第4話 『 ぷくぷくカフェ 』
『HAM STORY 』へようこそ。
「第4話 ぷくぷくカフェ」スタートです。
歌で記憶が戻るかもしれない?さぁ作戦会議だ。
表通りから一本入った路地。 さっきまでのネオンと喧騒が嘘のように遠ざかる。
ビルの明かりも減り、月明かりの中をROMに案内されるまま歩いていくと、柔らかな灯りが漏れる店が見えた。 扉の上には、小さな看板が見える。
『ぷくぷくカフェ』
カランコロン、ドアベルを浴びて入る。 中はカフェと言うより、喫茶店という言葉が似合いそうな雰囲気。
琥珀色の照明に年季の入った木製家具。 店内には古いジャズが静かに流れている。
人間用のカウンター席にテーブル、入口近くの窓際にはかなり小さなテーブルセットも置いてあった。
(ハムスターの客がいるとか?)
ROMとミラはカフェの奥へと進む。
「小さい椅子があるね」
入口付近の小さなテーブルセットに目がいく。
「これはハムスター用? ROMも座るの?」 「そうだな。俺もたまに座るぞ。だがいつもはあれだ」
カフェのカウンターを指さすROMは、
「俺はカウンターの上派だ」と胸を張る。
もうROMの妙な返しにも慣れてきていた。
「上派?」
なんとなく誇らしげだったのと、それが常識かもとミラはそれ以上聞かなかった。
(もっとも、今日はまだミラの頭から降りていないのだが。)
ミラがカウンターの近くに立つと、急に脱力感を覚え店内の壁に寄りかかった。頭の上の感触を確認したが、すでに店の常連のROMは意気揚々とミラの頭の上から大ジャンプしカウンターに飛び降りた。
取り残されたミラはカフェの壁に寄りかかっている形だ。
「おいフグ姫! ソーダ!」
ROMがカウンターへ向かって叫ぶ。
「今からライブやるぞ! 楽器を出せ!」
カウンターの向こうのピンク色のハムスターのフグ姫が驚き、挽いていたコーヒーをこぼしながら振り向いた。
「……は?」
隣では、青いハムスターのソーダが眠そうな目でグラスを拭いている。
沈黙。 三秒。
フグ姫がゆっくり口を開いた。
「突然何言ってんのよ!」 「ライブだって!」 「聞こえてるわよ! あんたまた夜行の血が騒いちゃったわけ?」
姉御肌のフグ姫はROMがまた何かやらかしたと踏んだ。
「また何か悪いもの拾い食いしたか? 幻覚なら寝て治せ」
ソーダは無表情だがROMの危うさを警戒している。
「食べてはいないがすげえの拾った!」
気心の知れた仲らしく、ROMは気にせず続ける。
「聞いて驚け! アンドロイドだ!」
ROMは両前足を広げた。
全員の視線が、壁にもたれている女性へと向く。そこには疲れた表情でミラが立っていた。
「……でかいわね」
フグ姫の第一声だった。
「そこじゃねぇ!?」
ROMががっかりする。
「お客さんじゃないの? とりあえず何か飲むか?」
ソーダが首を傾げながら言う。
「そこでもねぇ!」
ROMはやれやれという表情。
「では、どこ?」
ミラが尋ねる。
「お前まで入ってくんな!」
予想外のミラの参戦にROMが思わず叫ぶ。
「アンドロイドには興味無いってか」
フグ姫はカウンターからミラをじっと観察し、
「……本当にアンドロイドなの?」 「分類上は……おそらく」 「おそらく?」 「ただ、記憶がないんだよ」
ROMが説明を始めると、
「あー……」
ミラへの同情か。フグ姫の顔から一瞬だけ怒気が消えた。代わりに、少し困ったような表情になる。
「また面倒なの拾ったな」
眠そうな脱力した声でソーダが言う。
「面倒じゃねぇ! 歌姫だ!」
ROMのテンションも上がってきた。
「歌姫? アンドロイドって言っただろ?」 「そうさ! アンドロイドの歌姫。両立する!」 「それで」
フグ姫が話が進まないROMにイラつきながら、
「この子を拾ってきたことと、今からライブやることが、どう繋がるのよ」 「歌うんだよ。ミラが」 「ミラって?」 「ミラです。私の名前……」
ミラ本人がまた入ってきた。
フグ姫は少しだけ表情を和らげた。
「私はフグ姫。こっちの無愛想なのがソーダ」 「無愛想ではない。表に出さないだけだ」
ソーダは真顔で言った。
「それを無愛想っていうのよ」
その直後に、
「最近また太った?」
ソーダが何気なく油を注ぐ。
「――誰がよ?」
フグ姫の声が低くなる。
「お前しかおらん」
ソーダは止めない。
ぴくっとフグ姫の頬が引きつった。そして……
「ソーダぁぁぁ……!」
ぷくぅぅぅっと膨らんだ。
文字通りピンクの身体がみるみる丸くなり、ほとんど球体になる。フグ姫の名前の由来である。
ミラの瞳が見開かれ、常識がアップデートされる。
「……変形した? こんなの初めて」 「あら? 稼働したてのあなたには刺激が強すぎたかしら」
変形に特にコンプレックスを持たないフグ姫が淡々と言うと、
「体積増加を確認……」
ミラに失礼などという言葉はない。知らないだけだ。
「確認しない!」 「質量は――」 「測らないで!」
ミラはじっと観察するようにフグ姫を見る。
「不思議がいっぱい」
怒ったハムスターが球体になることがよほど理解不能だったようだ。
ROMはそんなやり取りを完全に無視していた。
「いつものことだから、いちいち突っ込まなくていいぞ」
フグ姫が元の形に戻ると、
「とにかく、こいつの歌は俺たちの退屈を吹き飛ばす起爆剤になるぜ」
ROMが外を指さし、
「よし! 行くぞ!」
すぐにも飛び出しそうな雰囲気。
「どこに!?」 「CAGE!」
再び沈黙。
「CAGEってライブハウスの? 今から?」
時計は夜九時を指していた。
「今だ! もちろん」 「予約はしたんでしょうね?」 「予約ってなに?」
フグ姫はカクッとこけそうになりながら、
「練習は?」 「なんとかなるだろ?」 「曲は?」 「なんとかするさ」 「出演枠は?」 「まかせとけ!」
やれやれと両手を広げたフグ姫は、だんだん心配になってきた。
「ねえROM」 「なんだ??」 「一回病院行く?」 「俺は健康だぞ!」
ソーダはポケットからチラシを取り出し、ROMに渡す。
「これ、俺の行きつけの動物病院だ」 「だから、正常だって」 「はぁ~……」
ソーダがカウンターからギターケースを引っ張り出した。
「しょうがねぇ。行くか?」 「なんであんたは受け入れてんのよ!?」
フグ姫が淡々と準備するソーダを見て、理解できなかった。
「ROMを止められたことがあるか?」
フグ姫が黙った。
「……ない」 「なら早い方がいい」 「納得したくない理屈ね……」
ふと、フグ姫はミラへ視線を向けた。
「あなたは、それでいいの? いきなりライブなんて」
ミラは少し考えてから答えた。
「歌えば、何か分かるかもしれない。それなら……行きたい」
フグ姫はそれ以上何も言わなかった。
こうして、ミラが初めて歌ってから、まだ大して時間も経っていないのに、バンドらしきものが結成された。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。
アニメ版「拾った歌姫 」
https://youtu.be/sI5h57AQmCw
※小説第 プロローグ3話〜6話 の内容を含みます。
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