第6話:過去の異邦人
親の決意表明のあと、しばらく誰も口を開かなかった。
重苦しい空気を和らげるように、エドマンドが絶妙な頃合いで紅茶を入れ直す。湯気とともに豊かな香りが部屋いっぱいに広がり、それぞれがカップへ手を伸ばす。
一同がふぅと、人心地がついた頃、親が遠慮がちに質問をする。
「……1つ、お聞きしたいのですが、なんでここまで異邦人に対して、みなさん寛容なんでしょうか」
異邦人への対応の仕方に対しての驚きと、純粋な疑問。
その問いに、リアムは静かにカップを置く。そしてゆっくりと語り始めた。
「この世界には、過去に行われた召喚について記された数多くの文献が存在します。それらは数百年、あるいはそれ以上の年月をかけて各王国へ受け継がれ、今日まで大切に保管されてきました。
その文献のお陰で、我々は異邦人の方へに起こる現象や、必要となる手続きなど、ある程度の対応ができるようになっています」
リアムはどこか懐かしむように少しだけ目を細めた。
「そうですね。では、過去直近で、この王国に召喚された方々についてお話いたしましょう。その方々は、我々にとって単なる異邦人様ではありません。
ムスフィシパ王国の救済者であり、自らの知識や経験を惜しみなくこの世界に授けてくださった偉大な方々なのです。
研究を重ね、召喚や異邦人に関する多くの未知を解明し、後世へと残してくださいました」
オリビアやアルベルトもリアムの話に相槌を打つように、時より頷きながら耳を傾けていた。
ルイの表情からしても、敬意が宿っているように見えた。
――みんな知っているということは、本当に偉大な方々だったんだな
親もリアムの声にだけ集中する。
◇ ◇ ◇
ムスフィシパ王国は、いまからおおよそ200年ほど前、かつてないほどの凶作と不況に見舞われていた。
魔物の影響で畑は実りを失い、町からは活気が消えた。未知の疫病も広まり始めており、多くの民が翌日まで生きれるかどうかも分からない日々を送っていた。
王国全体がゆっくりと衰退への道を歩み始めていたのである。
この危機をいかにして乗り越えるべきか。連日開かれる会議で、当時の宰相をはじめとする重臣たちは議論を重ねた。
そうして最終的に、当時すでに過去幾度も成功例が記録されていて、かつ、召喚された人間によって王国が発展を遂げたという事例もあった〈異世界召喚〉を打開策として挙げたのだ。
当時の国王、リアムの祖父にあたる先々代へ異世界召喚の儀を執り行うことを正式に進言した。
また、異邦人が現れると、王国に祝福が訪れるという言い伝えもあった。
それは単なる神話や伝説ではなく。
過去の記録から、異邦人の来訪を機に飢饉を乗り越えた王国、戦乱を終結へ導くことができた王国など、数々の文献が残されていた。
先々代の王も、このままでは王国が滅びるだけだと分かっていた。
ならばと、歴史が示した可能性に賭けるしかないと決意した先々代は、儀式を行うと決断した。
召喚された者は、基本的に儀式を執り行った王国の〈召喚の間〉に現れるとされている。当時も、王宮にある召喚の間にて儀式を行った。
結果、光の道は2本、出現した。召喚された人数と同じ数だけ現れるのが光の道である。つまりその時召喚された異邦人は2人。召喚の間には2人の若い男性が立っていた。
もちろんこの2人も、突然見知らぬ世界に呼ばれ、大きく戸惑ってはいたという。だが、すぐに王や神官たちの話に耳を傾け、冷静に状況を受け止めていたとも記録されている。
そして何より、2人とも非常に聡明で、素晴らしい人格者だった。
さらにそれぞれ異なる分野において、卓越した知識を有していたのである。1人は薬学に、もう1人は医術に深い見識を持っていた。
当時、ムスフィシパ王国では原因が分からず、従来の治療法でも歯が立たない病が、各地で広がり始めていた。
病に倒れる者は日に日に増え、多くの命が失われつつあったのだ。
しかし2人は、自分たちの知識を惜しみなく王国へ提供した。
召喚されたばかりだというのに、迅速に原因の究明をし、有効な対処方法を広めていったのだ。最初こそ戸惑いの声もあったとされているが、自らも治療に参加し、多くの民を助けるという実績を積み重ねていくうちに、そんな声も消えていった。
やがてその方法により、疫病の勢いは収束に向かう。
この1件で、2人に命を救われた民は数えきれないとされている。
そしてこの2人には、もう1つ広く知られていることがある。
2人は互いに愛を誓い合った、生涯の伴侶だったのである。
ともに男性ではあったが、ムスフィシパ王国では当時より同性同士の婚姻も受け入れられている時代だった。
これに加え、幾度となく困難を救ってくれた2人は、王国中から祝福されていた。
そんな2人のとても仲睦まじい様子は、王宮内外でたびたび目撃されたそうだ。
けれど、2人がこの王国に遺した功績は、疫病の克服だけに留まらない。
2人は、自らも異世界召喚という儀式でこの世界に連れてこられた当事者であることを踏まえて、この儀式そのものについても研究を始めたのである。
当時の召喚に関する知識は、過去の文献からが主な情報源だった。だが、多くは経験則や言い伝え(伝承)に基づくものであり、特に整理などはされていなかった。
そこで、自らの身に起きた現象をひとつずつ記録することから始めていった。過去の文献と照らし合わせながら、研究と記録を繰り返す。
なぜ複数人が同時に召喚されることがあるのか
それには何か条件があるのか
召喚直後から自分の氏名等の情報が認識されないのはなぜなのか
魂鑑定というものはなぜできたのか
数多くの疑問に対して、仮説を立て考察を重ねながら研究を続けていった。
その成果は膨大な記録としてまとめられた。
ではなぜこの2人がここまでこの研究に、心血を注いだのか。
それはただ1つ。
「自分たちのように、今後また誰かが召喚されてしまった時に、絶望を味わってほしくない」
それが全てだった。
2人にとっての絶望とは、元の世界に戻れない、家族に会えない、どうやって生きていけばいいのか分からない……
先の見えない不安ばかり。
唯一の救いは、何よりも大切で愛している人が一緒にいたことだと、のちに2人はそう語ったそうだ。
2人が研究を始めるまで、召喚についても異邦人についても、曖昧な文献ばかりで、2人の不安を助長させる要因の一つだった。
召喚されてしばらくは、昼間は気丈に振舞っていても、夜は部屋で2人手を繋いで泣いていたという日記も見つかっている。
これではだめだと悟った2人によって、その命が燃え尽きるまで研究をし続けた成果が、今日まで受け継がれてきた文献である。
後世へ遺した努力の結晶だ。




