古いスピーカーへ。


 再生数、コメント、シェアと

 歌は少しずつ広がりを見せた

 


『歌詞はふざけてるのに、なんか泣きそうになった』

『コーヒー飲みたくなる』

『明日からちょっと大事に飲むわ』

『母親が毎朝コーヒー淹れてたの思い出した。当たり前だったのにな』


『飲み終わったあと、しばらくカップ見てた』

『ちょっとコンビニ行ってくるわ』


 最初は、おそらくネタ歌として広がっただろう。

 ビジュアルもネタ。頭にハムスターを乗せた謎の美女。


 なのに異様に上手い歌と、歌詞のギャップ。


 それでも、


 ネタとしての初動が過ぎても、

 知らない誰かの日常を少しだけ揺らしながら再生され続けていた。


     *



 その夜、

 ショッピング街を、初老の男性が歩いていた。

 街には似つかわしくない白衣と白髪に丸眼鏡。


 仕事の休憩中にそのまま外へ出てきた医者か、

 大学の研究者のようにも見える。


 目的地があるようには見えない。

 ただ、ふらふらと歩いていた。


 放っておいたら職務質問でも受けそうな怪しい雰囲気だ。



 そのとき。



 街中のスピーカーから流れていた『コーヒー』が男性の耳に届き足が止まる。

 急に足を止めた男性は街頭ビジョンの方へ手をのばす。


「……この声」


 伸ばした手は空を切るが、ゆっくり顔はスピーカーに向く。


「知っている……?」


 確信はない。

 けれど身体がその声に反応していた。


 街頭ビジョンにはぷくぷくカフェから配信された映像が繰り返し映し出されている。


 MIRAとROMがアップで映ると

 老人の瞳が揺れた。


「どこかで……」


 もちろん知らないはずだが、必死に記憶をたどる。


「……っ!」


 突然、激しい痛みが頭を貫いた。

 老人は額を押さえ、その場で身体を折る。


 呼吸が乱れ、


 

「……だめだ、思い出せん」

 痛みを感じながらも、知りたい気持ちが勝るも、

 そこから先へ進めない。


 街頭ビジョンからは、MIRAの歌声が流れ続けていた。


     *


 同じ頃。営業を終え明かりを落とした「ぷくぷくカフェ」

 カウンターには暖色の明かりが一つ灯っている


 MIRAはが一人でカウンター席に座っていた。


 目の前には、空になったコーヒーカップ。

 指先で、その縁へそっと触れる。

 

 あの白い部屋に何かある。

 コーヒーがきっかけでまた戻れるんじゃないか。


 もう一度触れれば。

 もう一度香りを思い出せば。


 あの白い部屋が見えるような気がした。

 けれど、何も起こらなかった。


 MIRAはまだ知らない。

 今日、自分の中に浮かんだものが本当に記憶なのか。

 配信された歌が自分の過去とつなげようとしていることに。

お読みいただき、ありがとうございます。


今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。

アニメ版 「苦くて温かいもの 」


https://youtu.be/33f2Ax85eVA

※小説第6話〜9話 の内容を含みます。


続きが気になったら、[ブックマーク/作品フォロー]で見守っていただけるとうれしいです。


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