迷子札ではありません
カフェを出てから私たちが向かったのは、変身スキル持ちや獣人スキル持ち、それからテイムしたモンスター用のアクセサリーを扱う専門店だった。普通のアクセサリーショップかと思った。
けれど店内に入った瞬間、私は固まる。
目の前に広がるのは、耳飾り。尻尾用のチャーム。角に巻きつけるリング。
翼の付け根に固定する飾り。テイムモンスター用の首輪や腕輪に服や下着まで多種多様にあった。
……いや、うん。便利そうではある。
でも、全体的に少しだけ方向性が強いな。
「怜奈さん」
「どうしたの?」
「このお店、なんか……アレ系が多くないですか?」
「アレ系?」
「いや、その……サキュバスだから似合うのかもしれませんけど、ちょっと攻めすぎな気が」
「——似合うとは思うわ」
「否定してくださいよ……」
怜奈さんは否定しなかった。
むしろ、真剣な顔で棚を見ている。
駄目だ。この人、本気で選ぶ気でいるぞ。
「いらっしゃいませ。お探しですか?」
店員さんが声をかけてきた。頭の上では獣人らしい耳が、ぴこりと動いている。
たぶん、そういうスキル持ちなのだろう。
「あの、角用のアクセサリーを」
「角用ですね。お客様の角でしたら、巻きつけ式か、魔力固定式がおすすめです」
店員さんは私のツノをちらりと見て、慣れた様子で棚からいくつか飾りを取り出した。
銀色のリング。黒いリボン。小さな青い石がついた細いチェーン。淡い魔力を帯びた留め具。
「こちらは人気です。角を傷つけずに固定できますし、魔力を流すと淡く光ります。パートナーさんへの贈り物に最適ですよ〜」
「へぇ……」
普通に可愛い。
さっきまで警戒していたけれど、こうして見るとちゃんとおしゃれだ。
怜奈さんが、その中から小さな銀色のリングを手に取った。
淡い青色の石がついている、控えめな飾りだった。
「これ」
「えっ、即決ですか?」
「似合うわ」
「まだつけてませんけど」
「似合うものを選んでるもの」
「朝も聞きました、それ」
店員さんがにこにことしながら、銀色のリングについた淡い青色の石を指で示した。
「こちら、魔力封入もできますよ」
「魔力封入?」
「はい。石に少量の魔力を蓄えておける加工です。緊急時の補助魔力になりますし、魔力切れを起こしやすい方には人気ですね」
その説明を聞いた瞬間、怜奈さんの目が少しだけ真剣になった。
私の方をチラリと見てから、口を開く。
「私の魔力を入れてちょうだい」
「れ、怜奈さん?」
思わず声が裏返った。
「外で魔力切れになった時のためよ」
「それは、分かりますけど……」
分かる。めちゃくちゃ実用的だ。今の私は、普通に歩いているだけでも魔力が減る。
緊張すれば尻尾が勝手に動くし、油断すれば魔力切れを起こす可能性だってある。
だから、怜奈さんの魔力を少しだけ蓄えておけるなら、たしかに便利だ。便利なのだが。
怜奈さんの魔力が入った石を、私のツノにつける。
そう考えると、実用的という言葉だけでは片づけられない気がしてならない。
店員さんは、にこにこと笑う。
「パートナーさんの魔力を封入される方も多いですよ。魔力を流すと、その方の魔力色に淡く光るので綺麗で素敵ですよ〜」
「パートナー……」
私は思わず怜奈さんを見る。
「否定しないんですか?」
「必要な加工よ」
「否定しないんですね」
「必要な加工よ」
二回言った。
つまり、否定する気はないらしい。
「それと、緊急連絡先の登録もできます」
「緊急連絡先?」
「はい。テイムしたモンスター向けアクセサリーなので、意識を失った時や迷子になった時に、登録された相手へ通知が飛ぶようにできます」
迷子。
その単語に、嫌な予感がした。
「……あの、私、別に迷子になる予定はないんですけど」
「予定して迷子になる人はいないわ」
「正論で殴らないでください」
怜奈さんは淡々と言う。
「登録先は私でお願いするわ」
「即決!?」
「当然でしょう。あなたが倒れたり迷ったりした時、私に通知が来るのが一番早いわ」
「それは、まあ……そうですけど」
理屈は分かる。分かるけど、なんだろう。
怜奈さんの魔力入り。緊急連絡先は怜奈さん。魔力を流すと怜奈さんの色に光る。
だんだん、これは普通のアクセサリーなのか分からなくなってきたぞ。
店員さんが楽しそうに言う。
「いわゆる迷子札みたいなものですね」
「迷子札」
「犬系サキュバスちゃんにぴったりですね」
「その呼び方、店員さん!私の事、知ってるんですか!?」
思わず叫ぶと、尻尾がびくっと跳ねた。
怜奈さんがそれを見て、少し笑っていた。
「ふふ……ぴったりの品だったわね」
「怜奈さんまで乗らないでください!」
怜奈さんはすぐに無表情に戻っていたけれど、耳が少しだけ赤くなっていた。
「嫌なら……やめるけど、どうする?」
怜奈さんが静かに言った。その声は、いつもより少しだけ慎重だった。
強引に決めるわけじゃない。ちゃんと私に選ばせてくれる。
だから、余計に困る。
嫌かどうか。そう聞かれてしまえば——
「……嫌では、ないです」
小さく答えると、尻尾がふわりと揺れた。
「ただ、その……恥ずかしいです、ね」
「そう」
「怜奈さんの魔力が入って、緊急連絡先も怜奈さんで、魔力を流すと怜奈さんの色に光るんですよね?」
「そうね」
「それ、かなり重くないですか?」
「重い?」
「意味がです」
「便利だから良いじゃない」
「この人、便利で押し通す気だ……」
怜奈さんは少しだけ視線を逸らした。
「困った時、すぐに分かる方がいいわ」
「……」
「それに」
そこで怜奈さんは、少しだけ言い淀んだ。
「あなたに、私が選んだものを身につけていてほしいと思っただけよ」
さらっと言われた。私は、一瞬何も言えなくなる。その代わりと言わんばかりに、私の尻尾が怜奈さんの腕や腰にまとわりついて、すりすりと擦り寄っていた。
流石に今はやめてほしい。本当に今はやめてほしいです……。
顔が熱すぎて、まともに怜奈さんを見られないのに、尻尾だけはやたらと正直だった。
「嬉しいのね」
「……否定、できませんね」
店員さんは、私たちを見ながらにこにこと笑い端末を操作し始めていた。
「では、こちらの石に魔力封入。緊急連絡先は氷室怜奈様。魔力を流すと、封入された魔力色に淡く光る加工でよろしいですね」
「ええ」
「……改めて聞くと、かなりすごいですね」
「便利でしょう」
「便利で全部押し通す気ですね……」
私は小さくため息をついた。けれど、不思議と嫌ではなかった。
怜奈さんの魔力が入った石。緊急連絡先は怜奈さん。魔力を流せば、怜奈さんの色に光るツノ飾り。
それは実用品で。迷子札で。少しだけ重くて。でも怜奈さんからの贈り物だ。
加工が終わると、店員さんが小さな箱に入ったツノ飾りを差し出してくる。
「その場でつけていかれますか?」
「えっ」
「つけていくわ」
怜奈さんが即答した。
「怜奈さん!?」
「せっかく買ったのだから」
「いや、それはそうですけど……」
「動かないで」
怜奈さんが一歩近づく。近い。距離が近い。
怜奈さんの指先が私のツノにそっと触れた。
「ひゃっ——」
「痛い?」
「いっ、痛くはないです。ただ、なんか変な感じがして……」
「ごめんなさい。我慢してちょうだい」
「はい……」
黒いツノに、銀色のリングがゆっくりと巻きつけられる。
淡い青色の石が、光を受けて小さく揺れた。
怜奈さんの指は丁寧だった。角を傷つけないように、飾りがずれないように、何度も位置を確かめている。そのたびに、指先からほんの少しだけ魔力が流れてくる。
甘い。
さっきの魔力パンケーキより、ずっと。
「……できたわ」
怜奈さんが少し離れてから、私は店員さんが差し出してくれた鏡を覗き込んだ。
黒いツノに、小さな銀色の飾り。淡い青色の石がついていて、派手すぎないのにちゃんと可愛い。
それに。
怜奈さんが選んでくれた服に、怜奈さんが選んでくれたツノ飾り。
鏡の中の私は、朝より少しだけ知らない女の子に見えた。
でも、それは嫌な知らなさではなかった。
「……どう、ですか?」
「似合っているわ」
「即答ですね」
「悩む必要がないもの」
怜奈さんは、私のツノ飾りを見つめながら言った。
「可愛いわ、彩音」
「……っ」
顔が熱くなる。怜奈さんに巻きついていた尻尾が動揺したように大きく乱れて揺れた。
「気に入っているようで、安心したわ」
「今日はもう、否定しません……」
私は鏡の中の自分を見る。前の私なら、こんな姿で街を歩くなんて想像も出来なかった。
でも今は、少しだけ思う。
こういう私も、悪くないかもしれない。




