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金鎖の解師  作者: 畑中希月
第三章 カヌトの背負いしもの

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七 予期せぬ再会

 戸を蹴破るような勢いで家の中に入ってきた少年の姿を見て、カヌトは度肝を抜かれた。


(ロウ……!)


 ミナキの声を、ほぼ一年振りに耳にしたことにも驚いたが、今度はこの緊迫した状況の中、しかも、ヒョウの兵士たちが取り囲んでいるであろう家に、ロウが現れるとは。全く、とんでもないことをしてくれる弟子たちだ!


 咄嗟のことに反応しきれずにいるのは、カヌトだけではなかった。ミナキやシガノ、その二人の部下たちも、突然現れたロウをただ凝視している。


 最も早く我に返ったのは、おそらくカヌトだったろう。カヌトは家の中を素早く見回す。シガノに従ってヒョウに戻るという唯一の選択肢は、もはやカヌトの頭の中にはなかった。ロウが作り出してくれたこの機会に、自分ができることをしよう。ミナキの声を聴き、ロウの姿を再び目にしたことで、カヌトはそう思ったのだ。


 カヌトは床に無造作に転がっていた縄に向け、呼びかけた。


「縄よ、蛇となりて、この者の自由を封じよ! しこうして、その魔力も封じよ!」


 しゅるしゅると縄が宙を舞い、シガノの腕と胴を縛りつける。シガノは平衡を崩し、床に倒れ込んだ。呆気に取られたようにその様子を見ていたシガノの部下たちが動き出す。一人は刀を抜き放ち、もう一人は片手を突き出し、詠唱を始めた。その隙間を縫って、カヌトの傍に駆けてきたロウが、シガノを縛っている縄の端を持って言い放った。


「動くな! 動くとこのおじさんの命はないぞ!」


 状況は相手にとって深刻なはずだが、ロウが脅迫すると妙におかしい。噴き出しそうになるのを堪えながら、カヌトはあとを続ける。


「そういうことだ。武器を捨て、手を挙げろ。魔法を使うのも禁止だ」


 部下たちは悔しそうな顔で、刀を床に捨て、手を挙げた。


「ロウ、外に兵士は何人くらいいた?」


 カヌトが訊くと、ロウは両手を広げて見せた。


「十人以上はいました。多分、二十人近くはいるんじゃないかな」


「ふむ、二十人か……少し多いな」


 カヌトは考え込みながら、シガノのほうを見た。彼を人質にしてここを突破するにしても、数を頼みにした兵たちに、取り戻しにかかられるかもしれない。


「……してやられたよ」


 倒れているシガノが口を開いた。


「縄を解こうにも、魔法を使うこともできないしな。だが、どうやってここを脱出する? 部下たちの一番の目的は、わたしの身の安全ではなく、あなたの身柄だぞ」


「今、考えているところですよ」


 カヌトは正直すぎる答えを口にした。嘘を言っても見破られると思ったし、駆け引きが面倒になったせいもある。


「先生……」


 呼びかける声に振り返ると、ミナキが心配そうにこちらを見上げていた。カヌトはミナキの細い両肩に、そっと手を置いた。


「ミナキ、声が戻ったんだね。本当によかった……」


「先生のおかげです。先生が治療を受けさせてくれたから……」


 久し振りに聴くミナキの声は、耳に心地よく透き通っていた。さっきは驚きのほうが勝っていたが、静かな喜びが心の底から突き上げてきて、カヌトはほほえんだ。


「いや、君自身の力だよ。今度、シーリャに報告にいこう」


 目をぱちくりさせて二人を見守っていたロウが、大声を上げた。


「すげえな、ミナキ! お前、しゃべれるようになったのかよ! これで俺と対等に魔法勝負ができるな。ま、俺が負けるはずないけどな!」


「ちょっと黙ってて。あんた、すごくうるさい」


 ミナキがすかさず返した。今までこんな風に切り返したくてもできなかったのだろうな、と思うと、笑いが込み上げてきて、カヌトは口元を手で覆った。


「おーい、無事か、皆」


 台詞のわりにはあまり緊張感のない声が、開きっぱなしの戸口から聞こえてきた。カヌトが目を向けると、カゥが入ってくるところだった。


「うん、皆、大丈夫のようだな。……そっちがヒョウのお偉いさんか。あなたの部下は、全員投降しましたよ。あなたがたも降伏してください」


 シガノは目を見開いた。そのあとで、顔を歪める。


「そうか……! 協会の警備隊か!」


 魔法の軍事利用を否定する協会は、軍隊を持たない代わりに、自衛のための警備隊を有している。カヌトもその活躍を直接目にしたわけではないが、警備隊は少数ながら、魔法技術、武術ともに優れた精鋭揃いだという。それこそ普通の魔法部隊では太刀打ちできないような。


(噂は本当だったということか)


 それにしても、なぜ、一般会師のカゥが警備隊を連れて現れたのだろう。カヌトがカゥに問い質そうとしたその時、警備隊員を四人引き連れた長身の男が、家の中に入ってきた。


「久し振りですね、カヌト。すみませんが、その方の縄を解いていただけませんか。後々、ヒョウとは交渉をしなければなりませんので」


 床に置かれた硝子灯によって、足元を照らし出された淡い金髪の持ち主に、カヌトの目は釘づけになる。


「し、師匠!」


「カヌト、聞こえませんでしたか?」


 わずかに低めた声で念を押され、カヌトは人差し指を動かす。


「……蛇よ、戒めを解け」


 縄がひとりでに緩くなって解けると、自由を取り戻したシガノが、よろめきながら立ち上がる。アイジェスは彼に向き直った。


「お初にお目にかかります。わたしは魔法学術協会のニギ支部長でカヌトの師の、アイジェスと申します。先ほど申し上げた通り、我が協会には貴国と交渉する用意があります。是非、ニギ支部までおいでください」


 シガノが不審げに眉を寄せる。


「交渉? 我々を追い返すのではないのか?」


「追い返すなど、とんでもない。協会の存在意義は魔法の平和利用にあります。つまり我々は、あなたがたに魔法学術師を巻き込んだ戦を起こされると困るのですよ。ニギも交えれば、あなたがたにとっても充分、有意義な交渉になると思いますよ」


「アワントを、外交によって取り戻せというのか」


「それはあなたがた次第です。ただ、ニギも我々の存在を無下にはできない以上、試してみる価値はあるでしょうね」


 アイジェスは警備隊員たちに声をかけた。


「すみませんが、この方たちを連れて、外で待っていていただけますか」


 警備隊員たちはアイジェスに向けて敬礼すると、シガノとその二人の部下を取り囲みながら、戸口を出ていった。

 戸が閉められるや否や、カヌトはカゥに小声で食ってかかった。


「カゥ! どういうつもりだ! 大体君は、何か月も前に師匠に情報を聞き出しにいったんじゃなかったのか? それがこんなに遅れて現れて、しかも師匠を連れてくるなんて!」


「うるせえなあ。お前、俺たちがこなけりゃ、どうするつもりだったんだよ。それに、ロウが戻ってきたのは、俺のおかげなんだぜ。な、ロウ?」


 カゥが同意を求めると、ロウはうんうんと頷いた。


「そうですよ。カゥさんはあなたのために、俺に色々話してくれたんですから。それに、俺が敵の注意を逸らせたから、あなたもミナキも連れていかれずにすんだんじゃないですか」


「そのことだけどね、ロウ」


 カヌトは腰に両手を当て、ロウの前に立ち塞がった。ロウには一言、言っておきたいことがある。


「兵士の目をかいくぐって中に入ってきたのはすごいことだよ。でも、もうあんな危ない真似は二度としてはダメだ。約束しなさい」


「はーい……」


 ロウは不満そうに返事をしたが、何かを思い出したように「あ」と言った。


「俺、あなたに言わなきゃならないことがあるんです」


「何だい?」


 カヌトが促すと、ロウは意を決したように、こちらをまっすぐに見つめた。


「ごめんなさい! 俺、あなたのご両親がニギ軍のせいで亡くなったことを知らなかったくせに、勝手なこと言って――俺があなたの立場でも、きっと禁法具を作ってたと思う。……だから、もう一度弟子にしてください。あなたより俺の気持ちが分かる魔法学術師は、多分、いないと思うから」


 カゥが勝手に人の過去を語ったことは気に入らない。それでも、温かい気持ちになり、カヌトは何度も頷いた。そのあとでちょっとしたことを思いつき、つけ加える。


「それには、ひとつ条件がある」


 ロウは不安そうな顔をした。


「え、何ですか?」


 カヌトは微笑した。多分、今の自分は、悪戯っ子のような表情を浮かべているに違いない。


「わたしのことは、これからは『師匠』と呼びなさい。まだ一度も呼んでくれたことがないだろう?」


 ロウは口をもごもごさせていたが、やがて赤面しながら、はっきりと言った。


「……はい、師匠」

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