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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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昔とは違う形で

私たちは怜奈さんに案内され、前にも来た探索者向けのカフェへ向かった。クロは白い首輪をつけているからか、すれ違う人たちに驚かれはしたものの、職員や警備員に止められることはなかった。


……法整備って、本当に大事なんだな。

協会に向かう途中なんて3回も職質されたぞ。


カフェに入ると、店員さんは一瞬だけクロを見て目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻った。


「登録済みのテイムモンスターですね。奥の広い席をご案内します」


慣れている。この世界、本当に色々と進んでいる。案内されたのは、前に怜奈さんと座った席よりもさらに奥の少し広いスペースだった。クロが伏せられる場所もあり、探索者向けというだけあって配慮がすごい。


席に着くと、菜月はじっと私を見てきた。


「……なに?」

「いや、ほんとに変わったなって」

「まあ、変わったね」

「可愛い服とかね」

「そこは流していいよ」

「いや、そこ一番気になるんだけど」


菜月がじとっとした目で私を見る。


「前からそういう服着たかったの?」

「……」


言葉に詰まる。

私はたぶん、着たかった。ずっと。でも、それを認めるのは怖かった。男なのに気持ち悪い。ちゃんとしろ。そう言われる気がして、言えなかった。


「まぁ、うん。着たかったんだと思う」


私がそう答えると菜月は少しだけ目を伏せて「そっか」と言って笑った。でも、さっきまでのような軽い調子ではなかった。注文を終え、飲み物が来るまでの間、しばらく沈黙が落ちる。怜奈さんは何も言わない。ただ、私の隣に座っている。クロは私の足元で伏せていて、時々菜月の方をちらちら見ていた。


「……家、どうなってる?」


私が先に聞いた。聞くのが怖かった。

けれど、聞かないわけにもいかなかった。


菜月は少しだけ眉を寄せる。


「どうって?」

「私が出ていってから」

「……別に。お父さんもお母さんも、普通」

「普通、なんだ」

「うん。普通に仕事行って、普通にご飯食べて、普通にテレビ見てる……かな」


その言葉に胸の奥が少しだけ沈んだ。


別に、泣いてほしかったわけじゃない。探してほしかったわけでもない。

でも、普通なのかと思うと、それはそれで少し痛かった。

菜月は私の顔を見て、慌てたように続けた。


「でも、何も思ってない訳じゃないと思う」

「……そう?」

「お母さん、ニュースとか配信とか、たまに見てるし」

「私の?」

「たぶん。音消して見てる時ある」

「音消して?」

「うん。お父さんがいる時は特に」


私は何も言えなかった。

菜月はストローを指でいじりながら、ぽつぽつと話す。


「お父さんはさ、よく分かんない。怒ってるのか、認めたくないのか、何も考えてないのか。私にも分かんない」

「……うん」

「でも、探索者の話はするようになった」

「探索者?」

「うん。ダンジョンで稼げるとか、配信で人気が出るとすごいとか、若いうちから登録する人が増えてるとか、そんな話」

「……配信」

「別に、彩音のことを言ってるわけじゃないと思うけど」


菜月はそう言って少しだけ視線を逸らした。

けれど、その言い方は、そう思いたいと言っているようにも聞こえた。

菜月の声が少しだけ重くなる。


「私にも、適性検査だけ受けてみたらって」

「それで協会に?」

「うん。今日は説明会と適性検査」

「菜月は、受けたかったの?」

「……分かんない。でも、受けないって言ったら、また色々言われそうだったし」

「色々?」

「別に。大したことじゃないよ」


菜月は笑ってごまかした。けれど、その笑い方は少しだけ硬かった。怜奈さんが、静かに菜月を見る。

何かを言うわけではない。ただ、その目だけが少しだけ鋭くなった気がした。


「さっきみたいなのに絡まれるとは思わなかったけど」

「それは本当に危ないから気をつけて」

「分かってるって」

「分かってないから絡まれてたんでしょ」

「うるさいなぁ」


昔みたいな言い合い。

けれど、前とは少し違う。


私は菜月を見た。


「探索者、なりたいの?」

「……分かんない」


菜月は正直に答えた。


「でも、家にいるとさ。なんか、私も何かしなきゃいけないのかなって思う」

「何かって?」

「お兄ちゃんがああなって……いや、彩音が出ていって、探索者になって、配信で有名になって。家の空気、変わったから」

「……」

「お父さんもお母さんも、直接は言わないけど。次は私がちゃんとしなきゃいけないのかなって」


その言葉に、胸がざわつきを覚える。

ちゃんとしなきゃいけない。

その言葉は昔の私にも刺さっていたものだ。


男なんだから。兄なんだから。

普通にしなきゃ。ちゃんとしなきゃ。

その全部が嫌になって、私は逃げた。


いや、逃げたというより、ようやく選んだ。

でも、私が選んだあと。その重さの一部が、菜月に向かったのかもしれない。


「……ごめん」


気づいたら、そう言っていた。菜月が目を丸くする。


「なんでお兄ちゃんが謝るの」

「私が出ていったから」

「それは違うでしょ」

「でも」

「違うって」


菜月の声が、少しだけ強くなった。


「それは、家の問題でしょ。お兄ちゃんだけのせいじゃない」

「……」

「というか、私も悪かったし」


菜月は視線を逸らした。


「前に、気持ち悪いって言ったこと」

「……覚えてたんだ」

「覚えてるよ。忘れるわけないじゃん」


その声は、小さかった。


「本当は何て言えばいいか分かんなかった」

「……」

「昔はさ、普通に一緒に服見たり、髪触ったりしてたじゃん。近所の人に姉妹みたいって言われても、私は別に嫌じゃなかった」

「うん」

「でも、途中から周りが変な目で見るようになって。男なのにとか、気持ち悪いとか、そういうの聞くようになって」


菜月の指が、カップの縁をなぞる。


「私も、どうしたらいいか分からなくて」

「……それで、ああ言ったの?」

「うん」


菜月は小さく頷いた。


「最低だったと思う」


菜月は笑おうとして失敗したような顔をした。

昔なら、私はそこで茶化していたかもしれない。でも今は、何も言えなかった。


「言ったあと、すぐ後悔した。でも謝れなかった。なんか、謝ったら自分がすごく悪いやつみたいになる気がして」


そこで菜月は、少しだけ苦笑した。


「悪いやつだったんだけどね」


私は何も言えない。怒っていないわけじゃない。傷つかなかったわけじゃない。でも、菜月がずっと何も考えていなかったわけではないと分かった。それだけで、胸の奥に刺さっていたものが少しだけ形を変える。


「……怒ってる?」


菜月が恐る恐る聞いてくる。

私は少し考えてから、正直に答えた。


「怒ってない、とは言えない」

「……うん」

「でも、今さら責める気にはならねぇ」


言ってから、しまったと思った。また昔の口調が出た。

菜月が、少しだけ目を丸くする。それから、ほんの少し笑った。


「今の、中学生ぐらいのお兄ちゃんっぽい」

「うるさい」

「そういうとこ」

「だから、うるさいって」


菜月は小さく笑った。本当に小さく。

でも、久しぶりに見た妹の笑顔だった。


瞬間、腰の後ろで尻尾がふわりと揺れる。

菜月がそれを見て、ぽつりと言った。


「……尻尾、分かりやす」

「今それ言う?」

「だって、本当に分かりやすいし」

「この尻尾は敵だから」

「自分の身体でしょ」

「私もそう思いたい」


菜月がまた少し笑う。怜奈さんは隣で静かにカフェラテを飲んでいた。


「怜奈さん」

「なに?」

「黙ってますね」

「家族の話でしょう。私が口を挟むことではないわ」

「……ありがとうございます」


怜奈さんは短く「そう」とだけ返した。

菜月が、そんな怜奈さんをじっと見る。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「この人、誰?」

「……お世話になってる人」

「それだけ?」

「それだけ、ではないけど」

「ふーん」


菜月の目が、少しだけ鋭くなる。


「この前、デートした人?」

「なんで知ってるの!?」

「SNSで、隠し撮りみたいなの流れてきた」

「マジかぁ……SNS恐るべし」


菜月はじっと私のツノ飾りを見る。

怜奈さんが静かにカップを置いた。


「菜月さん」

「はい」

「彩音のことは、私が責任を持って守ります」

「……」


菜月は少し驚いたように怜奈さんを見て、次に私を見た。

私は恥ずかしくなって顔を横に向けて、視線を合わせないようにした。

怜奈さんはいつも通り無表情だった。けれど、その声はまっすぐだと分かる。


「だから、心配しなくていいわ」

「……そうですか」


菜月はしばらく黙っていた。

それから、少しだけ口元を緩める。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「ええ」


話が勝手に進んでいる。

いや、ありがたいし、嬉しいのだけど、まるで結婚を申し込みに来た恋人と、親への挨拶みたいだ。


「あの、私の意思は?」

「尻尾が喜んでる」

「菜月までそれ言うの!?」


私が叫ぶと、クロが足元で「わふ」と鳴く。

まるで同意するみたいに。本当に、味方が少ないなと苦笑いした。


でも、不思議と嫌ではなかった。


少し前なら、妹とこんなふうに話せるとは思っていなかった。全部が解決したわけじゃない。家のことも、両親のことも、昔の言葉も。何もなかったことにはならない。


それでも。


「……菜月」

「なに?」

「今日、会えてよかった」


そう言うと、菜月は少しだけ目を丸くした。

それから、照れくさそうに視線を逸らす。


「……私も」


声は小さかったけれど、ちゃんと聞こえた。


その言葉だけで胸の奥に残っていたものが少しだけほどけた気がした。全部が解決したわけじゃない。

家のことも、両親のことも、昔の言葉も。何もなかったことにはならない。


それでも、今はこれでいいのだと思えた。その後は、菜月と怜奈さんと一緒にパンケーキを食べたり、カフェラテを飲んだりしながら、少しだけ他愛ない話をした。


菜月は最初こそクロのことを怖がっていたくせに、いつの間にか背中を撫でていたし、クロもまんざらでもなさそうに尻尾を振っていた。怜奈さんは相変わらず静かだったけれど、菜月に聞かれたことにはきちんと答えてくれていた。


久しぶりに、昔みたいに笑えた気がする。

もちろん、完全に元通りになったわけじゃない。でも、昔とは違う形で、また話せた。


そう思えただけで、今日ここに来てよかったと心の底から思えた。

別れ際、怜奈さんは菜月と連絡先を交換していた。


「何かあったら、私に連絡してちょうだい」

「……はい。ありがとうございます」


菜月は少し緊張した顔で頷く。

そのあと私の方を見て、小さく手を振った。


「じゃあね、彩音」

「うん。またね、菜月」


お兄ちゃんでも、お姉ちゃんでもない。

けれど、その呼び方は不思議と嫌ではなかった。


菜月の背中を見送りながら私は息を吐いた。

また話せる。そう思えるだけで十分だった。


——けれど。


菜月が最後に一瞬だけ見せた不安そうな顔が、どうしても頭から離れなかった。


家のこと。


両親のこと。


そして、私がいなくなった後の菜月のこと。


まだ、何も終わっていない。腰の後ろで尻尾が小さく揺れた。

私はそれを押さえずに、怜奈さんと共に菜月の背中が見えなくなるまで見送った。

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