↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/9

第5話 五分間の歌姫

『HAM STORY 』へようこそ。

第5話 「 5分間の歌姫 」スタートです。

記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。

一人と一匹の出会いから始まる、歌と心の物語。

今回はついにMIRAの歌手デビュー

 意気揚々のROMに連れられてきたのは、ライブハウス『CAGE』。


 商店街に突如現れる地下へ続く階段を降りれば、そこは昔ながらのライブハウス。


 階段を降りるにつれ、商店街とは明らかに空気が変わっていった。壁一面のステッカー。黒く塗られた天井。むき出しの配管。有名?なのか、髪を立てたミュージシャンの写真とサイン。


 扉の向こうからは重低音が響いていた。


「……振動?? 何があるの?」


 MIRAが足元を気にした。


「怖いか?」


 ROMが尋ねると、


「『怖い』……のかなぁ。でも、ワクワクもしてる」

「そっか……」


 ROMは一瞬だけ黙ったが、すぐいつもの調子に戻り、


「じゃあ体で感じるんだ!」

「感じるって?」

「ライブ空間の空気! まずは楽しまなきゃ続かない。これからも続けるだろ?」


 階段奥の扉を開けると、受付カウンターと強面の男が姿を現した。このライブハウスの店長だ。


 店長は入ってきた女性を見た。そして、その周囲にいる三匹のハムスターも見て、MIRAに一言。


「ここはペット不可だぞ」

「ペットじゃねぇ! 保護者だ」


 ROMが割って入った。


「冷やかしなら保健所呼ぶぞ!」


 あまり相手をする気は無いのか。


「今は営業中なんだ。帰れ!」

「五分だけ枠無いか!」

「何をするんだ? ハムスターのニッチバンドなんて流行らねぇと思うぞ?」


 ROMは食い下がり、MIRAを指差した。


「俺じゃねぇ。歌うのはあいつだ」


 店長がMIRAに目を向けるが、ちょうどROMは頭から降りていたため、MIRAは壁に寄りかかり、見るからに力が抜けていた。


「……あれが? 歌えるのか?」

「俺が乗ればシャキッとする」


 店長はROMとMIRAを交互に見た。


「説明すればするほど不安になるな、お前ら」

「聴けば分かるさ!」

「今日は出演者が――埋まってるんだよな」


 客商売としてトラブルは避けたい店長の優しい対応にも、ROMは退かなかった。


「五分だけでいい!」


 (こりゃ帰りそうにないな)


 小さなハムスターと強面の男が、真正面から睨み合った。

 先に視線を外したのは店長だった。ふと、壁際のMIRAに目が止まる。力の抜けた身体とは裏腹に、その視線だけは、重低音の響く扉の向こうを追っていた。


「……じゃあ次のバンドの転換中ならいいぞ」


 店長が折れた形だ。


 ROMは深く息を吐いた。


「恩にきるぜ店長」

「次の転換中だ。トラブったら即下ろすからな」

「よっしゃあ!」

「本当に五分だけだぞ」


 ROMは振り返った。


「聞いたかMIRA! 初ライブだ!」

「ライブ……歌えるんだよね?」


 MIRAの瞳に、ほんの少し光が戻った。フグ姫が額を押さえた。


「ねえ。ひとつ確認していい?」

「なんだ?」

「何歌うの?」

「安心しろ。脳内から引っ張り出しといたぞ」


 ROMが胸を張った。


「俺が昔、抑えきれない欲望のまま書いた名曲がある」


 SODAが反応した。


「欲望??」


 フグ姫の顔に嫌な予感が浮かんだ。


「……タイトルは?」


 ROMは誇らしげに答えた。


「『小さなカリの歌』――やさいの歌だ!!」



 沈黙。



 重低音もかき消されたかのような凪。沈黙を破ったのはフグ姫だった。


「帰るわよ」


 フグ姫は本気で出口へ向かった。


「待て! なんでだよ!?」

「なんでって? こんな美少女アンドロイドのデビュー曲にキャベツとかレタスとか歌わせる気!?」


 呆れているフグ姫に、


「野菜ナメんな!」

「野菜の問題じゃないのよ!」


 ROMは自信を持って、


「……芸術の解釈は自由だろ?」


 そこにSODAも参戦してきた。


「お前、腹減ってただけだろ」

「この曲は俺の魂から溢れ出した言葉達だ!」


 いつもテンションの低いSODAが食い下がった。


「胃袋だろ」

「魂と胃袋は近いんだぜ!」


 ROMが胸の前で合掌した。


「遠いわよ!」


 フグ姫が手をほどいた。


 ROM、フグ姫、SODAのいつものやり取りで、三匹が騒いでいた。


 三匹のやり取りに少し慣れたMIRAは、その中心で黙って観察していた。

 稼働して間もないMIRAの中を、走馬灯のように思考がめぐっていた。

 ライブ、ステージ、歌、知らない言葉。

 知らない場所、知らない感情。

 自分が何者なのかも分からない。

 ROMの「歌えば記憶が戻るかもしれない」という言葉。

 脈打つ回路。ノイズが消えた瞬間を、もう一度体験したい。


「わたし……」


 三匹の声が止まった。MIRAはゆっくり顔を上げた。


「歌いたい」


 MIRAが希望を言った……

 さっきまで騒いでいた三匹は、黙って見守っていた。


「どんな歌でも……歌いたい」


 MIRAは胸に手を当てた。


「ほらな、魂が叫んでるんだよ。歌いたいって気持ちは欲望だ。俺が伝えたかったのはそこな」


 ROMがにやりと笑った。


「後付けでしょ、絶対」


 フグ姫にはバレていたが、ROMは気にしなかった。


「決まりだな」


 ぴょんとROMが床を蹴り、MIRAの足から頭の上まで駆け上がり、そのまま着地した。いつもの指定席だが、反応がいつもと違った。


 世界から音が消え、カシャっとMIRAの瞳の絞りが開いた。

 視界の中にいくつもの光が走り、心拍、呼吸、音響、照明、周囲の環境情報が次々と処理されていく。

 同時に、頭に乗ったROMから、歌詞とメロディのデータが流れ込んできた。


 視界の中央に文字が浮かんだ。


 『LIVE MODE』


「……モード変更」


 無意識の声とともに光が弾けた。


 MIRAの黒髪を紫の光が駆け抜けた。毛先から色が変わり、鮮やかな紫のグラデーションへ。


 白い衣装が無数の光の粒へ変わった。その粒子が身体を包み、紫のシャツへ変わり、その上に黒いライダースジャケットが出現した。

 黒いプリーツスカート。

 厚底のブーツ。

 次々とアイテムの輪郭を結んで出現していく。


 最後に。瞳が紫に発光した。


 ROMが小さく呟いた。


「記憶もそうだけど、感情も大事なのかもな」


 感情が入ったからかはわからないが、いつもと違う感触だった。まぁ、ROMは冷静を装っているようだが。


 変身を目の当たりにしたフグ姫は、口を開けたまま固まった。


「……何それ」


 SODAも珍しく目を見開いていた。


「着替えが速い、衣装代が浮いたな」


 フグ姫が詰め寄った。


「感想そこ? すごい光ってたよね? 変身シーンについては?」


 MIRAが顔を上げると、さっきまでの不安定さが消えていた。背筋は伸び、視線はまっすぐ前へ。呼吸も深く安定していた。


 ROMがMIRAの頭の上で腕を組んだ。


「どうよ!?」

「なんであんたが得意げなのよ」

「俺がトリガーだからな!」


 店内アナウンスが響いた。


「舞台転換します。次のバンドまで休憩ください」


 転換開始……


 残り五分。


 MIRAはステージへ向かって歩き出した。今はもう右、左なんて確認しなくても、まっすぐ歩けた。


   *


 ステージに出た瞬間。無数の視線が突き刺さった。ステージの下には人。人。人。


 商店街とは違う。全員が、こちらを見ていた。


「何あれ? 女の子が出てきたよ」

「頭に何かいる。白い……ハムスター?」

「おい! 下にもいるぞ」

「え!? 足もとに二匹いる……」


 ざわめきが広がった。


 センターにMIRA。

 頭にはROM。

 足元にはSODAとフグ姫。

 どう見ても普通のバンドではない。


 ROMが極小マイクを取り出し、迷いのない発言。


「こんばんは、東京! 急に割り込んでごめんね!」

「今からお前らの鼓膜をジャックする!」

「最悪の煽りだわ……」


 フグ姫が顔をしかめた。


 それでも、観客の視線を引き寄せたのは確かだった。


 SODAがギターを構え、フグ姫がショルダーキーボードを構えた。

 ROMが前足を上げた。


「ワン!」

 ・

「ツー!」


 MIRAは息を吸った。胸の奥で何かが熱くなった。


「スリー!」


 【ライブ演奏開始】


 SODAのギターとフグ姫の鍵盤が重なり、野菜の歌の前奏が響いた。

 流れ込んだばかりの歌詞とメロディで、MIRAが歌い出す。即席のサポート。練習時間ほぼゼロ。


 デビュー曲。

 ――やさいの歌である、『小さなカリの歌』。


 タイトルを聞いた時点で笑っていた客も、MIRAの一声で笑いが止まった。


  ♪ ブロッコリーの森 キャベツの海

   冷えたにんじんの 甘い誘惑


 声がCAGEを貫いた。音程は完璧。ただ正確なだけじゃなく、強く、柔らかい。そして高音の広がり。


 1/fゆらぎだろうか。耳に残る心地よい周波数。そこにあるのは、本物の歌だった。


 歌詞の中身がキャベツ、レタス、ニンジンだろうと、笑っていた聴衆を黙らせる威力があった。


 サビに入ると、声がふわりと高く伸びた。最前列の客が目を見開いた。後方で腕を組んでいた男が身体を起こした。笑っていた女の子が、いつの間にか真剣な顔でステージを見ていた。


 (ああ……やっぱり……この瞬間……)


 MIRAは歌いながら自身の内側を感じていた。歌うたびにノイズが消え、身体の奥に散らばっていたものが、一つずつ繋がっていくような感覚。


 稼働したてでスポンジのようなMIRAのメモリに、

 音。光。温度。ROMの小さな重み。ギター。キーボード。客席の呼吸。

 全部が自分の中へ入ってきた。


 (知らない。こんな感覚は知らない。

 データにない。記録にもない。なのに……)


 (もっと! もっと歌いたい!)


 最後の音が鳴り、MIRAは息を吐いた。演奏が止まり、静寂に包まれた。


 一秒……二秒……

 MIRAは客席を見つめた。


「……?」


 (何も起きない? 失敗だった?)


 その瞬間――爆発した。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 歓声と拍手、口笛、床を踏み鳴らす音。

 CAGE全体が揺れ、理解できないMIRAの瞳が大きく開いた。


「……なに? これ……」


 胸が熱かった。商店街で歌ったときとは違う、もっと大きい鼓動。

 MIRAはそっと胸に手を当てた。いつもより回路が脈打っていた。


 頭の上でROMだけは当然のように腕を組んでいた。


 (当然だな。俺の見立てだ)


 言葉にしなくても、その顔が全部語っていた。


 フグ姫は唖然として客席を見ていた。


「……野菜なのに」


 SODAが静かに答えた。


「構わず届けたな」


 もう一度、大きな歓声が上がる中、胸に手を置いたまま、MIRAはその音を感じていた。表情は、ほんの少しだけ笑っていた。三匹はそれを見逃したようだが。


 自分がなぜ歌えるのかまだ分からない。

 ROMがなぜ自分を安定させるのか分からない。

 自分が何者なのかさえ何一つ分からない。


 それでも一つだけ分かったことがある。

 歌いたい! もっと!


 記憶も過去も、とりあえず置いておこう。


 これはプログラムじゃない。初めて自分の中から生まれたものの、正体は感情だった。


 ――END

お読みいただき、ありがとうございます。


今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。

アニメ版 「拾った歌姫 」

https://youtu.be/sI5h57AQmCw

※小説第3話〜5話 の内容を含みます。


続きが気になったら、[ブックマーク/作品フォロー]で見守っていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。