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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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お兄ちゃん? お姉ちゃん?

次の日の早朝。


私は怜奈さんと一緒に探索者協会へ来た。目的は、クロの正式登録である。

昨日の時点では仮登録だったため、クロは氷室家の敷地から出すことができなかった。


けれど、正式にテイムモンスターとして登録すれば探索者協会の許可証明書と管理用の装備をつけることで、街中でも連れ歩けるようになるらしい。


「ちゃんとしてるんですね、そこら辺」

「テイムモンスターが増え始めてから、かなり法整備が進んだのよ」


怜奈さんが淡々と説明してくれる。


「人に危害を加えた場合の責任は基本的に飼い主……いえ、テイマーにあるわ」

「今、飼い主って言いませんでした?」

「気のせいよ」

「絶対言いかけましたよね?」


隣ではクロが大人しくおすわりをしていた。昨日までDクラスダンジョンのボスだったとは思えないくらい、行儀がいい。担当してくれた職員さんは、書類を確認しながら頷いた。


「黒牙狼のテイム個体。個体名はクロ。テイマーは黒井彩音様で間違いありませんか?」

「はい」

「では、こちらが正式な許可証明書になります」


差し出されたカードには私の名前とクロの名前、それからテイムモンスター登録番号が記載されていた。


「そして、こちらが管理用の首輪です」


職員さんが取り出したのは白い首輪だった。

シンプルだけど、中央に小さな魔石のようなものが埋め込まれている。


「白いんですね」

「はい。協会登録済みのテイムモンスターであることを示す色です。街中で未登録モンスターと間違われないためにも、外出時は必ず装着してください」

「なるほど……」


職員さんはさらに説明を続ける。


「また、万が一テイムモンスターが暴走した場合、この首輪には強力な電流が流れる仕組みになっています」

「電流、ですか」

「はい。テイマー本人、または協会職員が緊急停止を行えます」

「……それ、痛いんですか?」

「かなり痛いですね。一応は魔道具なので、雷魔法を応用した電流が流れるんです」


職員さんはニコニコで言った。

私は思わずクロを見てみれば、クロは言葉が分かっているのか、耳をぺたんと伏せていた。


「大丈夫だよ。使わないからね」

「わふぅ……」


クロが小さく鳴き、怜奈さんが静かに言う。


「でも、必要なものよ」

「分かってます」


分かっている。クロがどれだけ大人しくても見た目は巨大な黒狼だ。

普通の人からすれば、怖いに決まっている。クロが悪いわけじゃない。

でも、クロを連れて歩くなら、私が責任を持たなければいけない。


「……私のモンスター、なんですよね」

「ええ」

「ちゃんと、責任持ちます」


そう言うと、怜奈さんは少しだけ目を細めた。


「なら、大丈夫よ」

その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。

職員さんに教えてもらいながら、私はクロの首に白い首輪をつける。

黒い毛並みに、白い首輪はよく目立った。


「似合ってる」

「わふ」


クロは嬉しそうに尻尾を振る。昨日は私が迷子札呼ばわりされた側だったのに、今日はクロに首輪をつけている……そう思うと、少しだけ胸の奥がむずむずした。嬉しいような、責任が重いような、不思議な感覚だ。


「行きましょう」

「はい」


怜奈さんに促され、私はクロを連れて探索者協会の出口へ向かう。


朝一番ということもあって、協会内は思っていたより人が多かった。

探索者登録に来たらしい若い人。依頼を確認している探索者。装備を抱えた職員。

その中を、巨大な黒狼を連れて歩く私たちは、当然のように目立っていた。


「……めちゃくちゃ見られてますね」

「白い首輪があるから問題ないわ。怖いというよりは可愛いと思ってるんじゃない?」

「違うと思うけどなぁ……」


私が小さくため息を吐いた時だった。


「だからさ、ちょっとだけでいいって」

「困ります。離してください」



聞き覚えのある声がして——足が止まる。


協会の入口近く。自動扉のそばで、制服姿の女の子が二人組の男に囲まれていた。

肩より少し長い黒髪。不機嫌そうに寄った眉。強がっているが少しだけ震えている声。


見間違えるはずがなかった。


「……菜月」


黒井菜月くろいなつき——私の妹だ。中学三年生。


昔は、私の後ろを当たり前のようについてきていた妹。小さい頃は、姉妹みたいだと近所の人に笑われるくらい、よく一緒にいた。けれど今は、家でもまともに話すことはほとんどない。最後にちゃんと向き合ったのがいつだったか、思い出せないくらいだった。


「知り合い?」

「……妹です」


怜奈さんに答えた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「妹」その言葉を口にするだけで、昔のことが頭をよぎる。


『何でそんな気持ち悪い喋り方してんの?』

『男なんだからさ、もっとちゃんとしなよ』


悪気がなかったのは分かっている。思春期で、どう接していいか分からなくなっただけかもしれない。

それでも、あの言葉は今も残っていた。


男の一人が、菜月の腕へ手を伸ばす。


「探索者登録に来たんでしょ? それとも観光かな? 俺らが色々教えてあげるって」

「本当に大丈夫ですから……」


菜月が一歩下がる。

けれど、男はそれに合わせるように距離を詰めて、菜月の肩に手を回す。


その瞬間、頭の中が冷えた。

気づいた時には、私は前に出ていた。


「触んな」


低い声が出た。自分でも驚くくらい、昔の口調だった。

女の子の身体になって、声も柔らかくなったはずなのに、その一言だけは妙に荒く響く。


男たちがこちらを見る。


「は? 誰だよ、お前——」


言葉は最後まで続かなかった。

私の隣で、クロが低く唸ったからだ。


「グルル……」


白い首輪をつけた黒牙狼。正式登録済みのテイムモンスター。

けれど、巨大な四足歩行の魔物であることに変わりはない。

男たちの顔色が、分かりやすく変わった。


「な、なんだよ、その狼……」

「登録済みのテイムモンスターです」


怜奈さんが静かに言った。その声だけで、空気がさらに冷える。

怒鳴っているわけではない。けれど、逆らってはいけないと本能で分かる声だった。


「協会の入口で、未成年の女性にしつこく声をかけていた。そう報告してもいいけれど」

「いや、俺たちは別に……」

「去りなさい」


短い一言だった。男たちは何か言い返そうとしたが、クロの唸り声を聞いた瞬間、肩が跳ね、逃げるようにその場を離れていった。


周囲の視線が集まる。

でも、そんなものはどうでもよかった。


私は菜月を見る。

菜月は、呆然とこちらを見ていた。


黒髪から変わった銀色の髪。普通の人間ではないと分かる黒いツノ。腰の後ろで揺れる細い尻尾。そして、隣にいる巨大な黒狼。その全部を順番に見てから菜月は口を開いた。


「……お兄、ちゃん?」


久しぶりに聞いた呼び方だった。


私は今、黒井彩音だ。半サキュバスで、女の子の身体で、ツノも尻尾もある。

それでも、菜月の口から出たのは昔から聞き慣れた呼び方だった。


「……久しぶり、菜月」


そう言う声は、自分でも驚くほどぎこちなかった。


「ほんとに……女の子になったの?」

「……なった」

「ツノも生えてる」

「生えた」

「尻尾も?」

「生えた」

「狼も?」

「それは生えてない。テイムした」


「情報量、多すぎなんだけど」

「私もそう思う」


菜月はしばらく黙っていた。

それから、気まずそうに視線を逸らして、小さく呟く。


「じゃあ……今は、お姉ちゃんって呼んだ方がいいの?」


その言葉に胸の奥がきゅっとした。昔、菜月は私のことをそう呼んでいた時期がある。近所の人から、仲良し姉妹みたいだねと笑われて。男の子からは揶揄われたりもしたが菜月も私も、それを嫌がらなかった。


でも、いつの間にか全部変わった。

私の身体も、声も、周りの扱いも。

そして菜月の呼び方も。


「……好きに呼べばいいよ」


私は少しだけ迷って、そう答えた。


「お兄ちゃんでも、お姉ちゃんでも。菜月が呼びやすい方でいい」


菜月は私を見た。何か言いたそうで、でも言えないような顔だった。


「……じゃあ、保留」

「保留なんだ」

「急に決められるわけないでしょ。こっちだって混乱してるんだから」

「それは、まあ……そうか」


少しだけ、昔みたいな会話だった。けれど、すぐに周囲の視線が気になってくる。探索者協会の入口で、巨大な黒狼を連れた半サキュバスと、その妹らしき中学生が向かい合っているのだ。目立たないわけがない。


怜奈さんが静かに口を開いた。


「彩音。ここでは落ち着いて話せないわ」

「……そうですね」


私は頷く。菜月も周囲の視線に気づいたのか、少しだけ気まずそうに肩をすくめた。


「近くにカフェがある。そこに行きましょう」

「カフェ?」

「探索者向けのカフェ。クロも入れるところよ」

「狼入れるカフェって何……?」

「私も最初はそう思った」


そう答えると、菜月は少しだけ困ったように笑った。本当に、少しだけ。

でも、その笑い方が昔と変わっていなくて、胸の奥が少しだけ痛くなる。


話さなければいけないことは、きっとたくさんある。

私が家を出てからのこと。菜月がどう思っていたのか。両親のこと。


そして、あの日の言葉のこと。


全部を一度に話せるとは思えない。

簡単に分かり合えるとも思わない。


それでも。


「……行こうか、菜月」

「うん」


菜月が小さく頷く。


その声を聞いた瞬間、腰の後ろで尻尾がふわりと揺れた。

私は慌てて押さえようとして、でも途中でやめた。


今日は、別にいいかもしれない。


久しぶりに妹と話せる。


そのことが少しだけ嬉しいのは、たぶん本当だから。白い首輪をつけたクロが、私たちの隣で「わふ」と鳴く。まるで、早く行こうと言っているみたいだった。


私は怜奈さんと菜月を見て、それからゆっくり歩き出す。


協会の外へ出る朝の光は少しだけ眩しかった。

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