第7話 知っている香り
『HAM STORY 』へようこそ。
第7話 「 知っている香り 」スタートです。
記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。
MIRAとROMの成長をお楽しみください
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昨晩の余韻が残る翌朝。
「なんじゃこりゃあああああ!」
ぷくぷくカフェにROMの絶叫が響いた。
カウンター席にいたMIRAが振り向く。
厨房からフグ姫が顔を出し、いつものごとく。
「朝からうるさい!」
「見ろ! これ!」
ROMがスマートフォンを掲げ注目を集める。
映っているのは知った顔たち。
ステージ中央には紫の髪のMIRA。
その頭にはROM。
足元にはフグ姫とSODA。
そして画面の隅では、再生数が数秒ごとに増え続けている。
「……昨日のやつ?」
MIRAが興味を持ちスマートフォンを覗き込んだ。
「ああ!」
「わたしもいるの?」
「いるに決まってるだろ。主役だぞ」
「ROMもいるね」
MIRAが映像の中の自分の頭を指差した。
「もちろん!俺は準主役」
ROMが胸を張る。
「フグ姫も?」
「いるわね。見切れてないわね。」
フグ姫もスマートフォンを覗き込んだ。
「SODAも?」
「なら、俺もいるさ」
店の隅でギターを抱えていたSODAが、眠そうな目のまま答えた。
足もとの小さいハムスターもしっかり画角に収まっていた
MIRAは画面に表示された動画タイトルを読み上げる。
『頭にハムスターを乗せて野菜を歌う謎の美女』
「情報量が多い!!もっと他にタイトルなかったの!?」
フグ姫が叫んだ。
「間違っては無いな。事実ではある。」
SODAが言う。
「事実なら何でもいいわけじゃない!
「じゃあ、『美少女アンドロイドと三匹の天才ミュージシャン』ってのはどうだ?」
ROMが胸を張った。
「自分で天才って入れんな!」
フグ姫とSODAがほぼ同時につっこむ。
画面を下へスクロールすると、コメントが次々と流れていた。
『歌うますぎ』
『なんで野菜なのにこんな感動するんだよ』
『頭のハムスター何者?』
『ギター弾いてる青いの気になる』
『―――――ピンクの子かわいい――――』
フグ姫のスクロールの手が止まる。
「ほら!見る目ある人いるじゃない!」
フグ姫が画面を指差した。
SODAがその下を見た。
「『まるい』とも書いてあるな」
「消せ!」
ぷくぅ。フグ姫の身体が膨らむ。
久々に出る、フグ姫の名前の由来だ。
「変形。さらに丸くなった」
MIRAは、ハムスターは膨らむものだと理解した。
「MIRAまで言うな!」
「体重増加を確認。」
「そんなの確認しない。記録するんじゃないよ」
MIRAはもう一度スマートフォンへ視線を戻す。
知らない誰かが、自分の歌について話し、
自分を見ている。
昨日まで、自分の存在を知る者などほとんどいなかった。
不思議だった。
そして、その不思議は昼になるとさらに大きくなる。
*
「いた!」
「昨日の野菜ソングの子!」
窓の外から声がした。一人、二人ではない。
MIRAが声の方向に振り向くと、
ぷくぷくカフェの窓枠いっぱいに若い男女が見えた。
全員がスマートフォンを構えている
「写真いいですか!」
「ほんとに頭にハムスターいる!」
「かわいい!」
MIRAは頭の上を見ようとして、ROMへ視線を向けた。
「ROM?」
「なんだ?」
「スキャンされてるね?」
向けられたスマホにMIRAが反応した。
「いやいや。ファンだよ!」
「敵?戦闘準備する?」
「だからファンだって!」
MIRAは窓の外に向けられたスマートフォンを数え始めた。
「ほら……複数の照準を確認した……狙われてる。先手取られちゃうよ……」
「それはカメラだよ!」
少し考える。
「……人間、わかりにくい」
「それはまあ、分かる」
ハムスターのROMも同意する。
「でも、敵意が無いのは分かった」
フグ姫がため息をつく。
「ROM。あんたが教える側に回ると、ややこしいのよ」
「なんでだ!?」
「常識が足りないから」
「俺は常識あるぞ。ヒーローの常識!」
「それ世間の非常識よ!MIRAに植え付けないで」
フグ姫とROMのいつものやり取りにはもう慣れた。
MIRAはマイペースだ。
「質問!!」
MIRAが手を上げた。
「ファンは、何をする人間?」
「応援するんでしょ」
SODAが答える。
「なぜ?」
「好きだから……好きになったからかなぁ」
ハムスターのSODAもそこまで理解してないが、推測で話す。
「わたしが、好きなの?」
フグ姫がスマートフォンを操作し、昨夜の映像をもう一度再生した。
「昨日の歌が良かったからじゃない?」
「わたしじゃなくて、歌が好きってこと?」
MIRAはまだ理解できない様子。
「最初は、それでもいいんじゃない?」
フグ姫が答えを急ぐMIRAに、少しブレーキをかけた形だ。
「……やっぱり、人間はわかりにくい」
それには、誰も反論しなかった。
この会話に人間が関わっていないことは置いておく。
*
午後になり、騒ぎもようやく落ち着いたのか
窓の外から人影が消えた。
古いジャズが流れ、琥珀色の照明が照らし、
窓から差し込む柔らかな午後の日差し。
ぷくぷくカフェには、いつもの静けさが戻っている。
カウンターの中では、フグ姫が手動のコーヒーミルを回し始めた。
ごりごり。
豆が砕かれる音が響き、カウンターをを立とうとしていた
MIRAの動きが止まった。
カシャ。
瞳の奥で、機械式の絞りが動く。
「……これは?」
「何?」
フグ姫がミルを回す手を止めた。
「この……匂い」
「コーヒーのことかな?」
「コーヒー?」
「まだ知らなかった?データに無いの?」
MIRAは答えず、もう一度深く、
ゆっくりと空気を吸い込み
「……知ってる気がする。この香り」
「え?知ってるの?」
フグ姫が振り向いた。
「飲んだことあるの?それとも淹れたことが?」
「分からない」
MIRAは眉を寄せる。
「誰かが飲んでいた姿。そこから漂っていた匂いが浮かぶ」
「覚えてるの?」
「記録が……断片的…………」
MIRAは胸を押さえた。
昨日のライブは熱かった。でもあれとは違う。
もっと静かで、胸の奥へゆっくり沈んでいくような感覚。
「でも……」
まだ少ないボキャブラリーから言葉を探す。
「やっぱり、懐かしい香りがする」
――――――その瞬間
カフェの音が遠ざかり視界がホワイトアウトする
*
―――― 面が白い。真っ白な天井に白い壁。
照明が真上から眩しく照らす。
(――どこだろう?)
声が出ない。身体も動かない。
視界だけが生きている。途切れ途切れに流れてくる部屋の様子
白衣を着た人影。頭には白い髪が揺れている。
顔は――――見えない……
ザッ
っとノイズが走る。
ザザッ。
壊れかけのブラウン管テレビのような横線ノイズが走る。
ノイズの中に見えるのはカップ。
カップだろうか、立ち上る白い湯気と香りもわかった。
どうやら嗅覚も生きていた。
――コーヒー??
ごりっ…ごりっ……
遠くで豆を挽く音が聞こえる。
『……今日も、いい声だね。――――』
(だれ?)
名前を呼ばれた気がした。
(肝心なところが聞こえない。これは私の記憶?と、いうことは研究所??)
『この香りは、心を落ち着かせる』
白髪の人物がカップを持ち上げながら言う。
柔らかな声だった。続けて
『人も……機械もね』
カシャ。
映像が揺れた。
白い部屋がノイズに埋もれ、コーヒーの匂いも弱くなっていく。
(もう少し。もう少しだけ見せて。)
ザザザザザッ――。
プツン…
視界が真っ黒になった。
*
「MIRA!」
声に気づきゆっくり目を開けと、白いハムスターの髭が見えた。
ROMが顔の真ん前でずっと叫んでいたらしい。
やがてカフェの天井が見え、古いジャズも聞こえてきた。
琥珀色の照明を知っている。ぷくぷくカフェに戻ってきた。
「おい、大丈夫か! いきなり止まるなよ!」
「……ROM??」
瞳の絞りが動き、視界の端がわずかに滲んでいる。
MIRAは指先で頬に触れると、透明な液体がついていた。
「……漏れてる」
フグ姫が言葉を失った。
ROMも、いつもの軽口を口にしなかった。
少し迷ったが
「それ……涙か? 何か思い出したのか?」
「分からない。今のが記憶なのかも……分からない」
ROMはMIRAの表情を確かめようと、頭からカウンターへ降りて正面に回った。
以前なら、それだけでMIRAの出力は大きく低下したが、
昨夜のライブ以降、短い時間ならROMが離れても、すぐに倒れることはなくなっていた。
「何が見えた?」
「白い部屋にいた。」
「研究所のことか?」
「分からないけど、私の記憶なのかも」
「誰かいたか?」
「白髪の……人がコーヒーを淹れていた」
ROMの表情が変わり、少し早口になる。
「もしかして、開発者か?」
「分からない。けど、私の記憶ならそうかも……」
記憶を探ろうとするほど、そこにノイズがかかる。まだ不完全だ。
「でも……声を知ってる気がする。少ししか聞こえなかったけど。」
「名前を呼ばれた気がしたけど、聞こえなかった」
MIRAは胸元で手を組み、
「でも、一つだけ分かった」
「わたし、コーヒーを知ってる。白い部屋にもあった」
フグ姫は、ゆっくりコーヒーミルを見て、すぐに視線をMIRAに移す。
小さく笑いながら、
「じゃあ、飲んでみる?」
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お読みいただき、ありがとうございます。
今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。
アニメ版 「苦くて温かいもの 」
https://youtu.be/33f2Ax85eVA
※小説第6話〜9話 の内容を含みます。
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