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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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7/9

また配信されてるんですけど

私の活動限界は、だいたい三十分弱だった。それ以上動くと、魔力が足りなくなる。

胸の奥が空っぽになって、指先から力が抜けて、昨日みたいな飢餓状態に近づいていく。

だから三十分に一度、私は怜奈さんと手を繋ぎ、魔力を分けてもらう。それからまた魔物と戦い、魔石を食べ、レベルを上げる。そんな事を何度か繰り返していた時だった。


「……あ」


怜奈さんが、珍しく間の抜けた声を出した。


「どうしたんですか?」


怜奈さんの視線を追う。天井近くに、小さな球体が浮いていた。

淡い青い光を点滅させながら、静かにこちらを向いている。


調査用ドローン……怜奈さんのだ。


「記録、切ってなかったわ」

「……記録?」

「ダンジョン内では記録用ドローンの使用が推奨されているの。事故や異常発生の証拠になる。私はソロで潜ることが多いから、万が一に備えて映像と位置情報を共有してる」

「共有?」

「……限定配信」


その言葉を聞いた瞬間、身体からブワッと嫌な汗が流れた。

すごく嫌な予感がする……。


「つまり、今のも……?」


怜奈さんは、ほんの少しだけ目を逸らした。


「映っている可能性があるわ」

「可能性じゃなくて映ってますよね!?」


怜奈さんが端末を操作する。

数秒後、空中に小さな画面が浮かんだ。

そこには、ついさっきの私が映っていた。

怜奈さんの手を両手で握りしめ、ほとんど腕に縋るようにしている私。


そして、その下に流れるコメント。


『また手繋いでる』

『銀髪ちゃんかわいい』

『氷室さん、表情変わってないけど耳赤くない?』

『三十分ごとに手繋ぎイベントあるの助かる』

『氷室さんが保護者みたいになってる』


私は無言で画面を見つめた。

怜奈さんも無言だった。

ただ、繋いだ手だけは離れなかった。


「……怜奈さん。今日はもう帰りませんか」

「ええ。賛成するわ」


こうして、私のEクラスダンジョン初挑戦は、魔力不足ではなく羞恥心によって終了した。



* * *



怜奈さんの家は、駅から少し離れたマンションの一室にある。間取りは、たぶん二LDK。玄関を入ると短い廊下があり、奥にリビング。横には寝室らしき部屋と、もう一つ使っていない部屋がある。


全体的に物は少ない。生活感はあるのに、散らかってはいない。

必要なものだけが、必要な場所に置かれている感じだ。


「座って。話があるの」

「えっ、はい」


リビングのソファに座ると、身体からどっと力が抜けた。

Eクラスダンジョンで戦って、魔石を食べて、三十分おきに怜奈さんから魔力を分けてもらって。

最後には、それが配信されていたと知って羞恥心で撤退。情報量が多すぎる。

もう一日分どころか、一週間分くらい疲れた気がする。


怜奈さんはキッチンへ向かい、コップに水を注いで戻ってきた。


「飲んで」

「ありがとうございます」


受け取って、一口飲む。ただの水なのに、妙においしかった。


「彩音」

「はい?」

「家族には連絡した?」


その言葉に、手が止まる。


「まだ、です」

「……そう」


怜奈さんは短く返した。

責めるような声ではない。

でも、誤魔化せる声でもなかった。


「昨日、目が覚めたら本人から連絡させると言ってある。今日中にはした方がいいわ」

「あはは……ですよね」


分かっている。分かっているけど、気が進まなかった。

電話をしたところで何を話せばいいのか分からない。

昨日までの私とは声も身体も違う。しかも家に帰れる状態でもない。


「嫌なら、隣にいるわ」


怜奈さんが静かに言った。


「必要なら代わりに話す。でも、最初はあなたが話した方がいい」

「……はい」


私はスマホを取り出し、母に電話をかけた。

数回のコール音のあと母の声が聞こえる。


『もしもし?』

「……お母さん」

『彩音? 体調はもういいの?』


声は普通。心配しているようにも聞こえる。

けれど、どこか事務的だった。


「うん。大丈夫」

『そう……ならよかったわ』




それだけ。どこにいるのか何があったのか。

昨日の昼から帰っていないこと。もっと聞かれると思っていた。でも母は聞かなかった。


「あのさ、私……しばらく家に帰れないかもしれない」

『あら、そうなの?』


返ってきた声は、驚くほど軽かった。


「うん。ちょっと、事情があって」

『学校は?』

「たぶん、しばらく行けない」

『そうなのね』


母は少し困ったように息を吐いた。


『まあ、無理に帰ってきても大変なら、そちらで休ませてもらいなさい。こっちも今、妹の習い事とかでバタバタしてるし』


——妹。その言葉だけ、母の声が少し柔らかくなった気がした。


『落ち着いたら連絡して。必要なものがあるなら送るわ。相手方によろしく言っといて』

「うん……分かった」

『あと、あまり迷惑かけないようにね。こっちで大きな問題になるのは困るから』

「……分かってるよ」


通話が切れ、画面が暗くなる。

私はしばらく、黒い画面を見つめていた。


「帰ってこいとは、言われなかったのね」


怜奈さんは分かっていたかの様に言った。


「……はい」


言葉にすると、思ったより刺さった。


「迷惑かけないようにって、言われました」

「そうなのね」

「……変ですよね」

「普通なら、もっと聞くと思うわ」


怜奈さんは誤魔化さなかった。私は少しだけ笑おうとして、うまくできなかった。


「でも、うちは昔からそんな感じでした。私が男らしくできなくなってから、ずっと」


そう——昔は違った。女の子みたいに扱われていた頃は、まだ見られていた.

でも、成長して。身体が男性的に変わって。期待された形から外れて。

妹が生まれてからは、もっと分かりやすくなった。私に向いていた視線は、少しずつ薄くなっていった。


「だから、たぶん……楽なんです。帰らなくていいって言われた方が、楽なんですよ」


でも、それを楽だと思ってしまう自分が、少しだけ嫌だった。まだ期待していたのか……


「なら、帰らなくていいわ」


怜奈さんが言った。

あまりにも、あっさりと。


「……え?」

「必要な手続きは後で考えればいい。学校のことも、協会に相談できる。未成年探索者の保護制度もあるわ」

「でも、怜奈さんに迷惑が……」

「今さらね。昨日からずっと魔力を渡して、家に泊めて、手を繋いで一緒に寝てるのよ」


怜奈さんは少しだけ息を吐く。


「だから、しばらくここにいなさい」

「……いいんですか?」

「いいわ」


即答だった。迷いが全くない。

そのことが少し怖くて、でもそれ以上に安心してしまう。


「私、たぶん迷惑かけますよ」

「知ってる」

「魔力も吸います」

「知ってる」

「……本当にいいんですか?」


怜奈さんは、少しだけ眉を動かした。


「何回聞くの?」

「す、すみません」

「いいと言ったらいいの」


冷たい声。

でも、突き放す声ではなかった。


「少なくとも、あなたが自分を保てるようになるまでは、ここにいなさい」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

魔力とは違う。もっと静かで、ゆっくり染み込むような熱。


「……ありがとうございます」


今度は、ちゃんと言えた。


帰る場所とは違うかもしれない。


でも少なくとも、今の私がいてもいい場所だった。

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