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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第三章 カヌトの背負いしもの

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八 謎かけ

 ミナキはカヌトとロウのやり取りを、呆然と眺めていた。


(先生の両親が、ニギ軍に殺されていた……)


 それに、さっきカヌトがシガノと話していた。カヌトの故郷はニギ軍に占領されたアワントだと。


 ようやく分かった。カヌトが禁法具(きんぽうぐ)を作った本当の理由が。それなのに、カヌトはミナキを助けてくれたのだ。様々な想いが溢れてきて、ミナキは今日で二度目の涙を流した。本当は、ロウの前でなんて泣きたくはなかったのに、涙は止まらない。気づくと、カヌトが目の前に立っていた。


「どうしたんだい、ミナキ」


 カヌトは酷く心配そうな表情をしていた。彼にそんな顔をして欲しくなくて、ミナキは手で涙を拭った。


「――先生のご両親や故郷は――わたしはニギ人なのに……それなのに……今までよくしてもらって……先生が、今までどんな気持ちだったか……」


 どうしても情けない涙声になってしまうけれど、それでもちゃんと声は出ていた。じっと耳を傾けていたカヌトが、諭すように言った。


「ミナキ、君がそんな風に思うことはないんだよ。君を助けたことや、引き取ろうと決めたこと……その選択は間違っていなかったと、わたしは今でも思っているよ。傷ついていた君の――力になることができたんだからね」


「でも……先生は、私と一緒にいて……嫌じゃなかったですか……?」


 カヌトは優しく首を横に振った。


「嫌だなんて、そんなことを思うはずがないだろう。君と過ごした一年は本当に楽しかった。どれだけ(ひず)んでいた心が癒されたか……。君と出会わなかったら、わたしは今でも復讐心を持ったままで、誘いに乗って、ヒョウに帰っていたかもしれない」


 カヌトにそう言われて、ミナキの涙は止めようとしても、ますます流れてきた。


「ああ、ちょっと待ってなさい」


 カヌトは慌てたように、手巾を持ってきた。


「それにね、わたしは自分と同じような目に遭った君を、どうしても助けたかったんだ。……君に、わたしと同じ道は、歩んで欲しくなかったんだよ。でも、君ならもう、大丈夫だ」


 カヌトに手渡された手巾で、ミナキは目元や頬を伝う涙を拭いた。カヌトの言葉のひとつひとつが酷く切なく胸に響いた。叶うものなら、この人とずっと一緒にいたい。そう思った。


 壁際に佇んでいた、カヌトの師匠のアイジェスという人が、近づいてきた。


「さて、ミナキさんが一息ついたら、出かけましょうか。もちろん、皆一緒ですよ」


 カヌトがアイジェスに詰め寄る。


「出かける? 一体、どこへです?」


「あなたらしくもない。そんなことも推察できないのですか? これから出かけるといったら、ニギ支部に決まっているでしょう。あなたがたには、今日のヒョウの動きを証言していただかなくてはならないのですからね。そうしないと、ヒョウとニギの会談を設けようにも、評議会を納得させることができませんから」


 カヌトは口惜しそうな顔で引き下がる。カヌトが師匠のことを苦手だと吐露していたことを思い出し、ミナキは何だかほほえましい気持ちになった。気がつくと、涙は止まっていた。




 半テュマン(三十分)後には、カヌト、ミナキ、ロウは簡単にまとめた荷物を馬に載せ、手には旅行用の硝子灯を持ち、アイジェスが乗馬で先導する一隊に加わっていた。月明りが照らしているとはいえ、ふくろうの不気味な鳴き声のこだまする夜の山道を、ニギ支部を目指し、馬でひたすら登る。


 今日だけで二回もカヌトの家とニギ支部を往復することになったロウは、さすがに疲れを見せていた。負担がかからないように、カヌトはロウにもよく慣れた自分の馬に、彼を乗せた。その上で、自分はアイジェスが連れてきてくれた協会の馬に乗る。


 ミナキは以前ナサーンで買った靴を履き、もう一頭の馬に乗って、カヌトに並んでいる。修行の息抜きとして、二人に乗馬の手ほどきをした甲斐があったというものだ。


 一隊の中には、乗馬の警備隊に囲まれてはいるものの、シガノが率いる総勢二十三名の馬上のヒョウ人たちもいた。もしも、ロウが現れず、アイジェスとカゥが間に合わなかったら、カヌトは彼らとともにアシ山脈を超えることになっていただろう。


 アイジェスが先頭を離れ、カヌトに近づいてきた。


「カヌト、ずいぶんと弟子たちに慕われているようですね。師匠として、わたしも嬉しいですよ」


「何をおっしゃいます。あなたの人望に比べれば、天と地ほどの差がありますよ」


 カヌトは少し冷たく聞こえるくらい、皮肉っぽく答えた。昔から、この師と相対すると、どうしたものか、ひねくれた面が顔を出してしまうのである。六年たっても変わらない自分の性質に、カヌトはややげんなりした。


「あなたのそういうところ、変わりませんねえ」


 内心を見透かすかのようなアイジェスの言葉に、カヌトはぎくりとした。これだから嫌なのだ。カヌトは話題を変えた。


「ところで、よくこんなに早く、わたしがヒョウと接触したことが分かりましたね」


「それはそうですよ。ニギ支部の監視は優秀ですから」


 やはり自分は監視されていたのか。いくら金鎖をつけていて、ニギ支部から近い家を与えられたとはいえ、他に何の制約もなく生活できることを、不思議だと感じることは、時折あった。薄々感づいてはいたものの、悔しさと居心地の悪さが入り混じったような気分を、カヌトは味わっていた。


「ロウ君があなたの家に向かってすぐです。監視から連絡がきたのは。ロウ君がもう少し遅く到着していたら、あなたは連れ去られていたかもしれませんね。ロウ君には感謝しなさい」


 そうは言っても、この人なら、草の根分けてでも、アシ山脈を超えようとしている自分を見つけ出していただろう。そんなことを思いつつ、カヌトは「そうします」と頷き、長年の疑問を口にした。


「それにしても驚きましたよ。あなたが支部長になったと聞いた時には。こんなにできの悪い弟子をお持ちなのに」


 アイジェスは横目でこちらを見た。


「そのできの悪い弟子のせいですよ。あなたの手綱を締められるのは、わたししかいないと説得されましてね。やれやれ、あなたのもとにヒョウの使者が現れたせいで、あと数年は支部長を務めなくてはならないでしょうねえ。本当は、ひっそりと研究でもしていたいところですが」


「いえいえ、あなたはなかなか政治向きですからね。支部長にぴったりです。……もうひとつお訊きしますが、どうしてロウを、わたしの弟子に選んだのですか?」


「それはロウ君か、カゥ君に訊きなさい。二人には話してありますから。そうですよね? ロウ君」


 アイジェスはロウを振り返った。


「え? はい!」


 疲れを滲ませながらも、ロウは普段通り元気よく答えた。それなのに、アイジェスの回答は、いつもの彼らしくない。こういう機会はあまりないので、カヌトは師を、ちょっとだけからかってみたくなった。


「おや、弟子の質問に答えない師匠がいますか」


「わたしにだって、何度も話したくないことのひとつやふたつ、あるんですよ。それくらい、察しなさい」


 アイジェスはぴしゃりと言うと、今度はしっかり顔を向け、青とも緑ともつかない瞳でカヌトを見据えた。


「それよりも、カヌト。ニギ支部に着いたら、まず何をしたいか、考えておきなさい」


「何をしたいか……?」


 カヌトがぽかんとして鸚鵡おうむ返しに問うと、アイジェスはにっこりと笑った。


「別の言い方をしましょう。やり残したことはありませんか? わたしに言えるのは、ここまでです。さあ、先を急ぎましょう」


 再び先頭に戻っていこうとする、アイジェスの広い背中を見つめながら、カヌトは彼の言葉の意味を考え続けた。




 道中、危険な獣に出会うこともなく、一隊は無事にニギ支部に辿り着いた。もう夜も遅いので、カヌトたちはそれぞれ部屋を与えられ、明日からの聴取に備えて休むこととなった。


 部屋に落ち着いてからも、カヌトはアイジェスに言われた、謎かけのような言葉のことをぐるぐると考えていた。


(わたしが今までにやり残したことといえば、ひとつしかないが……)


 カヌトの心にずっと引っかかっているもの――それは、六年前に作った禁法具のことだった。あの禁法具はニギ支部の地下深くに、他の禁法具と並べられ、封印されているはずだ。


 あの禁法具を、この世から抹消できたら。できれば、あれを作り出してしまった自分の手で……。それが、今の自分の切なる願いであり、最大の罪滅ぼしでもあった。


 一般に禁法具は、通常の魔法具よりもさらに緻密な魔法図によって構成されている。あの禁法具を作り上げたのは、確かに自分だ。しかし、両親と故郷を失った直後の異常な精神状態で作られ、しかも六年の歳月が経過した今となっては、あの禁法具を解呪し、無力化することは、解師の資格を持つ自分といえども、至難のわざだろう。


 協会に集められた禁法具の多くは、解呪せずに封印されている。禁法具の解呪は、失敗すると暴発する恐れもある、危険なものだからだ。禁法具専門の解師となると、協会にも数えるほどしかいない。


「……それにしても、師匠はなぜ、あんなことを言い出したんだろうな」


 独りごちたあとで、カヌトの脳裏をある閃きがさっとよぎった。瞬時に思いつきを捕まえたカヌトは、その正体をまじまじと見つめたあとで、しばらくの間、唖然としていた。


(――まさか、そんな……だが、そう考えると、全ての辻褄が合う……)


 カヌトは衝撃から立ち直るために、深呼吸し、ゆっくりと目を閉じた。

 かつて、自分のしたこと、しようとしたことは決して許されないことだ。その結果が今日のシガノの来訪を招き、弟子たちを巻き込んだのだから、なおさらそう思う。


 けれども、アイジェスが示してくれた答えは、一筋の光であるように、カヌトには思われた。光の射す道をゆくか、それとも冷たく閉ざされた暗闇の道をゆくか……。


「あの子たちとともに歩みたいのなら、答えは決まっているのだろうな……」


 カヌトは呟きながら窓辺に立ち、中天で輝く月を眺めた。

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