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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第三章 カヌトの背負いしもの

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十 解呪

 カヌトは魔法図を凝視していた。これほどまでに歪で、醜い魔法図を描いてしまった過去の自分に内心で呆れながら。


 これが最後になるであろう、消すべき候補はふたつ。間違えれば、おそらく暴発する。この禁法具(きんぽうぐ)は特定範囲内の全ての生物を静かに殺す。いわば、強力な毒のようなものだ。アイジェスが張り巡らせた壁があるとはいえ、少しは影響があるかもしれない。


 ここにいるのは、全て自分の大切な人たちだ。少しでも危険な目に遭わせるのは、矜持が許さなかった。それに、ミナキとロウを補助に選んだ以上、最初から失敗するつもりは毛頭ない。二人をここに連れてきたのは、禁法具の解呪から何かを学んで欲しかったからだ。


(授業で弟子を危険に晒しては、師匠とはいえないからな)


 カヌトは頭の中で計算に計算を重ね、やがて、ひとつの答えに辿り着いた。




 カヌトが澄み渡るような声で言った。


「右辺、下から一番目。……これで終わりだ」


 ミナキは指定された記号を慌てて消した。途端に、多くの記号が抜け落ちて隙間ができたものの、前よりずっと整然とした配列になった魔法図が姿を消した。カヌトの作った禁法具は、今や何の魔力も感じられない、ただの工芸品となり果てた。


 カヌトがアイジェスのほうを向いた。


「これ、持って帰ってもいいですか?」


「ダメですよ。それはあなたが解呪をしたという証拠ですから。持って帰ってどうするつもりだったのです?」


「自分への戒めに、部屋に飾っておこうかと思ったんですよ。この模様なんか、なかなかよく彫れてるし」


 アイジェスは、呆れたように首を何度か横に振ったあとで、ミナキとロウの顔を交互に見た。


「二人とも、よく頑張りましたね。解呪の補助を、見事に務めていましたよ。さすが、わたしが育てた解師(かいし)の弟子です」


「え? 先生は解師だったんですか?」


 思わずミナキが声を上げると、ロウとカゥとアイジェスが、なぜかくすくす笑い出した。どうやら、知らなかったのは自分だけらしい。


「今まで隠していてごめんよ。禁法具を作った人間が解師を自称するのは、どうかと思っていたからね。……まあ、だけど、今回のことで、ようやくわたしも解師の端くれになれたのかなあ」


 カヌトが人差し指で頬を掻きながら、説明してくれた。


「先生は、立派な解師です」


 ミナキが力説すると、アイジェスが噴き出した。


「よい弟子を持ちましたね、カヌト。時にミナキさん、よく一年でここまでの力を身に着けましたね。ものすごく勉強したのでしょう」


「そんなことないです。たまたま、魔法図と解呪が得意だっただけで……」


「それでも、一朝一夕でできることではありませんよ。あなたの魔法図と解呪の知識は、同い年の魔法院の卒業生に匹敵します。十八歳になったら、是非、うちの資格試験を受けにいらっしゃい」


「は……はい!」


 ミナキは嬉しかった。近い将来、必ず協会の試験を受けにいこう。できれば、カヌトと同じ、解師になるための試験を。そう心に強く誓った。そのためには、まず身近にいるロウと競い合うことだ。今まであやふやだった将来の展望が、ようやく開けた気がする。


(でも……)


 具体的になりつつある夢の他にも、もうひとつ、叶えたい夢がミナキにはある。それは、まだまだふんわりと淡い夢だったけれど、ミナキの心をとらえて離さなかった。




 地下室を出、階段を上りきると、灯火や魔法の光ではなく、眩しい朝の光が、窓から射し込んできた。ずいぶん長い時が流れたような気がしていたのに、地下室で過ごした時間は、実際のところ、一テュマン(一時間)にも満たなかったらしい。ミナキたちは目を自然光に慣らしながら、広間に佇んでいた。アイジェスが、ふう、と息をついた。


「さて、カヌトが無事に禁法具を解呪したことですし、その件も併せて、これから聴取が始まりますねえ。面倒なことです。やれやれ、歳を取ったら、大役は引き受けないに限りますよ」


(そういえば、この人は幾つなんだろう……先生と、それほど歳は変わらないように見えるけど)


 ミナキは首を傾げた。しかし、答えを知っているはずのカヌトとカゥは、聞こえない振りをしているのか、無反応を決め込んでいた。魔法使いの世界は、まだまだ分からないことだらけだ。


「それはそうと、カヌト」


 アイジェスが呼びかけると、さすがにカヌトもそちらを向いた。


「はい」


「昨夜、わたしがあなたに伝えた言葉の意味、ちゃんと分かりましたか?」


「もちろんですとも」


 カヌトは少し大仰に答えると、首のうしろに手を回し、呪いのかかった金鎖を取り外す。カヌトが目の高さまで掲げて見せた金鎖を、一同はまじまじと見つめた。アイジェスだけが驚いた様子も見せずに、その光景を満足げな笑顔で見つめている。


 カゥが金鎖を指差して言った。


「カヌト、お前、その鎖、取れないはずじゃあ……」


「ああ、さっき呪いを解いたからね。驚いたろう?」


「さっきって、いつ、呪いを解いたんですか!?」


 今度はロウが問い質す。


「禁法具を解呪した時にさ。この金鎖の呪いは、わたしが作った禁法具と連動していてね、わたしが禁法具を解呪すると、自動的に呪いが解けるようになっていたんだ。わたしも師匠から手がかりをもらうまで、全く気づかなかったよ。……こんな厄介な仕掛けを思いついたのは、あなたですね? 師匠」


「あなたの罰を決める時に、進言しただけですよ。あなたの場合、事情が事情ですし、更生の機会を与えたい、とね。協会は、規則に反した者を処罰することはできますが、元々、法に基づいた刑罰を執行するための組織ではありませんから」


「そうだったんですか! ジズの奴、師匠を罪人扱いしやがって! やっぱり許せねえ」


 ロウが口にしたのは、喧嘩をしたという同級生のことだろう。

 ミナキはただ嬉しかった。これでカヌトは金鎖によって記憶を失うこともないし、心を痛めながら禁法具を作る必要もない。


 カヌトがロウに、そんなことは忘れなさいと語りかけ、ロウが仕方なさそうに頷いた。カゥがカヌトに、今度祝杯を上げようと笑いかける。アイジェスがその様子を、ほほみながら見守っている。皆がそれぞれの方法で、カヌトが自由になったことを喜んでいる。ミナキはにっこり笑って、カヌトに近づいていった。


「おめでとうございます。先生!」


 金鎖をアイジェスに手渡しているところだったカヌトが、晴れやかな笑みを返してくれた。

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