尻尾が生えました
あれから一週間。
私は怜奈さんの元で居候しながら、ダンジョンでレベルを上げる日々を過ごしている。
最初はスライム相手にすら怯えていたけれど、今ではEクラスの魔物相手でもある程度は戦えるようになった。角犬の突進も避けられる。甲羅虫の硬い外殻も、爪の入れ方を覚えれば裂ける。
火蜥蜴ひとかげの火球も、直線で飛んでくるなら見てから避けられる。
もちろん、怜奈さんにはまだまだだと言われている。
「動きが雑」
「突っ込みすぎ」
「魔力残量を見なさい」
毎日そんなことを言われながら、転がされて立ち上がって、魔石を食べて、また戦う。
そのおかげか、私の魔力値はGからFに上がった。
たった一段階。でも私にとっては大きな一歩だった。
活動限界も、三十分弱から四十分近くまで伸びた。怜奈さんと手を繋ぐ回数も、少しだけ減った。
……まあ、それでも一日に何度も手を繋いで魔力補給しているわけだけど。
順調。少なくとも、私はそう思っていた。
だったのだが。今、私はとある問題に直面していた。
「可愛らしい……尻尾、ね」
怜奈さんが、私の腰の後ろを見ながら静かに言った。
「可愛らしいとか言わないでください!」
私は半泣きで叫ぶ。リビングの中央。
姿見の前に立つ私の腰の後ろから、黒く細い尻尾が生えていた。
いや、生えていたという表現でいいのか分からない。
根元は腰の少し上あたり。細くしなやかで、先端は小さなハートみたいな形をしている。
完全に人間のものではない。
完全に、サキュバスっぽいやつだ。
「……本当に出てる」
私は震える声で呟く。自分の意思で動かしているつもりはない。
なのに、その尻尾はゆらゆらと左右に揺れていた。
まるで、私の動揺をそのまま表すみたいに。
「もう! どうしよう」
思わず振り返る。その瞬間、尻尾の先がぴんと跳ねた。
怜奈さんの視線が、尻尾を追う。
私はゆっくりと、自分の腰の後ろを見る。
尻尾が、ふるふる震えていた。
「……これ、私の意思じゃないです」
「そうみたいね」
「冷静に観察しないでください!」
「動揺するとよく動くのね」
「メモしないで!」
怜奈さんは本当に端末に何かを打ち込み始めた。
この人、私の身体の変化を全部データにするつもりだ。
「状態表示は?」
「あ、えっと……」
視界に意識を向ける。
すると、いつもの半透明の文字が浮かんだ。
『半サキュバス特性:尾部顕現』
『成長反応により発現』
『魔力制御が未熟なため、解除不可』
「解除不可って書いてありますね……」
私は尻尾を両手で押さえようとする。
けれど触れた瞬間、変な感覚が背筋を走る。
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出る。
尻尾が、びくんと跳ねた。
怜奈さんの眉がわずかに動く。
「触られると敏感なの?」
「自分で触っただけです!」
「なら、他人が触るのはやめた方がいいわね」
「絶対やめてください!」
「触らないわよ」
淡々と返される。当たり前の返事なのに、少しだけほっとした。
けれど、怜奈さんの目線は私の細長い尻尾に釘付けになっていた。
なんか怖いなぁなんて思いながら、いったんこの場を離れようと後ろを向いた時だった。
グイッと、腰の後ろを引っ張られるような感覚に襲われた。
「ひゃっ!?」
変な声が出て、足が止まる。
というか、進めない。何かに引っかかったみたいに、腰の後ろが引っ張られている。
「な、何……?」
恐る恐る振り返る。
そこには怜奈さんがいた。
正確には、怜奈さんの手首に、私の黒い尻尾が絡みついていた。
「…………」
「…………」
時間が止まった。怜奈さんは無表情のまま、自分の手首に巻きついた尻尾を見ている。
私は、自分の尻尾を見ている。
尻尾だけが、まるで当然みたいに怜奈さんの手首をきゅっと掴んでいた。
「ち、違います!」
私は反射的に叫んだ。
「違います! これは違います!」
「何が?」
「私じゃないです!」
「あなたの尻尾でしょう」
「そうですけど!そういう意味ではなく!」
顔が熱い。ものすごく熱い。
尻尾は私の意思とは関係なく、怜奈さんの手首に絡みついたまま離れようとしない。
それどころか、安心したみたいに先端をゆらゆら揺らしている。
「……魔力に反応しているのかしら」
怜奈さんが静かに呟いた。
「魔力……ですか?」
「あなた、魔力が欲しい時に私へ近づくでしょう。その延長かもしれない」
「つまり、尻尾が勝手に魔力補給先を捕まえにいってるってことですか?」
「そういうことになるわね」
「嫌すぎる……!」
その場にしゃがみ込みたくなった。女の子になれたのは嬉しい.
でも、半サキュバスの身体は、私の想像よりずっと厄介だった。
爪は伸びるし、魔力は足りない。魅了が漏れて相手を変にどきどきさせるし、
今度は尻尾まで生えて、魔力補給先を勝手に捕まえようとしている。
順調だと思っていたのに全然順調じゃない。
「……彩音。今からDクラスダンジョンだけど、欠席はなしだからね。姉さんたちのパーティーが来て、あなたの状態を見てくれるんだから」
「ですよね……せめて明日にしたいところですけど、怜奈さんのお姉さんが診てくれるんですもんね」
怜奈さんの姉、氷室飛鳥さん。
日本屈指の探索者ギルド黄昏たそがれを率いる有名探索者らしい。
今日は、その黄昏が調査する未確認Dクラスダンジョンの遠征に同行する予定だった。
もちろん、私は戦力扱いではない。あくまで怜奈さんのお姉さんに状態を見てもらうための同行だ。
表向きは怜奈さんの力を借りたいという話。けれど実際は、配信でプチバズりした私を気に入って、『銀髪半サキュバスちゃん、連れてきて』と、軽い感じで言ってきたらしい。
日本屈指のギルド、フットワークが軽すぎる。
「そろそろ時間ね。あと、今回は私は配信しないけど、姉さんたちはするわ」
「え?」
「覚悟しておきなさい。たぶん、あなたは確実にオモチャにされる」
「嫌な予告しないでください!」
気分が落ち込む私とは裏腹に、私の尻尾は元気に怜奈さんの手首に絡みついていた。




