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高校に入るころには、久遠ハルはもう諦めていた。
友達を作ること。
人気者になること。
誰かに理解されること。
そういうものは、自分には向いていない。
入学式の日、教室のざわめきを見ながらハルは静かに思った。
ここでもまた、同じことが始まるのだろうと。
明るいやつが中心になり、
空気の読めるやつが愛され、
夢を語るやつは笑われる。
だったら最初から、そこに期待しなければいい。
「久遠くん、部活どうするの?」
隣の席の女子が話しかけてきた。
名前もまだ覚えていない。
けれど愛想よく笑えるタイプの人間だとわかる。
「入らない」
「え、もったいなくない? 高校って部活とか青春じゃん」
青春。
その言葉に、ハルは少しだけ笑いそうになった。
「僕には別にいいかな」
「変わってるね」
悪意なく言われたその一言が、少し痛かった。
放課後。
クラスメイトたちは部活見学へ向かい、教室はあっという間に空になる。
ハルは一人、鞄からノートパソコンを取り出した。
中古で買った古い機種。
起動音がうるさい。
だがこれが、自分の生きがいだった。
カタカタとキーを打つ。
剣と魔法の世界の話を描いた。
神の声に導かれ、物語を武器に戦う。
自分でも笑ってしまうほど、そのままだった。
『進みはどうだい。』
天井から声がした。
「……うるさい」
高校生になっても、神様の声は消えなかった。
誰にも聞こえず、誰にも見えず、
時に励まし、時に嘲り、時に残酷なほど正しいことを言う。
『青春を捨てて、また書くのかい?』
「捨てたんじゃない。最初からなかっただけだ」
『言い訳が上手くなった』
ハルは無視してキーを叩き続けた。
数か月後。
ハルは初めて新人賞へ応募した。
タイトルは『偽物の世界』。
締切日に郵便局へ持ち込んだ原稿の重さを、今でも覚えている。
人生を入れた気がした。
これで何かが変わる。
そう信じたかった。
結果発表。
一次選考、落選。
番号一覧の中に、自分の名前はなかった。
紙一枚。
それだけで、数か月の努力が消えた。
「……はは」
笑ってしまった。
帰り道、駅前では同級生たちが制服姿で楽しそうに話していた。
カラオケ。
文化祭の打ち上げ。
誰が誰を好きか。
青春のど真ん中。
その横を、落選通知を鞄に入れたハルが通り過ぎる。
『戻りたいかい?』
声が聞こえた。
「……何に」
『そっち側へ』
ハルは立ち止まらなかった。
「別に」
嘘だった。
少しだけ羨ましかった。
冬。
二作目を書いた。
春。
三作目を書いた。
夏。
四作目を書いた。
結果は全部、落選だった。
一次落ち。
二次落ち。
名前なし。
そのたびに、自分の何かが少しずつ削れていく。
教室では、進路希望調査が配られた。
大学。専門。就職。
みんな未来の話をしている。
ハルだけが、未来を一枚の原稿用紙に賭けていた。
「久遠ってさ、将来なにしたいの?」
クラスメイトに聞かれた。
少し考えてから答える。
「作家」
一瞬の沈黙。
それから、気まずそうな笑顔。
「あー……夢あるね」
夢あるね。
その言葉の意味を、ハルは知っていた。
無理だね。
現実見なよ。
そういうことだ。
その夜、机の前でハルは原稿を閉じた。
「……向いてないのかな」
初めて口にした弱音だった。
『当然だ』
神の声が即答した。
「は?」
『向いている者など、最初から一握りだ』
「じゃあなんで僕に書けって言った」
『君が書きたいからだろう』
ハルは言葉を失った。
『向いているかではない』
『報われるかでもない』
『それでもやるかどうかだ』
部屋の沈黙が重い。
机の上には落選通知。
スマホには連絡ゼロ。
窓の外では誰かの笑い声が聞こえる。
世界は、自分抜きで進んでいく。
「……もし、ずっとダメだったら」
震える声で聞いた。
『その時は』
声は少し笑って言った。
『立派な敗者になれる』
「最悪だな」
『だが本物だ』
ハルはしばらく黙っていた。
それから、原稿ファイルを開く。
新規作成。
白い画面が現れる。
青春はなかった。
才能もないかもしれない。
未来も見えない。
それでも、まだ終われなかった。
タイトル欄に打ち込む。
神様の声
『ほう』
「今度こそ、面白いのを書く」
指がキーボードに置かれる。
この作品が将来
自分を殺し
そして別の世界へ連れていくことを。




