第3話 『 歌うとノイズが消える 』
『HAM STORY 』へようこそ。
第3話 「 歌うとノイズが消える 」スタートです。
記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。
一人と一匹の出会いから始まる、歌と心の物語。
ミラが停止していた、峠と街をつなぐ道の中間にあるコンビニ近くのベンチから、街につくまで、ひたすら同じ動作と言葉を繰り返している。アンドロイドだからか、疲れ知らずだ。
「右、左、右。そうそう。人間ってのはそうやって歩くんだ」
得意げな声が頭の上から降ってくる。 ROMは嫌な顔せず、ミラの歩行練習に付き合っている。
歩行訓練に集中していると、気が付けば夜の商店街にいた。 ネオン看板の赤や青が濡れた路面に反射し、通りを行き交う人々の影を長く伸ばしている。
その中を、ひとりの女性の影が進む。 艶のある黒髪。白を基調とした服。見た目だけなら、どこにでもいそうな若い女性だ。 時々見せる不安定さ、ぎこちなさが無ければだ。
「右……左……右……」 「そうだ。いいぞ。その調子だ。いいね、そろそろ次のステージにいってみるか? 自分のペースで歩いてみるんだ」 「自分の……ペース」
ミラは習っていない英単語が出題されたかのように、はてなマークが頭上に見えそうな反応だ。
「そうそう」 「未登録です」 「そこからかよ」
ROMはミラの頭の上で腕を組んだ。
ROMは白いハムスターだ。 本人はモブを嫌うだろうから断固として認めないだろうが、傍から見れば完全にハムスターだった。 そして現在、その小さなハムスターが、成人女性ほどの大きさのアンドロイドに歩き方を教えている。かなり異様な光景である。
だが、ミラにその自覚はない。 ついさっきまで、まともに立っていることすらできなかったのだ。
ROMが頭に乗るだけで、不思議なほど身体が安定し、歩行訓練もしっかり活きてるのがわかる。
理由は分からない。 ROMにも分からない。 だからROMは、分からないことを考えるのをやめた。
「家電の仕組みまで知らなくても使えるのと一緒。今、歩けるようになってきてるからやり方は合ってるはずだ」
ミラも少し考えたが、考えた結果、よく分からなかったのでそのまま歩いた。 ROMにより回路がよくなる現象は、二人とも結果オーライという意見でまとまった。
「右、左……」
ミラは教わった掛け声を続けている。
「もう歩けてきてるし、声に出さなくていいって」
商店街を半分くらい通過したそのときだった。 商店街の頭上に設置されたスピーカーから、音楽が流れ始めた。何気ない映画のようなバラード曲だった。
最近ではない。買い物客なら聞き流してしまうような、少し前の某有名映画で歌われた曲。それは街中でBGMとして流されていた。 しかし、ミラは反応した。
キキっと音が聞こえてきそうな急ブレーキで足が止まった。
「お?」
ROMが前につんのめり落ちそうになるが、ミラの髪をつかみ頭上をキープする。
「どうした?」
ミラは返事を忘れ、ただ空中に漂う音を追うように顔を上げ、集中していた。
瞳の奥で、カシャッと小さな機械音が鳴った。 虹彩のさらに奥。機械式の絞りが開く。
「メロディ入力……周波数解析……共振パターン確認……歌唱ワード分析」
機械的な応答をするミラ。
「ん? 入力? 何か始まるのか?」
ミラは口を開き、BGMの旋律に合わせ歌い始めた。 それを聞いたROMの動きが止まった。
「……なっ!?……」
雑踏の中を流れていた何気ない旋律。初めて聞いたはずのミラは、まるで最初から知っていたかのように歌い始めた。
さっきまで「右、左」と歩くことすら確認しながらでなければできなかったミラ。 言葉を一つ口にするたび、自信が無いのか、ワードを探るように間を取りながら話していたミラ。
だけど、歌だけは違った。 滑らかに、迷いがなく、音程は一度も揺れない。 呼吸の位置も、声量も、響きも。 そして何より――。 そこには、感情があった。
音が上がれば、暗い空へ手を伸ばす。正確に音を再現している。 悲しげな旋律なら、胸を締めつけるように。 一人……また一人……通行人が足を止めた。
何事かと振り返った人間も、そのまま動かなくなり、視線はミラを見たまま。 スマートフォンを取り出す者もいた。
だがROMは、それには気づかず、ミラの歌声を注視していた。
「……なんだよ、それ」
小さく呟く。 頭の上にいるからこそ分かる。 ミラの身体から、さっきまで聞こえていた微かな駆動ノイズが消えていた。
人間と同じ、呼吸と歌声。 耳に届くのはそれだけだった。
ミラは、自分の胸元を見下ろした。
「……不思議……歌うと……回路が熱くなる」
胸に手を当て、感触を確かめる。
「ノイズも消えたような」
ROMはしばらく何も言わなかったが、何か思い出したかのように、頭の上から飛び降りた。
「ちょっと実験な」 「実験って何を……!?」
言い終わる前に、ぐらっと傾き膝が折れるミラ。 身体が大きく傾き、
「……あ」
ROMが地面に着地する頃には、ミラは近くの街灯に手をついて、かろうじて倒れるのを防いでいた。
「歌唱モード……強制終了」
胸のインジケータが服の奥で赤く点滅し、瞳の光が弱くなる。
「マジか!? これは確定か」
ミラが完全に倒れる前に、ROMはもう一度、全速力でミラの身体をよじ登った。 膝下から腕、肩、背中に回り込み髪をつかみ頭頂部へ。定位置に戻った。
カシャ。 ミラの瞳が再び安定し、赤く光っていた胸のあたりは水色の光となり消えた。
「……システム復旧……歌唱モード復旧可能」 「やっぱ俺じゃん」
二話前にも似たようなことをやった気がするが、ROMにとって検証は何度でも気持ちいいものらしい。
やがて曲が終わり、最後の音が夜の商店街に溶けていった。 パフォーマンスの終わりを悟ったのか、人々は一瞬遅れて通常に戻り、街のざわめきが戻ってくる。
ミラはゆっくり視線だけを上へ向け、ROMを確認した。もちろん頭頂部にいるROMは見えないが、感触はわかる。
「俺がミラのトリガーなのは間違いないな」
ROMが固まった。仕組みは説明したくてもできない。
「トリガーか。いいね。秘密兵器っぽい!」
突然ROMが叫んだ。
「秘密……兵器?」
また知らなかった単語を聞いたミラ。
「そう! 俺が乗ると真の力を解放する謎の歌姫! そして俺はその力を起動するトリガー!」 「私の歌のきっかけ、スムーズに動くための重要な部品……」
ミラも少し納得した。
「いやいや、部品って……」
ROMはすっかりトリガーの響きが気に入ったらしい。胸を張り、鼻息まで荒くしている。
ミラには分からなかった。自分はただ、観測された現象から仮説を立てようとしただけだが、しかしROMの中では、すでに壮大な物語へ変換されているらしく、響きの方が大事だった。
しばらくしてROMが唐突に言った。
「よし、決めた! ライブやるぞ!」 「……ライブ?」
ミラは高速で瞬きをしながら聞き返した。
「そうだ!」 「ライブ……とは?」
またしても、初耳の言葉だった。
「そこから!?」
ROMは頭を抱えた。だが一秒後には立ち直り、
「いいか。さっきみたいに人前で歌うんだ」 「歌う?」 「そう! ここは商店街だが、歌うための場所が他にもあるんだ」
ROMは商店街を指差し、
「この声をこんな路地裏で腐らせるなんてもったいない!」 「しかも歌えば、お前の回路は調子が良くなるんだろ?」 「可能性は、ある」
ミラは胸に手を当て、さっきの感触を思い出していた。
「なら歌えば記憶だって戻るかもしれんしな」 「記憶……」
今一番欲しいワードに、ミラの目はほんの少し揺れた。 自分が何者か。どこから来たのか。なぜ歌えるのか。 稼働してからずっと思考していた。 自分の中には、何か大切なものが欠けているんじゃないか。 他にも秘めたものがこの体にあるんじゃないか。 それでも、思考の最後にはいつも同じ場所へ戻ってしまう。 ――わたしは、何のために歌うのだろう。
「俺には最高のミュージシャンが二人いるからな。ちょうどいいだろ」 「今はちょっとくすぶってるけどな!」
ROMが笑いながら言った。
商店街とは別の方向を指差し、ミラの頭の上で伸びあがった。
「とりあえず会えば分かる。行くぞ!」 「どこへ?」 「俺たちの基地だ! まぁ普通のカフェだけどな」 「基地……」
ミラはまた一つ、よく分からない言葉を覚えた。 どんどんROM色に染まっていることには気づいていない。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。
アニメ版 「拾った歌姫 」
https://youtu.be/sI5h57AQmCw
※小説第3話〜6話 の内容を含みます。
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