↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/9

第3話 『 歌うとノイズが消える 』

『HAM STORY 』へようこそ。

第3話 「 歌うとノイズが消える 」スタートです。

記憶をなくしたアンドロイドと、自称ヒーローの白いハムスター。

一人と一匹の出会いから始まる、歌と心の物語。

ミラが停止していた、峠と街をつなぐ道の中間にあるコンビニ近くのベンチから、街につくまで、ひたすら同じ動作と言葉を繰り返している。アンドロイドだからか、疲れ知らずだ。


「右、左、右。そうそう。人間ってのはそうやって歩くんだ」


 得意げな声が頭の上から降ってくる。  ROMは嫌な顔せず、ミラの歩行練習に付き合っている。


 歩行訓練に集中していると、気が付けば夜の商店街にいた。  ネオン看板の赤や青が濡れた路面に反射し、通りを行き交う人々の影を長く伸ばしている。


 その中を、ひとりの女性の影が進む。  艶のある黒髪。白を基調とした服。見た目だけなら、どこにでもいそうな若い女性だ。  時々見せる不安定さ、ぎこちなさが無ければだ。


「右……左……右……」 「そうだ。いいぞ。その調子だ。いいね、そろそろ次のステージにいってみるか? 自分のペースで歩いてみるんだ」 「自分の……ペース」


 ミラは習っていない英単語が出題されたかのように、はてなマークが頭上に見えそうな反応だ。


「そうそう」 「未登録です」 「そこからかよ」


 ROMはミラの頭の上で腕を組んだ。


 ROMは白いハムスターだ。  本人はモブを嫌うだろうから断固として認めないだろうが、傍から見れば完全にハムスターだった。  そして現在、その小さなハムスターが、成人女性ほどの大きさのアンドロイドに歩き方を教えている。かなり異様な光景である。


 だが、ミラにその自覚はない。  ついさっきまで、まともに立っていることすらできなかったのだ。


 ROMが頭に乗るだけで、不思議なほど身体が安定し、歩行訓練もしっかり活きてるのがわかる。


 理由は分からない。  ROMにも分からない。  だからROMは、分からないことを考えるのをやめた。


「家電の仕組みまで知らなくても使えるのと一緒。今、歩けるようになってきてるからやり方は合ってるはずだ」


 ミラも少し考えたが、考えた結果、よく分からなかったのでそのまま歩いた。  ROMにより回路がよくなる現象は、二人とも結果オーライという意見でまとまった。


「右、左……」


 ミラは教わった掛け声を続けている。


「もう歩けてきてるし、声に出さなくていいって」


 商店街を半分くらい通過したそのときだった。  商店街の頭上に設置されたスピーカーから、音楽が流れ始めた。何気ない映画のようなバラード曲だった。


 最近ではない。買い物客なら聞き流してしまうような、少し前の某有名映画で歌われた曲。それは街中でBGMとして流されていた。  しかし、ミラは反応した。


 キキっと音が聞こえてきそうな急ブレーキで足が止まった。


「お?」


 ROMが前につんのめり落ちそうになるが、ミラの髪をつかみ頭上をキープする。


「どうした?」


 ミラは返事を忘れ、ただ空中に漂う音を追うように顔を上げ、集中していた。


 瞳の奥で、カシャッと小さな機械音が鳴った。  虹彩のさらに奥。機械式の絞りが開く。


「メロディ入力……周波数解析……共振パターン確認……歌唱ワード分析」


 機械的な応答をするミラ。


「ん? 入力? 何か始まるのか?」


 ミラは口を開き、BGMの旋律に合わせ歌い始めた。  それを聞いたROMの動きが止まった。


「……なっ!?……」


 雑踏の中を流れていた何気ない旋律。初めて聞いたはずのミラは、まるで最初から知っていたかのように歌い始めた。


 さっきまで「右、左」と歩くことすら確認しながらでなければできなかったミラ。  言葉を一つ口にするたび、自信が無いのか、ワードを探るように間を取りながら話していたミラ。


 だけど、歌だけは違った。  滑らかに、迷いがなく、音程は一度も揺れない。  呼吸の位置も、声量も、響きも。  そして何より――。  そこには、感情があった。


 音が上がれば、暗い空へ手を伸ばす。正確に音を再現している。  悲しげな旋律なら、胸を締めつけるように。  一人……また一人……通行人が足を止めた。


 何事かと振り返った人間も、そのまま動かなくなり、視線はミラを見たまま。  スマートフォンを取り出す者もいた。


 だがROMは、それには気づかず、ミラの歌声を注視していた。


「……なんだよ、それ」


 小さく呟く。  頭の上にいるからこそ分かる。  ミラの身体から、さっきまで聞こえていた微かな駆動ノイズが消えていた。


 人間と同じ、呼吸と歌声。  耳に届くのはそれだけだった。


 ミラは、自分の胸元を見下ろした。


「……不思議……歌うと……回路が熱くなる」


 胸に手を当て、感触を確かめる。


「ノイズも消えたような」


 ROMはしばらく何も言わなかったが、何か思い出したかのように、頭の上から飛び降りた。


「ちょっと実験な」 「実験って何を……!?」


 言い終わる前に、ぐらっと傾き膝が折れるミラ。  身体が大きく傾き、


「……あ」


 ROMが地面に着地する頃には、ミラは近くの街灯に手をついて、かろうじて倒れるのを防いでいた。


「歌唱モード……強制終了」


 胸のインジケータが服の奥で赤く点滅し、瞳の光が弱くなる。


「マジか!? これは確定か」


 ミラが完全に倒れる前に、ROMはもう一度、全速力でミラの身体をよじ登った。  膝下から腕、肩、背中に回り込み髪をつかみ頭頂部へ。定位置に戻った。


 カシャ。  ミラの瞳が再び安定し、赤く光っていた胸のあたりは水色の光となり消えた。


「……システム復旧……歌唱モード復旧可能」 「やっぱ俺じゃん」


 二話前にも似たようなことをやった気がするが、ROMにとって検証は何度でも気持ちいいものらしい。


 やがて曲が終わり、最後の音が夜の商店街に溶けていった。  パフォーマンスの終わりを悟ったのか、人々は一瞬遅れて通常に戻り、街のざわめきが戻ってくる。


 ミラはゆっくり視線だけを上へ向け、ROMを確認した。もちろん頭頂部にいるROMは見えないが、感触はわかる。


「俺がミラのトリガーなのは間違いないな」


 ROMが固まった。仕組みは説明したくてもできない。


「トリガーか。いいね。秘密兵器っぽい!」


 突然ROMが叫んだ。


「秘密……兵器?」


 また知らなかった単語を聞いたミラ。


「そう! 俺が乗ると真の力を解放する謎の歌姫! そして俺はその力を起動するトリガー!」 「私の歌のきっかけ、スムーズに動くための重要な部品……」


 ミラも少し納得した。


「いやいや、部品って……」


 ROMはすっかりトリガーの響きが気に入ったらしい。胸を張り、鼻息まで荒くしている。


 ミラには分からなかった。自分はただ、観測された現象から仮説を立てようとしただけだが、しかしROMの中では、すでに壮大な物語へ変換されているらしく、響きの方が大事だった。


 しばらくしてROMが唐突に言った。


「よし、決めた! ライブやるぞ!」 「……ライブ?」


 ミラは高速で瞬きをしながら聞き返した。


「そうだ!」 「ライブ……とは?」


 またしても、初耳の言葉だった。


「そこから!?」


 ROMは頭を抱えた。だが一秒後には立ち直り、


「いいか。さっきみたいに人前で歌うんだ」 「歌う?」 「そう! ここは商店街だが、歌うための場所が他にもあるんだ」


 ROMは商店街を指差し、


「この声をこんな路地裏で腐らせるなんてもったいない!」 「しかも歌えば、お前の回路は調子が良くなるんだろ?」 「可能性は、ある」


 ミラは胸に手を当て、さっきの感触を思い出していた。


「なら歌えば記憶だって戻るかもしれんしな」 「記憶……」


 今一番欲しいワードに、ミラの目はほんの少し揺れた。  自分が何者か。どこから来たのか。なぜ歌えるのか。  稼働してからずっと思考していた。  自分の中には、何か大切なものが欠けているんじゃないか。  他にも秘めたものがこの体にあるんじゃないか。  それでも、思考の最後にはいつも同じ場所へ戻ってしまう。  ――わたしは、何のために歌うのだろう。


「俺には最高のミュージシャンが二人いるからな。ちょうどいいだろ」 「今はちょっとくすぶってるけどな!」


 ROMが笑いながら言った。


 商店街とは別の方向を指差し、ミラの頭の上で伸びあがった。


「とりあえず会えば分かる。行くぞ!」 「どこへ?」 「俺たちの基地だ! まぁ普通のカフェだけどな」 「基地……」


 ミラはまた一つ、よく分からない言葉を覚えた。  どんどんROM色に染まっていることには気づいていない。

お読みいただき、ありがとうございます。


今回の場面を映像でも楽しみたい方へ。

アニメ版 「拾った歌姫 」

https://youtu.be/sI5h57AQmCw

※小説第3話〜6話 の内容を含みます。


続きが気になったら、[ブックマーク/作品フォロー]で見守っていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。