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中学生になるも、久遠ハルは“変わったやつ”として扱われていた。
背は少し伸びた。
声も低くなった。
制服も着るようになった。
けれど中身は、何ひとつ変わらなかった。
放課後に寄り道をして遊ぶより、家に帰って物語を書くほうが楽しかった。
流行りの歌や芸能人の話より、神話や怪物の設定を考えるほうが面白かった。
誰かに好かれる方法より、誰かの心を揺らす文章のほうが知りたかった。
周りはどんどん“大人”になっていく。
クラスメイトたちは、髪型を気にし始めた。
異性の目を気にし始めた。
将来の進路や、偏差値や、損しない生き方を口にし始めた。
その輪の外側に、いつもハルはいた。
「久遠って、まだ小学生みたいだよな」
誰かが笑う。
「ノートに小説書いてるらしいぜ」
「うわ、きっつ」
笑い声。
昔ほど傷つきはしなかった。
慣れただけかもしれない。
けれど、心のどこかではわかっていた。
自分は置いていかれている。
その夜も、ハルは机に向かっていた。
ノートではもう足りず、中古で買ってもらった古いノートパソコンに文字を打ち込む。
カタカタカタ、と安いキーの音が部屋に響く。
主人公は世界を憎む少年。
神の声に導かれ、偽物の現実を書き換える物語。
どこかで聞いたような話だった。
いや、どこかではない。
自分自身の話だ。
『ずいぶん露骨だね』
天井から声がした。
「うるさい」
『自伝を書くには若すぎる』
「これは創作だ」
『君は現実からしか書けない』
ハルは舌打ちした。
この声は、時々こうして人を苛立たせる。
「だったら何書けばいいんだよ」
『何を書いてもいい』
『だが、面白くなければ意味がない』
その一言が、胸に刺さった。
面白い。
それはハルにとって、何より重い言葉だった。
翌月。
学校の文化祭で文芸作品の募集があった。
詩でも短編でも自由。
入賞作は冊子になり、全校に配られる。
ハルは1ヶ月、入念に準備をかけて短編を書いた。
タイトルは『鳥籠の王』。
空を飛べる少年が、みんなに羽を切られ、それでも飛ぶ話だった。
提出するとき、手が震えた。
これで何かが変わるかもしれない。
自分の世界が、誰かに届くかもしれない。
そんな期待があった。
結果発表の日。
最優秀賞、優秀賞、佳作。
名前は呼ばれなかった。
代わりに選ばれたのは、恋愛詩や家族への感謝文や、先生が褒めそうな優等生の文章ばかりだった。
教室の後ろに貼り出された作品を読んで、ハルは呆然とした。
これが、評価されるものなのか。
『当然だ』
声がした。
「……何が当然なんだよ」
『君の作品は下手だ』
心臓が止まりそうになった。
「は?」
『独りよがりで、説明過多で、感情に酔っている』
『読み手が置き去りだ』
ハルは立ち尽くした。
怒りより先に、顔が熱くなる。
「でも……でも、あいつらのよりは……」
『その考え方が三流だ』
容赦がなかった。
『比べる相手を下に置いた瞬間、成長は止まる』
『君は評価されなかった。理由は単純だ』
『つまらなかったからだ』
ハルは貼り紙を睨んだ。
目の奥が熱い。
泣きそうだった。
悔しかった。
恥ずかしかった。
全部投げ出したかった。
「……じゃあ、才能ないってことかよ」
しばらく沈黙があった。
そして声は、珍しく静かに答えた。
『才能とは、便利な呪いだ』
「呪い?」
『ある者は、それがあるから努力しない』
『ある者は、それがないと思い込んで諦める』
『どちらも同じだ』
ハルは唇を噛んだ。
『才能があるかなど些細なことだ。』
『君が今考えるべきは一つだけだ』
「……何」
『明日も書くかどうかだ』
その夜、ハルは机の前に座れなかった。
画面を開いても、昨日まで面白いと思っていた文章が急に安っぽく見える。
陳腐。
青臭い。
恥ずかしい。
全部消したくなった。
『それで終わるかい』
声がした。
「……うるさい」
『たった一度負けただけだ』
「負けてない」
『なら、なぜ書かない』
返す言葉がなかった。
ハルは拳を握りしめる。
悔しさだけが、胸の中で煮えていた。
「……書けばいいんだろ」
パソコンを開く。
新規ファイルを作る。
白い画面が現れる。
何もない。
何もないからこそ、何でもできる。
ハルは深く息を吸い、キーボードに指を置いた。
そして、一行目を打ち込む。
才能がない少年は、神になることを決めた。
その瞬間、胸の奥で何かが燃えた。
小さく、弱く、けれど確かな火だった。
『いいね』
声が笑った気がした




