可愛い服が足りないそうです
デート当日の朝。
私はいつもの探索者用の服に着替えようとしていた。動きやすくて、汚れても問題ない。何よりも尻尾を出すための穴も開けてもらっている。つまり、今の私にとっては一番安心できるスタイルの服だ。
「彩音」
背後から怜奈さんの声がした。
「今日はそれじゃないわ」
「え?」
振り向くと怜奈さんは紙袋を持っていた。
「これを着て」
「……これ、何ですか?」
「服よ」
「それは、見れば分かりますけど」
受け取った紙袋の中から出てきたのは、白いブラウスと淡い色のスカートだった。
それから、薄手のカーディガン。ツノが目立ちすぎないようにするための帽子。
そして、尻尾を出すために背中側が少し加工された服。
「これ、私のために用意したんですか?」
「ええ」
「いつの間に……」
「デート用の服がなかったでしょう」
怜奈さんはいつも通りの顔で言う。
けれど、服の選び方が妙に細かい。
サイズも合っている。尻尾の位置もちゃんと考えられている。
それに、全体的に可愛い。
「……こういう服、久しぶりです」
思わず呟くと、怜奈さんが少し目を細めた。
「久しぶり?」
「小さい頃は、こういう服も着てたんです。女の子として育てられてた時期があったので」
口にしてから、少しだけ胸の奥が重くなる。
あの頃は何も気にしていなかった。
可愛い服を着せられてもそれが普通だった。
スカートも、リボンも、白いブラウスも。
自分がそれを着ていることに、違和感なんてなかった。
でも、両親の関心が少しずつ私から離れて周りに合わせるようになって。
いつの間にか、そういう服は着なくなった。だから、今こうして目の前にすると、変な感じがする。
懐かしいと思う反面、恥ずかしさもある。
「……今の私は女の子なんだから、恥ずかしがる必要ないはずなんですけどね」
そう言いながら、私は服を胸元に抱えた。
「大丈夫よ。似合うと思うわ」
「ふふ、まだ着てませんけど」
「絶対に似合う。似合う服を選んだもの」
「怜奈さん、ちょっと自信ありすぎません?」
怜奈さんは少しだけ視線を逸らした。
なんか隠している感じがするが、私の為に買ってきてくれた服だし、追求しないでおこう。
「じゃあ、着替えてきますね」
「ええ。待ってるわ」
私はリビングを出て、脱衣所で服を着替えることにした。
脱衣所に入ってから、今着ている服を脱ぎ、買ってもらった服へ着替える。
白いブラウスに淡い色のスカート。薄手のカーディガン。小さい頃に着ていた服とは違う。
けれど、どこか懐かしい感じがする。鏡の中には、銀色の髪に黒いツノ。腰の後ろには尻尾。
普通の女の子とは少し違う私が立っていた。
でも。ちゃんと、女の子に見えた。
「……うわ」
嬉しいのだが、やはり恥ずかしい。
落ち着かない。小さい頃は、こんな服を着ても何とも思わなかった。けれど今は違う。
自分で女の子になりたいと思って。その願いが叶って。その上で、こういう服を着ている。
それが、どうしようもなく恥ずかしい。
だが、その反面、嬉しくも感じていた。
「……怜奈さん」
脱衣所の扉の前で、私は小さく声をかけた。
「着替えました」
「そう。出てきて」
返事はいつも通り落ち着いている。
なのに、なぜか私の方が妙に緊張していた。
別に変な服ではない。露出が多いわけでもない。
白いブラウスに、淡い色のスカート。薄手のカーディガン——普通に可愛い服だ。
私は一度だけ深呼吸して、扉を開けた。
リビングにいた怜奈さんが、こちらを見る。
1秒。5秒。10秒。長い……長すぎない?
「あ、あの……変ですか?」
思わず聞くと、怜奈さんは瞬きをしてから。
「……いいえ」
「じゃあ、何か言ってください」
「似合っているわ」
「本当ですか?」
「ええ」
怜奈さんの声は、いつも通り冷静だった。
視線が泳いでいるように見えるけどね。
「……怜奈さん?」
「何?」
「今、ちょっと間がありましたよね?」
「確認していただけよ」
「何をですか?」
「似合っているかどうか」
「本当にそれだけですか?」
怜奈さんは答えない。
代わりに、私の頭から足元までをもう一度見てから、私の周りをくるくると回り、全体を確認してくる。
「……やっぱり、似合っているわ」
「その見方は恥ずかしいんですけど」
腰の後ろで、尻尾がふわふわと揺れた。
自分では止めようとしているのに止まらない。
怜奈さんがそれを見て、ほんの少しだけ目を細めてからスカートを見る。
「その……インナーパンツも履いたのかしら?」
「あ……はっ、履きましたけど、あれって何ですか? 最近の女性の流行りなんですか?」
私はスカートの裾を軽くつまむ。スカートだけでも落ち着かないのに、その下に履く専用の短いズボンまで用意されていた。いや、必要なのは分かる。尻尾があるし、動くと裾が揺れるし、探索者として考えれば安全対策なのも分かる。
でも。
「なんか、こう……すごく女の子用って感じがして、恥ずかしいんですけど」
「必要よ」
「本当に必要ですか?」
「尻尾が動くでしょう」
「うっ……それはそうですけど」
「それに、風が吹いた時も安心だわ」
「急に実用的な話に戻さないでください」
怜奈さんはいつも通り真顔だった。
けれど、その視線が一瞬だけスカートの裾へ向いた。
「怜奈さん」
「何?」
「今、見ましたよね?」
「状態確認よ」
「便利ですね、その言葉」
「便利ではなく必要な確認よ」
「絶対に違うと思います」
私は顔が熱くなるのを感じながら、スカートの裾を押さえた。別にきわどい服ではない。
むしろ、怜奈さんが用意してくれた服はかなりちゃんとしている。
尻尾の穴もあるし、ツノが目立ちすぎない帽子もあるし、動いても困らないように考えられている。
でも、考えられすぎている。
「……怜奈さん、もしかして結構前から考えてました?」
「何を?」
「私にこういう服を着せることです」
「……必要だと思っただけよ」
「今、間がありました」
「なかったわ」
「ありましたって」
怜奈さんは少しだけ視線を逸らした。
その反応で、なんとなく分かってしまった。
この人、たぶん本当に前から考えていた。
私に似合う服とか、尻尾の位置とか、ツノの見え方とか、そういうものをかなり真剣に考えていた。
……それは嬉しい。
嬉しいけど、少し恥ずかしい。
「でも……ありがとうございます」
「何が?」
「服。ちゃんと私のことを考えて選んでくれたんですよね」
「……ええ」
短い返事だった。
けれど、怜奈さんの耳が少しだけ赤かった。
「耳、赤いですよ」
「照明のせいよ」
「リビングの照明で耳だけ赤くなります?」
「なる……と思うわ」
「いえ、ならないと思います」
腰の後ろで、尻尾がふわふわ揺れる。
文字通り命の恩人である人が、私のために服を用意してくれて、その姿を見て耳まで赤くしている。
そんな怜奈さんを見ていると、私まで顔が緩みそうになる。私は顔を隠すように怜奈さんの手を引き、廊下から玄関へ向かう。
「デートなんでしょ? 時間がもったいないですから、行きましょう」
そう言うと、怜奈さんは目を丸くした。
それから、すぐにいつもの無表情に戻る。
「ええ。行きましょう」
握った手が、少しだけ強く握り返された。
その瞬間、腰の後ろで尻尾がまた揺れた。
……もう今日は、尻尾を止めるのを諦めた方がいいのかもしれない。




