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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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第5話 昨日の私、ネットにいるんですけど

お風呂から上がると、身体が信じられないくらい軽かった。

ダンジョンの湿った匂いも、髪に絡んでいた砂の感触も、

制服に染みついた嫌な冷たさも、全部洗い流されたみたい。


怜奈さんから借りた大きめの部屋着に袖を通し、私はリビングのソファに座っていた。

湯上がりのせいか、身体はまだ少し熱い。けれど、胸の奥の空洞は落ち着いている。

繋いだ手から、怜奈さんの魔力がゆっくり流れてきているからだ。


「そういえば」


怜奈さんが何でもないことのように言った。


「家族には連絡しておいたわ」

「……え?」


私は固まった。


「家族って、私の?」

「他に誰がいるの」

「れ、連絡したんですか!?」

「あなた、丸一日眠っていたのよ。スマホが何度も鳴っていたから」


怜奈さんは悪びれもせずに言う。


「体調を崩して知り合いの家で休んでいる。危険はない。目が覚めたら本人から連絡させる。そう伝えておいたわ」

「知り合い……」

「嘘ではないでしょう。昨日知り合ったもの」

「いや、そうですけど……!」


確かに嘘ではない。嘘ではないけど、昨日ダンジョンで会ったばかりのBランク探索者の家で、手を繋いだまま寝ていたなんて、普通は知り合いとは言わない気がする。


「親御さんは、深くは聞かなかったわ」


怜奈さんは、そこで一度だけ言葉を切った。


「……普通なら、もう少し聞くと思うけど」

「……」


返事ができなかった。その通りだったから。

普通なら、どこの誰なのか。何があったのか。本当に無事なのか。

もっと聞くはずだ。でも、うちの親は聞かなかった。


「……そういう家なのね」


怜奈さんは、小さく呟いた。

それは責める声ではなかった。

ただ、事実を飲み込むような声だった。


「帰りたい?」


怜奈さんは、静かに尋ねた。


「……分かりません」


正直に答える。


「帰らなきゃいけないとは思います。でも帰りたいかって聞かれると……分からないです」

「そう」


怜奈さんは、それ以上踏み込まなかった。

ただ、繋いだ手を少しだけ握り直す。


「なら、今日はここにいなさい」

「……いいんですか?」

「今さら追い出せないでしょう」


いつもの冷たい声。

でも、手は温かいままだった。


「明日、探索者協会に行くわ」

「探索者協会……?」

「あなたの状態を確認するためよ。それに今後もダンジョンに入るなら登録は必須」


怜奈さんは淡々と続ける。


「魔力を維持するためにも、あなたはもうダンジョンから逃げられないわよ」


その言葉に、胸が少しだけ重くなる。けれど、不思議と嫌ではなかった。

女でいるために、ダンジョンに行く。

それは怖い。怖いけど。昨日まで何も選べなかった私にとっては初めて自分で選んだ道だった。


「……分かりました」


私は、小さく頷いた。


「明日、行きます」


怜奈さんは短く頷く。


「今日は寝なさい。魔力も体力も、まだ不安定だから」

「はい」


知らない部屋。借りた服に繋がれた手。

昨日までの私なら、こんな場所にいる自分なんて想像もできなかった。


でも、戻りたいとは思わなかった。



* * *



翌日。

怜奈さんに連れられて、私は探索者協会へ向かった。


探索者協会。

ダンジョンに潜る人間なら、必ず一度は世話になる場所らしい。

探索者登録、魔石の換金、ダンジョン情報の管理、装備の申請。

そういうものをまとめて扱っている、いわば探索者の窓口だ。


正直、緊張していた。でも、登録自体は拍子抜けするほど簡単だった。


名前。年齢。本人確認。最低限の注意事項。

ダンジョン内での死亡・負傷に関する同意。

そして、初期スキルの確認。


「黒井彩音さんですね。登録完了です」


受付の女性が、にこやかに探索者カードを差し出してくる。薄い金属板みたいなカード。

そこには私の名前とランクが表示されていた。


『黒井彩音』

『探索者ランク:F』


ついに私は探索者になってしまったらしい。


「これで、ダンジョンに入れるんですね」

「ええ」


隣に立つ怜奈さんが短く頷く。


「あなたの場合、入らないと維持できないでしょうし」

「ですよね……」


言われて、思わず苦笑する。

その時だった——ロビーの方から、妙なざわめきが聞こえた。


「え、あれ……」

「昨日の子じゃない?」

「銀髪の……」

「氷室怜奈と一緒にいた子?」


小さな声。でも、妙に耳に残る。

私は一瞬、足を止めた。


「……怜奈さん」

「何?」

「なんか、見られてません?」

「そうね」

「そうね、じゃないんですけど」


ロビーにいる探索者たちの視線が、ちらちらとこちらへ向いている。

正確には、怜奈さんではなく——私へ。

なんで? 私はまだ登録したばかりだ。

この人たちと会ったことなんてない。


そう思っていると、近くにいた若い探索者のスマホ画面が目に入った。そこには、動画が映っていた。

薄暗いダンジョン。銀色の髪を揺らし、黒い爪でスライムを裂く少女の姿。


そして——魔石を口に含む私。


「……は?」


変な声が出た。


いやいや、待て。待ってほしい。

なんで、私が映っているんだ?


「怜奈さん」

「………」


怜奈さんは、ほんの少しだけ目を逸らした。


「怜奈さん?」

「後から説明するわ」

「今してください。いま!」

「……昨日、調査用ドローンを飛ばしていたの」

「はい」

「本来は記録用だったのだけど」

「はい」

「配信設定が切れていなかったみたい」

「……はい?」


頭が真っ白になった。

怜奈さんは、一瞬だけ気まずそうに視線を落としてから、自分のスマホを見せてきた。


画面の下には、コメントが流れている。


『銀髪美少女きた』

『爪でスライム裂いたぞ』

『魔石食った!?』

『え、誰?』

『氷室怜奈の調査配信に映り込んだ子?』

『新人?』

『Fランクダンジョンで何してんのこの子』

『いや顔良すぎ』

『半分魔物っぽくね?』

『氷室さんと手繋いでたの何?』



「えっと……つまり」


私は震える声で言った。


「昨日の私、配信されてたんですか?」

「一部だけよ」

「一部だけ!?」

「気づいてすぐに切ったわ」

「でも切り抜かれてますよね!?」


怜奈さんは黙った。

沈黙。それが答えだった。


私はもう一度、スマホ画面を見る。

銀髪の少女が、スライムを爪で裂いて、魔石を食べている。最後には怜奈さんの手を掴んでいる。

どう見ても私だった。どう見ても、昨日の私だった。


「……終わった」


思わず、口から漏れる。

昨日まで、ひっそりと生きていたのに。

今は協会のロビー中から見られている。しかも、ネットにも。


「……勉強サボっただけなのに」


銀髪の知らない美少女が、Fランクダンジョンで魔物を爪で裂いていた。

落ちた魔石を拾って、迷わず口に含んでいた。どう見ても、やばい女だった。

しかも映像の中の私は無駄に顔が整っている

銀色の髪に、白い肌。黒く伸びた爪。自分で言うのも嫌だが目を引く見た目をしていた。

だから余計に、目立つ。そして最後には、怜奈さんの手を掴んでいる。


『氷室さんと手繋いでたの何?』


コメント欄のその一文が、目に刺さった。

違う。違わないけど、違う。あれは魔力補給で……あぁ、駄目だ。情報量が多すぎる。


私は、探索者カードを握りしめたまま、その場で固まることしかできなかった。

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