第10話:休養日
《ムスフィシパ王国》
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この世界に来て 4日目
王宮へ保護されて 3日目の朝 魂鑑定を行った翌日。
◇ ◇ ◇
慧はこの日、この世界について改めて学ぶために、蔵書室へ行こうと考えていた。他の皆が業務や鍛錬で忙しいため、ミラとガクに案内してもらおうと思っていたのだ。
しかし、リアムにその許可を貰うため、執務室へ訪れた際、きっぱりと拒否されてしまったのだ。ここに来てから情報を詰め込んでばかりなので、今日は休養日という王命まで出されてしまえば、慧になすすべはない。
――こんなことに王命までだすなんて
少し不服そうにしながら、自身に与えられた部屋へ、とぼとぼ歩きながら戻る。
しかも、執務室にはタイミング悪くルイもいたのだ。横で話を聞いていたルイは、リアムの命に大袈裟なほど同意を示したのである。思はぬ方向からの援護射撃もきてしまい、慧は早々に諦めたのだった。
――蔵書室に行けば、少しでもあの子、蓮太郎の手掛かりになりそうな資料探せると思ったのに
蓮太郎の情報をあらゆる手段で探そうと考えていた慧は、さっそくその一歩を踏み出そうとしていただけに、落胆も大きかった。
そんな慧を気遣うように、ともに執務室まで付き添っていたミラが口を開く。
「慧様、よろしければ庭園に行きませんか?」
ミラは、慧から目的を簡単に聞いていたため、今落ち込んでいる理由にも察しがついていた。だからこそ少しでも、気分転換になればと思い、その提案したのだった。
「……行きたいです!」
慧はミラの提案に対し、言葉を理解した瞬間、弾かれたように顔を上げて返答する。実は、部屋のバルコニーから見下ろしていたあの美しい庭園に、一度行ってみたいと思っていた慧。ミラの一言だけで、つい先ほどまで沈んでいた気持ちが、嘘のように消え去っていた。
その分かりやすい反応に、ミラは思わず口元を綻ばせた。
庭園は、王宮の一角に設けられていた。ミラの案内でそこにやってきた慧は、ゆっくりと入口をくぐる。色とりどりの花が咲き誇る幻想的な庭園に、慧から感嘆の声が漏れる。
丁寧に整えられた道
水音が心地よく響く噴水
その先に穏やかな日差しが差し込むガゼボが佇んでいた。
ミラはそのガゼボまで慧を案内した。慧を椅子へと誘導し、席へと促す。慧が腰を下ろすと、ミラは柔らかな笑みを浮かべた。
「ここでお茶にいたしましょう」
どうやら最初から、このガゼボにてお茶をするのが目的だったらしい。少ししてガクが、ティーセットを載せたワゴンを引いてやってきたのだ。
――ガクさんにも話ししてあったんだな
ガクが現れたタイミングが、こちらの様子をずっと見ていたのではないかと疑ってしまうほど、ちょうどよかったのである。いつガクに話を通していたのか不明だが、ミラの有能さにさすがとしか言いようがなかった。
慧を想って行動してくれた、その心遣いに胸が温かくなるのを感じ、小さく微笑んだのだった。
ガクが手際よく準備をし、ミラが慣れた手つきで淹れた紅茶を、慧はゆっくりと飲んで、一息つく。
カップを置き、椅子に背を預け、肩の力を抜いてガゼボの天井を見上げる。慧は、綺麗な造りをしている天井を見上げたまま、昨日のことを思い返すため目を閉じる。
◇ ◇ ◇
魂鑑定が終わり、鑑定書をリアムたちに見せた後の話である。
あの後、四者四様の反応を見せた。
リアムは慧の年齢に納得したように頷き、レオンとルイは適性魔法に驚き、ユストはランクに感心していた。
テオフィルにいたっては、全て知っているかのように4人の反応に対して、得意げな顔で、都度頷いて相槌を打っていたのである。
それぞれの反応の理由について、誰もその胸中を知る者はいないし、慧も聞くことはなかったのだった。
そして最後に、備考欄の内容に関してだが、その日は誰も口にしなかった。
兎にも角にも、魔法やランクはリアムたちの期待以上であった。
やがて一同は、召喚の間の入り口で解散した。
慧は昼食を食べてから、霊廟で祈りを捧げるため、王宮玄関前まで移動する。
玄関前の広場にはすでに、ルイと2人の騎士がアストレアスとともに待機していた。
「すいません。お待たせしました」
慧は3人の姿を捉えた途端、走り寄った。待たせてしまったと焦ったからだ。
そんな慧にルイは、首を振って否定する。
「待っていないから大丈夫だ」
顔は無表情のままだったが、声には優しさが滲んでいた。慧はその気遣いに笑みを浮かべ、感謝を述べる。
その時、後ろから上品な女性の声が聞こえてくる。
「皆さんお揃いですね」
王妃のオリビアが侍女たちとともに、いつの間にか玄関前に立っていた。
すぐさま慧は一礼し、ルイたち騎士は騎士の礼で挨拶をする。
その礼にオリビアは、綺麗な微笑みで返しながら歩みを始めた。
慧たちの傍まで来たオリビアが、副団長であるルイと少しばかり話をしている。
その頃慧は、ルイの相棒レグシオンと戯れていたのだった。レグシオンはルイが会話している横で、手持ち無沙汰で待っている慧の顔に、突如鼻を摺り寄せたのだ。
「わっ!」
突然のレグシオンの行動に驚きの声を漏らす慧だったが、心を許してくれたような行動に胸が熱くなる。可愛らしいレグシオンに嬉しくなり、思わず慧は破顔した。そして慧も応えるため、レグシオンの顔に手を這わす。レグシオンが慧の手を顔から引き離すまで、撫で続けたのだった。
しばらくレグシオンを堪能していた慧が、いくつかの視線を感じて振り返る。見渡すと皆が生暖かい瞳で慧たちを見ていたのである。
そこから慧による忙しい赤面劇が始まった。
皆の視線に気づいた慧が顔を真っ赤にする→そんな慧を見て、反射的にルイが慧の頭を撫でる→それに驚いて照れ隠しに憤慨する→そんな慧にオリビアがクスクスと笑う→笑われてさらに慧が顔を赤くする。
出発するまでに色々ありすぎたことにより、慧の精神はすでに疲れ果てていたのだった。
現在は慧もレグシオンの背に跨り、ルイの後へ乗せてもらっていた。ルイの腰へ腕を回し、服を掴ませてもらっている状態だ。初めて(ではないが)乗るレグシオンの背は思っていたよりも高く、少しだけ身体を強張らせていた。
そんな慧の様子を気遣って、ルイはレグシオンの速度をいつもより遅くさせる。それでも普通の馬よりは速いのだが。
ルイたちの後ろは、2人の騎士が護衛している。
一行はゆっくりと丘を目指し、進み続ける。
リアムが言っていた通り、王宮から距離があった。
そのため、慧はレグシオンの背に揺られながら、到着するまで周りの風景を堪能することにした。レグシオンの背にも慣れてきたため、周りを見る余裕が生まれる。純粋な思いで、景色を楽しむことができたのだった。
「蓮太郎にもこの景色を見せてあげたい」
そんな思いもぽつりと零す……
やがて小高い丘の上に到着する。そこには立派な墓石が2つ並んで建っていた。その墓石の後ろ側は、ムスフィシパ王国の街並みが一望できるようになっていたのだ。慧はなぜ丘の上なのか、疑問だったのだが、この景観を見てようやく納得した。
霊廟で祈りを捧げる、その作法は事前に教えてもらっていた。両膝を地面につけ立膝になった慧は、作法に沿って行っていく。そうして最後に頭を垂れ、胸の前で手を結び、目を閉じて祈る。
――あなた方のお陰で、私は生き延びることができました。本当にありがとうございます
――安らかにお眠りください
祈りを終え、顔を上げた慧の頬を温かい風が通り抜けていった。
「息子は……蓮太郎は、必ず見つけ出します」
改めて、空を見上げて決意を口にする。
この日の用事は、それで終わりだった。
王宮に戻った時、既に夕暮れだったため、夕食、湯あみを順調に済ませた。
その後は、部屋でゆっくり過ごし、眠りについたのだった。
◇ ◇ ◇
回想を終え、目を開ける。すると傍らで、少し心配そうな顔のミラとガクが慧を見ていたである。
「気持ちよくて転寝しちゃいました」
そう言って、2人に大丈夫だと伝えた。その言葉に安堵した2人は、慧へ部屋に戻るよう優しく促し、手際よく食器を片付けていく。
3人はゆっくりと歩きながら部屋へ向かった。
道中は他愛もない話で笑い合い、和やかな空気に包まれる。
こうして慧は、穏やかな気持ちのまま、その日の幕を閉じたのだった。




