表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/15

第6話 憂鬱なOL編-脚は心を起こす

「よろしい!!!!!!

その反抗心、嫌いではない!!!!!!

さあGUYS、今日は昨日より少し前へ行こうではないか!!!!!!」


ガイ山ガイ児の黒い胸板が、誇らしげに揺れた。

たぶん笑っているのだろう。顔は相変わらずよくわからないけど。


私は昨日より少しだけ慣れた足取りで、ジムの中へ入った。


改めて見ても、やっぱりこの場所は妙にちゃんとしている。

黒を基調にした内装。磨かれた床。銀色のマシン。

外から見たときは、花輪とLEDでだいぶ怪しかったのに、中に入ると意外と落ち着いていた。


「きょ、今日は何をするんですか」


「軽く動く!!!!!!

そして説明する!!!!!!

身体を動かしながら聞くほうが、人間は理解しやすいからだ!!!!!!」


「体育の先生みたいなこと言いますね」


「私はトレーナーだGUYS!!!!!!」


それはそうだった。


ガイ児はジムの隅にあるマットの前まで歩いていくと、私に向かって手を振った。


「まずはその場で足踏み一分!!!!!!

膝を軽く上げる!!!!!! 腕も振る!!!!!!

ただし深刻な顔でやるな!!!!!!」


「深刻な顔って、足踏みにもあるんですか?」


「ある!!!!!!

君は今まで、だいたい深刻な顔をしていた!!!!!!」


言い返せない。


私は言われるまま、その場で足踏みを始めた。

右、左、右、左。

最初はただ恥ずかしいだけだったけど、少しずつ身体が温まってくる。


「呼吸を止めるなGUYS!!!!!!

吸って、吐いて、吸って、吐く!!!!!!

君は普段、考え事をしていると呼吸が浅くなるタイプだ!!!!!!」


「それもわかるんですか」


「胸を見ればわかる!!!!!!

呼吸が浅い人間は、胸が動かん!!!!!!」


右、左、右、左。


たったそれだけなのに、少しずつ頭の中のもやが晴れていく感じがした。

いや、晴れるというほどきれいじゃない。

でも、考え事の音量が少しだけ下がる。


「よし!!!!!!

次は軽くスクワット五回!!!!!!

昨日やった椅子なし版だ!!!!!!」


「五回だけでいいんですか?」


「五回だからいいのだ!!!!!!

最初から多くやる必要はない!!!!!!

人間は“やれた”を積むことで前に進む生き物だ!!!!!!」


それはたしかにそうかもしれない。


私は足を肩幅くらいに開いた。

昨日よりも少しだけ動きがわかる気がする。

腰を落とす。

立つ。


「1」


「胸を落とすな!!!!!!」


「2」


「膝だけではなく、股関節から折る!!!!!!」


「3」


「よろしい!!!!!!」


「4」


昨日より少しだけ軽い。

もちろん楽ではないけど、動きに戸惑いが少ない。


「5」


立ちきったところで、私はふう、と息を吐いた。


「昨日より良い!!!!!!」


「そうですか?」


「そうだ!!!!!!

人は一日では別人にならん!!!!!!

だが、昨日の自分との差は確かに出る!!!!!!」


ガイ児はそう言ってうなずいた。

勢いだけじゃなく、こういうところは妙に丁寧だ。


「では、ここから説明に入る!!!!!!」


来た。


私はマットの上に立ったまま、少し身構えた。

するとガイ児は腕を組み、いかにも大事な話をする人みたいな間を作った。


「いいかGUYS!!!!!!

人間の脳は、よく使う道を太くする!!!!!!」


「道?」


「そうだ!!!!!!

考え方にも、感じ方にも、癖がある!!!!!!

不安ばかり考える人間は、不安の道を何度も通る!!!!!!

自信のない人間は、自信のない道ばかり太くする!!!!!!」


それは少しわかる気がした。

最近の私は、たしかに同じことばかり考えていた。


会社のこと。

お金のこと。

将来のこと。

一人でいること。

このままでいいのかということ。


どれも答えなんて出ないのに、ぐるぐると同じ場所を回っていた。


「それを専門的に言えば、ニューロンのつながりだとか、回路だとか、いろいろ言い方はある!!!!!!

だが覚えることはひとつ!!!!!!

使う回路は強くなる!!!!!!」


「じゃあ、ずっとネガティブでいたら……」


「その通り!!!!!!

ネガティブの道が太くなる!!!!!!

不安!!!!!! 警戒!!!!!! 比較!!!!!! 自己否定!!!!!!

そればかり通れば、そちらに流れやすくなる!!!!!!」


怖い話だ。

でも、納得もできる。


「じゃあ、運動するとそれが変わるんですか?」


「変わる!!!!!!

少なくとも、割り込める!!!!!!」


「割り込める」


「そうだ!!!!!!

身体を動かすと、脳は考え事だけをしていられなくなる!!!!!!

呼吸、心拍、筋肉、重心、バランス、血流――

そういった“今ここ”の情報が一気に入ってくる!!!!!!

すると、不安の一本道に、別の交通が入るのだ!!!!!!」


一本道に、別の交通。

変な例えだけど、すごくわかりやすい。


「特に有酸素運動は良い!!!!!!

歩く、漕ぐ、走る!!!!!!

一定のリズムで身体を動かすことで、思考の渋滞が少し流れる!!!!!!」


「昨日、ちょっと頭が静かだったのって……」


「その可能性は高い!!!!!!」


ガイ児は即答した。


「もちろん悩みが消えるわけではない!!!!!!

会社も急には優しくならん!!!!!!

給料も明日倍にはならん!!!!!!

だが、脳が“ずっと危険だ”と思い込んでいる状態は、少しゆるめることができる!!!!!!」


私は少し黙った。


それは、すごく派手な話ではない。

人生が一瞬で変わるとか、夢が叶うとか、そういう話じゃない。

でもその分、嘘っぽくなかった。


「……それだけでも、だいぶ助かるかも」


「その通りだGUYS!!!!!!

人間は、ゼロか百かで考えすぎる!!!!!!

だが実際は、“少しマシ”の積み重ねで生き延びるのだ!!!!!!」


なんだか、その言葉は胸に残った。


少しマシ。

たしかに昨日の私は、少しマシだった。

ストゼロを飲まなかった。

少し早く寝た。

今日の朝、少しだけ起きやすかった。

それだけで、かなり違った。


ガイ児はそこで一歩、私のほうへ近づいた。

黒い。厚い。圧がある。


「君は今まで、心が元気になってから動こうとしていたのではないかね?」


「……はい」


「逆だ!!!!!!

動くから、少しだけ元気になるのだ!!!!!!」


その言葉は、妙にまっすぐ入ってきた。


そうかもしれない。

私はずっと、元気になったら変わろうとしていた。

もっと前向きになったら。

もっと自信がついたら。

もっとちゃんとした人間になれたら。


でも、そんな日は全然来なかった。


「元気とは、空から降ってくるものではない!!!!!!

身体を起こし、呼吸を深くし、血を巡らせる中で、少しずつ戻ってくるものだ!!!!!!

君のように、頭が働きすぎる人間ほど、それを忘れやすい!!!!!!」


「頭が働きすぎるって、言い方はちょっといいですけど……」


「事実だ!!!!!!

だが、頭ばかり働いて身体が沈んでいては、前には進みにくい!!!!!!」


ガイ児はそう言うと、ジムの奥にあるエアロバイクを指差した。


「だから漕ぐ!!!!!!

歩く!!!!!!

走る!!!!!!

人間は脚を動かすことで、自分を“まだ終わっていない状態”へ戻せるのだ!!!!!!」


まだ終わっていない状態。


それもまた、妙に残る言葉だった。


終わっていない。

私なんて、ずっと止まっているような気がしていたのに。


「……ガイ児さん」


「なんだねGUYS!!!!!!」


「そういうの、みんなに言ってるんですか」


「もちろんだ!!!!!!

だが、みんな同じではない!!!!!!

君には君に必要な順番がある!!!!!!」


「順番?」


「そうだ!!!!!!

人によっては、まず休むことだ!!!!!!

人によっては、まず食うことだ!!!!!!

人によっては、まず眠ることだ!!!!!!

そして君には――」


ガイ児はそこで少しだけ間を取った。


「まず、身体を起こすことが必要だ!!!!!!」


私は言葉を返せなかった。


図星だったからだと思う。

私は毎日、起きているようで起きていなかった。

会社にも行くし、仕事もするし、ちゃんと生きているつもりだった。

でも実際には、ずっと半分眠ったまま、惰性で動いていたのかもしれない。


「では後編で、さらに大事な話をする!!!!!!」


「後編?」


「そうだ!!!!!!

下半身だ!!!!!!

血流だ!!!!!!

そして姿勢だ!!!!!!」


急に予告編みたいになった。


「この世の多くの悩み人は、上半身だけでどうにかしようとしすぎている!!!!!!

だが人間は、下から立つのだ!!!!!!」


下から立つ。

なんとなく意味はわかるけど、まだよくわからない。


「……またすごい話が始まりそうですね」


「始まるとも!!!!!!

そして君は聞くべきだ!!!!!!

なぜなら、君はもう昨日の君ではないからだ!!!!!!」


そう言われると、少しだけくすぐったかった。


昨日の君ではない。

そこまで大きく変わった気はしない。

でも、ゼロと一は違うとこの人は言った。

だったら、たしかに今日は昨日のゼロとは違うのかもしれない。


私は小さく息を吸った。

呼吸は、昨日より少し深かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ