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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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視線を奪う戦い方

初めてのCランクダンジョンは、思っていたより静かだった。いや、静かという言い方が正しいのかは分からない。遠くから魔物の唸り声は聞こえるし、湿った土の匂いもする。天井から水滴が落ちる音も、時々やけに大きく響いた。


ただ、サキュバス先生がいるDランクダンジョンとは違う。空気が重い。一歩踏み込んだだけで、肌の上をざらりとした魔力が撫でていくような感覚があった。


「……うわ、濃い」


思わず呟く。

隣を歩いていたクロが、低く喉を鳴らした。


「わふ」

「うん。分かってる。油断しない」


私は小さく息を吐き、爪を伸ばす。黒い爪が指先から伸び、薄暗い通路の中で鈍く光った。


ここに来た理由は単純。レベル上げだ。


サキュバス先生がいるDランクダンジョンでは、もう私のレベルが上がりづらくなっていた。先生曰く、「身体の成長に対して、環境の負荷が足りていない」らしい。つまり、もっと強い魔物と戦えということである。


「言い方を柔らかくしても、結局はスパルタなんですよねぇ……」


私は誰にともなく呟いた。


もちろん、今日は一人ではない。クロもいるし、協会には行き先を申請してある。万が一の為に怜奈さんと位置情報を共有している。

というか、共有しないと出してもらえなかった。怜奈さんは私がCランクダンジョンに行くと言った瞬間、少しだけ目を細めた。


『無茶はしないで』


そう言われた。それだけなら普通の心配だ。

問題は、そのあとにさらりと、『怪我でもして帰ったらダンジョン禁止にするから』と言ったことだ。ダンジョン禁止なんてされたら私の魔力容量はいつまでも増えない。


「本当に思っていた以上に重たいな……」

「わふ?」

「クロのことじゃないよ」


クロが首を傾げる。可愛い。でも、考えなければいけないことは他にもある。協会と児相からの続報が届いたのは昨日の夜だった。


父と母の件。菜月への暴力。相談室での録音記録。菜月本人の帰宅拒否。そして、私自身の帰宅拒否。


それらを踏まえて、しばらくの間、私たちを親元には戻さない方向で話が進んでいる。


ただ、その先をどうするか。一時的な保護で終わるのか。児童養護施設に入るのか。

それとも、受け入れ先となる里親や親族に近い立場の家を探すのか。


児童相談所としても、私たち本人の希望を確認しておきたい、とのことだった。二択に近い形で言われた時点で答えは決まっていた。


私と菜月は、二人で同じことを言った。


氷室家がいい、と。もちろん、制度的に私たちが好きな場所を選べるわけではない。子供の希望だけで保護先が決まるわけでもない。

それでも、本人たちが望んでいること。氷室家が正式に受け入れを申し出ていること。

探索者協会が安全面で協力できること。


その全部が揃えば、話はかなり進めやすくなるらしい。怜奈さんはいつも通り淡々と『必要な書類はこちらで用意するわ』と言った。


いや、淡々としすぎだ。人生が変わるかもしれない話を、まるで昼食のメニューでも決めるような顔で進めていた。


菜月も、少しだけ迷ってから言った。


『私、氷室家がいい。お姉ちゃんがいるし、怜奈さんもいるから』


その言葉を聞いた時、胸の奥が少しだけ痛くなった。嬉しかった。でも同時に、菜月にそんなことを選ばせてしまったことが、少しだけ悔しかった。


だから私は、ここにいる。


強くならないといけない。菜月を守るために。自分の居場所を、自分で守れるようになるために。そして、怜奈さんに守られているだけの私で終わらないために。


「……よし」


私は前方を見据える。


通路の奥から、ずるり、と何かが這う音が聞こえた。暗がりの向こうで赤い目が光る。


Cランクダンジョンの魔物だ。

弱くはない。油断すれば普通に怪我をする。


だが、私には必勝法があった。


「クロ。危なくなったら助けてね」

「わふ!」


クロが私の隣に並ぶ。黒い毛並みが逆立ち、低い唸り声が通路に響いた。

私は爪を構え、口元を少しだけ歪める。


「レベル上げ、始めようか」


そう言いながら、一歩前に出る。

暗がりの奥から現れたのは人型の魔物。


灰色の肌。異様に長い腕。爪のように尖った指先。背は高く、細いのに筋肉だけが不自然に浮き上がっている。顔の上半分は影に隠れているのに、赤い目だけが光って見えた。


普通に戦えば、たぶん苦戦する。

だからこそ今日は準備してきた。


「……これ、ほんとに効果あるんだよね?」


思わず、自分の格好を一瞬だけ見下ろした。

普段の探索用パーカーではない。サキュバス先生に選んでもらった、今日のための服だ。


肩の出る少し変わったパーカー。

動きやすいショートパンツ。

脚には黒いレギンス。


露出が多い、というほどではない。動きやすさだけで見れば探索用としてそこまでおかしくない。

ただ、ダンジョンで着る服ではない。着られなくはないし動ける。戦える。魔力の流れも邪魔しない。

でも、探索者というより、配信映えを狙った衣装に見える。


サキュバス先生に見せた時は、ものすごく満足そうに頷かれた。


『いいわね。彩音ちゃんは変に露出するより、こういう方が似合うわ。視線を集めるなら分かりやすさより雰囲気よ』


とのことだった。


「絶対、先生の趣味入ってるよね……」


私は小さく息を吐く。


肩出しパーカーに、ショートパンツに、レギンス。探索者としておかしいわけではない。

でも、Cランクダンジョンの薄暗い通路に立っていると、場違い感がすごい。もし配信していたらコメント欄は間違いなく荒れていた。


『何その服』

『配信映え狙ってる?』

『サキュバス意識してる?』

『先生の趣味では?』


最後のはたぶん正解だ。


「今日は配信切って、本当に良かった……」


今から使う戦い方は人に見せづらい。

サキュバスの魅力。

相手の動きを縛るわけじゃない。

命令して、操るわけでもない。


ただ、視線を奪う。


気づけばこちらを見てしまう。敵意を向けているはずなのに、意識の端に私が残る。爪を振るう瞬間も、踏み込む瞬間も、ほんの一瞬だけ判断が鈍る。たったそれだけ。


でも、戦いの中では、その一瞬が命取りだ。


「……ねぇ、こっち見て?」


私は小さく呟いた。


声に魔力を乗せる。強く命じるのではなく、ただ、私を見ろと囁くように。赤い目が私を捉えた瞬間、魔物の動きがわずかに揺らぐ。


止まったわけじゃない。けれど、完全には動き出せていない。腕を振り上げて、私へ襲いかかる。その意思——殺意はある。なのに視線だけが私から離れない。


「……効くんだ」


自分で使っておいて、少しだけ背筋がぞわりとした。魔物の赤い目の奥に、敵意とは別の色が混じる。こちらを殺そうとしているのに、こちらを見ずにはいられない。


その矛盾が、動きを鈍らせていた。


私は床を蹴って、真正面から飛び込む。魔物の腕が振り下ろされる——けれど、遅い。

ほんの一拍。その一拍だけで十分だった。


私は身体を横に滑らせ、腕の下を潜る。

黒い爪を振り抜くと、魔物の脇腹が裂けた。


魔物が低く唸る。怒りで魅力の効果を振り払おうとしているのが分かった。

それでも、視線だけは私の顔を追っている。


「わふ!」


クロが飛び出した。

魔物の足元へ噛みつき、強引に体勢を崩す。

そのタイミングで、私は迷わず踏み込んだ。


「こっちだよ。見て?」


そう囁けば、赤い目が揺れた。


その一瞬——魔物はクロではなく私を見た。私は爪を振り抜く。黒い軌跡が首元を走って、魔物の身体がぐらりと傾き重い音を立てて倒れ、そのまま動かなくなった。


私は大きく息を吐く。


「……勝った」


胸の奥へ魔力が流れ込む感覚があった。Dランクモンスターとは比べものにならないほどの魔力量だった。満たされる感覚を味わっていると、クロが得意げに尻尾を振っていた。


頑張ったから褒めてと言っているみたいだ。


「わふ!」

「うん、ありがとう。お前は偉いね〜」


クロの頭を撫でながら考える。思った以上に通用した。魅力だけで勝ったわけじゃないけど、Cランク相手にも通じると分かった。


その時だった。

通路の奥から、新しい気配が現れる。


一つ。二つ。三つ。赤い目が暗闇の中で灯る。

ぞろぞろと、まるで何かに引き寄せられるように人型の魔物たちがこちらへ姿を現した。


「……え」


思わず声が漏れる。多い。明らかに多いぞ。

クロも警戒するように唸り声を上げた。


「わふ……!」


暗闇の中で揺れる赤い目、その全てが私を見ていた。


私は一瞬だけ沈黙する。


……あれ? もしかして、今の魅力。目の前の一体だけじゃなくて、奥にいた魔物たちまで引っかけた? そう考えた瞬間、背中に冷たいものが走る。


普通なら、ここで下がるべきだ。


クロと一緒に距離を取り、通路の狭さを使って一体ずつ相手にするべきだ。頭では分かっている。

けれど、暗闇の中から向けられる無数の視線を感じた瞬間——私の魔力がぞくりと震えた。


見られている。私を見ている。

私から目を離せなくなっている。


その事実が、半サキュバスになった私の身体を、妙に熱くさせた。


「……これ、配信してなくて本当に正解だった」


ぽつりと呟く。


クロが隣で低く唸る。

私はクロの頭に軽く手を置いた。


「大丈夫。無理はしないからね」


そう言いながら、私は爪を構え直す。

でも、口元は勝手に緩んでいた。

自分でも少し驚くくらい、自然に。


「そんなに見つめられると、困るんだけどなぁ……でも、来るなら遊んであげる」


暗闇の中で——赤い目が一斉に揺れた。

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