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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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26/42

一人風呂のはずでした

食事会が終わる頃には、窓の外はすっかり夕方になっていた。


時刻は十八時を少し過ぎたくらい。最初こそ緊張と恥ずかしさで味なんて分からないんじゃないかと思っていたけれど、終わってみれば不思議なくらい穏やかな時間だった。


怜奈さんのお父様——氷室征司さんは、見た目通りというか、顔の圧がすごい人だった。けれど、話してみれば思ったよりも優しくて、私が性転換スキルを選んだ理由を話した時も変に茶化したりはしなかった。


ただ、静かに頷いて。


「自分で選んだのなら、それでいい」


そう言ってくれた。それだけの言葉だった。

でも、胸の奥が少し軽くなった気がした。


怜奈さんのお母様は、終始にこにこで私の家族の話をした時も、無理に踏み込まず、でもちゃんと聞いてくれた。普通の家族とはどんなものか初めて知れた気がする。


まあ、普通かどうかは怪しいところだけど。


クロはというと食事中ずっと大人しくしていた。途中でお父様から肉料理をもらい、尻尾を振りながら食べていたので、たぶんこの家がかなり気に入ったのだと思う。


……私より先に馴染まないでほしいなぁ。


そして、食事が終わったあと。


「彩音ちゃん、今日は泊まっていってね?」


怜奈さんのお母様が当然のように言った。


「……はい?」


思わず変な声が出た。


「もう遅いでしょう? ダンジョン帰りで疲れているでしょうし、クロちゃんのこともあるもの」

「いや、でも、そこまでお世話になるわけには……」

「あら。もう十分お世話しているのだから、今さらよ」


にこにこした笑顔で言われた。

この人、ふわふわしているのに、押す時は普通に強いぞ。私は助けを求めるように怜奈さんを見る。


怜奈さんは食後の紅茶を飲みながら、少しだけソファに身体を預けていた。


……だらけている。いや、ほんの少しだけだ。

背筋は綺麗だし、所作も丁寧だし、普通の人から見れば十分に上品なのだと思う。

でも、普段の怜奈さんを知っている私からすると、明らかに気が抜けている。


そんな怜奈さんを見て、私は少しだけ嬉しくなった。

知らない怜奈さんを見ている。探索者としての怜奈さんでも、私を助けてくれる怜奈さんでもない。


ただ、家に帰ってきた娘としての怜奈さん。


「彩音」


怜奈さんがこちらを見る。


「仕方ないわ。泊まりましょう」

「怜奈さんまで」

「疲れているでしょ? それに、クロの仮登録もまだ完全には終わっていないわ。もし、道端で職質されたら面倒くさいし」

「正論で逃げ道を塞がないでください」


こうして私は氷室家に泊まることになった。

しかも、怜奈さんの部屋に。



* * *



「さっきも入ったけど、広すぎでしょ……」


泊まる事が決定した後、私はお風呂にいた。来た時にも入ったのになぜ、また入っているのかというと、クロのせいだ。高級なお肉を食べすぎたクロは、お腹が気持ち悪かったのだろう——私に寄りかかった瞬間に吐いた。盛大にリバースして私に全て降りかかった。


「……クロ」


私が低い声で名前を呼ぶと、クロは耳をぺたんとさせてから、その場に伏せた。

威厳ある黒牙狼の姿はどこにもない。そこにいるのは、完全にやらかした大型犬だった。


「わ、ふ……」

「可愛い声出しても駄目だからね?」


そう言うと、クロは申し訳なさそうに尻尾を下げた。その姿を見ると怒るに怒れない。怒りたいけれど、さっきまで初めての家で緊張していたのかもしれないし、高級なお肉なんて食べ慣れていなかったのかもしれない。


でも、私にかける必要はなかったと思う……


そんなわけで私は、メイドさんたちに案内され、再び浴室へ連れてこられた。


「彩音様、お手伝いを——」

「一人で大丈夫です! 本当に! 本当に一人で大丈夫ですから!」


来た時も同じようなやり取りをした気がする。けれど今回は、さすがに必死だった。

これ以上、誰かに世話をされると心がもたない。

なんとか交渉の末、一人で入る許可をもらい、私は広すぎる浴室に一人で立っていた。


「広すぎでしょ……これ、大理石では?」


普通のお風呂ではない。浴槽は大理石で作られていて広いし、洗い場も広い。

窓の向こうには整えられた洋風な庭まで見えている。


完全に旅館だ。

いや、旅館よりすごいかもしれない。

私は深く息を吐いて、湯船に浸かった。


「……はぁ」


温かいお湯が身体を包む。今日一日の疲れが、じわじわと抜けていく気がした。ダンジョンでボスと戦って、サキュバスの声が発動した。クロをテイムしたと思ったら気づいたら怜奈さんの実家に連れてこられた。食事会をして、泊まることになって。そして、クロにやらかされた。


「最近、1日1日が濃すぎる……」


私は湯船の中で膝を抱えた。尻尾がお湯の中でゆらゆら揺れる。もうだいぶ慣れてきたはずなのに、こうして一人になると、自分の身体が変わったことを改めて意識してしまう。銀色の髪に黒いツノ。腰の後ろの自我がありそうな尻尾。怜奈さんに買ってもらったツノ飾りは、今は浴室の外に丁寧に置いてある。


今の私は、前の私とは全然違う。


少しずつ、この身体にも慣れてきている。

女の子として扱われることにも。

可愛いと言われることにも。

怜奈さんの隣にいることにも。


「……慣れすぎるのも、怖いけど」


小さく、呟いた時だった。

脱衣所の方で扉が開く音がした。


「怜奈ー? 入ってるー?」


明るい女性の声に私は固まった。


「久しぶりに一緒に入ろうと思って来たんだけど——」


いやいや、待って。待って待って待って。


私は慌てて湯船の中で身を縮める。けれど、声を出すより早く、浴室の扉が開いた。


「怜奈?」


そこに立っていたのはバスタオルも巻かずに堂々とした出で立ちをしている飛鳥さん。怜奈さんと似た顔立ちに豊満なボディーが私の目に映り込んでいる。私は頭が真っ白になって図らずも凝視する形で見ている。


飛鳥さんは少しだけビックリした表情をしていたが、すぐに表情を変えた。

楽しいオモチャを見つけたみたいな笑みを浮かべたのだ。


「あらあら〜。彩音ちゃんじゃない」

「なんで普通に入ってくるんですか!?」


思わず叫ぶ。

飛鳥さんは悪びれた様子もなく笑いながら私に近づいてきた。


「怜奈が入ってると思ったのよ。昔はよく一緒に入ってたから」

「昔の話を今されても困ります!」

「でも、彩音ちゃんだったなら、それはそれで当たりね」

「何が当たりなんですか!?」


私は後退りしようとしたが、流石は国内最強クランの長である。

逃げる前に抱き抱えられてしまい、飛鳥さんに寄りかかる状態になってしまった。


「ちょ、あっ、やめ」

「うひょー、すべすべお肌さんだぁー」

「もう、言い方が気持ち悪いですって!」


私は慌てて身をよじる。

けれど、飛鳥さんの腕はびくともしなかった。

怜奈さんの姉だけあって抱きしめ方が強い。


「彩音ちゃん、ほんと反応いいねぇ。尻尾もすごい絡まって、動いてるし」

「見ないでください!」

「いやいや、浮気性なんだね〜」

「うぐぅ……」


悲しいかな。サキュバスの性なのだろう。

お湯の中で尻尾がばしゃばしゃと揺れ、濃密な魔力を捉えて動き回っている。

恥ずかしさと驚きと、飛鳥さんの距離感の近さで、頭の中が完全にぐちゃぐちゃだった。


「というか、離してください!」

「えー、もうちょっとだけ」

「もうちょっとの距離感じゃないです!」

「怜奈も昔はこうやって一緒に入ってたんだけどなぁ」

「だから昔の怜奈さんの話を今されても困るんです!」


そう言った瞬間、飛鳥さんの目がきらりと光った。


「ふふ、気になる?」

「……いや、少しだけ」

「素直で可愛い」

「今のなしでお願いします!」


しまった。完全に乗せられた。

飛鳥さんは楽しそうに笑いながら、私の頭のツノを見た。


「それにしても、怜奈が選んだツノ飾り、外してるんだ」

「お風呂なので」

「そっかそっか。ちゃんと大事にしてるんだねぇ」

「……それは、まあ」


小さく答えた瞬間、飛鳥さんの笑みがさらに深くなる。


「うわぁ、可愛い。怜奈が見たら絶対に固まるやつだ」

「見せないでください!」

「でも怜奈、彩音ちゃんのこういう反応好きそうだけど」

「やめてください! 本人に聞こえたらどうするんですか!」



本当に、この家の人たちは全員強い。たぶん今日だけで、一生分くらい心臓を鍛えられた気がする。


結局、私は飛鳥さんの勢いに押し切られ、なんだかんだで一緒にお風呂を済ませることになった。

もちろん、背中を流すだの、尻尾が可愛いだの、怜奈の昔話だの、飛鳥さんは最後まで好き放題だった。


そして。


お風呂から上がって、怜奈さんの部屋に案内された瞬間。


「……彩音」


そこには、すこぶる機嫌の悪そうな怜奈さんがいた。

いつも通り無表情。だが、空気が冷たい。部屋の温度が二度は下がったと思う。


「えっと……怜奈さん?」

「姉さんと、ずいぶん楽しそうだったわね」

「……誤解なんです。話を聞いてください」


めちゃくちゃ早口で即答した。だが、腰の後ろの尻尾が、なぜかふわりと揺れた。

その尻尾はクネクネしていて楽しかったと言わんばかりの動きをしていたのだ。


怜奈さんの目が、細くなる。


「……誤解?」

「おまえ! 今は本当に空気読んで!」


私は慌てて尻尾を押さえるが、もう遅い。

怜奈さんは静かに息を吐くと、私のツノ飾りへ視線を向けた。


「後で、詳しく聞くわ」

「その言い方、今日何回目ですか……?」


私は小さく呟いた。


氷室家での初めてのお泊まり。

どうやら、まだまだ平穏には終わりそうになかった。

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