第7話:恥と決意
「現在、ムスフィシパ王国で異邦人に対する保護体制や魂鑑定の手順が確立されているのも、このお2方が遺した研究結果が礎になっているからです」
リアムの話を聞いているうちに、親はいつの間にか涙を流していた。悲しいわけではい。胸の奥が熱くなり、気づけば頬を伝っていたのだ。
――どうしてこの人たちはそこまでできたのだろう
異世界へ突然勝手に召喚されて、家族とも引き離されたはずなのに。元の世界にも戻れないのに。
それでも世界を恨むことなく、召喚を行った王国の人たちを恨むこともなく、自分たちの知識を活かして困っている人を助け、未来の異邦人たちへ知識を遺した。
そして今まさに、自分もその知識に救われている1人だ。その事実に、胸が締め付けれれるように痛い。
親は目元を拭う。
それと同時にもう1つの事実が胸を刺す。
――そんな2人に比べて、私は……
ほとんど子どものことで頭がいっぱいだった。ほかの事なんて気にしていられる余裕なんてなかった。
親としては当然のことかもしれない。
間違っていない。
では、あの時あの瞬間、自分が手を掴んだあの女性はどうなったのか。1度でも安否を気にしたことがあっただろうか。
答えは、否。
なんせこの偉大な方たちの話を聞いて、思い出したぐらいだ。
――人間としてなんて恥ずかしいんだろう
親は顔を手で覆った。その手の中で自分を責めるように唇を噛んだ。
人間としての器の差を実感させられた、そんな気分だった。
一方他の4人はというと、話の終盤で涙を流し始めた親に、皆が驚き、多少動揺を見せた。
それでもリアムは動揺を隠し話を続けた。
オリビアとアルベルトは、あえて声はかけず親を想って見て見ぬふりをする。
ルイにいたっては、寄り添うようにそっと肩に手を置いた。
やがて落ち着いた親は、顔から手を外し、1度息を吐く。
「陛下、教えていただきありがとうございました」
姿勢を正し、リアムをしっかりと目で捉えたまま、感謝を伝える。その際に、ルイの手は元の位置に戻っていた。
「こんな素晴らしい方々の話を聞けたことが、嬉しいです。今しがた、自分の不甲斐なさに打ちのめされましたが、いつか私もこんな偉大な方々のように、誰かを救える人間になりたいです」
200年前の偉大なる異邦人たちへの尊敬と感謝。そして夢のような願い。
「そのためにはまず、自分の子どもを見つけだして、この手で抱きしめます!」
親は拳を握った片手を高らかに上げ、目元が赤い顔で今できる命いっぱいの笑顔で宣言した。
先程、決意表明を聞いたばかりではあるが、今この場にそんな野暮なことを言う人間はいない。
リアムは穏やかな表情で、伝える。
「一緒に頑張りましょう」
それに対して、オリビアも優しい表情で同調する。
「私も微力ながら、同じ子を持つ親として協力させてくださいな」
アルベルトも真剣な表情で同意を示すために頷く。
隣のルイは、親へ顔を向けて少し笑っているように見える表情で言う。
「私もそなたとの約束があるからな。なんでも頼ってくれ」
エドマンドは、陛下の後方で微笑まし気に親を見ていた。
◇ ◇ ◇
それから一同が再び、エドマンドが入れてくれたおいしい紅茶を飲み、一息ついた頃。
リアムは親に、質問や疑問に思ったことはないかと尋ねた。
親はすぐさまいくつかある、と応えてから、その中でも真っ先に確認したいことを伝える。
「先ほどの話のお2方のお墓はありますか?」
親の口から出た質問は、誰もが予想していなかったものだった。一瞬だけ執務室が静まり返る。
親は慌てて言葉を続ける。
「もし、あるのなら1度、お墓参りに行かせていただきたいと思ったんです。自分がこうして無事に居られるのは、全部あのお2方の研究のおかげだと知ることができたんです」
親は小さく微笑んだ。
「なのでお礼を、伝えたいんです。自己満足で申し訳ないのですが」
そう言って照れくさそうに視線を落とした。
親の言葉を聞いたリアムは、ふっと表情を綻ばせる。その眼差しはまるで、親が子を見るときのような温かさだった。そんな表情を親に向けてから、一度目を伏せた。
偉大な2人の成果が、こうして巡っていくのかと改めて実感していた。
そして再び顔を上げて親に顔を向ける。
「この城から右手側にある小高い丘の上に、お2方の墓所があります。」
「丘……ですか……」
思わず呟く。
親にとってリアムの言う丘というのが、ここからどれほどの距離にあるのか想像できなかったのである。
親の戸惑う様子を尻目に、リアムは少し思案するように顎に手を添え考え込む。やがて再度口を開く。
「行くことは可能なのですが、少し距離がありますので、明日にしましょう」
その返答を聞いて、親は安堵した。明日になってしまったが、少なくとも許可は下りた。今はそれだけで十分だった。
それからは質疑応答の時間が始まった。親の疑問に、アルベルトとエドマンドを除く3人が内容に応じて交代で答えていく。
笑い声こと大きくないものの、張り詰めた空気はどこにもない。
もちろん、途中で食事の時間もあった。マナー等は、他の人の見よう見まねで何とか乗り切る。気にしなくていいと気を遣ってもらっていたが、大人としてのプライドが少しだけ邪魔をしたのだ。
美味しくいただいた後は、リアムが公務・アルベルトが稽古のため、親は自由時間をもらった。
外に出るのは翌日までのお預けとなったので、ミラとガクに王宮内の案内をお願いした。案内をしてもらっている身でありながら、広すぎる間取りにすぐに覚えるのは難しそうだとこっそりため息をつく。
そうして、各々が用事を済ませ再び執務室にて合流したのだった。
質疑応答の再開である。
オルガルドは皇子としての政務があり、不在だ。
こうして終始、穏やかな雰囲気で行われていった。
◇ ◇ ◇
夕食も終わり、夜も更けてきた頃、ようやく質疑応答が終了した。各々が自室へと帰っていく中、ルイだけ親を送るため並んで歩いていた。
ミラとガクは、先に下がってもらった。ルイも戻っていいと言ったが、頑なに送ると言ったため、お言葉に甘えている状態の親であった。
隣を歩くルイをちらっと盗み見した親は、前に向き直し気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、ルイさんって私に敬語じゃないですよね」
何気なく聞かれた質問に、ルイは一瞬返答が遅れた。
「……だめだったか?」
それに対して、親はすぐに否定した。
「違います! 逆に敬語じゃないのが嬉しいと思っていてたので……」
一拍置いてから感謝を告げた。
「ありがとうございます」
にこっと笑顔の親を見て、ルイもつられて笑みを浮かべる。
「礼を言われることではないんだがな」
ぽつりぽつりと会話をしながら歩く。そうこうしているうちに、あっという間に親の部屋に着いた。
「送ってくださり、ありがとうございました」
「ああ」
「それでは、また明日。おやすみなさい」
「おやすみ」
そんな会話をして部屋前で別れる。
ちなみに親が部屋に入らないと、ルイがいつまでも待っていそうな雰囲気だったため、ささっと部屋に入った。
閉めた扉に背を預け、ほっと息を吐く。
少しして、親はぱっと動き出した。教えてもらったつけ方で、部屋の灯りをつける。
湯あみをするために、お風呂の準備を自ら行う。
風呂も今朝教えてもらったことではあるが、案外難しくなかったため、自分でもできると判断したのだった。もちろん予め、湯あみの許可はもらっている。
数分後、さっぱりした表情で出てきた親は、灯りを消してそのままベッドへ大の字にダイブした。
枕に顔を埋めたまま、今日1日を振り返る。
質疑応答の時間で、新たに知った多くの情報を、頭の中で整理していく。
◇ ◇ ◇
異世界召喚の儀式で、誰かが1人だけ弾かれて別の場所に飛ばされる、なんてことは過去に前例がないとのことだった。
この件については、また調査が必要であり、分かり次第報告してくれることになった。
「色々と落ち着いたら、自分でも調べてみよう……」
次に自分が召喚された際にいたあの草原は、〈妖精の森〉という場所で、妖精が守る神聖な場所だという。
〈妖精の森〉とは、その名の通り妖精たちが住む森で、魔物も近づけない神聖な森とされている。
人間に関しては、特定の人間(妖精に許可をもらえた人間)のみ入ることが許される。基本的には、王族や王国を守る騎士団の者が許可を与えてもらえる。まれに妖精から気に入られた貴族や平民へ与えることもある。
森には特殊な妖精の結果が張られており、特定の人間にだけ森の場所が分かるようになっている。
悪さをすればそれなりに天罰がくだるため、森が脅かされたことはほぼない。
今回その森に召喚者が現れること自体初めてのことだったそうだ。予想外の出来事に焦った妖精が、陛下の元へ知らせに行ってくれたお陰で、状況を把握することができた。
妖精とのコミュニケーションの方法も少し特殊だった。
妖精の言葉は人間に理解できない言語のため、妖精が空中に文字を描いて意思疎通をとる。人間の言葉は、妖精に伝わるので問題なし。
妖精の姿は、基本視認できないが、特定の人間には姿を見せることがある。
「私があの森にいた時も周りにいたんだろうか……」
カーテンは開けたままの、月光で照らされた薄暗い部屋に、独り言が消えていく。
ちなみに、妖精が許可を与える際もちゃんとした手順があるとも言っていた。
さらに1番衝撃だった情報がある。
この世界の平均寿命と、自分の世界の平均寿命とでだいぶ差があることだ。
自分の世界ではだいたい平均85歳に対して、この世界は平均185歳だいうのだ。過去最高で200歳まで生きた方もいるという。現国王リアムの年齢も、現在65歳だと教えてくれた。
全くそんな歳に見えないと思っていると、なんと50歳の年に肉体成長が止まるというではないか。
教えてもらった際に、驚きの声が出てしまったのは仕方ないことだと思う。
先々代の時代が200年前であることを踏まえると、妥当な年齢なのかもしれないが……
肉体の成長が止まってしまうというのは、どんな感覚なのか、自分には想像もできなかった。
「少なくとも、この世界の人達に何があっても年齢を聞くのはやめよう」
治世はだいたい、100年ほどで代わるらしい。先々代も、先代もきっかり100年で王位を譲った。
リアムにいたっては、アルベルトが王位を継承するに値するまでは、できうる限り王を続けると宣言していた。
亡くなる時は分かりやすい。胸の辺りに花が咲き、その1ヵ月後に静かに息を引き取るのである。
余命みたいなものなのだろう。
知れば知るほど、自分が呼んでいた小説にはない情報ばかりで、キャパオーバー寸前だった。
「分かんなくなってしまった時は、素直に誰かに聞くようにしよう」
プライドよりも、誰かを傷つけたり、失礼なことをしてしまうほうが怖かった。
◇ ◇ ◇
他にも、色々と新たな情報を得たが、ここでは割愛させてもらう。
親は、考えを整理していたが、考えることが多すぎて、瞼が重くなってきていた。
――あの子を、探す手段について、そうだん……しないと……
そこで親の意識は途切れた。




