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第2話 憂鬱なOL編-ピカピカのビラ

「……うそでしょ」


『人生を変えたい弟子、大募集中!!!』


ビラの文面が、完全にあの太い声で再生される。


きっとあの人だ。

何の根拠もない。

でも、確信だけはあった。


私はもう一度、ビラを開いた。


ガイジマキシングをしよう!!!

双葉駅前に新装開店!!!

その名も【ガイジマックスジム】!!!

人生を変えたい弟子、大募集中!!!


相変わらず、やたらピカピカしている。

カードゲームならレアカードだ。

道ばたに落ちていたけど。


「……いったい何なの」


わからないことだらけだった。


あのガタイと文章の勢いからして、たぶんトレーニングジムなのだろう。

でも、どこにもそんなことは書いていない。


ただ、ガイジマキシングという、聞いたことも見たこともない単語があるだけだ。


普通のジムなら、たぶん興味を持たなかったと思う。

今まで何回ジムに入会して、何回そのまま行かなくなったかわからない。

帰宅経路にある二十四時間ジムですら続かなかった私だ。


なのに、なぜかこの言葉だけは気になった。


私はスマホを取り出して、店名らしきものを検索した。


すると、すぐに動画が出てきた。


「双葉駅に新装開店! 君もマックスガイジを目指せ!!!」


再生した瞬間、イヤホンだったら鼓膜が終わっていたであろう音量が飛び出してきた。


「うわっ」


慌ててスマホの音量を下げる。


画面の中では、例の黒光りしたおじさんが、異様に白い歯を見せながら叫んでいた。


「前を向け!!!!!! 胸を張れ!!!!!! 全力疾走だ!!!!!! ぶちかませ!!!!!!」


あの声が、また耳に飛び込んでくる。


不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


うるさい。

怪しい。

どう見ても変だ。


なのに、なぜか、少しだけ元気が出る。


ポジティブな言葉だからだろうか。

いや、それだけじゃない気がした。


自慢じゃないが、私は自己啓発動画をかなり見ている。

メンタルの保ち方。

心と健康。

自分を好きになる方法。

そういう動画は、だいたいどれも前向きな言葉をくれる。


でも、何かが違った。


ああいう動画の言葉は、たいていきれいすぎる。

今の私みたいな、コンビニ弁当とストゼロでギリギリ保っている人間には、少し遠い。


でもこの黒いおじさんの言葉は違った。

雑で、うるさくて、圧があって、でも妙に身体に入ってくる。


「……あ、お弁当冷めちゃった」


私はコンビニ弁当のふたを見下ろした。


温め直そうとして、手が止まる。


『GUYS、若いのにそんなものばかり食べていてはだめだぞ!!!!!!』


頭の中で、あの声がまた響いた。


もう何年も、自炊なんてしていない。

そもそもこの狭い部屋のキッチンは、自炊向きじゃない。

一口コンロと、小さな洗い場。それだけだ。

ここで何を作れというのだろう。


冷蔵庫の中だって、冷凍食品と飲み物でほとんど埋まっている。


……でも。


「だからって、毎日これでいいわけじゃないよね」


誰に聞かせるでもなく呟いて、私は冷めた弁当を見つめた。


それから、机の上のビラをもう一度見た。


双葉駅前に新装開店!!!


駅前。

つまり、たぶん明日も通る。


どうせ明日も、同じように起きて、同じように会社へ行って、同じように疲れて帰ってくる。

だったら――


「……ちょっと見るだけなら、別にいいか」


そう言ったとき、少しだけ胸の奥が動いた気がした。


—次の日


pipipipipi...


朝のアラームが耳元で鳴り響く。


今日も重たい思考をどうにか振り切って、私はベッドを出た。


「まぶしっ!」


朝日に照らされて、机の上のピカピカしたビラがやたらと輝いていた。


「そうだ……忘れてた……」


昨日の夜の決意を思い出す。

この怪しい店を、見学だけでもしてみようと思ったのだ。


「やっぱやめようかな……怪しすぎるし――」


『返事は“はい”だ!!!!!!』


「うわっ」


やばい。

ついに脳内に直接語りかけてくるようになってしまった。


……もう行くしかないのだろうか。


私はピカピカのビラを、くたびれたバッグにしまって家を出た。


その日の会社までの足取りは、なぜか少し軽かった。


   *


—終業後


「お疲れさまでしたー」


昨日の資料も特に問題はなかったらしく、今日は珍しく残業なしで帰ることができた。


今日は一日が少し早く感じた。

予定があるからだろうか。


終業後に予定があるなんて、かなり久しぶりだ。

なんだか、学校帰りに寄り道していたころを思い出す。

ダメと言われていることほど、少し楽しかった。


バッグの中のビラを見返す。

相変わらずピカピカしている。


「……本当に大丈夫だよね……?」


もしかすると、楽しみというより、不安のせいで一日が早く感じたのかもしれない。


《次はー、双葉駅ー》


もう着いてしまった。

心拍数が上がる。


「えっと、3番出口から出て……」


地上へ出た瞬間、入り口に花輪が並んだビルが目に入った。

しかも、LEDでやたら派手に装飾されている。

日が落ちた街の中で、そこだけ妙にピカピカしていた。


「……絶対あれだ」


花輪の中心を見る。


ガイジマックスジム開店祝


やっぱりだ。


私はビルの案内板を確認して、エレベーターで5階へ向かった。


チーン


エレベーターは、私の心拍数が落ち着くのを待ってはくれず、あっさり5階に着いた。


ドアが開く。

その瞬間だった。


「ヘイGUYS!!!!! いらっしゃい!!!!! 」


店のドアを突き破るような勢いで、あの声が脳に飛び込んできた。



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