全部配信されてました
私は——怜奈さんのことが好きなんだ。
そう気付いてしまった瞬間、胸の奥が熱くなった。抱きしめる腕にも、絡みついた尻尾にも、自然と力が入る。怜奈さんも何も言わず、私の背中に手を回してくれていた。
……このままずっと、こうしていたい。
そう思った時だった。
「こほん」
わざとらしい咳払いが隣から聞こえた。私はびくりと肩を揺らして、顔を上げると、そこには呆れた顔の飛鳥さんが立っていた。
「イチャつくのはいいけど、場所を考えてくれないかしら」
「い、イチャ……!?」
言われて、ようやく周囲の状況が目に入る。
ここはどこかの交差点で、信号待ちで止まったままの車列の一番前に私はいた。鳴り続けるクラクションに、こちらへ向けられる無数のスマホ。遠巻きにざわつく人々。
そして、駆けつけた警察と協会の職員らしき人たちが慌ただしく交通規制を始めている。
誰がどう見ても……完全に大騒ぎだった。
「ご、ごめんなさい! 今、退きますから」
私は怜奈さんの手を引き、慌てて歩道へ移動する。少し遅れて、菜月が乗っているであろう車も路肩へと停車した。
どうやら私たちが道を塞いでいただけで、他に被害はなかったらしい。クラクションを鳴らしていた車も次々と動き始める。
「なんか心配して損した気分だなぁ」
わざとらしい口調で菜月が車から降りた。
「妹よりも恋人に一直線なんてさぁ」
「ま、まだ違うから! あと、ちゃんと菜月も心配してたから!」
「まだ、ね。私は既に告白したから彩音の返事しだいなのだけど」
そう言った怜奈さんの顔を見れば、少しだけ口を尖らせて拗ねたような表情をしていた。
なんとまぁ……珍しい表情に面食らいそうになったが、なんとか咳払いを一つしてニヤけそうになる顔を押し留めた。
「と、とりあえず! 場所を変えましょう」
「……仕方ないわね。ここにいては周りの迷惑になる。何より、アレがあるから」
怜奈さんの指先が空に向いた。そこにあったのは私の配信に使うドローンであった。じーっと私と怜奈さんを注視し続けている。
嘘だろお前……自分で言うのも何だが、けっこうなスピードでここまで来たんだよ。
ダンジョン用だとしても性能すごすぎない?
唖然としながらポケットにあるスマホを見る。
『ドローン有能すぎて草』
『ドローン君、仕事しすぎ。グッジョブ!』
『怜奈さんとサキュバスの禁断の恋発覚』
『リスナーはみんな知ってんだよなぁ』
『何なら一般にも普及してんだよね』
『まぁ、今さらではあるな』
凄まじい勢いで流れていくコメント欄を見てやってしまったなと感じる一方で、こういう配信事故に慣れてきている自分に私は頭を抱えたくなった。けれど、今それをすると余計に目立つ気がして、必死に堪える。
「彩音ちゃん」
飛鳥さんが肩を竦める。
「とりあえず、協会の人に説明してから移動しましょうか」
「……はい」
本音を言えば、逃げたい。
今すぐ家に帰って布団に包まって寝たい。
けれど、さすがに交差点へ空から突っ込んできて道路を止めて、往来で怜奈さんに抱きついて、しかも配信ドローンで中継された状態では何も説明しないわけにはいかなかった。
その後、私たちは近くの探索者協会支部へ移動することになった。通されたのは、空いていた小さな会議室。机と椅子だけの簡素な部屋で、事情聴取をするには十分らしい。
* * *
「てな感じで、いきなり襲われたってわけ。ちょっと強めに殴ったけど、死んでても正当防衛にしてよね」
「息してるか確認してなかったんですか……
まぁ、大丈夫ですよ。既に協会所属の探索班が、生きてるのを確認して拘束したので」
飛鳥さんが、協会所属の職員さんと事情を説明している。なかなかに物騒なセリフを吐いているが的確に何があったかを話していた。
そして、すぐ右隣では怜奈さんが別の職員さんに事情を話している。
「ショッピングモールの地下駐車場で、襲われたから凍らせたわ。たぶん……死んでないはず。死んでたら正当防衛にしてちょうだい」
「確認してないんですか……?」
協会職員さんの顔が引きつった。
姉妹揃って同じことを言っている。
なんなら協会職員さんの反応まで同じだ。
氷室家ってもしかして思ったよりパワー系?
いや、薄々は分かってはいたけどね……。
左隣では菜月が私のほっぺをつつきながら、先ほどのことをネチネチと蒸し返していた。「私はお姉ちゃんの心配してたのになぁー」「妹より女ですかぁ?」
と、ささやくように言ってくる。
実際にそうなので、大人しく菜月のオモチャに成り果てながら飛鳥さんと怜奈さんの事情聴取が終わるのを待っていた。
そして、数分後に私の番が回ってくる。
「では、次は彩音さんにお話を聞かせていただきます」
協会職員さんが私の前に座る。私は菜月につつかれていた頬を押さえながら、こくりと頷いた。
「はい……」
そこからは、ほとんど飛鳥さんが話した内容と同じだった。Cランクダンジョンでレベル上げをしながら、配信中だったこと。突然、黒いフルフェイスマスクの四人組に襲われたけど、飛鳥さんが全員倒したこと。
協会職員さんは淡々とメモを取りながら、時々確認するように質問を挟んできた。
「その後、飛鳥さんの制止を振り切って移動した、と」
「……はい」
「理由は?」
「怜奈さんの魔力が揺れた気がして……戦ってるって思って……」
言葉にすると、自分でも意味が分からない。
でも、あの時は本当に分かったのだ。
「それで、気付いたら飛んでいました」
「飛んでいました」
「はい」
「自覚は?」
「ありません……」
「飛行系スキルの取得通知などは?」
「見てないです。そもそもスマホ壊れてたので」
協会職員さんのペンが止まり、困ったような顔をされた。私も困ったような顔になる。
「では、最後に一つだけ確認を」
「はい」
協会職員さんの視線が私の背中の方へ向く。
「その羽は、いつから生えていますか?」
「……はい?」
私はゆっくりと振り返る。
背中の少し下、腰の辺り。そこには、小さな黒い羽がぱたぱたと揺れていた。
「あぁ、ムズムズする正体はこれかぁ……」
思っていた以上に驚きは出なかった。半サキュバス化で尻尾に角と続いていたから、いつか生えるんじゃないかと思っていたからだ。
「小さくて、可愛らしい羽ね」
右隣から怜奈さんの声がした。
私はゆっくりと怜奈さんを見る。
「……気付いてたんですか?」
「ええ。抱きついた時から」
「言ってくださいよ!?」
思わず声を上げる。すると怜奈さんは、少しだけ視線を逸らして小さく笑った。
「だって、彩音が必死で可愛かったから」
「うっ……」
何も言い返せない。確かに私は必死だった。
必死すぎて、交差点の真ん中で抱きついて、尻尾まで巻き付けて、配信ドローンに撮られて、今こうして事情聴取されている。
改めて考えると、かなり醜態を晒している。
「ちなみに私も気づいてたよ」
左隣から菜月が手を上げる。
「えっ」
「だって、ずっとぱたぱたしてたし」
「いや、言ってよ!?」
「お姉ちゃんが怜奈さんにしがみついてて、それどころじゃなさそうだったから」
「ぐぅっ……」
また何も言い返せない。
飛鳥さんまで缶コーヒーを片手に頷いた。
「私も追いかけてる時から見えてたわよ」
「全員気付いてたんじゃないですか!」
「まあ、可愛かったから」
私は思わず頭を抱えてしまう。確かにあの状況で、指摘はしづらいから仕方ないけれど、やっぱり気づいたなら教えて欲しかった。
というか、どんどん人間から離れていっているのに周囲の反応が思ったより軽い。そして私も、そんな変化に慣れてしまっている。
「確かに可愛いですが、性転換スキルの副作用である半サキュバス化は情報が足りないので、後日に検査させていただきますね」
「あっ、はい」
「では、あらかた情報は出揃ったので、今日のところはお帰りください。皆さんを襲った輩も全員気絶していて話も聞き出せませんし」
協会職員さんはそう言って、椅子から立ち上がり、書類を閉じようとした時だった。
「それと」
怜奈さんが静かに口を開いた。さっきまで少し緩んでいた空気が、そこでまた冷える。
怜奈さんの声はいつも通り淡々としている。
けれど、その目は笑っていなかった。
「襲撃者の素性や依頼主に繋がる情報が分かったら、すぐに私へ連絡してちょうだい」
「私にもお願いね」
飛鳥さんも、缶コーヒーを片手に続ける。
やはり此方も、目は笑ってはいない。
「承知しました。判明次第、共有いたします」
協会職員さんが頷く。その後、飛鳥さんは少しだけ職員さんへ近づき、私たちに聞こえないくらいの声で何かを耳打ちした。
けれど、距離が近かったせいで最後の方だけ聞こえてしまった。
「……彩音ちゃんたちの両親の動きも、できるだけ調べて。タイミングが良すぎる」
その言葉に胸の奥が冷たくなった。
だが、それと同時に私もタイミングが良すぎる、そう思ってしまう自分がいた。
今更、期待も何もしていない。けれど、両親が私たちを連れ戻す為だけに、あんな襲撃者を雇ったとは思いたくなかった。
そう思ってしまう自分も少しだけ嫌だった。
その時、そっと手を握られた。驚いて顔を上げると、怜奈さんがこちらを見ていた。
「彩音」
静かな声だった。
「明日は大事な日でしょう?」
「……はい」
怜奈さんの指が、私の手を優しく包み込む。
「だから今日と明日くらいは、嫌なことは忘れてしまいなさい」
「でも……」
「忘れられないなら私が忘れさせてあげる」
淡々とした声なのに握られた手は優しい。
胸の奥に残っていた冷たさが、少しだけ溶けていく。
「……はい」
私は小さく頷いた。
明日は七夕。怜奈さんの誕生日で、私たちが本当の意味で家族になる日。だから今だけは怜奈さんの言葉に甘えてもいい気がした。




