第5話 五分間の歌姫
『HAM STORY 』へようこそ。
第5話 「 5分間の歌姫 」スタートです。
記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。
一人と一匹の出会いから始まる、歌と心の物語。
今回はついにMIRAの歌手デビュー
意気揚々のROMに連れられてきたのは、ライブハウス『CAGE』。
商店街に突如現れる地下へ続く階段を降りれば、そこは昔ながらのライブハウス。
階段を降りるにつれ、商店街とは明らかに空気が変わっていった。壁一面のステッカー。黒く塗られた天井。むき出しの配管。有名?なのか、髪を立てたミュージシャンの写真とサイン。
扉の向こうからは重低音が響いていた。
「……振動?? 何があるの?」
MIRAが足元を気にした。
「怖いか?」
ROMが尋ねると、
「『怖い』……のかなぁ。でも、ワクワクもしてる」
「そっか……」
ROMは一瞬だけ黙ったが、すぐいつもの調子に戻り、
「じゃあ体で感じるんだ!」
「感じるって?」
「ライブ空間の空気! まずは楽しまなきゃ続かない。これからも続けるだろ?」
階段奥の扉を開けると、受付カウンターと強面の男が姿を現した。このライブハウスの店長だ。
店長は入ってきた女性を見た。そして、その周囲にいる三匹のハムスターも見て、MIRAに一言。
「ここはペット不可だぞ」
「ペットじゃねぇ! 保護者だ」
ROMが割って入った。
「冷やかしなら保健所呼ぶぞ!」
あまり相手をする気は無いのか。
「今は営業中なんだ。帰れ!」
「五分だけ枠無いか!」
「何をするんだ? ハムスターのニッチバンドなんて流行らねぇと思うぞ?」
ROMは食い下がり、MIRAを指差した。
「俺じゃねぇ。歌うのはあいつだ」
店長がMIRAに目を向けるが、ちょうどROMは頭から降りていたため、MIRAは壁に寄りかかり、見るからに力が抜けていた。
「……あれが? 歌えるのか?」
「俺が乗ればシャキッとする」
店長はROMとMIRAを交互に見た。
「説明すればするほど不安になるな、お前ら」
「聴けば分かるさ!」
「今日は出演者が――埋まってるんだよな」
客商売としてトラブルは避けたい店長の優しい対応にも、ROMは退かなかった。
「五分だけでいい!」
(こりゃ帰りそうにないな)
小さなハムスターと強面の男が、真正面から睨み合った。
先に視線を外したのは店長だった。ふと、壁際のMIRAに目が止まる。力の抜けた身体とは裏腹に、その視線だけは、重低音の響く扉の向こうを追っていた。
「……じゃあ次のバンドの転換中ならいいぞ」
店長が折れた形だ。
ROMは深く息を吐いた。
「恩にきるぜ店長」
「次の転換中だ。トラブったら即下ろすからな」
「よっしゃあ!」
「本当に五分だけだぞ」
ROMは振り返った。
「聞いたかMIRA! 初ライブだ!」
「ライブ……歌えるんだよね?」
MIRAの瞳に、ほんの少し光が戻った。フグ姫が額を押さえた。
「ねえ。ひとつ確認していい?」
「なんだ?」
「何歌うの?」
「安心しろ。脳内から引っ張り出しといたぞ」
ROMが胸を張った。
「俺が昔、抑えきれない欲望のまま書いた名曲がある」
SODAが反応した。
「欲望??」
フグ姫の顔に嫌な予感が浮かんだ。
「……タイトルは?」
ROMは誇らしげに答えた。
「『小さなカリの歌』――やさいの歌だ!!」
沈黙。
重低音もかき消されたかのような凪。沈黙を破ったのはフグ姫だった。
「帰るわよ」
フグ姫は本気で出口へ向かった。
「待て! なんでだよ!?」
「なんでって? こんな美少女アンドロイドのデビュー曲にキャベツとかレタスとか歌わせる気!?」
呆れているフグ姫に、
「野菜ナメんな!」
「野菜の問題じゃないのよ!」
ROMは自信を持って、
「……芸術の解釈は自由だろ?」
そこにSODAも参戦してきた。
「お前、腹減ってただけだろ」
「この曲は俺の魂から溢れ出した言葉達だ!」
いつもテンションの低いSODAが食い下がった。
「胃袋だろ」
「魂と胃袋は近いんだぜ!」
ROMが胸の前で合掌した。
「遠いわよ!」
フグ姫が手をほどいた。
ROM、フグ姫、SODAのいつものやり取りで、三匹が騒いでいた。
三匹のやり取りに少し慣れたMIRAは、その中心で黙って観察していた。
稼働して間もないMIRAの中を、走馬灯のように思考がめぐっていた。
ライブ、ステージ、歌、知らない言葉。
知らない場所、知らない感情。
自分が何者なのかも分からない。
ROMの「歌えば記憶が戻るかもしれない」という言葉。
脈打つ回路。ノイズが消えた瞬間を、もう一度体験したい。
「わたし……」
三匹の声が止まった。MIRAはゆっくり顔を上げた。
「歌いたい」
MIRAが希望を言った……
さっきまで騒いでいた三匹は、黙って見守っていた。
「どんな歌でも……歌いたい」
MIRAは胸に手を当てた。
「ほらな、魂が叫んでるんだよ。歌いたいって気持ちは欲望だ。俺が伝えたかったのはそこな」
ROMがにやりと笑った。
「後付けでしょ、絶対」
フグ姫にはバレていたが、ROMは気にしなかった。
「決まりだな」
ぴょんとROMが床を蹴り、MIRAの足から頭の上まで駆け上がり、そのまま着地した。いつもの指定席だが、反応がいつもと違った。
世界から音が消え、カシャっとMIRAの瞳の絞りが開いた。
視界の中にいくつもの光が走り、心拍、呼吸、音響、照明、周囲の環境情報が次々と処理されていく。
同時に、頭に乗ったROMから、歌詞とメロディのデータが流れ込んできた。
視界の中央に文字が浮かんだ。
『LIVE MODE』
「……モード変更」
無意識の声とともに光が弾けた。
MIRAの黒髪を紫の光が駆け抜けた。毛先から色が変わり、鮮やかな紫のグラデーションへ。
白い衣装が無数の光の粒へ変わった。その粒子が身体を包み、紫のシャツへ変わり、その上に黒いライダースジャケットが出現した。
黒いプリーツスカート。
厚底のブーツ。
次々とアイテムの輪郭を結んで出現していく。
最後に。瞳が紫に発光した。
ROMが小さく呟いた。
「記憶もそうだけど、感情も大事なのかもな」
感情が入ったからかはわからないが、いつもと違う感触だった。まぁ、ROMは冷静を装っているようだが。
変身を目の当たりにしたフグ姫は、口を開けたまま固まった。
「……何それ」
SODAも珍しく目を見開いていた。
「着替えが速い、衣装代が浮いたな」
フグ姫が詰め寄った。
「感想そこ? すごい光ってたよね? 変身シーンについては?」
MIRAが顔を上げると、さっきまでの不安定さが消えていた。背筋は伸び、視線はまっすぐ前へ。呼吸も深く安定していた。
ROMがMIRAの頭の上で腕を組んだ。
「どうよ!?」
「なんであんたが得意げなのよ」
「俺がトリガーだからな!」
店内アナウンスが響いた。
「舞台転換します。次のバンドまで休憩ください」
転換開始……
残り五分。
MIRAはステージへ向かって歩き出した。今はもう右、左なんて確認しなくても、まっすぐ歩けた。
*
ステージに出た瞬間。無数の視線が突き刺さった。ステージの下には人。人。人。
商店街とは違う。全員が、こちらを見ていた。
「何あれ? 女の子が出てきたよ」
「頭に何かいる。白い……ハムスター?」
「おい! 下にもいるぞ」
「え!? 足もとに二匹いる……」
ざわめきが広がった。
センターにMIRA。
頭にはROM。
足元にはSODAとフグ姫。
どう見ても普通のバンドではない。
ROMが極小マイクを取り出し、迷いのない発言。
「こんばんは、東京! 急に割り込んでごめんね!」
「今からお前らの鼓膜をジャックする!」
「最悪の煽りだわ……」
フグ姫が顔をしかめた。
それでも、観客の視線を引き寄せたのは確かだった。
SODAがギターを構え、フグ姫がショルダーキーボードを構えた。
ROMが前足を上げた。
「ワン!」
・
「ツー!」
MIRAは息を吸った。胸の奥で何かが熱くなった。
「スリー!」
【ライブ演奏開始】
SODAのギターとフグ姫の鍵盤が重なり、野菜の歌の前奏が響いた。
流れ込んだばかりの歌詞とメロディで、MIRAが歌い出す。即席のサポート。練習時間ほぼゼロ。
デビュー曲。
――やさいの歌である、『小さなカリの歌』。
タイトルを聞いた時点で笑っていた客も、MIRAの一声で笑いが止まった。
♪ ブロッコリーの森 キャベツの海
冷えたにんじんの 甘い誘惑
声がCAGEを貫いた。音程は完璧。ただ正確なだけじゃなく、強く、柔らかい。そして高音の広がり。
1/fゆらぎだろうか。耳に残る心地よい周波数。そこにあるのは、本物の歌だった。
歌詞の中身がキャベツ、レタス、ニンジンだろうと、笑っていた聴衆を黙らせる威力があった。
サビに入ると、声がふわりと高く伸びた。最前列の客が目を見開いた。後方で腕を組んでいた男が身体を起こした。笑っていた女の子が、いつの間にか真剣な顔でステージを見ていた。
(ああ……やっぱり……この瞬間……)
MIRAは歌いながら自身の内側を感じていた。歌うたびにノイズが消え、身体の奥に散らばっていたものが、一つずつ繋がっていくような感覚。
稼働したてでスポンジのようなMIRAのメモリに、
音。光。温度。ROMの小さな重み。ギター。キーボード。客席の呼吸。
全部が自分の中へ入ってきた。
(知らない。こんな感覚は知らない。
データにない。記録にもない。なのに……)
(もっと! もっと歌いたい!)
最後の音が鳴り、MIRAは息を吐いた。演奏が止まり、静寂に包まれた。
一秒……二秒……
MIRAは客席を見つめた。
「……?」
(何も起きない? 失敗だった?)
その瞬間――爆発した。
「うおおおおおおおおおっ!!」
歓声と拍手、口笛、床を踏み鳴らす音。
CAGE全体が揺れ、理解できないMIRAの瞳が大きく開いた。
「……なに? これ……」
胸が熱かった。商店街で歌ったときとは違う、もっと大きい鼓動。
MIRAはそっと胸に手を当てた。いつもより回路が脈打っていた。
頭の上でROMだけは当然のように腕を組んでいた。
(当然だな。俺の見立てだ)
言葉にしなくても、その顔が全部語っていた。
フグ姫は唖然として客席を見ていた。
「……野菜なのに」
SODAが静かに答えた。
「構わず届けたな」
もう一度、大きな歓声が上がる中、胸に手を置いたまま、MIRAはその音を感じていた。表情は、ほんの少しだけ笑っていた。三匹はそれを見逃したようだが。
自分がなぜ歌えるのかまだ分からない。
ROMがなぜ自分を安定させるのか分からない。
自分が何者なのかさえ何一つ分からない。
それでも一つだけ分かったことがある。
歌いたい! もっと!
記憶も過去も、とりあえず置いておこう。
これはプログラムじゃない。初めて自分の中から生まれたものの、正体は感情だった。
――END
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。
アニメ版 「拾った歌姫 」
https://youtu.be/sI5h57AQmCw
※小説第3話〜5話 の内容を含みます。
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