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第7話 憂鬱なOL編-股間を前へ

「そして!!!!!!

ここで最も重要なのが、下半身だ!!!!!!」


ガイ児さんの声が、ジムの中で一段と大きく響いた。


私は思わず背筋を伸ばした。

いや、伸びたというより、声で伸ばされた感じに近い。


「脚ですか」


「脚だ!!!!!!

脚と尻!!!!!!

人間の土台!!!!!!

君のように頭で生きすぎている人間ほど、下半身を軽く見てはならん!!!!!!」


頭で生きすぎている。

少しだけ引っかかるけど、否定もできない。


「君は普段、自分のことを“考えている人間”だと思っているかもしれん!!!!!!

だが実際には、血と呼吸と筋肉の上で考えさせてもらっているのだ!!!!!!」


「なんか急に壮大ですね……」


「壮大ではない!!!!!!

当たり前のことだ!!!!!!」


ガイ児さんはそう言うと、私の前で大きく脚を踏みしめた。

床がちょっと鳴った気がした。

たぶん気のせいじゃない。


「いいかGUYS!!!!!!

脚には大きな筋肉が集まっている!!!!!!

つまり動かせば血流が大きく変わる!!!!!!」


「血流……」


「そうだ!!!!!!

人間は、頭だけで生きているつもりでも、実際は全身の巡りでかなり左右される!!!!!!

冷える、だるい、重い、気が沈む、やる気が出ない――

それらのかなりの部分は、巡りの悪さともつながっている!!!!!!」


それは少し意外だった。

メンタルの不調というと、もっとこう、心だけの話だと思っていたからだ。


でも言われてみれば、たしかに気分が沈んでいるときって、身体まで冷たくて重い気がする。

逆に、たまたまよく眠れた日とか、お風呂に入ったあとの夜とか、少しだけ前向きになれることもある。


「脚を動かす!!!!!!

尻を使う!!!!!!

それだけで、身体は“まだ終わっていない”側へ戻ろうとする!!!!!!」


「まだ終わっていない……」


「そうだ!!!!!!

君はたぶん、何もかも終わったような気分になる日があるだろう!!!!!!」


「……あります」


「だが、そういう日に限って、脚が止まっている!!!!!!

歩かん!!!!!! 出さない!!!!!! 立たない!!!!!!

すると血も巡らん!!!!!! 呼吸も浅いままだ!!!!!!

つまり、沈んだ状態を身体ごと維持してしまうのだ!!!!!!」


私は少し黙った。


図星だった。

落ち込んでいる日は、だいたい歩くのも嫌になる。

コンビニに行くのすら面倒で、ベッドと机のあいだしか移動しない。

そういう夜はたいてい、お酒を飲んで寝て、翌朝また重い。


「だからこそ!!!!!!

君のようなタイプには下半身だ!!!!!!

脚は第二の心臓とも言われる!!!!!!

鍛えれば血が巡る!!!!!!

巡れば、少なくとも“沈みっぱなし”からは離れやすくなる!!!!!!」


脚は第二の心臓。

その言葉は妙にわかりやすかった。


私は何となく、自分の太ももを見た。

相変わらず、頼りない感じがする。

昨日の椅子スクワット十回で筋肉痛になるくらいだ。

とても第二の心臓という感じはしない。


「……でも私、そんなに運動神経いい方じゃないんですけど」


「関係ない!!!!!!

運動神経の話などしておらん!!!!!!

今必要なのは、速く走ることでも、高く跳ぶことでもない!!!!!!

“自分の身体を起こす”ことだ!!!!!!」


それは少しほっとした。

私は体育が得意なタイプではなかったし、学生時代の運動部っぽいノリが来たらどうしようと思っていたからだ。


「それに、下半身を鍛える利点はそれだけではない!!!!!!」


ガイ児さんはそう言うと、私の正面に立った。

近い。

やっぱり黒い。

この人、距離感だけはたまにおかしい。


「姿勢だ!!!!!!」


「また姿勢ですか」


「まただ!!!!!!

なぜなら君は、相当“すみませんの姿勢”だからだ!!!!!!」


「その言い方ほんとやめてほしいんですけど」


「だが本質だ!!!!!!」


本質らしい。


「いいかGUYS!!!!!!

人は不安になると、肩だけでなく骨盤も引ける!!!!!!

胸が閉じる!!!!!!

視線が落ちる!!!!!!

そして下半身まで、“私はここにいません”みたいな形になる!!!!!!」


「私はここにいませんって……」


「あるだろう!!!!!!

身体だけ先に消えようとする感じが!!!!!!」


ある。

かなりある。


私は会社で、いつもなるべく目立たないようにしていた。

怒られないように。

面倒を押しつけられすぎないように。

変に浮かないように。

その結果なのか、気づくと肩が前に入って、首も少し出て、腰もなんとなく後ろへ引いていた。


「その状態では、いくら胸だけ張ろうとしても無理が出る!!!!!!

上だけで姿勢を作ろうとするからだ!!!!!!」


「上だけで……」


「そうだ!!!!!!

君はたぶん今まで、“胸を張る”というと上半身だけの問題だと思っていた!!!!!!

だが違う!!!!!!

人間は下から立つのだ!!!!!!」


下から立つ。


ガイ児さんはそう言うと、自分の腰骨のあたりを軽く叩いた。


「骨盤を立てる!!!!!!

股関節を開く!!!!!!

脚で床を押す!!!!!!

その上で胸が開く!!!!!!

これが本来の順番だ!!!!!!」


「なるほど……」


「なるほどでは足りん!!!!!!

実際にやってみるのだ!!!!!!」


嫌な予感しかしない。


「まず、今の自然な立ち方をしてみたまえ!!!!!!」


私は言われるまま立った。

たぶん、いつもの立ち方だ。

何も意識していない、楽な姿勢。


ガイ児さんはそれを見て、深くうなずいた。


「うむ!!!!!!

やはり骨盤が少し後ろへ逃げている!!!!!!

その結果、上半身も前へ落ちる準備をしている!!!!!!」


「そんなにわかるものなんですか」


「黒いトレーナーをなめるな!!!!!!」


なめてはいない。

むしろ怖いくらいだ。


「では修正する!!!!!!

まず、腰を反りすぎない範囲で、骨盤を少し立てる!!!!!!」


「こうですか?」


「まだ甘い!!!!!!

もっと下腹を前へ!!!!!!」


「言い方がなんか……」


「もっと股間を前へ出せ!!!!!!」


「言い方が最悪なんですけど」


「だが伝わる!!!!!!」


たしかに伝わりすぎるくらい伝わる。


「ちょ、ちょっと待ってください。

それ、すごい変な人みたいになりません?」


「ならん!!!!!!

むしろ、今までの君が引けすぎていたのだ!!!!!!

君は胸だけでなく、骨盤ごと“すみません”している!!!!!!」


「その表現ほんと好きですね……」


「好きではない!!!!!!

多いのだ!!!!!! そういう人間が!!!!!!」


ガイ児さんは珍しく少し真面目なトーンで言った。

いや、いつも真面目なんだろうけど、今は少しだけ熱の質が違った。


「いいかGUYS!!!!!!

姿勢が悪い人間の中には、怠けているのではなく、ずっと守りの形で生きてきた人間が多い!!!!!!

巻き肩も、猫背も、引けた骨盤も、ただだらしないからではない!!!!!!

ずっと縮こまりながら生き延びてきた形なのだ!!!!!!」


その言葉は、思っていたよりやさしかった。


私はずっと、自分の姿勢の悪さとか、だるさとか、やる気のなさを、意志の弱さだと思っていた。

もっとちゃんとしよう。

もっとしゃきっとしよう。

そうやって自分を叱ってばかりいた。


でもこの人は、少なくとも今は、責めてこなかった。

直せとは言う。

鍛えろとも言う。

でも最初から「だめなやつだ」とは言わない。


「……じゃあ、その、股間を前にっていうのは」


「骨盤を立てろ、ということだ!!!!!!」


「もっと早くそう言ってくださいよ」


「難しく言うと忘れる!!!!!!

だが“股間を前へ”なら、君は一生忘れんだろう!!!!!!」


それはたしかにそうだった。

嫌な形で一生忘れない気がする。


「やってみたまえ!!!!!!

下腹のあたりを軽く前へ。

脚で床を押す。

胸は勝手についてくる!!!!!!」


私は半信半疑のまま、言われた通りにやってみた。

腰を反りすぎないようにしながら、骨盤を起こすようにする。

股関節を少し開く。

脚の裏で床を踏む。


「……こう?」


「そうだ!!!!!!

そこで顎を軽く引く!!!!!!

肩を無理に下げすぎるな!!!!!!

どうだ!!!!!!」


「あ……」


変だった。

いや、変というより、知らない感覚だった。


立ちやすい。

呼吸もしやすい。

目線が自然と少し上がる。

何より、身体が前と後ろで引っ張り合っていない感じがする。


「なんか……立ちやすいです」


「その通り!!!!!!

それが“前向きの形”だ!!!!!!」


前向きの形。


私はその言葉を心の中で繰り返した。

前向きというのは気持ちのことだと思っていた。

でも、こうして立ってみると、形にもなるのかもしれない。


「じゃあ、前向きって……気分だけの問題じゃないんですね」


「当然だ!!!!!!

気分は身体の影響を大いに受ける!!!!!!

うつむき、呼吸が浅く、血が巡らず、脚が弱い――

そんな状態で前向きだけを要求するのは酷というものだ!!!!!!」


私は少しだけ笑った。


「なんか、ガイ児さんって、勢いだけでしゃべってるように見えて、意外とちゃんとしてますよね」


「意外とはなんだGUYS!!!!!!

私はいつでも、かなりちゃんとしている!!!!!!」


「でも“股間を前へ”はちゃんとしてないと思います」


「だが効いただろう!!!!!!」


それは否定できない。

悔しいけど。


「よろしい!!!!!!

では最後に、軽くエアロバイクを三分こぐ!!!!!!」


「三分だけ?」


「三分だからいいのだ!!!!!!

君はまだ、“また来られる形”を覚える段階だ!!!!!!」


また来られる形。

その言い方が、妙に残った。


私はエアロバイクにまたがった。

サドルに座り、ペダルに足を置く。


「背中を丸めすぎるな!!!!!!

だが最初から完璧でなくていい!!!!!!

呼吸をしろ!!!!!! 脚を回せ!!!!!!」


ペダルをこぎ始める。

左右、左右、左右。


最初はただ足を動かしているだけだった。

でも一分もすると、じんわりと身体が温まってくる。


「脚はどうだGUYS!!!!!!」


「昨日よりは……ましです」


「よろしい!!!!!!

その“昨日よりまし”が大事なのだ!!!!!!」


左右、左右、左右。


単調な動きなのに、思考は少しずつほどけていく。

会社のことが消えたわけじゃない。

不安がなくなったわけでもない。

でも少なくとも、この三分のあいだ、私はちゃんとここにいた。


自分の呼吸と、脚の動きと、少しずつ上がる体温。

それだけを感じていた。


「はい終了!!!!!!」


バイクを降りると、身体の奥に少しだけ熱が残っていた。


「……なんか、不思議ですね」


「何がだねGUYS」


「いや、その……もっと疲れるだけかと思ってたんですけど。

ちょっと楽になるというか、頭が静かになるというか……」


ガイ児さんは腕を組んでうなずいた。


「それだ!!!!!!

君は今、運動の効用を身体で理解し始めている!!!!!!

説明ではなく、感覚でわかることが重要なのだ!!!!!!」


私はタオルで額を軽く押さえた。

汗なんて大してかいていない。

でも、ちょっとだけすっきりしていた。


「……あの」


気づけば、私はそう言っていた。


ガイ児さんがこちらを見る。

顔はよくわからないのに、視線を向けられた感じだけはある。


私は少しだけ迷った。


まだ全部わかったわけじゃない。

怪しいところはある。

勢いもすごい。

名前も正直どうかと思う。


でも、ここに来る前より、私は少しだけましだった。

昨日より今日の方が、少しだけ自分で選べていた。


だったら。


「……あの、入会って、月いくらですか」

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