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第4話:決意

ルイたち騎士団一行は、王宮を目指して駆け続けた。道中では必要最低限の休憩を挟みながら、安全を最優先に進んでいく。夕暮れはやがて群青へと移り変わり、空には1つまた1つと星が瞬き始める。


そして夜の帳がすっかり大地を包み込んだ頃、一行はようやく〈ムスフィシパ王国〉王宮へと到着した。門を守る衛兵たちは、帰還した騎士団の姿を認めると直ちに門を開き、一行を迎え入れた。


親はその間もルイの腕の中で静かに寝入っており、目を覚ますこともなかった。それを見てルイも無理に起こすことはしなかった。


王宮の中庭まで進むと、レグシオンはゆっくりと歩みを止めた。ルイも緊張の糸が緩んだのか、短く息を吐く。と同時に、親を無事に王宮まで送り届けられたことにほっと胸を撫でおろす。そこに、聞き慣れた声がルイを呼んだ。


「ルイ副団長、お疲れさまでした」


落ち着いた、よく通る声が夜の静寂に響く。声の主は、長年王宮に仕える執事長の〈エドマンド・ガルディアン〉である。落ち着きと品格をまとい、年齢を感じさせない姿勢は寸分の乱れもない。エドマンドの後方には、王宮の玄関前へ整然と執事と侍女たちが並んでいる。無事の帰還と客人を迎え入れるためだ。ルイの姿を認めると、エドマンドは静かに1歩前へ出る。そして背筋を伸ばしたまま一歩引き、右手を胸元へ添えて優雅にそして綺麗な最敬礼を捧げた。その一連の動作は一切無駄がなく美しいものだった。


ルイは小さく頷き、その礼を受ける。続いてレグシオンの首筋を軽く撫でると、腕の中で眠る親を起こさぬように注意を払いながら、静かに地面へ降り立った。ルイに倣うように、騎士たちも次々とアストレアスから降りる。


「そのお方が、異邦人さまですね」


エドマンドはルイの腕の中で静かに眠る親へ穏やかな視線を向ける。


「無事なようで安心いたしました。先に知らせを送ってくださったおかげで、お部屋をはじめ、必要な準備はすべて整っております。また陛下より伝言を預かっております。異邦人様には何より、休息を優先していただくように、と」


「わかった。感謝する」


頷きながら感謝を伝えると、後ろを振り返る。疲労の色は見える者の、姿勢を崩していない部下たちを見渡し、副団長として本日最後の指示を出す。


「お前たちもご苦労だった。本日の任務はこれにて終了とする。各自、十分に休むように。何か報告や気づいたこと等がある場合は、すまないが明日にしてくれ。緊急を要する案件のみ、陛下の執務室へ直接来るように。以上」


ルイの命令に、「はっ!」と一斉に敬礼で応える部下たち。


ルイはその姿を見届けると、小さく頷く。そしてエドマンドのほうへ向き直り、親を抱えたままゆっくりと歩き出す。エドマンドの横を通り過ぎると、1人の侍女が一歩前へ出る。


「異邦人様のお部屋へご案内いたします」


丁寧に一礼すると、ルイを誘導するため歩き始めた。ルイもその後に続こうとしたときだった。


「ルイ様」


背後からエドマンドの落ち着いた声が掛かる。ルイは足を止め、振り返る。エドマンドは一礼し、王から預かったもう1つの伝言を口にした。


「陛下が後ほど、今回の件について直接報告を聞きたいとのことでございます。お時間のある際に執務室に来るように、と仰せつかっております」


「わかった。この方を送り届けた後に向かう」


その返答にエドマンドは再び一礼し、それ以上言葉を続けることはなかった。


ルイは案内役の侍女とともに再び歩き出す。王宮の廊下は夜でも明るく、壁に灯された魔道灯が柔らかな光を落としていた。磨き上げられた床へ、足音だけが響く。先導する侍女は必要以上に口を開くことはない。王宮に仕える侍女として、主から問われない限り私語を慎むよう教育されているからだ。一方のルイも特に話す必要を感じなかったこともあり、自ら口を開くことはなった。


「こちらが、異邦人様にお使いいただくお部屋でございます」


侍女は扉の前で足を止めると、静かに扉を開いた。


「ああ、ありがとう」


ルイは短く礼を述べると、親を抱えたまま部屋へ足を踏み入れる。室内を見渡すと、落ち着いた空間が広がっていた。煌びやかではあるものの、かといって過度な華美さはない。客人をもてなすために整えられた、気品を兼ね備えた部屋になっている。やがてルイの視線は、ベッドへ向けられる。清潔な寝具が丁寧に整えられている、上質な天蓋付きのベッドだ。ルイはゆっくりと歩み寄ると、親を起こさぬように支えながら、そっとベッドへ横たえる。


「……ん……」


人肌の温もりが離れたことで、親が小さく身じろぐ。眉間に皺を寄せ、眠たげに唸る。何度か瞬きをしたあと、ぼんやりとした視線で部屋を見渡した。見慣れない天井。知らない部屋。ゆっくりと意識が浮上してくる。


「……ここは?」


その様子にルイは、表情を和らげ安心させるため目線を合わせて語り掛ける。


「ここは王宮の客室だ。君にはここで休んでもらう。部屋の外には騎士が控えているし、この王宮で君に危害を加える者はいない。安全な場所だ。安心して眠るといい」


親はゆっくり瞬きしながら、優しい声と言葉を噛み締めるように飲み込んでいく。理解が追いつくと、ルイに視線を向けて安心したように口元に少しだけ笑みを浮かべる。


「……ありがとうございます」


掠れるほど小さなその1言を残して、親は再び目を閉じた。


やがてスースーと寝息が聞こえてきたのを確認したルイは、親に語り掛けるため軽く覗き込むような体制になっていた姿勢を正す。静かに踵を返すと、部屋の入口で控えていた侍女に伝える。


「陛下のもとへ伺う前に、湯あみを済ませたい。準備を頼む。それと、その旨を陛下へも伝えてほしい」


「かしこまりました」


侍女は綺麗に深く一礼すると、陛下への報告と湯あみの準備のため部屋を出ていく。ルイは短く頷くと、もう1度だけ眠る親へ視線を向けた。


――貴殿の子どもは必ず探し出す。だから今は、なにも考えず安らかに眠れ


穏やかな寝息を立てるその姿を見届けると、部屋を後にした。


◇ ◇ ◇


数十分後。


湯あみを終えたルイは、王の執務室へ向かっていた。鎧を脱ぎ旅の汚れを洗い流したことで、騎士団副団長としての正装へ着替えている。長い廊下を歩きながら、報告の内容を頭の中で整理していく。どこまでを事実として報告し、どこからを推測として伝えるべきか。王へ誤った情報を届けることは許されない。だからこそ、1つ1つを慎重に組み立てながら歩みを進める。


廊下に並ぶ等間隔の大きな窓からは、淡い月明かりが差し込み、長い影を落としている。


やがて廊下の奥に、執務室の重厚な扉が姿を現す。


――我らが王は、深い慈悲をお持ちの御方だ。とはいえ、今回ばかりは話が違う。どこまで信じ、どこまで許してくださるだろうか


知らず知らずのうちに漏れそうになったため息を、ルイは胸の奥へ押し込める。今は思案に沈むときではない。事実をありのまま伝え、王の裁可を仰ぐ。ルイは執務室の前で足を止める。一度だけ呼吸を整え、気を引き締め直す。そして扉をノックする。


「陛下。騎士団副団長、ルイ・オルガルド、だたいま参上いたしました」


ほどなくして、部屋の中から落ち着いた返答が届く。


「入れ」


短くも威厳のあるその声に、ルイは「失礼いたします」と応える。扉を開き、足を踏み入れた。胸の内には親と交わした約束を抱いたまま。


――必ず子どもを探し出す


その誓いを胸に、王の待つ部屋へとルイは静かに歩みを進めた。


◇ ◇ ◇


一方その頃。


親は眠りについたはずだったが、不意に意識が浮上し、ゆっくりと目を覚ました。目が覚めた時に騒がなかったのは、意識が朧気ではあったものの、一瞬目を覚ました際のやり取りをぼんやりながらも覚えていたからだ。


――ここは安全な場所で、あの人はこの部屋で休んでいいと言っていた。


親はゆっくりと身を起こし、自分の体を見る。いつの間にやら着替えさせられており、上質な生地で仕立てられた肌触りが着心地のいい寝間着だった。体も汚れていたはずが、すっかり清潔になっている。髪も不快感はない。恐らく寝ている間に誰かが拭いて、着替えまで済ませてくれたのだろう。親は小さく息を吐き、部屋の中を見回した。部屋の中には自分以外の気配は感じない。視線は大きな窓へと向く。カーテンは閉められていたが、その隙間から外の光が細く入り込んでいる。


夜はすっかり更けているようだった。


「本当に異世界なんだ……」


ぽつりと漏れた声は、静かな部屋へ溶けていった。


夢だとは思っていない。それでも現実として認めようにも、非現実な出来事ばかりが頭をよぎる。元の世界では、物語の中でしか見たことのないものばかり。


ベッドからゆっくりと足を下ろす。フカフカとした絨毯の感触を噛み締めながら、あの大きな窓へと歩み寄る。カーテンを少しだけ開けると、月明かりが部屋へ流れ込む。窓の向こうには、バルコニーが続いている。親は天井近くまでありそうな両開きのガラス戸を開けて、バルコニーへと出る。ひんやりとした夜風が頬を撫でる。


「っきれい」


眼前には、月明かりに照らされた庭園と、夜の街並みが遠くのほうに静かに広がっていた。見上げれば、無数の星々が夜空に果てしなく瞬いている。しばらく親は、その風景をバルコニーの縁へ腰を下ろし眺め続けた。


静かな時間が流れるにつれ、昼間のことが鮮明によみがえってくる。自分がどれほど取り乱していたのかも。何を言葉にし、相手にそれをぶつけてしまったのか……もちろん、すべて覚えていた。親は片手で顔を覆った。思い返せば返すほど、羞恥と申し訳なさが込み上げてくる。


「あの副団長?とか言う人に、謝らなきゃいけないな」


独り言を呟く。そこまで考えたところで、親はふと何かを思い出したように目を瞬かせる。


――そういえば、あの時はパニックで自分の持ち物を何も確認してない


そう思ってから、急いで部屋へ引き返し、部屋の中を見渡す。電気はどこでつけるかは分からなかったため、月明かりを頼りに荷物を探す。するとソファーの上に何かが置かれていることに気づいた。近づいてみると、それは自分が着ていた服だった。きちんと畳まれている。しかもその服の上にはスマホが置いてある。


――スマホ! 


大切そうにそれを手に取る。紛れもない自分の物だった。


――電源、はつかないか


嬉しくなったのもつかの間、電源は一切入らなかった。電源がつかないこと関して理由は分からないが、込み上げていた嬉しさは一気に気持ちが沈んでしまった。親は力なく肩を落とした。そのままスマホを両手で持ちながら、ソファーへと腰を落とす。


「……写真、みたかったなぁ」


寂しげな声が小さく零れる。少しだけ瞳に涙が滲む。けれどもう泣くまいと目元をこすり、顔をあげて天井を見つめる。自分を落ち着かせるように、1度深く息を吐く。そして再び立ち上がり、バルコニーへと歩き出る。星々が輝く空を見上げ、我が子に誓う。


「絶対、見つけるから。待ってて。必ず行くから」


胸にスマホを握りしめて、決意を言葉にする。スマホの電源はつかなくとも、思い出が消えることはない。それだけで力になると言い聞かせ、部屋へと戻る。スマホを大切に胸に抱いたまま、そっとベッドに入る。胸の奥にぽっかりと空いた穴だけは、少しも埋まることはない。それでも前を向くしかない。


我が子と再び会う、その日まで。


そう心に誓いながら、親は静かに眠りへと身を委ねた。

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