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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第三章 カヌトの背負いしもの

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九 封印の間

 朝がやってきた。布団から身を起こし、身支度をしていたミナキは、朝餉の用意ができたことを係の女人に告げられ、案内されるまま、ある一室に向かった。そこは食堂になっていて、既にアイジェスが座布団の上に座っていた。


 アイジェスがラシッド語で話しかけてくる。


「おはようございます、ミナキさん。皆も呼んでありますから、揃ったら朝餉にしましょう。食事は大勢で食べたほうが、おいしいですからね」


「おはようございます」


 はにかみながら、ミナキは挨拶し、座布団に腰かけた。


 最近のミナキは、日常会話と中級の魔法学術用語なら、ラシッド語で理解し話せるようになっていたので、円滑に応対することができた。それに、アイジェスの話す言葉は、ラシッド語の授業をする時のカヌトの話し方と少し似ていて、聞き取りやすいのだ。


 師匠と弟子は、似るものなのだろうか。そのうち、ロウがカヌトに似てくるのかと思うと、何だか気味が悪い。


「どうですか? カヌトの教え方は」


 アイジェスに訊かれ、ミナキは普段思っている通りに答える。


「とても分かりやすいです。魔法を全然使えなかったわたしにも、呆れることなく辛抱強く教えてくれて……。それに、わたしがしゃべれなかった時、文字も教えてくれました。先生のおかげなんです。今のわたしがあるのは……」


「そうですか、それはよかった。カヌトもあなたも、よい出会いをしましたね」


 アイジェスはほほみながら頷いたあとで、綺麗な色合いの瞳に、真剣な光を宿した。


「これからも、カヌトのことをお願いします。あの子は危なっかしいところがありますが、あなたがたがいてくれれば、もう、道を踏み外すことはないでしょうから」


「はい」


 ミナキはしっかりと頷いた。

 会話が終わる頃には、カゥにロウ、それにカヌトが現れ、朝の挨拶を交わしながら、それぞれ席に着いた。運ばれてきた朝餉は、様々な国の料理が、ちょっとずつ出されており、食べているだけで旅をしているような気分になった。


 皆が朝餉を食べ終わり、お茶に手を出し始めると、今までほとんど黙っていたカヌトが、口火を切った。


「師匠、お願いしたいことがあるのですが」


「何です?」


「もうお分かりでしょうに。わたしは、六年前に作った禁法具(きんぽうぐ)の解呪を行いたいのです。許可をいただけますか?」


 アイジェスは、ちょっと笑って、懐から鍵の束を取り出した。


「もちろんですよ。この通り、鍵も用意してありますしね。もう面倒な手続きはすませておきましたから、封印の間にいけば、すぐにでも始められますよ。ただし、わたしもつき添わせていただきますが。それと、せっかくの機会ですから、カゥ君も一緒においでなさい。見届け人としてね」


 カゥは、にやっと笑って恭しく答えた。


「光栄です」


「俺たちはのけ者ですか?」


 ロウが憤然として、ミナキも思っていたことを代弁すると、カヌトはため息をついた。


「何言ってるんだ。君とミナキもくるんだよ。わたしを補助するためにね」




 ミナキたちは長い階段を下り、硝子灯が等間隔で灯るニギ支部の地下へと向かった。警備隊員が左右に佇む扉の鍵穴に、アイジェスが鍵を差し込んで回す。音もなく扉は開いた。ミナキたちはアイジェスに続き、中に入った。扉を閉める音とともに、辺りは暗闇に包まれる。


「光よ――」


 呪文を唱えようとしたアイジェスを、カヌトが遮る。


「すみませんが師匠。その魔法、ミナキに使わせてやってくれませんか。今の彼女なら、立派な光が出せるはずです」


「構いませんよ。カヌト、本当に師匠が板についてきましたねえ。さ、ミナキさん」


 カヌトとアイジェスに促され、初めて呪文を使うことになったミナキは、緊張で掌に汗を滲ませた。今までしてきたように、魔法図を頭の中で描き、さらに呪文を口ずさむ。


「光よ」


 明るい光の玉がミナキの掌に現れた。今まではごく小さな光しか出せなかったことを思うと、感激するくらいまばゆい光だ。


「すごいよ、ミナキ」


 カヌトに喜色満面で褒められ、何だか恥ずかしい気持ちになりながら、ミナキはもうひとつ呪文を唱える。


「光よ、宙に浮きて、辺りを輝きで満たせ」


 玉は天井に向け、ふわりふわりと持ち上がっていき、室内を照らし出した。


「わあ……」


 明るくなった室内を見回し、ミナキは思わず嘆声を上げた。広い室内には、そこかしこに棚が並び、その上に様々な形をした無数の魔法具が並べられている。


「これが、全部禁法具なんですか?」


 ミナキが誰にともなく尋ねると、アイジェスが答えた。


「ええ、そうですよ。一応、室内に埋め込まれた魔法図によって無力化はされていますが、そこはかとなく魔力は感じるでしょう?」


「本当だ。何か、嫌な感じがするな」


 ロウが身震いした。


「カヌトが作った禁法具は……」


 室内を歩き回っていたアイジェスが、ある禁法具の前で立ち止まった。


「これですね、確認してください」


 アイジェスが横にどき、カヌトが禁法具の前に立った。それは、あまりに小さく、一見、優美な模様が刻まれた木彫りの工芸品のようで、たくさんの命を奪うようなものには、とても見えなかった。カヌトはしばらくの間、その禁法具を穴の開くほど見つめ、やがて首を縦に振った。


「間違いありません。これは、わたしが作ったものです。……ミナキ、ロウ」


 カヌトに呼ばれたので、ミナキとロウは彼の両脇に立った。


「今から、この禁法具を解呪して、完全に無力化する。いいかい、魔法図を出現させたら、二人はわたしの指定した記号を消していくんだ。そうすれば、わたしは魔法図を読み解くことだけに集中できるからね」


「はい」


 緊張を孕んだミナキとロウの声が、自然に合わさった。


「その前に、師匠、防壁を出していただけますか。暴発した時のために、備えが必要でしょう」


「自分でおやりなさい、と言いたいところですが、いいですよ。防壁を維持しながら解呪するのは大変ですからね」


 アイジェスは目を閉じて呪文を詠唱し始めた。


「壁よ、皆の前にそびえ立ち、あらゆる災いを防ぎたまえ」


 魔力でできた薄い壁が、この場にいる全員の周囲に張り巡らされる。さすがはカヌトの師匠だ。ものすごく強力な魔法であることが、ミナキにも分かる。


「ありがとうございます、師匠。――さあ、始めるよ」


 カヌトは禁法具に手をかざした。禁法具が発光し、真上にいつもより大きな魔法図が出現する。それを見て、ミナキは驚愕した。今までに、こんな魔法図は見たことがない。それほどまでに、この魔法図は複雑で、カヌトの作ったものとは思えないほど歪だった。


「右辺、上から二番目」


 右に立っているミナキは、カヌトの声の通り、魔法図の記号を指で消していく。


「上辺、左から五番目」


 危うくミナキと指がぶつかりそうになったけれど、今度はロウが記号を消す。

 次第に、ミナキとロウも慣れてきて、解呪は順調に進んでいるように見えた。

 だが、解呪もだいぶ進んだ頃、カヌトは指示を出さず、じっと魔法図を見つめるだけになった。


 どれを消せばいいか、分からなくなってしまったのだろうか。ミナキは不安な気持ちを押し隠し、カヌトを見つめた。

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