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ダンジョンに入れば女の子になれる? 勉強してる場合じゃねぇ!! 〜性転換スキルで銀髪半サキュバスになった俺、魔力が足りません〜  作者: pen


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犬系サキュバス、初ソロダンジョン

「尻尾は飾りじゃないって言ったでしょ」


Dクラスダンジョンの通路に、サキュバス先生の声が響いていた。

先生。そう呼ぶのは少し癪だけど、純粋なサキュバスだから、

尻尾の扱いや魔力の感覚に関しては完全に向こうが上だった。


私はサキュバス先生と向かい合いながら、腰の後ろで揺れる黒い尻尾に意識を向ける。


「腕みたいに振ろうとしない。力で動かすんじゃなくて、魔力で通すの」

「魔力で通す……」

「そう。先端まで流して、しならせる」


言われた通りに、尻尾へ魔力を流す。

すると、黒い尻尾がぴんと伸びた。


「おぉっ」


思わず声が出る。今までは勝手に揺れたり、怜奈さんの手首に絡みついたりするだけだった尻尾が、

初めて自分の意思に近い形で動いた。


「そのまま、あの石を叩いて」


サキュバス先生が指さした先には、通路の端に置かれた拳大の石がある。


「いきます」


私は息を吸い、尻尾を振った。

ばしん、と音が鳴る。石は少しだけ跳ねた。

でも、砕けるどころか傷もついていない。


「……弱っ」

「……弱いですね」

「あは、自分で言うと悲しくなるでしょ」


サキュバス先生が楽しそうに笑う。


「攻撃に使うなら先端だけじゃ駄目。根元からしならせて、最後に魔力を乗せるのよ」

「難しいんですけど」

「最初からできるわけないでしょ、うぶな同族さん」

「その呼び方やめてくださいって!」


私が叫ぶと、近くに浮いている配信用ドローンのコメント欄が一気に流れた。


『うぶな同族さん呼び定着してて草』

『サキュバス先生だ』

『銀髪ちゃん、尻尾まだ弱い』

『今日も保護者同伴?』


「コメントも反応しないでください……」


画面の端を見ながら呟く。

今、この訓練は配信されている。


昨日の初配信で性転換スキルの危険性を伝えた結果、なぜか私のチャンネル登録者は爆増した。

元から人気探索者の怜奈さんの配信に入り込んでいた謎のサキュバスとして界隈から噂されていたから「これぐらいは普通だと思うわ」なんて怜奈さんは言っていた。


理屈は分かる。

分かるけど、同接もチャンネル登録者数も異常だった。

登録者は32万人。現在の配信同接は12万人。

金曜日の昼間から、これだけの人数がいるのが不思議でならない……。


チラリとコメント欄を見ると、『ニートやからやで』というコメントが目に入った。


勝手に私の脳内を読むな。

私より化け物みたいだぞ、お前ら。


「はぁ……余計なものを見てるから集中が切れるのよ」


サキュバス先生が呆れたように言った。


「すみません。コメント欄が強すぎて……」

「敵はコメント欄じゃないわ。石よ」

「石も敵じゃないと思いますけど……」


そう言いながら、もう一度尻尾へ魔力を流す。

今度は先端だけではなく、根元から。背中の奥から魔力を通して、しならせるように。

黒い尻尾が、さっきよりも滑らかに動いた。


「そう。そのまま最後に乗せる」

「はい」


息を吐いて、尻尾を振る。

ばしんと、今度は石が大きく跳ねた。

表面に、ほんの少しだけひびが入る。


「……お」

「今の、よかったわ」


サキュバス先生が満足そうに頷いた。


「攻撃としてはまだ弱いけど、魔力の乗せ方は合ってる」

「本当ですか?」

「ええ。少なくとも、さっきのぺちんよりはマシ」

「ぺちんって言わないでください」


コメント欄がまた流れる。


『ぺちん呼び草』

『尻尾ぺちん』

『成長したな』

『石にひび入った?』

『銀髪ちゃん、ちゃんと伸びてる』


ほんの少しだけ嬉しい。いや、コメント欄に褒められて嬉しいわけじゃない。ないけど。

今まで勝手に動いてばかりだった尻尾が少しだけ自分の意思で動かせた。

それが、思ったよりも嬉しかった。


「じゃあ次。叩くんじゃなくて絡める」


サキュバス先生が細い尻尾をするりと動かす。

近くに置かれた訓練用の棒に先端を巻きつけ軽く引いてみせれば、ぱきんと棒が折れる。


「尻尾は腕より自由に動く。相手の足、腕、武器。絡めて崩すのに向いてるわ」

「なるほど……」


私は近くに置かれた別の訓練用の棒を見る。

尻尾を伸ばして、棒へ向かって絡めてみる。

意識せずにやるのと意識してするのでは天と地ほどの差があった。


「難しいですね」

「力加減は試行錯誤してくしかないからね」


『半サキュバスちゃん不器用かわいい』

『魔物の癖にちゃんと先生してんなぁ』

『てか、怜奈さん見てる?』


「見てるわ」


ドローンから、怜奈さんの声がした。

声を聞いた瞬間何故か恥ずかしくなった。

まるで小さい頃に親に失敗したところを見られた気分だ。


今日は怜奈さんが現場にいない。


完全に一人というわけではない。目の前にはサキュバス先生がいるし、配信用ドローン越しに怜奈さんも見ている。鞄の中には、怜奈さんに持たされた魔力ポーションもある。それでも、半サキュバスになってから、怜奈さんと手を繋がずにダンジョンへ入るのは今日が初めてだった。


『今日、怜奈さんいないんやね?』

『初ソロ?』

『大丈夫なんか』

『サキュバス先生いるからセーフ』

『でも魔力切れ怖くね?』


「やめてください。不安になるので」


本当にやめてほしい。私だって怖いのだ。怜奈さんの魔力がすぐ隣にない。

手を伸ばせば繋げる距離にいない。それだけで、胸の奥が少し落ち着かない。


だからこそ、無茶はできない。


「彩音」


ドローン越しに怜奈さんの声がする。


「魔力残量を確認して」

「見てます。まだ大丈夫です」

「違和感があればポーションを飲みなさい」

「分かってます」

「無理はしないこと」

「……はい」


文字ではなく声で聞こえるだけ、落ち着く。

でも、隣にいないという事実は変わらない。

私は軽く息を吐き、もう一度訓練用の棒に尻尾を伸ばした。

力で振ると、叩きつけるだけになる。魔力を流しすぎると、尻尾が勝手に跳ねる。

逆に力を抜きすぎれば、ただふにゃっとしてしまう。


尻尾は腕じゃない。

でも、ただの飾りでもない。

魔力を通して、感覚で動かす器官。


「……あ」


十回目くらいで、ようやく訓練用の棒に尻尾を絡めることができた。

ぎゅっと締める。強すぎないように。でも、離れないように。


「できた……」


思わず呟く。

サキュバス先生が目を細めた。


「いいじゃない」

「本当ですか?」

「ええ。まだ遅いけど、形にはなってる」


その言葉に後ろの尻尾がふわっと揺れた。

カメラ越しの怜奈さんが喋りかける。


「……今、喜んだわね」

「喜んでません」

「尻尾は正直よ」

「だから尻尾を証拠にしないでください!」


コメント欄がまた加速する。


『褒められて尻尾ふわっ』

『今日も正直』

『犬系サキュバス説、濃厚』

『かわいい』

『怜奈さんにも褒めてほしいやつだ』

『ツノじゃなくて、犬耳が見えるぜ』


やめてくれ。そういうことを言われると、余計に尻尾が反応する。

喜びといった感情に反応しすぎだろ、私の尻尾め!


「上出来よ」


ドローン越しに、怜奈さんの声が聞こえた。

その瞬間、私の尻尾がより大きく揺れた。


「…………」

「…………」


サキュバス先生が、にやっと笑う。


「やっぱり正直じゃない」

「今のは、条件反射みたいなもので!」


『条件反射で尻尾ぶんぶん』

『保護者に褒められて嬉しいんやな』

『犬系サキュバス、確定』

『かわいい』


くそ、もう駄目だ。

この尻尾、完全に私の敵だ。



* * *



訓練が終わる頃には足が少しふらつく。

尻尾を動かすだけ。そう思っていたのに、思った以上に魔力を使う。

しかも、今日は訓練代もあった。


「じゃあ、約束通り少し貰うわね」


サキュバス先生が私の手を取る。


「本当に少しだけですよ?」

「分かってるわ。死なない程度」

「言い方!」


細い指が触れる。

次の瞬間、胸の奥からほんの少しだけ魔力が抜けた。ぞくりと、背筋が震える。


「……っ」

「はい、おしまい」


サキュバス先生はすぐに手を離した。本当に少しだけだった。けれど、今の私にはその少しが大きい。

私は足元に置いていた鞄を見る。中には、怜奈さんに持たされた魔力ポーションが三十本入っている。小さな瓶に入った淡い青色の液体。


一本、2万円。

三十本で、60万円。

やばい……数字にすると、胃が痛くなる。


『魔力ポーションきた』

『魔力維持しないとマズイんだっけ?』

『一本2万だっけ? 魔力ポーション』

『高っ』

『半サキュバス維持費エグい』

『スパチャで回収できるやろ』


「いや、簡単に言いますけどね……」


私は一本を手に取る。

瓶越しに淡い光が揺れていた。

怜奈さんには言われた言葉を思い出す。


「必要経費よ。スパチャが解禁されたら、すぐ回収できるから気にしなくていいわ」


と言われたが……本当に回収できるのか?

まだ収益化の申請も通っていないのに?

いや、登録者は増えた。視聴者も多い。でも、それと実際にお金が入ってくるかは別問題。


「これ一本で2万円……」


手が震える。


「飲まないと魔力切れになるわよ」

「分かってます。分かってるんですけど……」


2万円。一口、2万円なのだ。

そう考えると、急に瓶の蓋が重く感じる。


『飲まない方が危ない』

『命には代えられん』

『怜奈さんに怒られるぞ』

『飲め』

『飲め』

『飲め』

『コール始まって草』


私は覚悟を決めて、瓶の蓋を開けた。

甘い匂いがふわっと広がる。薬品っぽいと思っていたのに、意外と爽やかな香りだった。


「くうぅ……!」


変な声を漏らしながら、私は魔力ポーションを一気に飲んだ。

喉を通った瞬間、胸の奥に温かいものが広がる。

空っぽになりかけていた場所に、じわじわと魔力が満ちていく。


味は——。


「……うめぇなぁ」


思わず本音が漏れた。

一瞬、周囲が静かになった。


それから、コメント欄が加速した。


『うめぇなぁwww』

『おっさん出た』

『一週間前まで男だった名残』

『飲みっぷり良すぎ』

『2万円の味』

『高級ドリンクレビュー助かる』

『魔力ポーション案件待ってます』


「違います! 今のは、その……!」


慌てて口元を押さえる。でも、もう遅い。

画面の中の私は、完全に2万円のポーションを飲んで満足そうな顔をしていた。


サキュバス先生がくすくす笑う。


「気に入ったならよかったじゃない」

「まぁ……美味しいですけど」


悔しい。普通に美味しいのが悔しい。

魔力も戻るし、味も良い。ただし高い。

半サキュバスの身体、燃費が悪すぎる。


それでも、魔力は戻った。

尻尾も少しは動かせるようになった。

今日はこれで十分だと思う。


そう思いながら、空になった瓶を鞄に戻していると、コメント欄の流れが少し変わった。


『これ、黒井じゃね?』

『え、知り合い?』

『学校同じだった奴がなんか投稿してる』

『元男なのバラしてるやついるぞ』

『こいつ昔からキモかったとか書いてる』


「……え?」


思わず画面を見る。そこには、誰かが貼った外部投稿の一部が流れていた。


『あいつ、昔から女みたいでキモかったんだよな』

『性転換スキル選ぶとか納得』

『半サキュバスでバズってるの笑う』


指先が冷たくなる。見覚えのある名前だ。

学校で、何度も私を笑っていた男子。

なぜ、今さら、こんなところで。


「彩音」


ドローン越しの怜奈さんの声が低くなる。

コメント欄の空気が、さっきまでとは変わっていた。


『は?』

『最低じゃん』

『本人見てる前でそれ言う?』

『通報した』

『学校名出てるぞ』

『こいつ終わったな』


私は何も言えなかった。

ただ、画面の中で流れていくコメントだけが、異様な速さで増えていく。


そしてその日。

私の尻尾訓練の切り抜きよりも先に。

私を笑った元同級生の投稿が、探索者界隈で燃え始めた。

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