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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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浮気じゃないです

「サキュバスの声……?」


私は床に座り込んだまま、先生の言葉を繰り返しながら考えを巡らせていた。


サキュバスの声。誘惑。魅了。


たぶん、そういう類の力なんだと思う。

正直、まだ自分がそれをしたという実感はなかった。


だって、私はただ叫んだだけだ。


「……えっと」


目の前の黒狼は、動かない。さっきまで私を弾き飛ばして、鋭い爪で床を抉っていたボスモンスターが、今は赤い目を揺らしながらこちらを見ていた。


低く唸ってはいる。

けれど、敵意というより困惑に近い。


いや、それだけではない。黒狼の後ろで、太い尻尾がぶん、ぶん、と揺れていた。


「……先生」

「なに?」

「これ、怒ってます?」

「どう見ても懐いてるわね」

「ボスが!?」


私が叫ぶと黒狼がびくりと身体を震わせた。

そして、なぜか伏せるように頭を低くする。


『おすわりした!?』

『狼さん!?』

『犬系サキュバスちゃん、狼を犬にしたw』

『魅了効きすぎでは?』

『ボス戦とは?』


「いやいやいや、待ってください。私、何もしてないです」

「声をかけたじゃない」

「待ってって言っただけです」

「サキュバスが魔力を乗せて言えば、それは立派な命令よ」


命令。

その言葉に、背筋が少しだけぞわっとした。

私の声で。私の言葉で。黒狼が止まった。


黒狼は、ゆっくりと私に近づいてくる。

私は反射的に身をすくめた。

けれど、黒狼は襲ってこなかった。

代わりに私の前で鼻先を近づけてくる。


「ひっ……」


食べられる——そう思った。けれど、黒狼は私の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしたあと、ぺたりと床に伏せてしまう。


「……え?」

「完全に懐いたわね」

「そんな簡単に!?」


黒狼の尻尾が、さらに大きく振られる。体が大きいせいで、床にぶつかるたびに軽い音が響いた。さっきまで怖かった相手。今も体は大きいし、爪も牙も鋭い。一撃もらったら普通に命に関わるレベルの痛さ。


なのに。こうして床に伏せて、こちらを見上げる姿を見てしまうと——倒しづらい。

かなり、倒しづらい。なんなら本当に犬っぽく見えて可愛いとすら思ってきている。


「……先生」

「なに?」

「これ、倒さないと駄目ですか?」

「ボスだからねぇ。普通は倒すわね」

「普通は」

「でも、普通じゃない方法もあるわよ」


サキュバス先生が楽しそうに笑う。

私は嫌な予感がして、先生を見る。


「……何ですか、その顔」

「テイムしてみたら?」

「テイム!?」


コメント欄が爆発した。


『テイムきた!?』

『ボス狼テイム!?』

『犬系サキュバスちゃん、犬を飼う』

『狼だぞ』

『でももう犬じゃん』

『迷子札つけてる側が飼い主になるの草』


「飼い主じゃないです!」


そう叫ぶと、黒狼がまたびくっとした。

そして、申し訳なさそうに頭をさらに低くする。


「ご、ごめん。君に言ったんじゃないから」


そう言うと、黒狼は尻尾を小さく揺らした。

駄目だ。これを倒すのは無理かもしれない。


サキュバス先生は、私の反応を見て楽しそうに目を細める。


「テイムは、ただ懐かせればいいってものじゃないわ。相手に名前を与えて、契約する意思を示して、魔力を少し分ける必要がある」

「名前……」

「ええ。あなたがこの子を連れていきたいならね」


私は黒狼を見る。大きな体。鋭い牙に赤い目。針のような背中の毛。見た目だけなら怖いのに今は、床に伏せて尻尾を振っている。

私にはもう、この子は敵には見えなかった。


「……君、私と来る?」


そう聞くと、黒狼はゆっくりと頭を上げた。

赤い目が私を見る。その瞳に、さっきまでの殺気はない。代わりに何かを待つような光があった。


「名前……名前かぁ」


急に言われても困ってしまうな。黒い狼だから、クロ。いや、安直すぎるか……でも、名前は分かりやすい方がいい気もするしな。


「……クロ、でいい?」


口にした瞬間、コメント欄が一斉に流れた。


『安直w』

『でもかわいい』

『黒狼のクロ』

『犬っぽい名前で草』

『本人喜んでるぞ』


黒狼——クロは、嬉しそうに尻尾を振った。


「気に入ったみたいね」

「本当に?」


クロは、私の手元に鼻先を寄せてくる。少し怖かったけれど、私はそっと手を伸ばした。

黒い毛は見た目よりも硬い。でも、ちゃんと温かかった。私は胸の奥にある魔力を、少しだけ手のひらへ流した。


すると、クロの身体が淡く光る。

頭の中に、システム音が響いた。


《黒牙狼のテイム条件を満たしました》

《個体名:クロ——テイムしますか?》


「……本当に出た」


私は小さく呟く。

サキュバス先生が笑う。


「おめでとう。初めてのボス戦は、討伐じゃなくてテイムになりそうね」

「それ、探索者としていいんですか?」

「良いじゃない? サキュバスならね」


その言葉に、私は少しだけ息を飲んだ。

勝ち方は一つじゃない。

倒すだけが、戦いじゃない。


私は画面に表示された選択肢を見る。

テイムする。テイムしない。

少し迷ってから、私は小さく頷いた。


「……テイム、します」


その瞬間、クロの身体を包んでいた光が強くなった。そして、私の胸の奥に小さな繋がりのようなものが生まれる。


怜奈さんから魔力をもらう時とは違う。サキュバス先生に教わる時とも違う。私とクロの間に、細い糸が一本通ったような感覚。


《黒牙狼:クロをテイムしました》


その表示を見た瞬間、コメント欄がまた爆発した。


『ボステイムきたあああ!』

『犬系サキュバスちゃん、狼ゲット』

『迷子札つけてるのに飼い主になったw』

『怜奈さん見てる?』

『帰ったら絶対驚くやつ』

『家に狼連れて帰るの?』


「……家に?」


私は固まった。

床に伏せたクロが、期待するように尻尾を振っているけれど、私の尻尾は項垂れたように動く気配はない。居候の身なのに犬連れて帰るなんて私はクソ野郎ではないか?


「どうしよう……怒られるかも」


私が呟くと、サキュバス先生はきょとんとした顔をしたあと、すぐに楽しそうに笑った。


「怒られるでしょうね」

「そこは否定してくださいよ!?」

「だって、居候先にボス狼を連れて帰るんでしょう?」

「言い方!」


言い方が最悪だが、間違いではない。私は怜奈さんの家に居候している。昨日は初めて怜奈さんのお願いで、デートをした。

服を買って貰い、ツノ飾りも買って貰った。その中には怜奈さんの魔力まで封入されている。


その翌日に私は、ボスをテイムしました。

連れて帰っていいですか? 


なんて……うん。

普通に駄目な気がする。


右往左往している私を見て、サキュバス先生はにやにやと笑った。


「でも、もっと怒られるかもしれないわよ」

「もっと?」

「その子——たぶん女の子よ」

「……はい?」


私は固まった。


「女の子?」

「ええ。魔力の感じからして、たぶん雌ね」

「いや、狼に女の子とか言われても……」

「でも、あなたが声をかけて、口説いて、名前をつけて、魔力を分けて、契約した相手よ?」

「だ、か、ら、言い方ぁ!」


最悪だ。

本当に言い方が終わってる。


「デートした次の日に、別の女の子に声をかけて懐かせるなんてねぇ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 相手は狼ですよ!」

「でも女の子なのは間違いないわよ?」


コメント欄が爆発した。


『浮気判定で草』

『デート翌日に女の子をお持ち帰りかぁ』

『怜奈さん——彼女から貰ったアクセつけて女の子をナンパするのはアウトですね』

『いや相手は狼だぞ』

『でも女の子じゃん』

『犬系サキュバスちゃん、女狼を落とす』

『でも、サキュバスとして正しい?』


「正しくないです!」


私が叫ぶとクロがびくっと身体を震わせた。

そして、申し訳なさそうに頭を低くする。


「あっ、ごめん!君に怒ってないからね!」


慌ててそう言うと、クロは私の手に鼻先を寄せる。その仕草が妙に甘えるようで、悔しいが、やっぱり可愛いなと思ってしまう。


あっ、もふもふで気持ちいいかも……

いや。可愛いと思っている場合じゃない。


サキュバス先生は、完全に面白がっていた。


「あの子に説明する時は気をつけなさい」

「何をですか……」

「怜奈さんとのデートの翌日に、ダンジョンで出会った女の子に魅了使って、口説いて、名前をつけて契約しましたって」

「絶対にその言い方だけはしませんよ!」


叫び疲れて、私は大きく息を吐いた。

その瞬間、頭の中にシステム音が響く。


《レベルが上がりました》

《黒井彩音のレベルが10になりました》

《スキル:サキュバスの声を獲得しました》

《スキル:テイムを獲得しました》


「……あ、増えた」


嬉しい。ちゃんと成長できている。

初めてのボス戦。初めてのテイム。

初めて使った、サキュバスのスキル。


だけど私は目の前で尻尾を振るクロを見て、次に自分のツノ飾りに触れた。怜奈さんの魔力入り。緊急連絡先は怜奈さん。そして、デートの翌日にテイムした女の子のボス狼。


浮気ではない。だって、付き合ってないのだから。絶対に違う……違う、よね?


「……怜奈さんに、なんて説明しよう」


その問いに答えてくれる人はいなかった。


ただ、サキュバス先生だけが最高に楽しそうな顔で笑っていた。

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