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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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内緒にされたので見守ります

菜月と出会い、少しだけ話せるようになってから、一週間が過ぎた。


相も変わらず、私はサキュバス先生にサキュバスについて教わる日々を過ごしている。

尻尾の動かし方。魔力の吸収方法。サキュバスの声の扱い方。魅了の抑え方などなど。


……改めて並べると、授業内容がかなり不健全に見えてしまうな。


もちろん、実際にはちゃんとした訓練だ。

たぶん。少なくとも先生はそう言っている。


私の尻尾が勝手に動いたり、声に魔力が乗りすぎたり、相変わらず問題は多いけれど、少しずつ制御できるようにはなってきた。


クロも白い首輪に慣れたらしく、最近は家の中でも堂々と寝転がっている。最初は「Dクラスダンジョンのボス」だったはずなのに、今では完全に大型犬である。


「わふぅ」

「君、もう少し威厳とかないの?」


私がソファーから声をかけると、クロは尻尾を一回だけ振った。返事すら雑になった。


菜月の方はというと、どうやら探索者登録だけは済ませたらしい。

ただ、まだダンジョンには入っていない。


その報告は、夜に来る。

私に——ではなく、怜奈さんに。


大変遺憾である。


私はお兄ちゃん、もといお姉ちゃんである。いや、菜月からすればまだ保留中の存在だけれど、それでも一応、兄妹ではあるはずだ。


相談があるなら、まず私に来るべきでは?と、高らかに言いたい気持ちはある。


あるのだが……実際のところ、私も菜月も、まだ少し気まずい。前みたいに完全に他人みたいな距離ではない。けれど、昔みたいに何でも話せる距離でもないのは事実。


だから菜月が怜奈さんに相談するのも、分からなくはない。分からなくはないのだが。


「……納得はしてないです」

「何が?」


隣に座っていた怜奈さんが、スマホから視線を上げる。私はソファーに座る怜奈さんの膝を枕に下から怜奈さんを見た。


「菜月が怜奈さんにばっかり連絡してることです」

「相談しやすい相手に相談しているだけでしょう」

「それはそうなんですけど」

「不満?」

「不満です」


即答したら怜奈さんは少しだけ目を細めた。笑っているのかもしれない。表情がほとんど動かないから、分かりづらいけれど。


そんなことを考えていると、怜奈さんのスマホが小さく震えた。

怜奈さんは画面を確認し、静かに口を開く。


「明日、菜月が新しく出来たEクラスダンジョンに初めて行くらしいわよ」

「えっ、本当ですか?」


思わず身体を起こす。その拍子に、怜奈さんの足に巻きついていた尻尾がぴんと立った。


「本当よ。今、連絡が来たわ」

「菜月から?」

「ええ」

「私には?」

「来てないなら、来てないのでしょ」

「ぐぅ……」


私は胸を押さえた——地味に効いてしまう。


「ちなみに、彩音には内緒にしてだって」

「へぇー……普通にバラしてますね。というか! なんで内緒なんですか!」


怜奈さんは淡々と言う。


「心配されるのが嫌なんでしょう」

「心配しますよ! 初めてのダンジョンですよ!?」

「だからでしょうね」

「……どういう意味ですか?」

「彩音が知ったら、絶対に落ち着かないから」

「落ち着きます」

「尻尾が暴れてるけど?」

「この尻尾は別です!」


私は慌てて尻尾を押さえた。けれど、尻尾は完全に不安を隠す気がなかった。怜奈さんの足から離れ、左右にぶんぶん揺れている。


怜奈さんはスマホを置き、私を見る。


「菜月は彩音に迷惑をかけたくないのよ」

「迷惑なんて思いません」

「分かっているわ。でも、本人はそう思っていない」

「……」


言い返せなかった。菜月は、まだ私に遠慮している。昔のことも、家のことも、私が出ていったことも。

全部が絡まって、きっと簡単には解けない。

だからこそ私に直接言えなかったのだろう。


しょんぼりとした私を見て、怜奈さんはため息をこぼし、スマホを操作しながら言った。


「時間は明日の午前9時。場所は新設された東区特殊Eクラスダンジョン。5層までは初心者でも入れて、6層以降はEクラスからCクラス以上に変わる特殊なダンジョンね。今、稼げるとかで話題だから協会の監視員も多いし、危険度は低い」


そう言って怜奈さんはスマホを見せてくる。

どうやら、東区特殊ダンジョンは2ヶ月前に発見されたばかりで、まだ全階層も把握できてないほど広いエリアらしい。今は、黄昏が29層まで攻略を進めているそうだ。


記事の最後の方には、ダブルピースの飛鳥さんが写っていた。写真は少しピントがズレていて、思わず笑いそうになった。


「なるほど、なるほど……心配ですね」

「まあ、6層以降に入らなきゃ大丈夫よ」


怜奈さんはスマホをしまい、淡々と言う。


「監視員も多いし、初心者向けの案内もある。危険度は低いわ」

「でも、ダンジョンですよ?」

「ええ。だから心配なら、後ろから見守ってあげたら?」

「えっ」


思わず怜奈さんを見る。


「いいんですか?」

「止めても行くでしょう」

「……否定できません」

「ただし、菜月にはバレないように」

「やっぱり隠密ストーキングですか」

「見守りよ」

「言い方を変えただけでは?」


私がそう言うと、怜奈さんは少しだけ目を細めた。


「私は明日、別のダンジョンで依頼があるから一緒には行けないわ」

「怜奈さんは来ないんですか?」

「ええ」

「……一人で見守り」

「できるでしょう?」

「できますけど」


できる。たぶん、できるとは思う。1週間前の私なら、絶対に無理だと思ったかもしれない。でも今は、サキュバス先生にしごかれ、クロをテイムし、怜奈さんの実家に連れて行かれ、妹とも少しだけ話せるようになった。

活動時間も1時間半に増えた。


なんだろう……並べてみると、濃すぎるな。


「クロは?」

「留守番ね」

「わふぅ!?」


足元で寝転がっていたクロが顔を上げた。

まるで今、確かに自分の名前を呼ばれたと言わんばかりの反応だった。


「クロを連れて行ったら絶対に目立つ……」

「わふ……」

「白い首輪をつけた黒牙狼を連れた半サキュバスが、初心者向けダンジョンをうろつくんだよ? 見守りどころじゃないよ」

「くうぅ……」


クロは分かりやすく耳を伏せた。その姿を見ると心が痛むが、こればかりは仕方ない。


「ごめん。今回はお留守番してね」

「わふ……」


クロはその場にぺたりと伏せる。

完全に拗ねた大型犬である。

怜奈さんは私の尻尾をちらりと見た。


「彩音も、飛び出さないように」

「分かってます」

「本当に?」

「本当に」

「菜月が少しつまずいたくらいで出ていかないこと」

「……はい」

「魔物に驚いて悲鳴を上げたくらいでも」

「……はい」

「変な探索者に話しかけられても、まずは状況を見ること」

「それは場合によります」

「彩音」

「だって、それは場合によります!」


私がそう言うと、怜奈さんは少し笑った。


「危ないと判断したなら動いていいわ。でも、菜月の経験を全部奪わないこと」

「……経験」

「初めてのダンジョンでしょう。失敗も含めて、菜月自身のものよ」

「……」


何も言えなかった。心配だ。本当に心配だ。

でも、菜月が自分で選んで、自分でダンジョンに入るのなら、私が勝手に全部を守ってしまうのは違うのかもしれない。


それは分かる、分かるのだが。


「難しいですね。お兄ちゃんって」

「お姉ちゃんでは?」

「今はどっちでもいいです」

「そう」


怜奈さんは短く返す。けれど、少しだけ優しい声だった。私は膝の上で手を握る。菜月がダンジョンに入る。


その事実だけで、胸の奥がざわざわする。

私がダンジョンに入ったのは、逃げるためだった。変わるためだった。でも菜月は違う。


家の空気に押されているのか。自分で選ぼうとしているのか。それとも、私に何かを感じているのか。


まだ分からない。

だからこそ、確かめたい。


「……行きます」

「ええ」

「こっそり見守ります」

「ええ」

「菜月にバレたら、怜奈さんのせいにしていいですか?」

「いいえ。駄目よ」

「即答」


怜奈さんは当然のように言った。


「内緒と言われたことを教えたのは私だけれど、見守りに行くと決めたのは彩音よ。それに、私は頼れるお姉ちゃんで通っているわ」

「正論で逃げ道を塞がないでください! というかお姉ちゃんポジション取らないで!」


私は怜奈さんの膝に倒れ込む。尻尾が不安そうに揺れて怜奈さんをペチペチと叩く。

怜奈さんはそんな私を見て、静かに言う。


「大丈夫よ」

「何がですか?」

「彩音なら、ちゃんと見守れるわ」

「……そうですかね」

「ええ」


短い言葉だった。けれど、不思議と胸の奥が少し軽くなる。私はゆっくり顔を上げる。


「じゃあ、明日の準備します」

「装備は軽めに。目立たない服で」

「半サキュバスの時点で目立つんですけど」

「フードでも被りなさい」

「怪しすぎません?」

「普通にしているよりは目立たないわ」

「普通にしてるだけで目立つ身体って何なんですか……」


私は小さくため息を吐いた。


明日、菜月は初めてダンジョンに入る。


私はそれを、こっそり見守る。本人に知られたら、きっと怒られるだろう。余計なことをしないで、と言われるかもしれない。


でも、それでも——今度は、何も知らないまま離れていたくなかった。


腰の後ろで、尻尾が小さく揺れた。

不安と、心配と、少しだけの期待。


菜月の初ダンジョンは、どうやら私にとっても落ち着かない一日になりそうだった。

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