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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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22/42

待って、狼さん

デートの翌日。

私はDクラスダンジョンの通路で、サキュバス先生と向かい合っていた。


腰の後ろでは尻尾がゆらゆら揺れている。頭のツノには、昨日怜奈さんに買ってもらった銀色の飾り。淡い青色の石がついたそれは見た目は普通のアクセサリー。けれど、中には怜奈さんの魔力が少しだけ封入されている。


緊急時の補助魔力。そして、緊急連絡先は怜奈さん。

便利なのは間違いない。

ただ、冷静に考えると市販品なので、分かる人にはこれがどんな代物か分かってしまう。


その結果が、これだ。


『迷子札つけてて草』

『犬系サキュバスちゃん完全体』

『怜奈さんの魔力入りツノ飾り、重くて好き』

『でも実用的』

『重いけど便利』

『買ってもらった時、メロついてたやろな』


「コメント欄、うるさいです……」


配信用ドローンの画面をちらりと見て、私は小さく呟いてから、小さな溜息を吐いた。


「事実じゃない」


サキュバス先生が楽しそうに笑う。


「迷子札付きのサキュバスなんて、なかなか見ないわよ。あら、ごめんなさい。犬系、半サキュバスだったわねぇ〜」

「それ、煽ってるんですか? 先生」

「いやいや煽ってないわ。似合ってるわよ」

「褒められてる気がしませんけど……」

「でも、便利なのは本当でしょう?」


サキュバス先生が私のツノを見ながら言う。


「それは……まあ、そうですけど」


否定はできない。昨日つけてもらったばかりのツノ飾りは見た目が可愛いだけじゃない。

中に怜奈さんの魔力が封入されていて、いざという時の補助魔力になる。

実際、今もツノに意識を向けると、淡い魔力の気配が分かる。怜奈さんの魔力。

いつも手を繋いで分けてもらっている、あの甘くて落ち着く魔力だ。


「……今、ちょっと顔ゆるんだわよ」

「ゆるんでません」

「尻尾も揺れてるわ」

「この尻尾は敵なので」


私は慌てて尻尾を押さえようとしたが、尻尾は私の手を避けるようにひょいと動いた。


本当に腹立つなぁ……自分の身体なのに。


『尻尾くん正直』

『迷子札嬉しいんだな』

『怜奈さんの魔力入りでメロメロじゃん』

『しっぽ隠せてないぞ』


「コメント欄も敵……」


私が小さく呟くと、サキュバス先生はくすくす笑った。


「さて、遊ぶのはここまでにしましょうか」

「え?」

「今日は実戦よ。昨日はデートで浮かれていたみたいだし、身体を戻しておかないとね」

「浮かれてません」

「尻尾」

「浮かれてました……」


否定したかった。

けれど、腰の後ろで尻尾がふわふわ揺れていたので、諦めた。

サキュバス先生は満足そうに頷くと、通路の奥を指差す。


「今日は、奥にいるボスと戦ってもらうわ」

「えっ、ボスと戦うんですか?」


ボス。ダンジョンの一定の階層に存在する強力なモンスター。

確かに今の私は以前よりも強くなったとは思うが、ボスなんて倒せるのだろうか? 


「先生。以前、黄昏の人達と奥まで行ったんですよね? ボスは見たんですか」

「ふふ。私が教えたらつまらないでしょ? 貴女の目で確認して、対処してみなさい」

「それ、教育方針としてはかなりスパルタでは?」

「大丈夫よ。死にそうになったら止めるわ」

「死にそうになる前に止めてください」


私がそう言うと、サキュバス先生は楽しそうに笑った。


『ボス戦きた!?』

『急に実戦』

『先生スパルタで草』

『迷子札あるから大丈夫』

『怜奈さん見てる? これ許可出てる?』

『怜奈さんは用事で、今日は配信無しってSNSで告知されてたから、たぶん見てないぞ』


コメント欄が一気に騒がしくなる。怜奈さんは家族に呼び出されたとかで、今日は同伴していない。

でも、もしかしたら怜奈さんも見ているかもしれない。

そして今頃、画面の向こうで眉間に皺を寄せている気がする。


「……怜奈さんに怒られません?」

「あなたが成長するための訓練だもの。怒られたら私が説明するわよ」

「先生が説明すると余計怒られそうなんですけど」


そんなことを話しながら、私たちは通路の奥へ進んだ。

Dクラスダンジョンの奥。そこには今までの通路とは違う大きな扉があった。

表面には爪で引っかいたような傷が無数に残っている。近づくだけで、空気が少し重くなる。


「……さすがに不安なので、ステータス確認してもいいですか?」

「ええ。構わないわよ」


私は息を吐いて、ステータス画面を開いた。


――――――――――

黒井彩音 レベル:9

力:C+

魔力:E

敏捷:D+

耐久:E+

精神:E

魅力:A+


スキル:性転換、魅了、魔力感知

状態:女性形態維持中。魔力補助中。

――――――――――


「……ちゃんと、上がってる」


思わず呟く。


以前の私は、魔力も精神も低くて、女の子の身体を維持しているだけで精一杯だった。

けれど今は違う。魔力はまだ高いとは言えないけれど、少しずつ扱えるようになってきた。

尻尾も、ツノも、完全に振り回されているわけではない。

少しだけ嬉しい気持ちになるのを抑えながら私は正面に向き直る。

そこには、いかにも何かありますよと言わんばかりの、真っ黒で大きな扉があった。


「……ここですか」

「ええ。ボス部屋よ」

「本当に入るんですね」

「怖い?」

「怖いです」

「正直でよろしい」


サキュバス先生は笑った。

けれど、その目はいつもより少しだけ真面目だった。


「怖いなら、ちゃんと考えなさい。怖い相手にどう勝つか。勝てないなら、どう逃げるか。サキュバスとしても、探索者としても、弱肉強食のダンジョンではそれが一番大事なんだから」

「……はい。分かりました」


私は小さく頷く。


怖いが、やってみたいと言う気持ちもある。尻尾がゆっくりと揺れる。

怯えているのか、やる気なのか、自分でも分からなかった。

私はツノ飾りにそっと触れる。淡い青色の石から怜奈さんの魔力が微かに伝わってきた。


(……大丈夫。一人じゃない)


そう思えただけで、息がしやすくなる。


「さぁ、行くわよ〜」

「はい」


私は、ゆっくりと扉を押した。



* * *



扉の向こうは、広い円形の空間だった。

床は硬い石でできていて、壁には青白い魔石が埋め込まれている。その中央に、一匹の魔物がいた。


黒い狼。


ただし、普通の狼ではない。体長は私の倍近くあり、背中の毛は針のように逆立っている。

口元からは白い息が漏れ、赤い目がこちらをじっと見ていた。


「……でっか」


思わず声が漏れた。


『黒狼系か?』

『Dクラスボスにしてはデカくね?』

『犬系サキュバスvs狼』

『同族対決?』

『同族じゃないw』


「コメント欄は黙っててください……!」


私が叫んだ瞬間、黒狼が床を蹴った。


——はやっ!


考えるより先に身体が動いた。私は横へ飛ぶ。

さっきまで私がいた場所に、黒狼の爪が叩きつけられた。石の床に、深い傷が入る。


「うわっ、無理無理無理!」

「避けられているじゃない」

「避けられてるだけです!」


サキュバス先生は部屋の端で腕を組んで見ている。

まるで後方腕組み彼氏みたいだと、なぜか思ってしまった。

というか、本当に助ける気があるのか疑わしいなぁ……。


黒狼が再び身を低くする。

次が来る。


私は尻尾に意識を向けた。さっきみたいに足を絡め取る——そう思った。けれど、黒狼は雑魚とは違った。尻尾が伸びるより早く、黒狼は横へ跳んでしまい、私の尻尾は空を切る。


「外した……!」


次の瞬間、黒狼の体当たりが私の身体を弾き飛ばした。


「きゃっ!」


背中から床に転がって、息が詰まった。

痛い。思ったより痛くて涙が出そうだ……。


『彩音ちゃん!?』

『大丈夫か!?』

『先生止めなくていいの!?』

『怜奈さん呼んで!』

『迷子札起動する?』


ツノ飾りの石が淡く光った。怜奈さんの魔力が、身体の奥へじんわり流れ込んでくる。

痛みが消えるわけではない。でも、魔力の乱れが少しだけ整っていく。


「本当にちゃんと機能してるんだ……」


黒狼がゆっくり近づいてくる。

赤い目が、私を見下ろしていた。

怖い。さっきまでより、ずっと怖い。


私は立ち上がろうとする。

けれど、足に力が入る前に黒狼が低く唸った。

その音で、私の身体はガチガチに固まる。


「彩音ちゃん」


サキュバス先生の声が聞こえた。


「怖いなら、怖いまま使いなさい」

「使うって、何を……」

「あなたがサキュバスになってから、まだ一度もちゃんと使っていないものよ」


——サキュバス。


半分だけとはいえ私はそういう種族だ。

けれど、そんな力の使い方なんて知らない。

尻尾を動かすだけで精一杯なのに。


黒狼が跳んだ。もう避けられない。

そう思った瞬間、私は反射的に声を出した。


「ま、待って! 狼さん……!」


ただの悲鳴のつもりだった。ビックリするぐらい情けない声だったと思う。

けれど、その声に、胸の奥から何か甘い魔力が混じった。

空気が、ふわりと震える。黒狼の動きが、止まった。


「……え?」


赤い目が、私を見たまま揺れる。唸り声が弱くなり、黒狼の前足が床を掻いた。

まるで、迷っている犬みたいな表情に見えてしまう。


『止まった!?』

『今なにした!?』

『魅了?』

『サキュバスっぽいの出た!?』

『犬系サキュバスちゃん、狼を誘惑した!?』


「ち、違います!ゆ、誘惑じゃないです!」


叫んだ瞬間、黒狼がびくっと反応した。

いや、なんでそこで反応するのよ、君は。

部屋の端ではサキュバス先生が楽しそうに笑っていた。


「あらあら」

「先生?」

「ようやく出たわね」


先生のピンク色の瞳が、細くなる。


「サキュバスの声よ」

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