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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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冗談じゃ済まないみたいです

配信を切った後も、しばらく指先の冷たさは戻らなかった。Dクラスダンジョンの通路。

さっきまで尻尾訓練で騒がしかった場所が急に静かに感じる。


コメント欄はもう見えない。配信用ドローンも待機状態になっている。

それなのに、さっき流れてた文字だけが頭の中に残っていた。


『あいつ、昔から女みたいでキモかったんだよな』

『性転換スキル選ぶとか納得』

『半サキュバスでバズってるの笑う』


「……なんで、今さら」


小さく呟く。見覚えのある名前だった。同じ学校の男子。

同じクラスになったこともあるし何度も、私を見て笑っていた人。

直接殴られたわけじゃない。大きな事件になったわけでもない。


ただ、廊下ですれ違うたびに笑われるとか。

体育の着替えで嫌な目を向けられる。

声が高いとか、仕草が女みたいだとか、そういうことを聞こえるように言われる。


それだけ。たぶん、向こうからすればそれだけだったのだと思う。

でも、私にはずっと残っていた。


「人間って、同族同士でも面倒なことをするのね」


サキュバス先生が、私の隣で首を傾げた。


「……まあ、色々あります」

「あなた、あの人間に傷つけられたの?」

「傷つけられた、というほどじゃ……」

「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるの?」


何も返せなかった。自分では平気だと思っていた。

もう女の子になれた。もう別の身体になった。もう昔の自分とは違う。

そう思っていたのに。たった数行の文章で、私は簡単に昔の自分へ引き戻されていた。


ドローンから、怜奈さんの声がした。


「彩音。今すぐ画面を見るのをやめなさい」

「……でも」

「でもじゃない。あなたが見る必要ないわ」


いつもより声が低い。


「姉さんと協会に共有した。投稿も保存済み。学校名も本人名も出ているなら、向こうの問題になる」

「そんな、大ごとにしなくても……」

「もう大ごとになっているわ。貴女自身の知名度を甘く見過ぎ」


怜奈さんは淡々と言った。


「あなたが我慢して終わらせる段階は、もう過ぎている」


その時、サキュバス先生が配信画面のログを覗き込んだ。


「また何か言ってるわよ」

「え?」


見ない方がいい。

そう思ったのに、目が勝手に動いた。新しい投稿が流れていた。


『いや冗談じゃん』

『有名になったからって調子乗んなよ』

『昔のこと言っただけで叩かれるの意味分からん』


一瞬、何も考えられなかった。

冗談。そうだ——昔からそうだった。

言った側はいつも冗談だった。

笑っただけ。からかっただけ。本気じゃない。


でも、言われた側には残る。


「……冗談、か」


自分の声が、思ったより冷たかった。

もう一度だけコメント欄を私は覗き込むとコメントはさらに荒れていた。


『冗談で済むと思ってるの草』

『探索者協会に通報済み』

『学校に連絡した』

『鍵かけたぞ』

『逃げたw』


投稿主の名前の横から表示が消えてアカウントに鍵がかかったらしい。でも、遅かった。スクリーンショットは大量に拡散されているし、探索者界隈だけじゃない。学校関係者らしき人の投稿まで流れ始めている。


たぶん明日には学校から連絡がくるだろう。


胸がすっとしたかと言われれば、違った。

嬉しいわけじゃない。気持ちいいわけでもない。


ただ、不思議だった。


今まで私を笑っていた人が今度は大勢に見られている。

今まで私だけが抱えていた言葉を、知らない人たちが「それはおかしい」と言っている。


「……私、怒ってよかったんですかね」


思わず呟く。

ドローン越しに、怜奈さんが答えた。


「当然よ……迎えに行くから待ってなさい」

「え、でも」

「今日は終わり。訓練どころじゃない」


怜奈さんの声は冷静だった。

でも、その奥にある怒りだけは、画面越しでも分かった。


「彩音」

「……はい」

「あなたは、何も悪くない」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。

「何も悪くない」たぶん、私はその言葉をずっと誰かに言ってほしかったのだと思う。



* * *



怜奈さんが迎えに来るまでの間、私はその場に座り込んでいた。

配信とかサキュバス先生のこととか忘れて、下を向く。


「……変な顔」


その言葉に私が顔を上げるとサキュバス先生が私の前にしゃがみ込み、こちらを見ていた。


「放っておいてください」

「嫌よ。気に入った同族がしょぼくれてるの、見てて楽しくないもの」

「気に入ったって……」


言い返そうとした瞬間、ふわりと身体を抱き寄せられた。


「えっ」


甘い魔力の匂いが近くなる。

サキュバス先生の腕が、私の背中に回る。


「な、何してるんですか」

「ん、慰めてるの」

「これが?」

「そうよ。サキュバス式」


当然みたいに言われた。

サキュバス先生は、私の頭をそっと撫でる。

自分のツノを私のツノにそっと触れさせながら、銀色の髪を指先で梳くようにゆっくり撫でる。


「冗談って、便利な逃げ道なのね」

「……え?」

「傷つけた側は、冗談だったって言えば終わりにできる。でも、言われた方に残った痛みは消えないのでしょう?」


その言葉に喉が詰まった。痛かった。たぶん、ずっと。でも、そんなことを言っても仕方ないと思っていた。傷ついたと言ったところで、何かが変わるわけでもないと思っていた。


「痛かったなら、それは傷よ」

「……でも」

「でも、じゃないわ」


怜奈さんと同じことを言われた。

思わず、少しだけ笑いそうになる。


「あなた、自分の傷を小さく見せるのが上手すぎるわ」

「そんなこと……」

「あるわよ」


サキュバス先生はそう言うと、私の額にそっと唇を触れさせた。


「ひゃっ……」


一瞬だった。額から甘い魔力がじんわりと染み込んでくる。温かい。でも、怜奈さんの魔力とは違う。

もっと甘くて、夜みたいで、胸の奥の冷えた場所をゆっくり包み込むような魔力だった。


「な、なにを……」

「魔力を整えただけよ」

「先に言ってください!」

「言ったら逃げるでしょ」


サキュバス先生は楽しそうに笑った。


「サキュバスにとって、触れるのは言葉みたいなものよ。慰めたい時は触れるし、可愛いと思ったら甘やかす。それだけ」

「それだけって……人間的にはかなり距離が近いんですけど」

「あなたは半分こっち側でしょう?」

「いや、まぁ、そうですけど……」


抗議する声は自分でも分かるくらい弱い。

サキュバス先生は、私の頬に指先を添える。

ピンク色の瞳が、いつもより少しだけ優しく見えた。


「彩音」

「……はい」

「あなたを笑った人間の言葉より、あなたを大事にする人間の言葉を覚えておきなさい」

「……」

「さっきの子も言っていたでしょう。あなたは悪くないって」


怜奈さんの声が頭の中で蘇る。あなたは、何も悪くない。

その言葉を思い出した瞬間、胸の奥が、やっぱり少しだけ熱くなった。


「……はい」

「ふふ、いい子」


今度は髪に軽く口づけるような仕草をした。

一瞬だと思っていたのに何度も私の髪に口づけをするものだから、私の顔が熱くなる。


「ちょ、甘やかし方が過剰です……!」

「そう? まだ控えめよ」

「これで!?」

「ええ。私、本気で甘やかすともっとすごいことするわよ。そっちがお好みかしら?」

「いやいや、いいです。やめてください!」


思わず叫ぶと腰の後ろの尻尾がブンブンと跳ねた。

サキュバス先生がそれを見てくすっと笑う。


「やっぱり、尻尾は正直ねぇ」

「マジで、この尻尾終わってる……」


その後、怜奈さんが迎えに来るまで、サキュバス先生は私の頭を撫で続けた。

ドローン越しの怜奈さんは、ずっと声が低かった。


「彩音。そろそろ離れて」

「え、でも」

「離れなさい」

「はい……」


サキュバス先生は楽しそうに笑う。


「あら、大事にされてるわね」

「違うわ」

「違わないと思うけど」

「違うわ」


二人の間に挟まれながら、私は小さく息を吐いた。

さっきまで胸の奥に残っていた冷たさは、まだ完全には消えていない。


でも、少しだけ息はしやすくなっていた。


そしてその日の夜。

私を笑った元同級生の投稿はSNS上で燃えた。


ただし、それとは別に。『サキュバス先生に甘やかされる半サキュバスちゃんと、低音になる怜奈さん。昼ドラ並みのドロドロ三角関係か?』という切り抜きも、同じくらい伸びていた。


「違います!」


私は叫んだ。

だが、尻尾は元気に左右に揺れていた

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